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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

RISKY GAME(1)
そろそろ佳境に差し掛かりました30の物語。今週はこちらをのんびり書かせていただこうと思います。リクエスト作品で「超然としたシラカワ博士がドジこいてマサキに助けてもらうお話」です。

うちの白河は何でも出来てしまうタイプの人間なので、ピンチに陥らせると云っても手段が限られるのですが、折角こういったリクエストをいただいたことですし、だったら私がやらないタイプのピンチに陥らせよう!と考えました。

その結果がこれです。

望んだ形になっているかはわかりませんが、お楽しみいただければ幸いです。
では、本文へどうぞ!
<RISKY GAME>

 それは些細な失敗《ミス》によって招かれた急場《ピンチ》だった。
 シュウは屈強な男たちによって押さえ込まれた身体を捩っては、その拘束から逃れられないかと試みていた。魔術を封じられた空間で頼りになるは己の力だけとはいえ、武器の帯刀を認められていない場で、自らの腕力だけを頼りにこの急場を凌ぐのは、さしものシュウであっても困難であった。
 相手はプロの用心棒たちだ。恐らくは、わざと多少の動ける隙を作っているのだろう。天井を仰げる程度に上半身は動いたものだが、しっかと掴まれた手足はぴくりとも動く気配がない。肝心な部位がこうも難く拘束されてしまっては、どう足掻こうとも急場は脱せない……シュウは諦めにも近い吐息を洩らして、同じく同様に拘束されているに違いないサフィーネを思った。
 ディーラーにサフィーネを配して挑んだ、カジノ船の攻略。謎多きオーナーの顔を確かめる為に、シュウはこの豪華客船に乗り込んだ。長く教団に身を置き、司祭としてその活動に従事したシュウは、それなりの数の信徒の顔を見知っている。
 オーナーの顔さえ検められれば、噂の真偽の確認も取れようというもの。邪神教団の資金源になっているとの噂も名高いカジノ船は、『よりよい客』だけをオーナー同席の高レートの賭場に招くと、まことしやかに囁かれたものだ。教団に流れ込む金の量を減らせるのであれば、それに越したことはない。その資金源を断ちたいシュウとしては、なんとしてでもその真偽を確かめる必要があった。
 だからこそサフィーネをディーラーとして送り込み、そのシステムを把握した上で、シュウは自らを客としてこの船に乗り込ませたのだが、相手も長く破壊神を信仰しているだけはある。そういった意味では、この船のオーナーの方が上手だったということだ。
 もし幸甚があるのだとすれば、それはこの船に目的を同一としているマサキが同船しているということ。彼の助けが来るまで、どうにかして時間を稼がなければ……抵抗を諦めればそこまでと命を絶たれる恐れもある。シュウは藻掻く振りを続けながら、冷静に周囲の人間の動きを観察していた。
 船内でありながら大理石の柱が天井に向かって高く伸び、噴水が高く水を吐く。煌めくシャンデリアも鮮やかな、赤絨毯の敷かれたホール。壁にかかった華美な美術品の数々を眺めながら、マサキはテュッティを隣に、ウエイターが運んで来たシャンパンを飲んでいた。
 豪華客船の最上部にあるホールに集った人々は、ドレスコードに沿った華やかな衣装を身に纏い、優雅に|賭け事《ギャンブル》を愉しんでいる。片手は酒の注がれたグラス。もう片手には換金されたチップ。彼らは次から次へと賭場を渡り歩いては、金を溝《どぶ》に捨てる勢いでチップを消費して、それでも余裕ある態度を崩そうとはしなかった。
 最低換金レートが一枚百クレジットのチップは、彼らにとってははした金なのだろう。きっと使い切れないほどの巨額の富を築いてしまっている者たちに違いない……そんな金持ちが戯れに大金を費やす世界に、マサキがテュッティとともに足を踏み入れることになってしまったのは、セニアの子飼いの情報局員たちが仕入れてきた情報が切欠だった。
 近頃、富裕層の間で話題を集めている豪華カジノ客船フェアタイレン号。カジノ場がメインの客船の名前に富の分配を意味する公用語を用いるとは、オーナーの悪趣味なセンスが光ったものだが、だからといってその程度の相手と侮ってはならない。
 予算は五千万クレジット。それだけの大金をセニアがこの豪華客船の調査に出すと云ったからには、それに見合うだけの価値がこの船とオーナーには存在しているということだ。
