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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

2022X'mas「White Christmas.(3)」
間に合いましたよ! 年内最後の更新です。
どうにかシュウマサが出揃う所まで話が進みました。

本年はお世話になりました。寄り道の多い一年でしたが、温かく見守りお付き合いくださった皆様のお陰で、充実したサイト活動を送ることが出来ました。謹んで御礼申し上げます。どうか来年も、気の向くままにお付き合いいただけますと幸いです。

では、皆様よいお年を!
<White Christmas.>

 眼下には冬の海。白い波頭が雪のちらつく空と相俟って、貫くような寒さを伝えてくるようだった。地上世界を一路目的地に向かう青銅の機神グランゾン。そのコントロールルームで楽しみな筈のクリスマス休暇に気掛かりをひとつ残しているマサキは、操縦席でコントロールを続けているシュウの膝の上。床上に、或いは計器の上にとめいめい居場所を決めて、のんびりとくつろいでいる使い魔たちを眺めていた。
 結局、マサキはリューネや一部の操者たちとの間に漂う微妙な空気を改善出来ないまま、クリスマス休暇に突入することとなってしまった。
 しかし、如何に彼らとて、公私の切り分けは出来ているらしい。彼らはいざ戦いの場となれば、スタンドプレーに走って隊列を乱すようなこともなく、素直にマサキの指揮に従ってみせた。だからこそ、無情《ドライ》に物事を断じてみせるヤンロンなどは、彼らとはこのままの関係でも構わないだろうと云ってきたものだったし、マサキ自身もそれでいいだろうと思ってはいる。
 ただ、問題なのはプレシアなのだ。
 ラ・ギアス世界におけるマサキの心の拠り所のひとつである義妹は、現在のマサキたち操者の関係に思う所があるようだ。元にはもう戻れないの? 彼女自身はそれがマサキの選んだ道であるのであれば、受け入れるより他ないといった態度ではあったものの、全ての仲間が自分と同じようにマサキの選択を受け入れられない現状を良しとは出来ないようで、折に触れては寂し気にマサキの目の前でそう呟いてきたものだ。
 ―――それは理想だけどな、プレシア。現実ってのはそう上手く纏まるもんじゃないんだ。
 マサキの言葉に従うような素振りをみせたプレシア。けれども完全に承服はしかねたのだろう。彼女はマサキの目の届かぬ所で、彼らへの働きかけを繰り返しているようだ――……。
「浮かない顔をしていますね」
 自身の顔を覗き込んでいるシュウを振り仰ぎながら、マサキはそんなことはねえよと咄嗟に言葉を返していた。本当に? 尋ねられたマサキは、覚悟はしてたことだしな――。そう答えて、グランゾンのコンパウンドアイの向こう側に広がっている景色に目を遣った。粒を増す雪。いつしか限りなく続いていた海原の果てに沿岸が臨めるまでになっている。
「グレートブリテン島ですよ、マサキ」
「お前は流石に、俺と違って迷わねえよなあ」
 小さく島影を映している海上。冬の海は荒れている。きっと海岸辺りは高い波が迫っていることだろう。マサキは島影を良く見ようと目を凝らした。以前、この国を訪れたのは大戦の最中だった気がする。
 それこそが今年のクリスマスを地上で過ごすと決めたシュウとマサキの目的地、United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland。紳士の国、英国《イギリス》だった。
「それは勿論。方向音痴というのは一種の才能ですしね」
「嫌味かよ。俺だってどうにかしようとは思ってるんだぜ」
「その表情ですよ、マサキ。あなたのいつもの表情。せめてクリスマスを過ごす間くらいは、そうしたあなたの表情を眺めていたいものですよ」
「大丈夫だって。俺自身は割り切ってるんだから」
