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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

我欲、或いは欲望のバレンタイン(2)
前回のバレンタインネタを全力でぶち壊してしまっている気がしなくもないのですが、色んな要素を詰め込んだバレンタインがしたかったんです。ということでひとつ宜しくお願いします!
ラブラブやエロを書いていると、その反動で今度はアクションや戦闘シーンやコミカルな世界が書きたくなるんですよー。
 
予定では四回で終わります。ということで第二回です。
<我欲、或いは欲望のバレンタイン>
 
 すわ地震かと身構えたマサキだったが、地響きに合わせて細かく震えている大地が、大きく揺れ出すといったことはなかった。「何だったんだ……?」暫く様子を窺って動きを止めていたマサキは、やがて止んだ地響きに首を傾げながらもオーブンを開く。
「どこか遠くで地震があったのかもね。それか、震源が深かったとか」
「それにしちゃあ、結構な音だったけどな」
 綺麗なキツネ色に焼けたクッキーを皿に移して、二回目。天板に生地を広げようとしたところで、オオオオォ……と、今度は地の底から這い出て来ようとしている亡者の呻き声のような不気味な嘶《いなな》きが辺りに響き渡った。かなり近い。共振を起こしたキッチンの柱がギシギシと鳴る。耳が潰れるほどの大きさではないものの、矢鱈と耳に残る重低音。流石に物騒な状態にあると感じたのだろう。ミオが外の様子を窺いにキッチンを出た。
「ねえ、マサキ! ちょっと来てよ! あれ、ヴォルクルスじゃない!?」
 ヴォルクルス、という単語に慌ててマサキはキッチンを出て、玄関から外の様子を窺っているミオの後ろから顔を覗かせた。いる。数キロほど先の湾曲した大地の上に見間違えようのない禍々しいフォルムの巨大生物が三体。ゆうらゆうらと不気味にゆらめきながら、今まさに起立を果たそうとしている。
「何でこんなところにヴォルクルスが……」
 呟いて、あっ、とマサキは声を上げた。ここに来る前の町で買い物をしていた際に起こった不審な出来事。フードを被った人物に背後から液体のようなものをかけられそうになった。気付いたマサキがその人物を捕らえようとしたところ、身を躱されただけでなく、追跡さえも振り切られてしまった……。
 いつものことと軽く流してしまった出来事だったけれども、もしや。急ぎミオと二人、それぞれ魔装機に乗り込みながらその話をすると、「じゃあ教団の連中に後をつけられたかも知れないってこと? あたし、この家、気に入ってたんだけど」面倒事を避けたがる性格であるが故に、定期的に住居を変えているミオが云った。
「どうせいずれまた引っ越すんだろ。それが早まったぐらいじゃねえか」
「最近、面倒に感じることが増えてきたのよね。気分転換にもなるから、前は楽しめてたんだけど」
 起動準備《セットアップ》プログラムを走らせると、計器類に流れるように明かりが灯る。準備完了。《オールグリーン》マサキはコントロールパネルを叩く。装甲の硬いザムジードと同時に布陣を展開するとなると、壁役に置くのが適切な気がするが、それだと確実性は上がるものの、戦闘完了までに時間がかかる。周辺地域への被害や今日の予定を考えると、マサキとしては短期決戦で済ませたいところだ。「右と左。お前はどっちから攻める?」右手側には山。左手側には町がある。マサキが訊ねると、モニター画面の向こう側のミオが眉を顰めた。
「やだ、マサキ。単機撃破するつもり?」
「クッキー生地を出しっぱなしにしてるんだぞ。さっさと終わらせてえ。それに他の菓子の準備もある。ラッピングだって用意しねえといけないし、ぼやぼやしてる暇はねえだろ。そもそも四種作れって云ったのはお前だろ、ミオ」
「何なの、その理由。どんだけバレンタインの準備が大事なの。クッキー生地だってまた作り直せばいいだけじゃないの。どれもそんなに時間がかかるレシピじゃないのに」
「こういうのは準備している間も楽しみの内、なんだよ。その人の気分に水を差すような真似をしやがって……あー、瞬殺だ、瞬殺。料理の邪魔をしやがった罪深さがどれだけのもんか思い知らせてやる」
