忍者ブログ

あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

まだ見ぬ未来へ
クリスマスシリーズの番外編です。
ちょっとだけ修正しました。

本当はもうちょっとシュウマサに語り合わせるつもりでいたのですが、ここまでやっちゃったらそんなの蛇足だよなと思って止めました。そこは皆様で好きに想像していただければ!



<まだ見ぬ未来へ>

 命が潰えたその瞬間に、平坦なその声を聴いた。

 ――何度、繰り返しても、あなたは同じ選択をするのですね。

 麗しき風の精霊は、シュウの願い通りに命を奪った。心臓を一突き。風の刃に貫かれたシュウの身体は、地獄の業火に包まれているかのような痛みに晒されたが、その苦しみも長くは続かない。心臓から手足、そうして脳へと、瞬間的に広がった倦怠感。呆気なく生命活動を終えた身体が床に沈むのを感じる取ることなく、シュウの精神は暗闇の果てに小さく浮かぶ光点に吸い込まれていった。

 ※ ※ ※

 精霊界の山の頂に、その日、英霊の魂が眩い光を放ちながら堕ちてきた。
 それをマサキは、平原にごろりと転がっている巨石の上で見た。周囲には、淡い光を放ちながら浮かんでいる球。手のひらほどの大きさのそれが、ふわりふわりと、新たな仲間の訪れを喜んでいるかのように左右に舞った。
 蛍の光ににも似た輝きは、現世での|罪業《カルマ》を昇華した魂であるらしい。再び現世に生れ落ちるのを待つ彼らは、最早人の形を取ることもなければ、言葉らしい言葉を発することもない。だのに、確かに伝わってくる感情がある。
 ――◎▼※♪ ◇◆■♪□▼……
 どうやら彼らはマサキを祝福しているようだ。温かな想いが、プラーナに乗ってマサキの身体に流れ込んでくる。
 何を云ってるんだ? マサキは首を傾げた。そうして今しがた英霊が堕ちてきた山の頂に目を遣った。燃えている。燦然と光り輝く木々に岩肌。迎え入れられたばかりの魂の力強い輝きが、辺りを照らし出しているのだ。それに気付いたマサキははっとなった。あれだけの光を生み出せる魂ともなれば、余程の貴人に違いない。
 まさか――マサキは顔を青褪めさせた。
 ふわりふわりと周囲を舞う光の球の群れが、風に流されるようにして山に向かって進んでゆく。そんなことがある筈がない。マサキは尻をずりながら巨石を降りた。そして数メートル先を往く光の球の群れを睨み付けながら、祈るような気持ちで一歩を踏み出した。

 未練が残る死だった。

 世界を平定に導いた風の魔装機神が操者、マサキ=アンドー。またの名を剣聖ランドール。古の英雄の名を継いだマサキを、人は崇め奉った。比類なき名声と、地位と、立場。生を謳歌しきって死したマサキは、だからこそ決して長くはない人生を幸福に閉じたのだと、世間に評価された。
 けれども、そうではない。そうではないのだ。
 精霊界の天上に揺らいで広がる地底世界の映像《ビジョン》を、マサキは孤独に眺めていた。たったひとりの番を残して先に逝かなければならない己。彼は果たして、自らに与えられた生を全うしてくれるだろうか? マサキが気掛かりを覚えたのは、全身全霊を懸けて自らを愛してくれた男のその後の人生だった。
 思い切りの良過ぎる男なのだ。
 艱難辛苦の道であろうと己の心が導くがままに。数多の敵を作ろうとも、自らを偽ることなく前に進んでゆく。そうした男の自由な生き様に、マサキはある種の憧憬の念を抱いていた。どうせ縛られるのであれば、あの男のように自らの信念に縛られて生きてゆきたい――口にすることのなかった本音を、マサキは幾度、砂を噛むような思いで飲み込んだことだろう?
 闇に咲く一輪の白百合のように、ひっそりと。知る人ぞ知る気高さを纏って孤高に生きる男は、同じ世界に生きる人間の羨望と尊敬を一身に集めていた。陽の当たる場所で生きるマサキとは正反対。彼が前例のない奇禍に見舞われていなければ、マサキは彼と運命を交錯させることもないどころか、地底世界に召喚されることもないままに、ただの安藤正樹として生涯を終えていたに違いない。
 運命とは偶然の連鎖で出来ている。
 我が道を往く男と交わったマサキは、抵抗をする間もなくらいに呆気なく、彼が背負っている運命に巻き込まれていった。邪神教団との戦い。そして三柱神との戦い……マサキは幾度となく彼とともに同じ戦場に立ち、幾度となく彼とともに死線を潜り抜けた。皮肉屋で、捻くれた性格の男との共同戦線は一筋縄ではいかず、マサキは数知れぬほど彼と喧嘩を繰り返したものだったが、それでも拒絶しきれない何かが彼にはあった。
 それこそが彼が自分に向けている好意であると、マサキが気付いたのはいつのことだったか。
 好意を確かめ合うよりも先に、結んでしまった肉体関係。だらしないことの嫌いな性格を自負していたマサキにとって、それは一種の転換点でもあった。何故、どうして。マサキは繰り返し、自分に問いかけた。彼に身体を差し出してしまった自分は、自尊心と何を天秤にかけているのだろう。
 これで終わりにしようと幾度も思っては、その誓いを容易く覆してしまう。そうした状況を不条理であると感じていたのは、他でもないマサキだった。欲に溺れているだけにしては、苦痛も多い行為。そもそも、悠然とマサキを抱くあの男は、どちらかというとマサキを人間というよりは人形のように扱っているようにも感じられたものだったのに。
 それでも引き離せない縁。触れられるだけでも心が逸る。迷い悩みながらも、馴染んでゆく身体と心にマサキは自覚した。これは明確な好意だと。
 そこからは坂を転げ落ちるようだった。
 一歩を踏み出したマサキに世界は優しかった。全てを受け入れ、赦してくれた仲間。そうして世界でたったひとりの番となった男。ひたすらに愛し、愛された人生の始まりは、今思い返しても、マサキの胸を甘やかに締め付けた。
 これ以上の幸福など他に知らないと云い切れるほどに、かけがえのない時間。積み重ねたクリスマスの思い出は、彼とふたりで生きてゆくというマサキの決意の表れでもあった。

