偶には全年齢な作品をと思ったのですが、なんでか私の書くシュウマサは爛てれるんですよね……マサキがあまり照れているところを見せたがらないからなのですが、それにしても君らの会話明け透けだな!と。
結局だらだら過ごして終わってしまったので、続けます。
いつまでバレンタインをするんだ、私。
いつまでバレンタインをするんだ、私。
<我欲、或いは欲望のバレンタイン>
前で待っていた客に続いて店内に入る。ダークブラウンの柱にクラッシックな壁紙。壁に掛けられた幾つものイラストや写真の入った額を眺めながら席に向かう。案内されたのは四人掛けのテーブル。どうやら手荷物の量を考慮してくれたようだ。マサキは空いた椅子に荷物を収め、シュウの向かいに腰掛ける。
早速とばかりにシュウの手が、メニューブックに挟まっているワインリストに伸びた。
「飲んでもいいですか、マサキ」
「少しだけだぞ。歩いてここまで来てるんだから」
「あなたは飲まない?」
「飲みたい気持ちはあるけど、絶対飲みたいって気分じゃないしな」
「付き合い程度でいいですよ。あなたを目の前にして、ひとりで飲むのはつまらない」
テーブルの上に広げられたワインリストを覗き込む。いつも選ぶのをシュウに任せきりにしているマサキはその銘柄に無知だ。見たところで知らない名前が殆どなのはわかっていたものの、ただ黙ってシュウがそれを選ぶのを待っているだけなのも気が引ける。
「強くないのがいいけど、お前のお勧めはどれだ?」
「あなたは口当たりが柔らかい方が好みですよね。なら、この辺りですかね」
ワインを決めて、注文《オーダー》を済ませる。それほど間を空けずに運ばれてきたグラスワインを傾けて、その縁を合わせた。高く澄んだ音が響き、指にしっくり馴染む指輪《リング》が光る。
「なんだか習慣付いてるけれど、これって何に乾杯してるんだろうな」
「一緒に過ごすバレンタインにでしょう」
「それじゃ普段の乾杯は何なんだよ」
「一緒に過ごす時間に、ですよ」
「本当に、お前。偶に猛烈に口が上手くなるよな」
マサキは苦笑しきりでワインを口に運んだ。
読書と研究以外に趣味らしい趣味を持たない男の唯一の嗜好品だけあって、マサキの好みを的確に捉えている味がする。柔らかく、そして甘い。その口当たりのよさは、意識して節制《セーブ》しなければ、酒であることを忘れてしまいそうなほど。
「あなたも時々猛烈に可愛くなりますしね。今年は手作りの菓子。来年は何が貰えるのかと思うと、今から来年が楽しみで仕方がないですよ」
「あんまり期待するなよ。俺がプレッシャーに負ける」
「魔装機神の操者とは思えない言葉を吐きますね」
「それとこれは話が全然違うだろ。慣れないことをしている自覚があるんだよ」
「あなたがくれるものだったら何でもいいのですよ、本当に」
「お前がそう云ってもな」マサキは運ばれてきた前菜《オードブル》に手を伸ばした。「俺がどう思うかって問題なんだよ。無様なものを贈りたくはないじゃねえかよ」
生ハムとチーズの盛り合わせ。塩気の強い前菜《オードブル》には酒が合う。ちびりちびりとワインに口を付けながら、マサキは来年のバレンタインプレゼントをどうすべきか考える。
「女だったら手作り菓子の次は編み物なんだろうけど」
「そんなものを貰おうものなら、舞い上がって何をしでかすか。お返しに一日あっても足りないぐらいですね、マサキ」
「ベッドで過ごすだけのバレンタインは嫌だからな、俺」
それにシュウは答えなかった。含むところのある笑みを浮かべながら、ワイングラスを傾けている。
きっとマサキの想像通りのことを考えているのだろう。溜息を吐きながら、マサキはぼんやりとし始めた頭で、来年のバレンタインを想う。
手遊びに手芸を嗜むテュッティは、様々なアイテムを手作りするのを厭わない。ゼオルートの館のリビングのクッションの鮮やかなアラベスク模様は刺繍でなされたものだったし、壁にかかった巨大なモンドリアン柄のパッチワークもそう。彼女が何ヶ月も掛けて地道に生地を縫い合わせたものだ。
