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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

我欲、或いは欲望のバレンタイン(了)
ということで完結です。ミオを出せてとても満足でした!

私、こういう(↓)同盟を組んでおりますぐらいのミオ&セニアスキーですので(全キャラ好きなんですけど、女性陣で敢えて選ぶとしたらこのふたりなのです)、どこかで彼女らを書かないと気が済まなくなるんですよね。

ということで、バレンタインも無事終わりましたし、そろそろ色んなキャラを書きたい欲も溜まってきたので、久しぶりにシリーズものに手を付けようかと思います。それではまた次回作で!
<我欲、或いは欲望のバレンタイン>
 
 ふたり揃って寝過ごした朝。長かった夜の余韻を引き摺りながら朝食と昼食を兼ねたブランチを済ませ、離れ難い思いを振り切ってシュウの家を後にしたマサキはそのまま地上に向かった。
 目に付く限りの和菓子と和スイーツを買い求めて、そこからミオの家へ。午後のティータイム直前。ひと汗かいてくつろいでいたらしいミオに地上土産と差し出せば、彼女はそれだけでマサキの気持ちを察したらしかった。文句も云わずにマサキを家に上げると、いかにも女の子の部屋といった趣きのリビングに通す。
「マサキもどれか食べるの?」
「俺はいいよ。飲み物だけくれないか」
「こんなに貰っちゃっていいのかなあ。あたし、レシピ教えただけなのに」
 ハート型のクッションやピンク色のラグマットやファンシーな色合いのカラーボックスが目に痛かったが、人に教えを請うのに贅沢を云ってもいられない。マサキは適当な場所に腰を落とした。
 チョコレートパフェだけでも充分だったのに、とキッチンから出てきたミオからレモンスカッシュを受け取る。ほどほどな甘さで飲み易い。訊けば、トレーニングのあとに飲むつもりでそれなりの量を作り置きしていたのだという。
「その器用さを見込んで頼みがあるんだけどさ」
「だからこんなにお土産を持ってきたの? やだなあ。受け取っちゃったじゃない」
「大したことじゃねえよ。編み物を教えてもらおうと思って」
「えー……?」困惑しきった表情。直後にマサキの左手に視線を這わせたミオは、「いや、まあ、その指を見れば、そう云いたくなるマサキの気持ちもわかるけどね……」
 明瞭《はっき》りとしない物言いの理由は聞かずともわかる。マサキは自らの不器用さに自覚があるのだ。きっと不器用が服を着て歩いているようなマサキが、編み物などといった繊細な作業をこなせるのだろうかと思っているに違いない。それでも。
 来年のバレンタイン・デイに何の憂いもなく旅行に行く為にも、マサキは一年をかけてでも絶対にシュウが喜ぶプレゼントを用意しなければならないのだ。
「一年もあれば形になるものが作れるんじゃねえかって思ったんだよ」
「テュッティみたいなのは才能だしねえ。マサキの剣技と一緒。才能がなければ何をやっても無駄でしょ」
「やる前からそこまで云うか」
「だってマサキ、短気じゃないのよ。なんだかんだで時間がかかるものだってわかってるのかなあって」
 そこでミオは髪を結んでいる髪飾りを指した。ビーズの通った大柄なレースはコットンをかぎ針で編んだものらしい。
「これだってテュッティが編めば一時間もしないで出来ちゃうけど、あたしだと一日かかっちゃう。パッチワークだってテュッティは大物を仕上げられるけど、あたしはポーチが精一杯。細かい作業だから気が続かなくなるんだよね。あたしですらそうなのに、ましてやマサキでしょ」
「プレッシャーが凄いんだよ。今から来年の期待をされてて」
「なんか恋人たちが自滅に向かうイベントパターンにハマってない? 気持ちがこもってればいいって云っても使えるレベルのものじゃなきゃ。マサキ、お菓子作りは出来るみたいだし、素直に来年も手作りチョコレート菓子でいいと思うんだけどなあ」
 そう云いながらもマサキの希望をすげなく却下するするのは気が引けるようだ。ちょっと待って、と云いながら、ミオはカラーボックスの中からカバーのかかっている一冊の本を取り出してきた。
 ピンク色の手編みのブックカバーがかかった本の中からノルディック柄のマクラメ編みの栞を取り出す。両端の糸をウッドビーズで束ねて仕上げてある辺りミサンガにも似ている。「どっちがいい?」訊かれたマサキは栞を選んだ。
 蔵書が多いシュウはそれらに挟む栞に難儀しているのだという。
 糊が付くのが嫌らしい。実用性の高い書物を除いて付箋を使いたくないらしいシュウは、気に入る栞がなかなか見付からないと事あるごとにマサキに零しながら、金属製の栞を使い回していた。
「ブックカバーなら細編みで作れるのに」
「栞が足りないって云ってたからさ」
「でも、マサキ。ミサンガ作れるの? これ、ミサンガなんだけど」
「似てると思ったよ。貰ったことはあるけど、作ったことはないな」
「あるんだ。いつ貰ったのよ」
「部活の必勝祈願でだよ。お前が期待するような話じゃねえ」
「どんなミサンガだった?」
 斜めにストライプが編まれたシンプルなミサンガ。ひとつでも多く勝ち上がれるようにと、マネージャーたちが部員全員に編んでくれたものだった。「そういや、切れる前に無くしちまったな」いつの間にか姿を消してしまっていたミサンガは、目の前にある栞と比べて半分以上は細かった。
 思い出した特徴をミオに告げると、彼女は直ぐにそれがどういったものであるか思い浮かべられたようだ。
「じゃあ、そのミサンガをソラで作れるようにならないとね。一番ポピュラーで基本のミサンガだし、編み方を覚えるのにも丁度いいし。三ヶ月ぐらいゆっくり時間を掛ければ、いくらマサキでもそのくらいは編めるようになるでしょ」
「やったことがないからわからねえけど、やらなきゃ始まらねえしな。まあ、やれるだけやってみて無理だったら、その時はその時だ。素直にチョコレート菓子を作るさ」
「ちなみにこの栞はあたしで一週間かかってるから、覚悟しておいてね」
 にひひ。ミオが底意地悪くも笑った。最後の最後にかかる手間を明かす辺り、ミオも人が悪い。
「そんなにかかるのか」
 手芸にかかる手間はテュッティを見て知っていたものの、予想以上の時間がかかるものだ。慣れれば、二、三日でできると思っていたマサキは驚かずにいられない。
「俺だったら何日かかるんだろうな」
「大丈夫よ、マサキ。一日二時間ぐらいずつかけて編んでだから」
 思えば取り立てて長続きもしなければ、実にもならなかった趣味ばかり。ここいらで実益のある趣味を身に付けてみるのも悪くない。マサキは気を取り直す。栞が足りないとぼやく男の為に覚えるのに、これ以上の趣味があるだろうか。
 ――何より、あの代わり映えのしない表情が喜びに綻ぶのを見たい。
 その為の努力だったら、幾らだって惜しまずに捧げられるというものだ……マサキは来年のバレンタインを思う。どこに旅行に行くのかさえも決めていなかったけれども、その隣にシュウが居るバレンタイン。それは何と幸福な時間であることだろう!
「町に刺繍糸を買いに行かなくちゃね」
 早速、材料の買い出しと立ち上がるミオに続いて、その独り家を後にする。外に出れば、湾曲する大地に降り注ぐ陽光。今日のラングランも気持ちのいい天気だ。マサキはひとつ大きく伸びをすると、自らの愛機に乗り込んだ。
 
 
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