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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

YOUTUBER白河 シュウマサカップルチャンネル爆誕編(一)
もうちょっと書いてから持ってこようと思ってたんですが、完結まで時間がかかりそうなので。



YOUTUBER白河 シュウマサカップルチャンネル爆誕

(一)
 ソファに座って|携帯小型端末《PDA》を弄っていたマサキの目の前で、シュウが忙しなく動き回っている。リビングに持ち込まれたジェラルミン製のアタッシュケース。機材が収められたジェラルミン製のそれを開いた彼は、中から三脚と|アクションカメラ《GoPro》を取り出すと、それをマサキの正面にセットした。
「何だよ。お前、俺を撮っても面白いことは何もないぞ」
「それはあなたのリアクション次第ですよ」
 日常の片手間にしていることなのだから、大した金もかかっていないだろうと思いきや、視聴者がストレスを感じずに視聴出来る動画を作るのにはそれなりに金がかかるのだそうだ。いつかシュウに撮影機材の値段を聞いたマサキは、たかだかマイクやカメラと思っていたそれらの金額が、想像の一桁上をいっていた事実に大いに驚いたものだった。
「てかカップルチャンネルとか無理だろ。お前も俺も男だってのに」
「ところがこれが若い女性には人気があるのですよ。百万人登録チャンネルも珍しくないぐらいに」
「ホント、女ってそういうの好きだよな……」
 真面目に科学を啓蒙するチャンネルを運営していた男は、意に反して生まれてしまったガチ恋勢の台頭に思い含むところが出来たようだった。ならば、マサキとのカップルチャンネルを作った方がマシだ――と大真面目な顔で云い出したのが先日。とはいえそれも数ヶ月前のこと。それ以降、何ら動きのないシュウに、さしも彼にも羞恥心が残っていたのだとマサキは安心していた。
 ところが、である。
 彼自身は大真面目にマサキとのカップルチャンネルの運営方針を考えていたようなのだ。ここ数ヶ月、様々な動画を見て研究しました。二週間ぶりにその家を訪れたマサキにシュウは開口一番そう云ってのけると、いそいそと撮影の準備を始めたのである。
「大丈夫ですよ、マサキ。男女がやるようなカップルチャンネルはやりません。若い女性が好きなのは、男同士の友情から感じられる滲み出る気安さや親しさですからね」
「本当かよ。お前の言葉はまるっとは信じ難い。てかカップルチャンネルとか方向転換にも限度があるだろ。お前がそれをやってどうするんだ? 何が目的なんだよ」
「あなたに付く虫を払うのにこれ以上の方法はない気もしますが」
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたが、お前、俺が絡むと本当に馬鹿になるのな」
 否定をする気はないようだ。ええ。と、頷いたシュウが|アクションカメラ《GoPro》を起動させる。
「自然にしていてくださって結構ですよ」
 その言葉にマサキはいっそソファから立ち上がってやろうかとも思うが――、悲しいかな。その後に我が身を襲うだろう不幸を想像すると足が動かない。仕方なしにマサキは|携帯小型端末《PDA》に視線を戻した。
 と、マサキの背後に回り込んできたシュウが、その両手でマサキの目を塞いできた。
「誰だと思います?」
