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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

LastX'mas(了)
これにてリクエスト作品は全て終了になります。

今回のリクエストは「マサキの死後、シラカワさんが一人で過ごした最初のクリスマス」でした。リクエスト有難うございました。

あまり長く彼の悲嘆を読ませ続けても、と思ったのでさらっと終わらせましたが如何でしたでしょうか。ラストには思うところが出来る作品となりましたが、彼らの関係のひとつの結実の形であると捉えてくれれば幸いです。

私が書きたい彼らのクリスマスについては、また後程ゆっくりと書き上げて行きたいと考えていますが、内容的には昔書いた「Kiss'in X'mas」の焼き直しになります。
あの話、気に入ってたんですよね。ログを消失してしまったのが悔しいので、今の私の力量で書き上げたいと思う次第です。

三年に渡って続いたクリスマスイベント最後の作品、「LastX'mas」。
では、本文へどうぞ!
<Last X'mas>

「ああ、良かった。やっと会えた」
「心配していたのよ、シュウ」
 そこに並んでいたのはリューネとウエンディだった。
 露骨に表情に失望の色を露わにする訳にもいかないと、シュウは自分を取り繕った。大丈夫ですよ。こういった場面で理性を働かせられるくらいには、シュウは正気を保っている。それがふたりの女性には、無理を押して気丈に振舞っているように映るようだ。マサキを失ってから三ヶ月の間、彼女らがこの家を訪ねてきた回数は両手足では足りないくらいの数に及ぶ。
 サフィーネやモニカ、テリウスもいるのだ。シュウが心弱くなることなどそうはないのに、お節介な性質である彼女らは、シュウを取り巻く環境に心細さを感じているのだろうか? かつて自分たちが好意を寄せた男を失った辛さはかなりのものであるだろうに、その恋人たるシュウを気にかけ続けている。
「何度か尋ねたのだけど留守のようだったから」
「旅行に行っていたのですよ」
「旅行? それだけの元気があるなら大丈夫かな」
 ねえ、シュウ。つま先立ちになったリューネがシュウの顔を覗き込んでくる。パーティにおいでよ。眩いばかりの|青い瞳《ブルー・アイズ》。いつだって迷いを知らぬ輝きに満ちている彼女の瞳は、シュウを真っ直ぐに見詰めていた。
 もしかすると彼女らは、こういった日が来ることを予見していたのかも知れない。
 世界存亡の危機には、全てを捨てて戦え。義務や責務を持たぬシュウには理解が及ばぬ魔装機操者を縛る唯一の枷。簡単に言葉に表せてしまうことだからこそ、それを机上の空論で終わらせない為には、誰よりも正しく現実と向き合わなければならなかった。戦いとは時に非情なものだ。昨日の敵は今日の友であったし、今日の味方は明日の敵でもある。きっと彼らは様々に想像を巡らせたのだ。どんなに過酷な状況であろうとも、怯むことなく果敢に立ち向かってゆく為に。
 その中にはマサキを斃さなければならない未来も含まれていたことだろう。
 それともそれはシュウと同じく、ただの強がりであるのだろうか?
 マサキを失ったばかりのクリスマスシーズンに、例年と同じようにパーティを開いているらしい彼女らに、人のことは云えないけれどもと、シュウは華やかに飾り付けたリビングにちらと目をやった。
 精神の逞しき魔装機の操者たちにしても立ち直るのが早い。マサキは名誉の戦死といったあるべき死を迎えたのではない。精霊たちに殺されたのだ。にも関わらず、まるで悲しみが薄らいでしまったかのように振舞う彼ら。
 ―――彼らはマサキの死に思うことがないのだろうか? それともそれこそが、前に進み続ける魔装機操者たちの芯の強さであるのだろうか?
 流石に思い出巡りの旅を終えたばかりのシュウは、今はその騒々しい席に加わる気にはなれないと、今日は。と口を濁した。そのシュウの視線を追って室内を覗き込んだリューネが、来客? と怪訝そうな表情で尋ねてくる。
「いえ、旅行から戻ってきたばかりなのですよ。ですから今日ぐらいは、ひとりでゆっくりしたいと」
「ああ、そういうこと」ウエンディが得心した様子で頷く。