 それが証拠に、この客船の調査に訪れているのはマサキたちだけではなかった。ずらりと並んだスロットマシーンに、バカラ、ポーカー、ブラックジャック、ルーレット……卓のひとつにディーラーとして付いているのは、サフィーネ=グレイス。彼女が在るところに破壊神信仰の影あり、と云っても過言ではないシュウの斥候。潜入調査を得意とする彼女がディーラーとしてこの船に潜り込んでいるということは、ほぼ確実にこの船は破壊神信仰と繋がりがあると考えられる。
 髪や目の色を変えていても見間違えようのない華やかな容姿は、こういったきらびやかな場にあっても健在だ。男の目を惹かずにいられない肉感的な身体を、黒を基調としたストイックな衣装で包み隠して、ウィールにボールを放っている彼女目当てと思しき客の多さといったら。黒山の人だかりと化しているルーレットの卓。そこだけが異世界かと見紛うほどに、異様な熱気に包まれている。
 彼らの派手な金遣いに、マサキはつい洩れ出そうになる溜息を口内に押し留めた。
 澄ました表情でシャンパンを空けているテュッティが、そんなマサキの様子を見かねたのか「あなたもどこかのテーブルに着いたら?」と、足元に置きっ放しのアタッシュケースに視線を滑らせた。「いつまでも壁の花をしていては、それはそれで怪しまれるわよ」
「俺はこういうのの勘は働かねえんだよ。ルールも付け焼刃だしな」
「ルーレットぐらいなら出来るでしょ。配当はディーラーがしてくれるのだし、細かいルールまで覚えてなくとも大丈夫よ。アウトサイドベットだけでも、それなりに形になるわ」
「テュッティがやってくれよ。金がかかるとなると、いくら他人の金とはいえ、ぶるっちまっていけねえ」
「仕方がないわね」そう云って、テュッティがウエイターを呼びつける。
 足元のアタッシュケースをチップに換金してくれるように頼んでいるテュッティを横目に、もう後戻りは出来ないのだと、マサキは今更ながらに自らを奮起させた。
 邪神教団へ通じる資金ルートの排除。今回のマサキたちに課せられた任務は、その資金ルートの洗い出しだった。地を這う魔装機神操者など、翼をもがれた鳥にも等しいものであったが、繰り返される彼らの襲撃は潤沢な資金があってこそ。だったらその資金源を断てばいい。セニアがそういった結論に辿り着くのは当然の帰結でもあった。
「畏まりました。どうぞ、こちらに」
 恭しくアタッシュケースを受け取ったウエイターが、ホールの奥へとふたりを招く。彼に先導されるがまま、華やかな人の群れを抜けて、マサキとテュッティは見目麗しい女性が並んでいるカウンターへと向かった。そこでアタッシュケースの中身の確認を済ませ、山となったチップの乗ったトレーを受け取る。
 五千万クレジットと云われても、換金すればこの程度の量のチップにしかならないのだ。
 色とりどりのチップを手に、「どこに向かおうかしらね」と、テュッティが賭場を物色し始める。「あんまりルーレットの卓には近付かない方がいいかもね。あちらもあちらで目的があっているのでしょうし、迂闊に近付いて私たちと共倒れになってしまっては」
「リスクを分散させるのは大事だよな。どうせ目的はあっちも同じだろ」
「そうなのよね。と、なると……スロットは消費が激しそうだし……やっぱりポーカーかしら。マサキ、あなたテキサスホールデムはわかる?」
「知るかよ。普通のポーカーとブラックジャックぐらいしか、カードゲームなんて知らねえよ」
 こういう役目は誰に任せるべきだったのだろう。腕っぷしを頼られて選ばれているに違いないとはいえ、マサキを選出したセニアの人選びには大いに問題がある。先ずルールを覚えきれない。しかも機嫌が顔に出る。ヤンロンだったらあの鉄仮面だ。こういった賭け事には自分よりも向いていることだろう。そんなことを考えながら、テュッティに続いてホール内を巡ってみれば、どうやら潜り込んでいるネズミはサフィーネ一匹ではなかったようだ。ルーレットの卓で外巻きにゲームを眺めている人垣の中に、髪と目の色を変えてはいるものの、見知った顔がある。
 どうやらマサキがその存在に気付くと同時に、彼もマサキたちの存在に気付いたようだ。ゆったりとした足取りで、マサキたちの元へと。臆することなく歩んで来ると、「あなた方がこちらにいるということは、例の情報はそちらにも届いているということなのでしょうね」
 長い王族としての生活は、こういった場での振る舞いにも表れるものだ。このきらびやかな世界にあっても違和感なく馴染んでいるシュウは悠然と微笑んでみせながら、挨拶代わりにそう話しかけてきた。


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