「流石に巫山戯てるだろ。この部屋には俺とお前しかいないんだぞ」
 そこまで口にしたマサキははたと気付いた。冷えた温もりの彼の手を何かが覆っている。
 ふわふわとした布の感触。しかも滑らかだ。妙に肌触りのいい触感に、「お前、何を手に嵌めてるんだ?」マサキは尋ねた。
「ようやく気付きましたね、マサキ。これを手に入れたので、あなたに見せたかったのですよ」
 次の瞬間、暗かったマサキの視界が開けた。
「何だこれ」
 目の前に並んでいるボア生地製の二体のハンドパペット人形。かなりデフォルメされてはいるが、髪の色と衣装から察するに、どうやらそれらはマサキとシュウであるらしい。えー……? マサキは盛大に眉を顰めた。冷静を通り越して冷酷ですらある男が持つには、パペット人形は不釣り合いにも限度がある。
「気に入りませんか、マサキ」
「いやそういう問題じゃなく、何でこんなもんがここにあるのかって」
 画角に収める為にだろう。暫くパペット人形を|アクションカメラ《GoPro》に向けて動かしていたシュウが、おもむろに手から外したそれらをマサキに渡してくる。
「サフィーネとモニカに作ってもらったのですよ」
「それでかよ。通りでお前の人形に比べて俺の人形の作りが雑だと」
 身体の作りはどちらもきちんとしているものの、刺繍で目が縫い込まれているシュウの人形に対して、マサキの人形はフェルトを丸くくりぬいただけ。抜くべきところでしっかりと手を抜いてみせた二人の女性に、好意の差を読み取ったマサキは呆れ果てる。
「あなたに良く似ていると思いますがね」
「冗談だろ。販売元が違うとしか思えないぞ、この人形。てかお前がこんなもんを持って何をするんだよ」
 マサキは手に人形を嵌めてみた。これを使って遊ぶシュウの図など想像したくない。そう思いながらカメラに向かって二体のハンドパペット人形動かしてみる。
「それは勿論、あなたと会えない日々に使うのですよ」
「はあ? お前どうした。ついに気が違ったか。俺はまたてっきり動画のネタに作らせたのかと」
「ただ妄想をするより内容が具体的になりますしね」
「具体的だからいいって話じゃねえだろ……」
 マサキは両の手に嵌めた人形を再びまじまじと見詰めた。
 デフォルメされたシュウの人形は、本人よりも愛嬌に溢れている。わかった。マサキはその二体のハンドパペット人形を動かしながら云った。
「これは没収な」
「冷たいことを仰いますね。私たちの人形なのに」
「それが怖いんだろうが」
 マサキは二体の人形の顔を交互に見比べた。これを使ってシュウがどういった想像をしているかなど考えたくもない。
「ちゃんと家に飾っておくから安心しろ」
 マサキは手から外した二体のハンドパペット人形をソファの脇に置いた。そして、手元の|携帯小型端末《PDA》に視線を戻す。
「……それに、人形なんかより実物の方がいいに決まってるだろ」
 シュウが期待していた反応がどういったものかは不明だが、これだけ盛り上がらない内容もないことだろう。そう思いながら画面に映し出される内容を眺めていると、シュウもまたこれ以上は話が発展しないと感じたようだ。
 画角の外側を回って|アクションカメラ《GoPro》を止めた彼が「実にいい図が撮れましたよ、マサキ」と、にっこりと微笑む。どこがだよ。そう思うも、満足げな様子のシュウの気持ちに水を差して、更なる撮影に付き合わさせられるようなことにでもなっては――。
 マサキは黙って機材を撤収するシュウを視界の端に、|携帯小型端末《PDA》を眺め続けた。