「シュウ、それだったら落ち着いてから来るといいわ。どうぜリューネたちはニューイヤー過ぎまで騒いでいるのでしょうし」
「えー? それって、何だかあたしたちが、いつも騒いでいるみたいな云い方じゃない?」
 その通りでしょう。シュウは云って笑った。
 マサキが思わずシュウに愚痴ってしまうまでに、寄れば酒席を設けてしまう魔装機の操者たち。滅多に全員で行動することのない湿った関係のシュウたちと比べて、積極的に仲間と群れることを選んでいる彼らの関係はあっけらかんとしている。
 ―――やれ花見だ、ピクニックだ、海だ山だと騒がしいんだよ。
 それがただの行楽であれば、彼とてそんな物云いはしなかった。
 ―――蟒蛇《うわばみ》みたいに飲みやがる。
 飲んだ挙句、絡むだけならまだしも、服を脱ぎ出す、ナイフを投げる、宙を舞う……その騒々しさは、静かにゆったりと、一杯のワインを味わいながら飲むシュウとは雲泥の差だった。
 精力的に日々を過ごす彼らは、酒席においても貪欲なのだ。
 戦う為に生き、戦う為に行かされている彼らは、もしかすると、そういった自らの立場に自覚があるのやも知れない。だからこそ、自らが置かれている立場にフラストレーションを感じ、それを解消すべく騒いでみせるのだ……マサキの愚痴にシュウが即興の考えを語って聞かせてみせたある夜のこと。いや、あれは趣味だぜ。マサキは即座に笑って答えてみせたものだった。
「顔が見れてよかったわ、シュウ」
「元気そうで安心したよ」
 リューネとウエンディ、ふたりの女性からのパーティの誘いに、いずれ気が向いたら参加すると答えたシュウは、顔を寄せ合うようにして女同士の話に花を咲かせている彼女らの背中を見送ってから、そうっと玄関のドアを閉じた。
 花が零れるように艶やかなふたり組。かつて好意を寄せた男を失った悲壮さを彼女らから感じないのは、お互いの存在が支えとなっているからに違いない。
 友情とは美しいものだ。少しばかり口元を綻ばせながら、シュウはひとりリビングに戻った。
 そして身体を起こしたついでに、もう一杯ワインを飲んだ。
 眠りたいのに眠れない日々が続いていた。それまでマサキと寝所をともにする機会が多かったからだろう。マサキを抱き締めて眠ることの多かったシュウは、ベッドに入って少しもすると、あるべき温もりがないことについはっとなって目を開いてしまう。
 眠りに落ちている、或いは落ちかけている最中の脳の働きなどいい加減なものだ。マサキがいないことを認識している筈のシュウの認知能力は、眠気によってその働きが大きく歪められてしまうのだろう。眠りの最中にはよくマサキが存在していると錯覚したものだった。
 その所為なのだ。
 もうこの手に掴むことのなくなった温もりを探して夜中に何度も目覚めては、現実に引き戻されて目を閉じる。それだったらいっそ、夢の中で彼と会わせてくれてもいいものを、そこまで都合よく人間の脳というものは出来ていないようだ。
 マサキ以外の他人ならば山ほど出てくる夢の中で、シュウは息苦しくなるほどの窮地や悲劇に見舞われている。それは毎夜のように続く悪夢。夢占いでは悪夢は吉兆の訪れを意味すると云われたものだったが、睡眠時の自らの脳の働きを信用していないシュウからすれば、その言葉は気休めにすらならないものだ。
 チカ。再びソファに横になったシュウは、クリスマスツリーのトップスターの脇に羽根を休めているチカを見上げた。どうやら今日の彼は、もう起きる気はないようだ。長旅の疲れもあるのだろう。足で歩き回ったシュウはさておき、そのポケットの中に押し込まれ続けていた彼のストレスは、偶に外に出されていたにせよ相当なものであったに違いない。
 話し相手を持たずにひとりで巡ったマサキとの思い出の地。侘しさばかりがいや募った旅路に、チカという連れ合いは必要不可欠だったのやも知れない。すうすうと寝息を立てているチカの穏やかな表情を眺めながら、どうせ鳥の形をしている使い魔だ。外に出し続けてやってもよかった。シュウは今更にそう思わずにいられなかった。
 その矢先に。
 ぱちりとチカが目を開いた。あー、あー。声が出るのかを確認しているかのような発声。チカ? 怪訝に思ったシュウが尋ねると、ご無沙汰ですね、シュウ=シラカワ。聞き間違えようのない語り口が、小さな青い鳥の口から衝いて出た。
 もしや、あなたは。シュウはのそりとソファから起き上がった。そして続けて、サイフィス、とその尊き精霊の聖名《みな》を口にした。
