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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

LastX'mas(2)【加筆修正アリ】
第二回。短いです。
このテーマは書いていて辛いですね。幸せな時間を書ききった後だけに辛く感じます。
<LastX'mas>

 英国《イギリス》はロンドン。日頃は市民の憩いの場であるハイドパークは、今年も移動遊園地を訪れる人々で賑わっている。
 クリスマスシーズンだけあって人出は多かったが、平日ということもあって、入場制限がかかるほどではないようだ。きっと、観光客が少ないのだろう。世界でも比類なき移動遊園地の人気は凄まじく、ロンドンっ子は元より、英国中から人が集まるのみならず、世界中の観光客までもが足を運んできたものだ。特にクリスマス近くの祭日ともなれば、入場制限がかかるのが当たり前。事前に入場チケットを入手していたとしても、簡単に入場させてもらえるとは限らない。それがウィンターワンダーランド。ロンドンの冬の名物詩であった。
 大人を一枚。チケット売り場で無事に当日の入場チケットを手に入れたシュウは、入場待ちの列の最後尾に回って、自らの順番が回ってくるのを待った。手にはロンドンの書店で購入したペーパーバック。時間潰しに読もうとしたものの、どれだけ文字を目で追ってみても何故か内容が頭に入ってこない。知識を収集することに至上の悦びを感じるシュウは、だからこそ活字中毒者的な性質を持っている。だというのに、あれだけ好きだった読書に身が入らない。
 それも無理なきこと。マサキを得て、知識の収集以上の悦びを知ってしまったシュウは、その悦びを失ってしまった己が身を振り返って、自らの醜態とも呼べる有様に納得をせざるを得なかった。
 仕方なしにペーパーバックをポケットに仕舞い込んだシュウは、何を考えるでもなく、ただ無為に待ち時間が過ぎるのを待った。五分……十分……時計を見ることもなく過ぎてゆく時間。シュウはハイドパークを囲う鉄柵の向こう側に生い茂る植物を眺めた。季節が季節だけに、くすんだ色と化した草木ばかりが目に付く。それでも枯れ木も山の賑わいと、シュウはその味気ない風景を眺め続けた。
 幸い、待ち時間はそれほどでもなく、数十分もする頃には入場門が目の前に迫ってくる。
 あの時と同じブルーゲート。カラフルな入場門を潜った先にはスケートリンクがある。今から五年前。人生で初めて滑ったスケート。マサキにスケートを教わったことを思い出しながら、スケートリンクの前に立ったシュウは、氷上を舞う家族連れや恋人同士の群れに目を遣った。弾ける表情も眩い人の群れ。それがシュウにはやるせなかった。
 何とも表現し難い気まずさ……シュウはそっとスケートリンクから離れると、その奥に展開しているクリスマスマーケットへと足を向けた。
 ―――結局、ふたりでスケートをしたのは、あれが最初で最後だった。
 思ったよりも短かったマサキとふたりで過ごした日々。アルバム五冊分の思い出を辿る旅は、ニューイヤーを迎えるより先、クリスマスシーズンが過ぎる前には終わることだろう。シュウはロンドンの冷たい冬の風を肩で切りながら、クリスマスマーケットを目指して歩いた。誰も彼もが期待に胸を膨らませて訪れているロンドンの移動遊園地。果たしてその中に、自分と同じ目的で足を運んでいる人間はいるのだろうか? シュウはクリスマスマーケットに流れ込む人波の合間を掻い潜るようにして、先を急いだ。左右に展開する屋台《シャーレ》。クリスマスマーケットは変わらぬ盛況ぶりだ。
 華やかな屋台《シャーレ》の群れ。ネオンに飾られた看板。軒先にはクリスマスオーナメントが吊り下がり、随所からサンタクロースのオブジェクトが顔を覗かせている。それらを目の前にしたシュウの胸は少しばかり痛んだ。それは、ひとりでこの場所を訪れなければならなくなった我が身が、どうしようもなく侘しいものに感じられたからだった。
 けれども、それも僅かなこと。
 繊細で、美しく、静謐で、そして鮮やかなオーナメントの数々。視界を覆うクリスマスカラーに、シュウの心は湧き立った。年に一度の特別なイベント、クリスマス。マサキが愛したクリスマスを、今年はどうやって彩ろう。家に山ほど溜め込んだオーナメントの数々を脳裏に思い浮かべたシュウは、その中の幾つかと調和が取れそうなオーナメントを屋台を巡りながら選び抜いた。そしてふと視線を肩口に向けながら、ねえ、マサキ。何気なくその名を呼んだ。そしてはっとなった。彼はもうこの世にいないのだ。
 思いがけずその名を口にしてしまったシュウは、彼の存在を今尚生きているものとして捉えているらしい己にどうしようもなく動揺する。
 常に側にマサキがいるような感覚。
 思い出の地を訪れたことで蘇った感覚は、シュウに過酷な現実を忘れさせてしまった。
 だからこそシュウは、その呼びかけに返事がない現実に、人目も憚らずに泣き出してしまいそうになった。あんなにマサキが夢中になった季節が今年もまた巡ってきたというのに、その当人の存在がない。それは地上や地底に限らなかった。彼は生身の人間が生きる次元の世界の何処からもいなくなってしまったのだ。
