暫く膠着状態が続きます。というか、決着するのは一瞬の予定なので……
<wndering destiny>
翌朝、シュウが目を覚ますと、ベッドにマサキの姿はなかった。
荷物が残されていることやルームキーを持って出て行っていることなどから、食事を買いに出かけたのだろうと判断したシュウが待つこと暫く。室内トレーニングにも飽きたからという理由で、ジョギングに出たようだ。ついでとコンビニで冷食を買ってきたマサキがハーフパンツ姿で部屋に戻ってくる。
「ピザとうどんを買ってきたけど、どっちがいい?」
「極端な二択ですね」
シュウはテーブルの上に展開していた情報収集用のホログラフィックディスプレイを消した。展開したままでも食事に支障はなかったが、気分の問題だ。ついでに高性能小型携帯端末《ハンドブック》を一度片付け、電子レンジで調理を始めたマサキを振り返った。
「うどんはあなたが食べたくて買ってきたのでしょう。ピザで結構ですよ」
「ピザもなんとなく食べたい気分だったんだよ」
「なら半分ずつシェアしましょう」
「それ、いいな」
長旅で必要とする場面が多くあったようだ。バックパックの中から使い捨ての食器を出してきたマサキが、調理を終えたうどんとピザを取り分けてシュウに渡してくる。マルゲリータに素うどん。シンプルな食事が寝起きの腹には有難い。シュウは対面に座ったマサキと軽く会話をしながら食事を進めていった。
「何か変わった様子はありましたか」
「外か? 特にはないな。おかしな連中を見かけることもなかったしな」かぶりついたピザを大して咀嚼もせずに飲み込んでマサキが云う。「って云っても、奴らが俺が顔を知らない連中を動かしている可能性もあるしな」
「もう少ししたら、場所を変えようかと考えているのですが、あなたはどう思います」
「そうなる前に、奴らの本拠地を見付けて欲しいもんだがな」
「善処しましょう」
朝食を終えたシュウは早速、高性能小型携帯端末《ハンドブック》を開いた。
人類の歴史からすれば、瞬きほどの時間もないぐらいに中東極右派《マウシム》の歴史は浅かったが、連邦政府化してからの地球にとっては歴史のある反体制組織だ。テロの規模からしても、かなりの構成員を抱え込んでいるのは間違いない。
そうである以上、どこからかは綻びが出るものだ。
組織というのは一枚岩ではない。組織の規模が巨大化すればしただけ、上層部は末端の人間の動きに目が行き届かなくなる。末端構成員にしても同様だ。巨大な組織では、上層部と直接的な交流は持ち難い。それがトップのカリスマ化にプラスに働くこともあったが、大抵は不満を溜める方向に向かう。野心を持つ構成員なら尚更だ。いつでも寝首を掻けるよう準備をしている下位構成員もいることだろう。
シュウはその綻びが、形となって自らの目の前に現われるのを待っているのだ。
人の口に戸は立てられぬ。彼らはその不満を誰に吐露すべきか悩むだろう。組織の人間に吐き出してみたところで、待っているのは徹底した教育活動による『洗脳』か、反乱分子としての『処分』だけだ。それなら外部の信頼出来る人間に――と、なる人間は必ずいる。シュウが狙うのは、その外部の人間たちだ。そうやって情報を受け取った人間の中には、情報を洩らしたことで降りかかる危険に無頓着な人間もいるだろう。そうした無自覚な裏切り者《スピーカー》たちが洩らした情報は、回り回ってこの広大且つ即時的なダークウェブに姿を現す……。
とはいえ、闇雲にダークウェブを彷徨う訳にはいかない。ある程度の指向性は必要だ。
シュウは効率的に情報を収集出来そうなルートを探っていた。こちらに手持ちのカードがない情報網には潜り込めない。そもそも、総合科学技術者《メタ・ネクシャリスト》とて、科学や技術の全てに対して万能ではないのだ。人文系に弱いシュウは、自身が有する理系知識を活かせそうなルートを辿るべく、ダークウェブの住人たちと交流を続けていた。それ即ち兵器開発。ここから中東極右派《マウシム》がテロで使用した爆発物の構造――或いは、そこに使用された部品や化合物に辿り着ければ、目標とする拠点情報まではあと一歩の筈だ。
「本屋にでも行きてぇな」
流石にテレビを見ながらのトレーニングには飽きたようだ。外の世界との接点を求め始めたマサキに、悪くない傾向だとシュウは思いながらも、果たして今、彼をそうそう外に出していいものか悩んだ。
ドバイ警察が敷いている検問が成果を挙げていないからだ。