 それに青き鳥は確かに頷いてみせた。何故、あなたが。シュウは動揺した。シュウが焦がれた白亜の大鳳、魔装機神サイバスターの守護たる風の精霊は、どういった気紛れか。遠く隔たった地底世界へと、思惑を持って姿を現わすに至ったようだ。
「何枚もの次元の壁に隔たれてしまった地底世界と接触《コンタクト》を取る為には、憑代が必要となったものです。面倒なこと。とはいえ、あなたの使い魔に勝手に憑依してしまったことは事実。その無礼は詫びましょう、シュウ=シラカワ」
「結構ですよ、サイフィス。私もあなたに尋ねたいことがあった」
「マサキでしたら、日々を退屈そうに過ごしていますよ。圧倒的に娯楽の少ない精霊界にあっては仕方のないことはいえ、文明というものは、奪われただけで魂を抜いてしまうものであるようですね。マサキのあの様子を見ていると、善からぬことだと思わざるを得ません」
 先回りして答えを口にしたサイフィスに、シュウは苦笑を浮かべるしかなかった。九歳のシュウの許にマサキを送り込んだだけあって、彼女はマサキとシュウの関係を見抜いているようだ。だったら話は早い。そう言葉を継いだシュウに、彼の輪廻は彼のもの。謳うようにサイフィスは口にした。
「人の人生を歪めるなど、あってはならないこと。故に輪廻とは私たちが干渉してはならないものとなった。私たちに出来ることは、ほんの少しばかり力を貸すことだけ。聡明なあなたのこと。そのぐらいは承知しているものと思っていましたが」
「この先私が幾度輪廻の輪に飲み込まれようとも、得られないかけがえのないもの。私はその為なら、畜生道に堕ちても構わない。命を差し出せというのであれば差し出しましょう。下僕たれというのであれば従いましょう。マサキを再び得る。その為なら、私は命も自尊心も、誓いも捨ててみせる」
「云うと思っていましたよ、シュウ=シラカワ。それとも、クリストフと呼ばれる方がお好みですか」
「あなたは私に過去の清算を求めるのですか、サイフィス」
「今のあなたはそのぐらいに脆く危ういということ」
 邪神教団の神官として、教団のトップに近い位置にいたシュウが名乗り続けた名は、健全な精神を好むサイフィスにとっては禍々しきものであるのだろう。わかりやすい嫌味にシュウが反発を露わにすれば、小さなチカの身体を乗っ取っているサイフィスは、大仰に溜息を吐いてみせた。
「だから私はあなたの未来に夢を置いてあげたかった」
「こうなる未来があなたには視えていたと」
「あなたの過去にマサキを使って干渉したのはそういった理由からですよ、シュウ=シラカワ。私は犯してはならない罪を犯したのです。人間相手に過大な干渉をするという。それは、過酷な人生を辿らなければならなくなったあなたに、マサキとの関係を運命付けることで、これから先の孤独な人生さえもひとりでも生き抜いていけるようにと願ったからでした」
 けれども、とサイフィスは続けた。それはあなたの悲嘆を、より大きなものとしてしまった。
 その言葉を聞いたシュウは思った。泣けないのに。
 涙の零れることのない瞳が憎らしくて仕方がない。悲しみを露わにする術を持たないシュウは、代わり映えのしない自らの表情も相俟って、他人にその感情が正しく伝わっていないことが不満だった。私は何よりも大切なものを、かけがえのないたったひとつのものを失ってしまったのに、悲しみきることが出来ていない。マサキを失っても尚、平坦に続く人生。彩りを失った世界は、けれどもゆっくりと確実に月日を刻んでゆく。それは救国の戦士だったマサキの存在など、大したものでもなかったとでも云うように!
「私は私が犯した罪を償わなければなりません。それはあなたの人生に責任を持つということです」
「私にサイバスターに乗れとでも云うつもりですか。それで今更私の心は慰められなどしないのに」
 恐らくは図星であったのだ。シュウの言葉に答えないサイフィスに、そんな人生に何の意味があるだろう。シュウは自らの誓いを今また胸に刻んだ。世界とマサキ。いずれかを取らなければならなくなったその時に、私だけはマサキを取ってみせる。それが大いなる心でシュウと向き合い、そして包んでくれたマサキに対して、シュウがしてやれるたったひとつのことだ。
 ―――世界の平和など、彼の命に比べればどれだけ軽いものであることか。