 本場のクリスマスシーズンを味わってみたいらしいシュウは、どうやら以前に情報収集を行ったことがあったようだ。何処に行こうか。昨年、来年のクリスマスの予定を尋ねたマサキに、即座に英国《イギリス》はどうですか? と返してきた。何でもクリスマスシーズンになると、巨大な移動遊園地がロンドンの中心部に展開されるのだそうだ。
 しかもその敷地内にはクリスマスマーケットも併設されるという。その屋台《シャレー》の数はなんと100にも上るというのだから、とてつもない規模の移動遊園地であるのは間違いない。
「あなたと過ごした子どもの頃のクリスマスの思い出ですよ、マサキ。ラングランの城下町で観覧車に乗せてもらったあの思い出は、私にとってはとても大切なものでした。ですから、以前、地上に出た時に何気なく耳にしてから、私はずうっとこの巨大な移動遊園地を訪れてみたかったのです。まさかあなたとふたりでこうして訪れられる日が来るとは思ってもいませんでしたがね」
 そう云って穏やかに微笑んでみせた男は、その日の訪れをマサキよりも待ち望んでいるようだった。いよいよクリスマスが近付く頃になっての入場チケットの入手は相当の争奪戦であったようだが、流石は十指に及ぶ博士号を有し、科学者として地底に及ばず地上世界の世界各国にも影響力を持っているだけの男ではある。無事に二人分のチケットを手に入れてみせたシュウは、喜びを隠しきれない表情でマサキにそれを伝えてきたものだった。
「しかし、ジェットコースターに観覧車だの、アトラクションハウスだの。おまけにイベントステージにサーカスやアイスリンクまであるんだろ? どれだけの規模の移動遊園地なんだろうな。てか、そんな規模じゃ一日じゃ回り切れないだろ」
 憂いを抱えていようとも、いざその瞬間が近付けば胸が騒ぐ。クリスマスマーケットは確定として、他のアトラクションはどれから見て回ったものか。マサキは振り仰いでいるシュウの頭に手を回した。操縦が出来なくなりますよ。笑いながら自動操縦に切り替えたシュウが、マサキの顔を端近に望める位置にまで顔を寄せてくる。
「遊び尽くす気満々のようですね、マサキ」
「そりゃあな。こんな経験、二度と出来なさそうじゃないか。なあ、シュウ。お前だったら何をしたい? 俺は観覧車には絶対に乗りたいんだけど」
「あなたと同じですよ、マサキ。クリスマスマーケットと観覧車、この二つは外せないですね。他はのんびりと見て回ってくださっても結構ですよ。チケットは二日分、取ってありますので」
 まるでマサキの考えを見抜いていたかのように、先回りして二日分のチケットを用意しておいたと宣ったシュウは、虚を突かれて言葉を失っているマサキの口唇に愛し気にもそうっと口付けてきた。嬉しくないの? 軽く口唇を吸った後に、息がかかる程の至近距離で問いかけられたマサキは、そんなことがあるもんか。身体を捩じるとシュウの身体に力一杯抱き付いた。
「アイスリンクも行きたい」
「そう云うと思ってチケットを取ってありますよ。スケートは初めてですが、教えてくれますか?」
 頷いたマサキは続けた。サーカスも見たい。
 そのチケットも手配済みだと云ったシュウに、流石にマサキは笑いを堪えきれなくなった。お前、どこまで手回しを済ませていやがるんだよ。声を上げて笑うマサキに、全部ですよ。澄ました表情でしらと云ってくるものだから、マサキとしては呆れるやら可笑しいやら。
「良かったですよ、あなたのそういった表情が見られて。そんな風に屈託なく笑う姿を、もう久しく見ていなかった」
 マサキの顔を仰がせたシュウは、凝《じ》っと。両手で頬を包みつつ、目前にマサキの顔を捉えた。
 確かにシュウの云う通りだった。
 幾ら覚悟をしていたとはいえ、長く苦楽をともにしてきた仲間である。それまでのように付き合えないという現実は、マサキにそれなりのストレスを感じさせていた。決してマサキ=アンドーという人間の性質そのものが変わってしまった訳ではない。ただシュウ=シラカワという男を人生のパートナーに選んだだけのこと……そのささやかな変化を、手離しで受け入れられない人間がいるのは仕方ないこと。そう自分に云い聞かせてみたところで、現在進行形で続く精神的な負荷である。