 だのに。

 嗚呼、自分はなんて愚かで無様な死に方をしてしまったのか。平原を抜けたマサキは、後悔の念の駆られながら山を登って行った。
 或る日突然に希望を取り上げられた男の嘆きなど、見ずともわかる。そもそもが掌中の珠を愛でるようにマサキを扱う男だったのだ。縋るようにマサキを掻き抱き、愛していると何度も口にしてきた日もあった。一生ですよ。そう口にして、終わらない口付けをマサキの口唇に落としてきた日もあった。だからマサキは怖かった。思い切りのいいあの男が、自分の後を追ってきたりしやしないかと。
 張り裂けそうになる胸を無理に押さえ込んで、マサキは平静を装い続けた。大丈夫だ。そう云い聞かせて、いつかこの痛みが癒えた先に、年老いた男がこの地を訪れるだろうと信じて、平原の巨石の上を自らの居場所に定めた。そうして、精霊界の天上に不規則に映し出される|映像《ビジョン》に、男の姿が見えやしないかと空を見上げ続けた。
 見えることのなかった姿は、この瞬間を迎える為の布石だったのだろうか?
 マサキは光の球の群れを追い続けた。険しい山道も、魂だけとなった身には苦でもない。一歩、また一歩と地を踏みしめて進む。嫌な予感は、微かに感じ取れる英霊のプラーナで確信に変わりつつあった。
 さやさやと風が吹き、木の葉がかさかさと揺れる。山の頂を照らし出す眩い光は、もうそこまで。掴み取れるくらいに近くなっていた。

 ――幸せになりなさい。

 ふと、マサキの耳をサイフィスの声が掠めた。とん、と背中を押す風の塊。よろけるように前に進み出ると、視界が開けた。
 岩場の中央に、すらりと伸びる長躯が立っている。
 馬鹿。声を押さえてそう呟いたマサキは彼に駆け寄った。そして彼の薄くも筋肉質な胸を何度も叩いた。
 ――馬鹿、この馬鹿。なんで、お前……
 ――あなたと離れて生きるなど、考えられないからですよ。
 周囲を舞う光の球に照らし出された彼の表情は、まるで命さえも自らの思うがままに扱えると思っているような余裕に満ちたものだった。それが小憎らしくて、けれども懐かしくて、そして愛おしくて仕方がない。馬鹿野郎。マサキは彼に力一杯抱き着いた。彼の魂に触れるのは初めての経験だったが、これまでにも何度も触れてきたかのような既視感がある。
 ――会いたかった。
 その言葉を口にしたのが、どちらが先かはわからなかった。息が詰まるほど強く、魂の芯を抱き締められたマサキは、その瞬間、ずうっと堪えていた涙を瞳から溢れ出させた。







PR

コメント