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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

LastX'mas(5)【加筆修正アリ】
次回、最終回となります。
<LastX'mas>

 地上と地底と、ふたつの世界の思い出の土地を巡ったシュウは、ニューイヤーを迎えた地底世界の居所に戻ると、今更ながらにクリスマスツリーを出した。そして、買い揃えた山のようなオーナメントを厳選して部屋を飾り付け、キャンドルに火を灯した。帰りがけに購入したクグロフとバニレキプァルン。溢れんばかりの料理とはいかなかったものの、クリスマスターキーやローストビーフなども揃えたテーブル。秘蔵のワインのボトルを片手にソファに腰を落ち着けたシュウは、ようやくクリスマスを過ごしているような気分になった。
 チカ。ひとりで料理を片付けるのも寂しいと、自らの使い魔の名を呼ぶ。旅行の間中、息を潜めるようにして、主人の上着のポケットに身体を収めていた彼は、桟の上から降りてくるとクリスマスツリーの上にちょこんととまった。けれども気が乗らないのか。やっと自らの出番が巡ってきたというのに、自ら言葉を発するでもなく主人たるシュウの様子を探っている。
 ―――無理もないこと。
 マサキがこの世から姿を消せば、その使い魔も姿を消す。その当たり前の事実にシュウが思い至ったのは、マサキの葬儀が済んだ後。チカとこの家に戻って来てからだった。しんと静まり返った部屋。賑やかだったこの家が、まるで火が消えたように静かになってしまったのは、彼と彼の二匹の使い魔が同時に姿を消してしまったからに他ならない。
 日々じゃれあっていた三匹の使い魔。野生の本能が働くのか、マサキの二匹の使い魔はチカを見かけては飛び付いて、その羽根を盛大に散らせたものだった。その都度、チカはわあわあ騒ぎながら宙へと逃げ、嵐が過ぎるのを桟の上で待っていた。けれども暫くもすると、喉元過ぎれば何とやらとばかりに、また二匹の使い魔に近付いて行っては元の木阿弥。彼らは活動的なマサキに相応しい、野性味溢れる二匹の使い魔だったのだ。
 立場を同じくする彼らにチカは大いに物を申したいようで、彼らが不在の折を見計らっては、いつ終わるとも知れない愚痴をシュウに向かって吐てきたものだった。けれどもそうして盛大にシュウに文句を垂れ流してきたチカは、それでもその騒々しい生活を存分に愉しんでいる様子だった。
 だから、なのかも知れない。
 突然に訪れた悲劇から三ヶ月。おしゃべりだったシュウの使い魔の口数は減るばかりだ。
「口が達者なのが取り柄のあなたにしては静かなことだ」
 シュウは苦笑する。マサキの存在はこの家の在り方を大きく変えてしまった。常にひとりで話し続けていたチカに連れ合いとも呼べる存在を与え、そしてシュウには気紛れに話をする相手を与えた。会話をする相手をお互い以外に得たシュウとチカは、いつしかその日々に慣れきってしまったのだろう。いざこうして以前のようにふたりきりになると、彼ら抜きでどう話をすればいいのかわからなくなってしまう。
「ご主人様は寡黙な性質ですから」
 そう云って羽毛の中に顔を埋めたチカは、それ以上言葉を吐く気にはなれないようだった。シュウの思い出の地を巡る旅に、ポケットの中で付き合い続けた彼は、自分たちが不在だったそれぞれの景色を目にしたことで、思うところが出来たのやも知れない。長旅で疲れました。誤魔化すようにそう付け加えると、目を閉じて、ツリーの上で眠りに就いてしまう。
 それが決して真実の眠りではないことをシュウはわかっていたが、叩き起こしてまで話に付き合わせるのも無粋に感じられる。しかも特にチカを相手にして話をしたい内容はない。何よりそうして話を続けたところで、しんしんと降り積もる雪のような静けさが際立つだけの結果になりそうだ。
 シュウはテレビを点けた。
 面白味の感じられないバラエティ・ショー。画面の向こうでは弁士が巧みな話術を駆使して社会を皮肉ってみせている。それを眺めながら、砂を噛むような気分でシュウはひとり、クリスマスの食卓を片付けていった。あんまり飲み過ぎるなよ。シュウは良く酒量の多さをマサキに窘められたものだったけれども、それだけ愛好したワインさえも、何だかただ酸味が強いだけの飲み物に感じられてならない。
 ―――酔いに任せて泣くことが出来れば。
 中途半端な自らの状態がシュウは嫌だった。哀しみに沈むことも出来ない。思い出に溺れることも出来ない。かといって、狂気に身を委ねることも出来ない。ならばいっそ開き直って、かつての日々のように趣味に興じて生きて行けばいいものを、そうして優雅な独身生活を過ごすには、増え過ぎた思い出が邪魔なのだ。
 ―――いっそ、アルバムを処分してしまおうか。
 マサキがいた痕跡の全てを消して、まっさらとなった世界で、新たな自分を構築する。無理だ。シュウは即座にそう思った。彼と過ごした日々をなかったことには出来ない。それは非日常に顔を綻ばせていた観光客と同じように、シュウにとっては大事な輝ける人生の一頁だ。
「寝たのですか、チカ」
 酔いでだるくなった身体をソファに横たえる。そんなところで寝るなよ。風邪引くぞ。常々シュウの様子を気にかけてくれていたマサキはもういないのに、彼がこういった時にかけてくれた言葉の数々が蘇ってくる。辛い。シュウは自らの顔を腕で覆った。今日はもうこのまま寝てしまおう。相変わらず溢れることのない涙が、余計に哀しみを深くする。その終わりなき現実から逃げるように、シュウは目を伏せた。
 その、次の瞬間だった。
 玄関のドアベルが鳴った。まさか、と思いながらもシュウは身体を起こした。もう戻ることのないマサキであったなら、ベルを鳴らさずに合鍵で家に上がり込んで来ることだろう。それでも消せない期待。親しき間柄であっても目に触れさせられる状態ではなかったらしいマサキの遺体をシュウは見ることもないままに、マサキの肉体と永遠に別れなければならなかった。本当は何かの事情があって、彼は姿を隠さなければならなくなってしまっただけなのでは? 有り得ない夢物語を脳裏に描きながら、シュウは大股に玄関に向かい、その扉を開いた。


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