シュウが悩むのと同じように、情報網《ネットワーク》内の情報も錯綜していた。検問に不審人物が引っ掛からないことで、テロリストたちがドバイ市内に潜伏しているのか、それともドバイを抜けているのかが読めなくなってしまったからだろう。精査の必要な水準の高い情報は少なく、それらについても、中東情勢を元とした推測や憶測ばかりだ。
シュウとしては、既に中東極右派《マウシム》の構成員たちがドバイを出ている説を推したいところではあったが、テロリストという生き物は、こちらの意図の裏の裏の裏を読んで動いてくることがままある。マサキが狙われた以上、定石《セオリー》に当て嵌めようとするのは危険であったし、そうである以上、こちらの動きが筒抜けになっていると想定した動きをするに越したことはなかった。
無論、マサキもそれは理解しているのだろう。
だから朝の早い人の少ない時間を選んで、彼は外にジョギングをしに出て行ったのだ。そしてだからこそ、人の多い時間帯となった今、シュウにきちんと許可を得て外出しようとしている。
「ゲームでもしますか」
シュウは真向かいに腰を落ち着けたマサキに問い掛けた。
「はあ? 玩具屋でゲーム機でも買って来いってか?」
「いえ、私の地上用のスマートフォンを貸すという意味ですよ」
「そういう便利なモンを持ってるなら先に云えよな」
目の色を変えたマサキにシュウは席を立ち、自らの荷物の中に仕舞いっ放しにしていたスマートフォンを取り出した。地上の知り合いと連絡を取るのに使用しているスマートフォンだが、地底世界に生活の拠点を移したシュウに連絡が付かないことが多いからだろう。着信があることは滅多にない。
とはいえ、全く着信がなかったという訳ではなかったようだ。マナーモードにしていたスマートフォンの画面に表示されている着信通知に、シュウが念の為と留守電を確認してみれば、査読依頼が三件、論文共著の誘いが一件、食事の誘いが二件吹き込まれている。少し待つようマサキに告げて、それらの用件にひとつひとつ対応してゆく。
「お前、何だかんだで顔広いのな」
「あなたには負けますよ」
活動的なマサキは操縦者《パイロット》に限らず知り合いが多い。ロンドベルの戦艦内でもそうだった。あの寿司屋の大将にしてもそうだ。見た者に強い印象を残す覇気ある若者に魅せられる者は多いのだろう。地底世界に限らず地上でも勝手に知り合いを増やしている節がある。
対してシュウの知り合いは限られたものだ。王族《ロイヤル》時代からの知り合いと学会に与するようになってからの知り合い。シュウが置かれている状況に於いても見捨てずに付き合いを続けてくれるのは有難いが、その付き合い方は何処か表面的だ。マサキのように相手の懐にすっと入り込んでゆくような付き合い方は出来ない。
それを羨ましがったり妬ましがったりすることはなかったが、彼の豊かな人脈を目の当たりにすると、自分の世界が極々限られたカテゴリの中の、せせこましく小さな場所に過ぎないことを思い知らされる。それがシュウには少しだけ哀しかった。王室という巨大な籠を出て、広大な世界で生きているのにも関わらず、自分の世界は狭いままだ――と。
「……ゲームって、チェスかよ」
スマートフォンを弄ったマサキが画面に映るアイコンを目にして、気落ちした声を発する。
「お気に召さないのであれば、好きにゲームをダウンロードしてくださって結構ですよ。ゲーム内課金は遠慮して欲しいですがね」
「買い切りでなんかねえかな」慣れた手つきでスマートフォンを操作したマサキが、ふと思い立ったように顔を上げた。「お前、好きなゲームないのかよ」
「思考ゲームは好きですが、あなたの好みではないでしょう」
「アドベンチャーなら出来ないこともねえがな……俺はFPSとかACTとかの方が好きだな」
「そうだと思いましたよ」
予想通りのマサキの返答に、自然と口元が緩む。
「時間もあるし、のんびりRPGでもやっか」
どうやらやるべきアプリを見付けたようだ。ピコピコと音を立て始めたスマートフォンに、シュウは目の前のホログラフィックディスプレイの群れに視線を移した。
出来れば今日明日で、目指すルートへの入り口を開きたい。
それがマサキにとっては勿論のこと、シュウにとっても精神衛生上一番いい展開だろう。昨晩の口論を振り返りながら、シュウは行き詰まりにある自分たちの現状を打破するには、状況を動かすしかないという結論に至っていた。
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