忍者ブログ

あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

LastX'mas(4)【加筆修正アリ】
もう寝ないとマズイ時間なので、前置きなしで投下します。
<LastX'mas>

 視界を埋め尽くす純白の木々が、柔らかく降り注ぐ陽射しに照らされて、粒子のような煌めきを放っている。果てしなく続く白い平原。雪降り積もる北海道の地に降り立ったシュウは、一面の真白に、このまま自分の存在が雪に溶けてゆけばいいのにと思った。
 シュウがこの地を訪れたのは、これもまたマサキとの思い出が眠る土地であったからだ。
 あれは初めてゼオルートの館で行われている魔装機操者たちのクリスマスパーティに参加した翌年のクリスマスのことだった。その二年前にラングランの雪山、ロッジで雪遊びと戯れた旅行で挑戦したかまくらは、男ふたりが快適に過ごすのには狭過ぎて、ぴったりと身を寄せ合わなければ中に入れない有様だった。
 リベンジをしよう。そう云い出したのはマサキだった。
 仲間と過ごすクリスマスを再び経験したマサキは、目を覆いたくなるほどの彼らの乱痴気騒ぎ振りに、どうやらシュウとふたりで静かに過ごすクリスマスに改めて有難みを感じたようだ。お前がいるんだから少しは慎めよなあ。愚痴めいた言葉を口にして、そうして、来年は日本に行こうぜ。そう続けた彼は、日本で何をするのかと尋ねたシュウにかまくら作りのリベンジをしたいと訴えてきたのだ。
 どこに行きますか。どうせ東北旅行だろうと高を括っていたシュウに、マサキは自然の厳しさがより増す北の大地への旅行を提案してきたものだ。北海道。繰り返して呟いたシュウに、何だよ、知らねえとは云わせねえぞ。マサキはそう云って、地上で集めて来たらしいガイドブックやパンフレットの数々を、テーブルの上に広げてみせた――……。
 ―――見ろよ。刺身が丼から零れ落ちそうだ。
 北海道に着いたその日。シュウはマサキと海の幸に舌鼓を打ち、少量の酒を楽しんで、夜も賑わいを見せる街角でパフェを食べた。酒の後の甘い物って案外腹に堪えるな。そう云って笑ってみせたマサキは、ホテルに戻るといつになく激しくシュウを求めてきたものだった。
 ―――日本に来ると色々と思い出すことがあるんだ。
 その言葉の真意をシュウは敢えて尋ねなかった。
 断片的にシュウの過去に触れてきたマサキは、だからといってシュウの過去を無遠慮に詮索してくることはなかった。それは自らも過去に傷を抱えて生きているからであるのだろう。シュウはマサキの態度をそう受け止めたからこそ、知りたいと思いつつも尋ねることを避けてしまった。
 あの夜のマサキは、思い出してしまった古傷をシュウの温もりで埋めるかのように、幾度も幾度もシュウを求めてきたものだった。それに自分は応えられたのだろうか? マサキの過去を碌に知ることもないままに、マサキを失ってしまったシュウは、彼の傷にもっと違う関わり方が出来たのではないかと、雪に埋め尽くされた北海道の平原の只中で今更に後悔の念に襲われた。
 クリスマスシーズンの間、滞在を続けた北海道。温泉に浸かり、ジンギスカンを食べ、ゲレンデでウィンタースポーツに興じた。ワカサギ釣りもしたし、流氷を見物しにも行った。そして再度挑んだかまくら作り。ここで失敗しても入れるかまくらは幾らでもあるさ。広大な雪の大地には、かまくら体験が出来るスポットが幾らでもあった。だからこその余裕。そんなマサキに付き合って、現地のナビゲーターに指導されながら、雪と格闘すること数時間。ようやく男ふたりが余裕を持って入れるかまくらを、シュウとともに作り上げたマサキは、自身も初めての成功体験となる経験に、興奮を隠せない様子だった。
 ―――ほら、こうやって中に入って餅を焼くんだ。お前も食べるだろ、シュウ。
 雪で作られているにも関わらず、かまくらの中はほんのりと暖かった。七輪に乗せた網お上でせっせと餅を焼くマサキの隣で、彼のすることを興味深く見守っていたシュウは、そうして焼けた餅を先ず自分に食べるように寄越したマサキの幸福そうな表情に、数日前の彼の物煩いが解消されたものだと思い込んでいた。
 ―――愉しそうですね、マサキ。
 ―――こんな体験は流石にラ・ギアスじゃ出来ねえだろ。
 噛み締めるように、ひと口、またひと口と、餅を咀嚼していったマサキは、三つほど食べたところで腹がくちた様子だった。ああ、食った。満足そうにシュウに凭れかかってきたマサキは、少し後にシュウを見上げてくると、かまくらの影に隠れるようにして口唇を重ねてきたものだった。
 お客さん、と背後に待たせていたタクシーの運転手が声をかけてくる。凍えますよ。外の景色が見たいと云って降ろしてもらった北海道の何もない土地。いつまでもその場に立ち尽くすシュウを、運転手は心配したようだった。シュウはタクシーに戻るように呼びかけてくる運転手にええ、と頷いた。そして今一度、果てしなく続く真白の平原を見渡した。眩いばかりの白さに目を細めつつも、凍える身体。寒さがやけに身体に堪える。悴《かじか》んだ手足は北海道の寒さに慣れていないのも勿論だったが、それ以上に、温かな思い出が鮮やかにシュウの脳裏に蘇ってくるからでもあっただろう。