 精霊界。英霊が集う彼の地を除いて、彼が存在し得る場所はない。
 ―――お前、ホント、大きな子どもみたいだよな。
 そうですよ。いつかのマサキが口にした何気ないひと言に、今更ながらシュウはひっそりと胸の内で返事をした。私のしてきたことを赦してくれたあなただったからこそ、私はあなたの前では自分を取り繕わずに済んだ……。
 咎人として、国家に存在を抹消されたシュウ=シラカワ、或いはクリストフ=グラン=マクソードという罪深き人間を、断罪すべき立場にあった筈の魔装機神が操者、マサキ=アンドーは寛容にも赦してみせた。赦してみせたのみならず、尊大なるシュウの願いを叶えてくれた。
 ―――会いたい。
 クリスマスに浮かれ騒ぐ人の群れの只中で、唐突に顔を覗かせたシュウの子どもじみた部分。ひとつのものに対する度を越した執着。それはシュウにマサキを鮮やかに思い出させた。温かく、柔らかく、シュウの心をまるごと包み込んでくれたマサキ。不器用な彼は、言葉よりも態度で感情を表すのに長けていた。
 幾度、彼はシュウの身体を抱き締めてくれたことだろう。
 愛している。自らの心の中に仕舞っていた溢れんばかりの本音。愛している。それをシュウはマサキに伝えたことがあっただろうか? |あなたは私の輝ける光だ。《You'er my only shining star.》シュウは言葉足らずな己の性質を思い返して臍《ほぞ》を噛んだ。
 伝えたいことや聞きたいことは山ほどあった。
 それをマサキに伝えずに済ませてしまったのは、シュウの慢心に他ならない。シュウは|薔薇色の人生《ラ・ヴィアン・ローズ》を手に入れたことで、終わりなく続く長い人生がふたりの未来に待っていると錯覚してしまったのだ。その、いつ戦いに身を投じなければならないとも知れぬ生き方をしておきながらの思い上がりは、シュウから神経質なまでの慎重さを奪っていった。だからこそシュウは、いつかはその言葉の数々を伝える機会に恵まれるだろうと、数多くの伝えるべき言葉を後回しにしてしまった。
 今更に絶望感に襲われても、時間は取り戻せない。愛している。たったひとつの真実さえ伝わっていればそれでいい。残りは長く続くふたりの時間の間で少しずつ伝えていこう。そう、いつか伝えよう。その油断が後悔に繋がるのだと、死に囲まれるようにして生きてきたシュウは知っていた筈だったのに。
 あれもこれも伝えていなければ、あれもこれも聞けていない。
 マサキ。シュウはその名を再び口にした。不意に足元から立ち上ってくる怖気《おぞけ》。滅多に感じることのない心細さと不安が、まるで時化の時期の波のように容赦なく襲いかかってくる。マサキ。隣にその人はもういないのだ。マサキ。わかっているつもりだった現実を、認められずにいる自分。シュウは視線を自らの肩口に滑らせた。そこがマサキの目線の高さ。いつもそこにあった白目が筋引く三白眼を、シュウが見ることはもうない。
 マサキ。
 マサキ。
 マサキ。
 時間をかけてふたりでクリスマスグッズを選んだマーケット。抜けた先にはスリルと興奮に満ちたアトラクションの数々が待っている。ぎこちない表情でカメラの前に立つマサキの写真を撮った園内は、そこから過ぎた年月の分、姿を様変わりさせてしまっていた。サンタハウス、五輪の形をしたループコースター、コーヒーカップ、巨大観覧車……設置されているアトラクションにさしたる変化はなかったものの、大きく異なる配置。マサキと過去に行き連れた道を飾るオブジェクトにも新しいものが増えた。
 たったそれだけの間違い探しのような変化であっても、受ける印象は変わってしまうものなのだ。
 もしかするとそれは、いるべき人物が隣にいない所為であるのかも知れない……シュウは園内を歩き回りながら、もう姿を現わすことのない恋人《マサキ》に思いを馳せた。
 ―――子どもたちがはしゃぎ回るサンタハウスで、サンタクロースと一緒に撮った記念写真。そこに納まっているマサキのさっさと終われと云わんばかりの表情! あんなに滑稽な写真はそうない。
 堪えきれない笑いが腹の底から噴き上がってくる。シュウは小さく笑った。
 ―――ふたりで一緒に乗ったループコースター。絶叫系のアトラクションなど、シュウは一生愉しむことなどないと思っていた。それを気軽に誘ってみせたマサキ。あんなにエキサイティングな経験はない。
 青葉の頃を思い出させるような、草の香りに満ちた風。手足に蘇った感触に、シュウは目を細めた。
 冬の移動遊園地、ウィンターワンダーランド。そのどこにもマサキの思い出がある。コーヒーカップ、ノームのオブジェクト、くるみ割り人形の家……園内を独りゆくシュウの脳裏に、いつでも溌溂として生命力に溢れていたマサキの快活な表情の数々が思い出される。
 シュウがどれだけ会いたいと望んでも、彼はもうこの世にはいない。
 シュウは面を上げた。移動遊園地のアトラクションでは世界最大級の高さ。天を貫く巨大な観覧車が、目の前にそそり立っている。これに乗ったら、次の思い出の場所に向かおう。シュウはニューイヤーを目前にして湧き立つ人々の群れに、自分が馴染めないことに気付き始めていた。


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