「そんな戦意の鼓舞の仕方、初めて見た。マサキ、バレンタインに執念持ち過ぎ。今年で世界が終わるってワケじゃないのに」
「馬鹿云え。今年を逃したら、また来年、じゃねえか。また一年、もやもやした気分で俺に過ごせって云うのかよ。大体、年に一度しかないイベントの前日に人を襲うってどんだけ野暮なんだよ。そんな奴に手加減なんざしてやる必要がどこにある」
「人は恋をすると変わるって云うけど、これは完全に我欲だよねえ」乾いた笑いを漏らしながら、それでもマサキの我侭に付き合うつもりらしい。「なら、右」とミオは云って、ザムジードを前進させた。
「二体は俺が仕留めてやるよ」マサキはミオを追う。
 忘れていたバレンタイン。去年の失態を取り返すのだ。その為のプレゼントの準備の時間など、どれだけあっても足りないぐらいだ……右側、山の裾野に近い平野に進んでゆくザムジード。マサキは左側に方向舵を切り、サイバスターを町近くの平原へと疾《はし》らせた。
「右方、1キロの位置にヴォルクルスを確認したニャ!」
 使い魔の声にマサキはコントロールを本格化させた。召喚儀式の分だけタイムロスがあるとはいえ、流石にここまで距離を詰めたとなると、ヴォルクルスも黙ってはいない。並び立つ三体のヴォルクルスが、一斉にサイバスターに向き直った。宙に浮かび上がる咒文の波。そこから膨大なエネルギーが砲撃となって放たれる。
「わらわらと湧いて出やがって! 一匹見かけたら百匹いるってのはてめえのことだよな!」
 サイバスターの回避性能がどれだけ高いとしても、迂闊に避けて町に直撃させる訳にはいかない。そのぐらいの判断力はマサキにも残っている。マサキはサイバスターへのダメージ覚悟で剣を振り回して砲撃を散らした。一閃、また一閃。波となってサイバスターを襲う砲撃の威力に押し切られないように、小刻みにコントロールパネルを叩き続ける。
「背後ががら空きなのよ!」
 その隙を突いて、ヴォルクルスの背後にザムジードを滑り込ませたミオが、一番近い位置にいる一体の背中に拳を叩き込んだ。「あたしが二体貰ってもいいのよね、マサキ!」姿勢を崩したヴォルクルスを無視して、その隣。尻尾を払いながら振り返ろうとしているヴォルクルスを中心に広域攻撃《レゾナンスクエイク》を撃ち込む。
「云ってろ! ほら、こっちも行くぜ!」
 マサキはミオの不意打ちを食らって動きの鈍った三体のヴォルクルスの目の前に躍り出た。右に左に繰り出される攻撃を躱しながら、完全に乱戦となった戦場の中、剣を振るってその肉を断つ。とはいえ、そこは腐っても破壊神。いかに気力充分の魔装機神が二体がかりでも、簡単には倒されてはくれない。
「斬っても斬っても倒れりゃしねえ! 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえって格言を知らねえのかよ、こいつらは!」
「ちょっとマサキ! 戦闘中に笑わせるの止めてくれない!?」
「ぶち壊す! 絶対にぶち壊してやる! クッキー生地が駄目になったらてめえの所為だからな、|風の精霊《サイフィス》! 覚えておきやがれよ!」
「どんなとばっちり!? そこはヴォルクルスって云っておきなよ!」
 町近くからヴォルクルスを引き離すべく、山際に誘導しながら挑発を兼ねた攻撃を繰り返す。相当にダメージを与えたとはいえ、元々の耐久性が桁違いの破壊神。遠近中距離とバランスのいい攻撃能力を持っているザムジードは、機体の防御性能の高さもあり、まだまだ戦えそうだが、近距離攻撃が主のサイバスターは、機動力と回避性能の高さが売りだ。どれもコントロールのスピードに頼る部分が大きいだけに、その性能は操者であるマサキの耐久性に比例する。それはサイバスターの性能が、戦闘が長引いた分だけ落ちることを意味する。
「あああああっ! いい加減にしやがれ!」
 そう叫んで、何度目の攻撃を食らったサイバスターに襲いかかる衝撃《バック・クラッシュ》に耐えながら、マサキが剣を振り上げた瞬間だった。忙しなくコントロールを続けた腕は、既に肘から先が痺れて感覚を失いつつあった。それがふっと楽になった。