 ※ ※ ※

 そのショート動画が百万再生を記録したと聞かされたのは、それから二週間後。コメント欄に溢れる若い女性の阿鼻叫喚に、何がそこまで彼女らを狂喜乱舞させるのか理解出来ないマサキは、ひたすらに首を傾げるしかなかった。




(二)
「動かしますよ」
「……勝手にしろ」
 狂乱のコメント欄にひらすら驚くこと数日。そろそろ次の動画を撮影しましょう――と、シュウに云われたマサキは、リビングで前回と同様に、シュウが撮影の支度を済ませるのを視界の端に|携帯小型端末《PDA》を弄っていた。
 目的は電子書籍だが、シュウのように堅苦しい言葉が並ぶような専門書など理解出来ないマサキである。コミカルなタッチで描かれた風刺漫画や冒険小説などを読むのが関の山。それでも読み始めれば続きが気になったもので、いつしか我知らず熱中していたようだ。今日は料理を作ります。耳に飛び込んできたシュウの声に視界を動かせば、目の前に食材が乗った笊が置かれている。
 どうやらもう撮影は始まっているようだ。
 打ち合わせをされた訳でもないマサキにとっては、全てが行き当たりばったりだった。これは? と、山盛りの食材に不安を覚えながらも、このまま放置しておく訳にもいかない。マサキは食材を改めた。
 鶏肉に玉葱、卵にキャベツ。そして米。材料から察するに日本食を作るつもりであるらしかったが、たったそれだけのことが果たして目の肥えた視聴者にウケたものだろうか? マサキは首を傾げながら、|アクションカメラ《GoPro》の後ろに立っているシュウの顔を見た。
「何を作るつもりだよ。日本食か」
「それはこれからくじ引きで決めます」
「はあ?」
 いつも通りの|鉄仮面《ポーカーフェイス》で吐く台詞にしては巫山戯ている。けれども元々が真顔で掲示板でレスバをするような男なのだ。表情がいつも通りであるからといって、中身までもが普段通りであるとは限らない。
 マサキは背後を振り返ったシュウが何をするのかを見守った。
 四角い不透明のプラスチックボックスは上面に穴が開いている。サイドボードの上に置いてあったそれを取り上げたシュウが、何度かボックスを振ってからマサキへと差し出してくる。中には恐らく料理名が書かれた紙片が入っているのだろう。かさかさと音を上げていたボックスに、準備が良過ぎるだろ――呆れつつもマサキは穴の中に手を突っ込んだ。
「てか、料理ってお前が作るのか」
「そろそろ昼どきですからね。丁度いいでしょう」
 指先で探ってみたところによると、中に入っている紙片は六枚ほどであるようだ。どういったメニューが書かれているのかを知らないマサキからすれば、結構なギャンブルである。
「食べられる料理だろうな」
「それは勿論」
「なら、いいけどよ……」
 どれを選ぶか。マサキはボックスの中で指先を回し続けた。
 食べられる料理だとシュウが保障した以上、おかしなものが出てくるといったドッキリではないのだろう。しかし――そんな普通の内容で、果たして視聴者たちが喜んだものか? 疑惑を捨てられないマサキは、悩ましさに眉根を寄せた。
「そんなに警戒しなくとも大丈夫ですよ。どれも普通のメニューですから」
 ここまで警戒されるとは思っていなかったのだろう。マサキの様子を見守っていたシュウが苦笑いを浮かべる。作為の感じられない表情に、マサキは前回、シュウが口にしていた台詞を思い出した。
 ――若い女性が好きなのは、男同士の友情から感じられる気安さや親しさですからね。
 それが事実であるのならば、この程度の内容であっても彼女らにとっては栄養素になるのだろう。そうやって自分たちの関係が消費される是非はさておき、突飛なことをさせられずに済むのは有難い。ええい、ままよ。マサキはボックスの中から一枚の紙片を取り出した。
「親子丼?」
「ハズレですね」
「当たりは何だったんだよ」
「焼き鳥丼ですよ」
「ああ、くそ。俺の好物じゃねえか」
 テーブルの脇に回ってきたシュウが、マサキの手から紙片を取り上げる。マサキは残りの紙片に書かれたメニューが何であったかをシュウに尋ねた。六枚の紙片の内、三枚が親子丼で二枚がチキンソテー、残る一枚が焼き鳥丼だったらしい。
「もう一回!」マサキは声を上げた。
「そうしてあげたいところではありますが、それを認めてしまうと企画が成り立たないのですよ、マサキ」
「いいじゃねえかよ。二回も三回も引かせろって云ってないんだぞ」
「なら、もう一回だけ」
「そう来なくちゃな」
 再び差し出されたボックスの中に手を突っ込む。焼き鳥丼! マサキは念を込めながら紙片を引き上げた。
「巫山戯ろおおおおお! 何で二連続で親子丼なんだよ!」
 決まりですね。にっこりと微笑んだシュウが食材の乗せられた笊を取り上げる。そのままキッチンへと向かって行った彼にマサキは盛大に舌を鳴らして、彼が料理を終えるまでの間の時間潰しと、再び|携帯小型端末《PDA》に視線を落とした。

 ※ ※ ※

 電子書籍に熱中していたマサキが気付かないのをいいことに、シュウが焼き鳥丼を作り上げたのはその一時間後。まさかのサプライズに飛び上がらんばかりに喜んだマサキの姿に、コメント欄は熱狂の坩堝。再び阿鼻叫喚が飛び交う事態に陥ったのだとか。





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