 現実に直面させられ続けているマサキは、きっと疲れてしまっていたのだろう。
 あれだけ愉しみにしていたクリスマスシーズンの到来を、心から喜べなくなってしまっていたほどに。
「ねえ、マサキ。あなたの望みなら何でも叶えてみせますよ。ですからせめて、このクリスマスシーズンの間くらいは、全てを忘れて楽しみましょう。あなたの笑顔が私にとっては何よりも救いなのですから」
 ああ、と頷いたマサキの身体を返したシュウは、自動操縦を解除し、自らグランゾンの操縦をすべくコントロールキーへと手を伸ばして行った。
 彼を取り巻く現在の状況がどういったものであるのか、シュウは決してマサキに語ることをしなかった。折に触れてマサキが尋ねてみるも、ただ大丈夫ですよと繰り返してみせるばかり。恐らくは似たような状況にあるのだろう。モニカとサフィーネ。シュウの為に家族さえも捨ててみせたふたりの女性が、そう簡単に身を引いてみせる筈がない。
 そもそも本当に全てが丸く収まったというのであれば、シュウの性格である。進んでマサキに話を聞かせてみせることだろう。それが起きてないということは、彼の状況もマサキに等しく決して明るくはないということだ――。そこまで考えてマサキは首を振った。今さっきシュウに云われた先から、自分はまた自らままならない状況について考えを及ぼしてしまっている。
 見知らぬお節介な他人はしたり顔で云うだろう。理解してもらう為の努力も必要であると。
 そういった時期はとうに過ぎたのだ。
 そもそも何を努力しろというのか。言葉を尽くせ? それは何を? 生半可な感情で付き合える相手ではないことぐらい彼らとて承知している筈である。破壊神サーヴァ=ヴォルクルスという巨大な怨念に操られてラングランや地上世界を壊滅的な状況に追い込んだシュウは、けれども自意識を取り戻した。それからの彼の生き様は、マサキに限らず彼らもその目で見てきたことだろう。マサキはだからこそ、シュウ=シラカワという人間を信じ、自らを委ねる決意をしたというのに……。
「なあ、シュウ」
 考えても詮無いことをいつまでも考えても知恵は生まれない。マサキは今度こそ本当に考えることを止め、新たに生まれた疑問をシュウに尋ねることにした。
「沿岸までこの距離だってことは、もうイギリスの領海に入っているんだろ? この先どこにグランゾンを停めるつもりなんだ」
「云っていませんでしたか、マサキ?」
 シュウは涼し気な表情で正面を見据えながら、グランゾンを操縦を続けていた。沿岸の街の灯りが見えるまでに、イギリスへと近付いたグランゾン。このままだとイギリス本土に上陸することだろう。
「強い伝手《パイプ》を得ている研究所があるのですよ。グランゾンのメンテナンスをさせるという条件で、そこの格納庫を使わせてもらえる許可を得たのです。科学と練金学、両方の理を有するこの機体は、科学者たちにとっては垂涎物の技術の宝庫のようですからね」
「セニアが頭を抱えるんじゃねえか、それって」
 如何に表裏一対とはいえ、地底世界の技術と地上世界の技術には千年単位の開きがある。理性に統べられし地底世界の人間たちは、蓄えられた自世界の技術が流出するのを快くは感じていないようだった。当然だ。それがまかり通ってしまっては、これまで自然と構築されてきた地上世界の摂理を破壊しかねない。
「グランゾンは私の私物ですよ。その使い方に口を挟まれる筋合いもないとは思いますが」
「そういう態度があいつの気苦労を増やすんだよ」
「グランゾンに使われている技術を手に入れた彼らが妙な色気を出すようであれば、私が断罪するまでのこと。セニアやウエンディに迷惑を掛けるような事態にはしませんし、させませんよ」
 その言葉が不穏なんだよ。思わず溜息とともに洩らしてしまっていたマサキの台詞に、シュウはただ微笑んでみせるだけで済ませ、ほら、マサキ。グランゾンのコンパウンドアイ越しに色を鮮やかにしてゆくイギリスの大地を指差した。もう直ぐイギリスの大地に上陸しますよ――と。


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