 ――今ならどんな逆境も跳ね返せる気がする。
 同時に感じる万能感に、マサキは口元を歪ませた。どんな気紛れかはわからないが、マサキの盛大な愚痴を耳にした風の精霊サイフィスは、その力を貸そうと決めたようだ。瞬時にして、手に、足に。漲《みなぎ》る力が、マサキの全身を駆け巡る。
 |白亜の機神《サイバスター》が咆哮する。マサキの戦意に応えるがの如く。
「いやいやいや! なんでそのタイミングで共鳴《ポゼッション》するのよ! ちょっと|風の精霊《サイフィス》はマサキに甘過ぎるんじゃないの!?」
「日頃のコミュニケーションの賜物ってな! 行くぜ! ちゃんと付いてこいよ、ミオ!」
 こうなれば大勢は決したも同然だ。圧倒的な力で以ての攻撃。マサキの思うがままにヴォルクルスの身体が切り刻める。深手を負ったヴォルクルスの動きは云わずもがな。鈍さを増し、次第に大人しいものとへと変わってゆくヴォルクルス。稀に攻撃を放ってくることもあるものの、それに神と呼べるほどの強大さはなくなっていた。
 攻撃を受けたサイバスターに走る衝撃が心地いい。まるで揺り篭の中にいるかのようだ。マサキは巧みにサイバスターを操っては乱舞を繰り出す。風の精霊サイフィスの恵み。共鳴《ポゼッション》。彼女の祝福を受けたマサキは果てのない高揚感の中、手足以上に自在に動くサイバスターを操って、一体、また一体とヴォルクルスにトドメを刺してゆく。
「悪いな、ミオ! 星取りは俺の勝ちだぜ!」
「マサキの我欲に負けるなんて!」
 とはいえ、大地の精霊ザムージュに守護されし魔装機神ザムジードの操者にも意地がある。ヴォルクルス最後の一体は、ザムジードが腹部を打ち抜いてトドメを刺した。「ああ、疲れた……」断末魔の雄叫びを轟かせながら大地に沈んだヴォルクルスの姿を見届けたミオが、モニターの向こうで凝り固まった首を鳴らす。
「まだ後始末が残ってるだろ。再生されたら苦労が無駄になる」
 ひと欠片の細胞片があれば再生を果たせるサーヴァ=ヴォルクルス。三体のヴォルクルスが沈んだこの平原のどこかに、その細胞片が残っている可能性がある。マサキがそう口にすれば、ミオは気楽なもの。
「広域迎撃兵器《サイフラッシュ》の空撃ちでいいんじゃないの」
「そりゃ、一回はそれに使おうと思って残してはあるけどよ」
 ヴォルクルスは撃破したものの、自分を襲おうとした不審者の行方が知れない状態なのだ。この状態で、サイバスターの切り札のひとつでもある広域迎撃兵器《サイフラッシュ》を使い切ってしまっていいもなのか……マサキは悩んだ。かといって、万が一の討ち漏らしがあって、ヴォルクルスが再生を果たそうものなら、折角のサイフィスの好意たる共鳴《ポゼッション》が無駄になってしまう。
「何を悩んでるのよ。さっさと始末をつけないと。更に厄介なことになったらどうするの、マサキ。そしたらバレンタインの準備どころじゃなくなっちゃうよ?」
「俺を襲った不審者はどこに行ったって話なんだよ。ヴォルクルスを召喚して逃げるなんてことあんのか? ついでと襲ってきそうな気もするんだけどな」
「そりゃ、そうだけど。だからってヴォルクルスの後始末をしなくていいってことはないでしょ。それに不審者が魔装機に乗れるとは限らないしねえ。もしかしたらそれが理由で出て来ないだけかも」
 ミオがそこまで口にした瞬間。耳をつんざく爆発音が山間《やまあい》深くから轟いてきた。突然の発破音に驚いたマサキが山を振り返ると、山頂近くから白煙が吹き上がっているのが見える。
 もうもうと吹き上がる煙はまるで噴火直前の火山のようだ。「何だ。第二陣か?」その奥に巨大なシルエットが浮かんでくるのが見て取れる。影は徐々に色を濃くして、煙の前に姿を現した。
「やだ、マサキ。運がいいんだか、悪いんだか」
 繊細な一面を持ち合わせる乗り手とは相反する青いカラーリングの無骨なフォルム。|青銅の魔神《グランゾン》はマサキたちの存在に気付いていたとばかりに、姿を見せるなり、迷わずこちらに向かって山肌を滑り降りて来た。
 
 
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