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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

So what?(1)
そろそろこちらも進めないと、折角リクエストをくださった方々に申し訳ないので、ゆっくりではありますが、再開させていただきます。

一気に過去の文章に触れた所為か、今の自分の文章に自信を無くしかけているのがわかる文章になっている気がしなくもないのですが、そこはその内治ると思うのでそっとしておいてください。笑

では、本文へどうぞ!
<So what?>

 三日前のことだ。
 自身が今進めている研究がひと段落したからと、ふらりとゼオルートの館に姿を現したウエンディは、テュッティ相手に一時間ほど。ファッションやコスメといった女同士の話に花を咲かせると、その帰りがけに、珍しくも真面目に庭で剣の稽古《トレーニング》に励んでいたマサキに三日後の予定を尋ねてきた。
「そうやって聞いてくるってことは、何か俺に頼みたいことがあるんだろ」
「古書市があるのよ。一緒にどうかしら、と思って」
「古書市?」
「年に一度、城下で開催される市でね、個人や業者といった蔵書家が数多く売り手として参加するのよ。掘り出し物が多いから、毎年必ず行くようにしてるんだけど、紙って重いでしょう。持ちきれなくて諦める本も多くて……」
 婉曲的に表現をしているものの、要はマサキに荷物持ちをしろということだ。
 厳めしい顔付きの男性陣と比べると、童顔《ベイビーフェイス》のマサキは、律儀に応じてくれることも多いからか。どうやら物を頼み易く感じるらしい。魔装機周りの女性陣は、機会さえあれば、荷物持ちだの掃除の手伝いだの庭の木の剪定だの何だのと雑事を頼んできたものだ。
 それは慎まやかなウエンディであっても同様だ。「きちんとお金は出すわ」そう云うだけ、他の女性たちと比べれば良心的であったものの、マサキを扱き使おうとしているのに違いはない。それも他の女性陣が頼んでくる普段の買い物と比べれば、何倍もの重さとなる書籍の荷物持ちである。確かに研究者であるウエンディにとって必要な買い物ではあったものの、だからといって門外漢のマサキをそれにわざわざ付き合わせることもないだろう。同業者にも荷物持ちになりそうな男性はいる筈だ。
 マサキがちらと耳に挟んだ話では、妙齢の独身者であるウエンディを狙っている同業者は多いらしい。当然だ。才色兼備を地で行く上に、角の立たない性格。これで魅力的に映らない方がおかしい。
 そういった男性に頼めば二つ返事で引き受けてくれるだろうに。何だかなあ――、マサキは呟いて、「何でどいつもこいつも俺に荷物持ちを頼むかね」常日頃、思っていた疑問を口にする。
「マサキはちゃんと付き合ってくれるもの」
「他の連中も付き合ってくれると思うけどな。何だかんだで魔装機《うち》の男連中は女性に甘いしな」
「もう、マサキったら! マサキがいいのよ!」朴念仁ここに極まりけりなマサキの態度に焦れたようだ。ウエンディは声を上げると口唇をつんと突き上げて、「そのくらいはわかってくれると思ってたけど」
「そう云ってもな……金を払ってデートもないだろ」
 古書と聞けば嫌でも思い浮かぶ顔がある。ウエンディと同じように研究用の資料探しに余念がない男は、いつも取り澄ました顔している割には、書物に向かった瞬間に表情を和らげてみせる。特に関心を惹く書物を目の前にした時など、ガラス玉のような瞳に精彩が宿ったものだ。そんな本の虫たる男が、年に一度しかないというこの機会を逃したものか。
 ――気が乗らない。
 服や日用品といった買い物の荷物持ちだったら、マサキとしては付き合うのも吝《やぶさ》かではなかったが、男と顔を合わせてしまう可能性の高い古書市での荷物持ち。嫌な予感がしてならないのは、決してマサキが神経過敏になっているからではないだろう。
 把握しきれていない男の人間関係。マサキは敢えて、そこに口を挟むような真似はしてこなかった。
 それぞれ違った世界に生きている以上、他人との付き合いに制限をかけるということは、行動に制限をかけるのと同義。それはマサキに限った考え方ではないようで、男もまたマサキの人間関係にあれこれ口を挟むような真似はしてはこなかった。けれども、自分に好意を抱いている相手とも出歩いてしまうような、マサキの他人との付き合い方には物思うところがあるようだ。時に棘のある言葉を吐いて、マサキを牽制してきたものだ。
 朴念仁と評されるようなマサキではあったものの、他人の気持ちに無関心な訳ではない。
 常に俯瞰して世界を眺めている男は、滅多なことでは自分の気持ちを露わにはしない。自分の感情よりも、世の道理。男はいつだってそうだ。他人を煙に巻くような物言いばかりをしては、余計な誤解を受けてばかりいる。
 そういった男が多少ではあったものの露わにしてみせた忌避の感情を、無視はできまい。
 全てに於いて男の感情を受け入れて行動してしまっては、マサキの世界は小さくならざるを得なかったが、男が拘りを持っている古書の世界に、門外漢の自分が立ち入らないぐらいの配慮なら問題もあるまい。あちらを立てればこちらが立たず――とは良く云ったものだが、必要な時にどちらを立てるべきかぐらい、マサキとてわかっているのだ。
「古書じゃ俺はただのお飾りだろ。荷物を持つ為だけに付き合えって云われるのは、流石に」
「どうしたの、マサキ」
 そこにテュッティが顔を出さなければ、マサキはそのままウエンディの誘いを断れたのだ。
「あなたにしては珍しくごねてるのね。ウエンディには私たち、いつも魔装機のメンテナンスでお世話になっているのに。何か用事や都合の悪いことがあるの?」
 まさか大っぴらにしていない関係の為に断りたいのだ――とも口に出来ず。せめて男が当日に城下に足を運ぶことがないようにと願いながら、マサキは仕方なしにウエンディの誘いを受けたのだ。


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