 彼が生きた世界を守る。それは美しくも悲壮な決意だ。遺された者に託される使命として、これ以上のものは望めない。だが、その生き方に何の意味があるだろうか? 失われた尊き命は戻らないのに。
 何より、シュウ=シラカワという人間に、そういった輝かしい人生は似つかわしくないのだ。
 冷笑的《シニカルティック》に自らの有り様を眺めているシュウは、日の当たる生き方を好めない自分の性質を、的確に把握していた。確かにかつてのシュウはサイバスターを求めたものだったし、今でもあの白亜の大鳳に強い思い入れを持っている。けれどもそれは、シュウがサイバスターに乗りたいと望んでいるからではない。それはあの大鳳が自由の象徴、籠の中から空へと羽ばたいていった鳥に映ったからであったし、気紛れで奔放なマサキが搭乗する乗機であるからこそでもの思い入れであったのだ。
「あなたに選択肢を与えましょう、シュウ=シラカワ。ひとつはマサキが命を懸けて守ったこの世界を、その意思を継いで命懸けで守る人生。そして、もうひとつ。私と精霊界に渡り、マサキと輪廻の輪をともにする人生」
「答えは聞かずともわかることでしょう、サイフィス」
「永遠に離れることを許されなくとも、あなたはその道を選ぶと? 人間とはあなたが思っている以上に気紛れな生き物ですよ、シュウ=シラカワ。あなたが飽きてもマサキから離れることは許されません。終わりなく続く時間を、あなた方はふたりで生きてゆく。そう運命付けられた輪廻を、あなたは望むというのですか」
 飽きる筈がない。シュウは笑った。
 自らとは大きく異なる性質を持つマサキ=アンドーという人間。それは闇に沈んだシュウを自身が放つ光で以てマサキが照らし出してみせたことでも明らかだった。シュウが陰ならマサキは陽であったし、シュウが深層的ならマサキは表層的であった。そのマサキの在り方は、シュウに想像も付かない新鮮な悦びを齎《もたら》した。解き明かしても、解き明かしても、終わることのない謎。シュウにとって、マサキはそれだけ神秘に満ちた巨大なブラックボックスであるのだ。
 仕様のない――サイフィスは呆れたような声でそう呟くと、時間を与えましょう。そう続けた。
「今直ぐ精霊界に来いとは云えません。未だ人の生を受ける身であるあなたです。精霊界に来るには、その命を捨てることから始めなければなりません。正気を保っているあなたにとって、それはかなりの痛みを伴う行為になることでしょう。ましてや、あなたの仲間やあなたを案じる人にとっては、不実な死に方に取られかねない。ですから私はあなたに時間を与えるのです、シュウ=シラカワ。別離《わか》れの挨拶を済ませる為の時間を」
「必要ありませんね」
 心が沸き立っているのがわかる。シュウは興奮していた。マサキに会える。たったひとつの希望は、平坦な人生を送らなければならなくなったシュウの倦んだ心に潤いを与えた。どれだけ長い時間《とき》を彼と生きることになろうとも、自分は彼の側にあろう。それが添い遂げるという言葉の意味である。
 シュウは愛する人の為であれば、正しさを曲げられる人間となったのだ。
「後悔はしませんか」
「する筈がない」
 シュウはソファから立ち上がった。ようやく会える。厚い雲に覆われていた心と同様に、肩に入っていた力が抜けてゆくのを感じる。
 精霊界に姿を現わしたシュウを、マサキはどういった態度で迎え入れることだろう? 怒るだろうか? それとも笑うだろうか? 捻くれ者なシュウを愛してくれた彼のことだ。先ずは自分の為に命を粗末にしたシュウを責め立てるに違いない。その光景が想像出来るからこそ、シュウは微笑み続けた。
「私の力が及ぶ限り、あなた方ふたりの人生を運命付け続けましょう、さあ、一緒に来なさい。シュウ=シラカワ」
 次の瞬間、風の刃がシュウの胸を貫いた。
 激しい痛みに襲われるシュウの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。それはシュウが決して流し得なかった悲しみの涙ではなかった。マサキに会える。シュウが流し得なかったもうひとつの涙。マサキを獲得出来るという悦びが流させた幸福の涙は、シュウの命の儚さ同様に、一瞬にして頬を伝い落ちて行った。

<了>


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