 マサキ=アンドー。
 日本で生まれ育ち、日本で両親を失った彼は、この国で何を見、何を感じて生きていたのだろう。魔装機神サイバスターを駆って戦場を駆け抜けるのと同様に、懸命に生きたのだろうか? それともただ過ぎてゆく日々に空虚さを感じながら生きていたのだろうか? それとも失った両親から受けられる筈だった愛情に胸を痛めながら生きていたのだろうか? ラングランに召喚されてからの彼しか知らないシュウは、自らが知らないマサキの顔を知る機会を永遠に失ってしまったことにどうしようもない寂しさを感じた。
 かまくらの中で幸福そうに餅を頬張った彼は、かつての生活でも、あんな風に無邪気に餅を食べてきたのだろうか?
 心安らぐ表情を遠慮なくシュウに晒してみせるようになったマサキ。そうした彼の表情の数々が、自分だけに向けられたものであって欲しい。シュウは白い地平線を食い入るように凝視《みつ》めながら、不埒にも独占欲を露わにしていた。
 タクシーに戻ったシュウは、流れ去る景色には目もくれずに、冷え切った手を温める為に自らの手の甲を撫でた。すっかり冷え切ってるじゃねえかよ。不意にまた蘇ってくる北海道旅行の思い出。かまくら体験を終えてホテルに戻ったシュウの手を、膝の上に乗ったマサキはそう云いながら温めてくれた。
 もう、そうして彼が体温の低い自分の身体を温めてくれることはないのだ。
 心を切り裂かれるぐらいに胸が痛んで仕方がないのに、溢れることのない涙。マサキ。発作的にその名前を口にしてしまいそうになるのを必死に押し留めながら、シュウはそのままタクシーを使って北海道の思い出の地を巡って行った。かまくらを作った雪原、ワカサギを釣った湖、温泉に浸かった湯治場……クリスマスを過ごすというよりは、観光スポットやアクティビティを求めて訪れた土地だけあって、思い出の地の数々には、何処にも観光客がひしめいている。
 家族連れにカップル、友人同士……笑顔が零れる彼らの顔が、屈託のない笑顔を浮かべる彼の顔に重なる。二重写しのフィルムのようにぼやけて映るマサキの笑顔。まだまだ明瞭《はっき》りと脳裏に描ける彼の顔立ちに、ああ、そうだ。シュウはようやく求めていたことの答えを得た気分になった。
 シュウは全てとなる相手が欲しかったのだ。愛する人。それさえ手に入れられれば人生の覇者になれるとシュウは思っていた。けれどもそれは違った。シュウにとってマサキとは、時に身を寄せ合い、時に諭し合い、時に馬鹿げた与太話に興じる相手だった。それはシュウが欲する全ての属性をマサキが持ち併せていたからに他ならない。そう、彼はシュウの家族で、恋人で、かけがえのない友人でもあったのだ。
 孤独なシュウに全てを与えてくれたマサキは、シュウにとっては命に等しかった。
 命を失ったシュウに、どうして正常な日常が送れたものか! シュウは虚無に支配された己が胸中を思った。マサキを失ってから暗い闇に覆われてしまった自らの心。かつての己はもっと過酷な日常に身を置いていた筈なのに、どうやって気力を奮い立たせても安寧に満ちた日常に立ち向かえない。まだマサキを身近に感じる機会が多いからこそ、彼とともに生活をしていた我が家を荒れ果てた惨状にせずに済んでいたが、以前と比べると日常的な動作に時間を割くことは明らかに減っ減った。そう、食事に家事、入浴といった当たり前の営みが、今のシュウ=シラカワという人間には難しいものに感じられてしまうのだ。
 ―――見て、ママ! うさぎが跳ねてる!
 きゃあきゃあと観光客たちの間から上がる声。草むらの向こう側から姿を現わした野生のうさぎに目を奪われた人々は、雪に塗れながらも幸せに満ちた表情をしている。彼らは観光地という非日常を全力で愉しんでいるのだ。マサキ。シュウは今またその名を呼んだ。そして、もう見付かることはないのだとわかっていながらも、人いきれの中にマサキの姿がないか探した。マサキ。一匹狼を気取ることの多い彼だったけれども、シュウの目の前では好奇心旺盛なところも良く見かけたものだった。マサキ。雪に顔を輝かせていたのはシュウの方だったけれども、それを目一杯愉しんでいたのはマサキの方だった。マサキ。だから彼は北海道旅行のガイドブックやパンフレットを自ら集め、シュウを旅行に誘ったのだ。マサキ。だからシュウは、賑やかな観光客の声に誘われて、マサキが姿を現わすのではないかと思ってしまったのだ。マサキ。けれども、当然ながら、その姿が人垣の向こうから現れることはない。
 ―――あなたを失った世界は、何もかもが色褪せて見える。
 どこまでも続く雪に染まった純白の世界が、シュウには鈍色に染まっているように感じられてならなかった。
 ―――憎たらしくて、虚しい。
 今まさに、輝ける人生の一頁を生きている観光客の群れ。そこにぽつんと佇むしかない己。変わることのない表情で、頬の筋肉が強張ってしまっているのがわかる。シュウはひっそりとうさぎから目を逸らした。ひとりで目にする自然の豊かさは、虚無しか生み出してはくれない。
 ―――マサキ。
 いつしか思い出の中で生きるしかないまでに追い詰められてしまっていたシュウは、それでも涙を流すことの出来ない己に、例えようのない切なさを感じていた。


.
PR

コメント