レース編みで作られたコースターもあれば、マクラメ編みで作られた買い物用バッグもある。プレシアが喜んでバッグに付けているマスコットは羊毛フェルトだったし、基本的に手芸と聞けば何でも手を出すようだ。
手先が器用なだけでなく、色彩感覚やデザインセンスにも優れているようで、テュッティが自らデザインして作り上げたビーズアクセは、そうと言われなければわからないぐらいの出来。どうやら自分で使い切れない分は、城下のハンドメイドショップに卸しているらしい。
あのくらいの才能があれば、マサキとて手芸に手を出すのを躊躇いはしないのに……前菜《オードブル》を酒の肴とばかりに一杯のグラスワインを飲みきったシュウが、二杯目のワインを注文《オーダー》するのを眺めながら、マサキは流石にそこまで根の入る作業はやりきれる気がしない、と呟いた。
「それはさておき、お前、そんなペースで飲むんだったらボトルで頼めよ」
「色々な種類のワインを少しずつ飲みたいのですよ」
豆を裏ごししたスープが終わればメイン・ディッシュ。海老のグリルと鴨肉のソテー。それぞれ味わいながら、今更ながらにお互いの近況を報告し合う。最近始めたスポーツ、今読んでいる本……趣味の話もあれば、余暇の話もある。尽きない話題を肴に杯を重ね、四十分ほど。温野菜をふんだんに取り入れたサラダが運ばれてくる頃には、シュウは六杯目のワイン。控えるつもりでいたマサキも三杯目のワインを口にしていた。
「これ、帰ったらそのまま寝るコースじゃないか」
「寝ませんよ。昼から楽しみにしているのに。それともあなたはもう寝たいの、マサキ」
「俺はそこまで酔ってないけど、お前がな。酒が進み過ぎて途中で寝たこと忘れてないぞ。あのあと、俺は本当に大変だったんだからな」
一ヶ月ほど前。多忙な日々の合間に我慢ができなくなったらしい。チカを使ってマサキを呼び出したシュウは、久しぶりの酒にも関わらず大丈夫だろうと高を括っていたのだと云う。
ボトルを一本。普段のこの男の酒量からすれば、確かに嗜み程度の量ではあったのだけれども、それは身体の調子がいいからこそ。疲労が蓄積した状態で耐え切れる量ではなかったようで、ベッドに入って三十分ほどで糸が切れたかのように眠りに落ちてしまった。
マサキとしては憤懣やるかたない。
「あなたを目の前にすると気分が良くなってしまうのですよ」
「それで酒に手が伸びるって? 酔い潰れるんじゃ本末転倒だろ」
「どうせ飲むならより楽しい酒の方がいいでしょう」
シュウの弁解なのか自己主張なのかよくわからない言葉を聞きながら、マサキはサラダを片付ける。「お前も俺ぐらいの量で済ませてくれるなら、それでもいいだろうけどさ」
「あなたは少し酔ったぐらいの方が可愛くなりますしね」
サラダが終われば、デザート。口当たりのさっぱりしたソルベはオレンジの味がした。
ワイングラスを空けて、食後のコーヒーで口を濯ぐ。心地よい酩酊感。名残惜しさを感じながら会計を済ませ、荷物を手に店を出る。結局、ボトル一本以上のワインを飲んだシュウだったものの、悪酔いするまでには至っていないようだ。足取りもしっかりと、涼しげな表情で人気《ひとけ》もまばらになった街を歩いてゆく。
「来年は旅行にでも行きませんか」
アルコールの仄かな香り。ふと足を止めたシュウが、空を過ぎ行く飛行船を見上げながら云う。どこにとマサキが訊けば、「海でも山でもあなたの好きなところに」
マサキの好きな眼差し。微笑みを浮かべたときに少しだけ細まる瞳が、柔らかくマサキを見詰めている。
「本気にするけど、いいのか」
「そうでなければ誘いませんよ」
「来年になって忘れてたはナシだからな」笑いながら釘を刺す。
「大丈夫ですよ、マサキ。その代わり、行き先はきちんと考えておいてくださいね」
切って混ぜるだけのレシピでこれだけの言葉を引き出せるのだったら、来年は編み物ぐらいチャレンジしてみてもいいのではないだろうか。キッチンを貸してくれたミオに改めての礼の必要性を感じながら、マサキはシュウの少し後ろ。気分を高揚させながら家路に付いた。
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