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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

YOUTUBER白河 シュウマサカップルチャンネル爆誕編(二)
その2。
やって欲しいネタがありましたらリクをくれると助かります。



YOUTUBER白河 シュウマサカップルチャンネル爆誕

(三)
「何だよ。今日はもうカメラ構えてるのか?」
 一週間ぶりにシュウの許を訪れたマサキは、玄関ドアを開いてから間を置かずして姿を現わしたシュウに僅かに眉を顰めた。
 |アクションカメラ《GoPro》を構えている。
 どうやらスイッチが入っているようだ。リビングに向かって歩き出したマサキを正面に、カメラの画角に収めるようにして後ろに下がってゆくシュウの姿は、黙っていさえいれば美形の部類に入るだけに滑稽に映る。
 マサキは溜息を吐いた。何がそんなにこの男をインターネットのムーブメントに引き寄せるのかは知らないが、それにマサキを付き合わせるのであれば、せめて心構えはさせて欲しいものだ。
「今日の撮影は直ぐ終わりますよ」
 その不満が顔に出ていたのだろう。シュウの言葉にマサキは尋ね返した。
「本当かよ」
「ええ。少しばかりあなたに伝えたいことがあるだけですので」
 自分たちの日常生活を動画に残すことにマサキは当然抵抗を感じている。そもそも写真が苦手なのだ。二枚目を自認していることもあって鏡を見るのは嫌いではなかったが、それを記録として残されることには否定的だ。
 気恥ずかしいこと他ない。
 掛け声とそもに表情を取り繕うあの瞬間の気まずさ! 出来上がった写真の不自然な表情など、何度も見たいものではないだろうに。だのにシュウと来た日には、そうして残した記録をきちんと保管し続けている。チカの話によれば、気に入った写真は焼き増しして、同じ写真を何枚も並べたアルバムを作っているのだとか。
 恐ろしい。恐ろしいが、それが正しい情報であるかを確認する勇気はマサキにはない。
 それでも、それで満足してくれる分にはいいのだ。シュウがひとりで楽しむのであれば害はない。問題なのは、彼がそれだけでは飽き足らず、動画を撮ると始まったことだった。
 しかもその記録をインターネットを通じて衆目に晒す。
 狂気の沙汰にも限度がある。
 尤も秘めておきたい部分である私生活を、何を好んで他人に見せなければならないのか――マサキに付く虫を払う為だとシュウは云っているが、独占欲の強い彼のことである。マサキとの仲をアピールしたいという欲も含まれているに違いない。
 ――まあ、別におかしなことをされない分にはいいんだけどよ……
 マサキはカメラで大半が隠れてしまっているシュウの顔を見た。口をしっかと結んでいる男は、どうやら真顔でカメラを構えているようだ。
「顔だけ見てりゃ、まともに見えるんだがな」
「まるで私がまともではないような台詞を吐きますね」
「掲示板でレスバだの腹筋だのスレ加速だのしてる男に云われたくねえ」
 マサキはリビングに入った。
 三人掛けのソファの中央から少し左。定位置に腰を落ち着けて、自分を|アクションカメラ《GoPro》に捉え続けているシュウを見遣る。彼が伝えたいこととは一体何であるのだろう。考えていると、視界の隅に何やら高級そうな紙袋が映り込んだ。
「何だそれ」
 テーブルの上に置かれている純白の紙袋。浮き出し加工で店名らしき文字が彫り込まれている。
 マサキは目を凝らして店名を読み取ろうとした。けれどもそれは叶わなかった。タイミング悪く、マサキの姿をより良く撮ろうとしたシュウが目の前に回り込んできたからだ。
「報告があります」
「何だよ」
 重々しく口を開いたシュウに気圧されたマサキは居住まいを正した。何を云われるのだろうか。内心、不安を感じながらシュウの次の言葉を待つ。
「チャンネル登録者数が十万人を超えました」
「嘘だろ?」マサキはソファから腰を浮かせた。「だってまだ動画二本しか撮ってねえぞ」
「私もこんなに早く達成するとは思っていませんでしたよ。以前のチャンネルは半年かかりましたからね」
「いや、それも凄いと思うがな……」
 熱狂に包まれたコメント欄。最初の動画が百万再生を超えた時に一度だけ見た光景が蘇る。『いつ結婚するんですか』だの『夫夫だ』だの云いたい放題。ああいった女性は世の中では極々一部だと思っていたが、マサキの予想とは裏腹に広く生息しているらしい。
「物好きって多いんだな……」
 脱力感に苛まれながら、マサキはソファに身体を埋めた。
「それに感謝をしなければなりませんね。これも見てくださる皆様のお陰です」
「お前の口から出ていい言葉じゃねえ」
「ですがそのお陰で、今回は素晴らしいものを用意出来ましたので」
「それがその紙袋か?」
 マサキはシュウの影に隠れている紙袋を覗き込んだ。流石にもう隠そうという気はないようだ。どうぞと片手で持ち手を掴み取ったシュウが、マサキに紙袋を差し出してくる。
「ブランシェ=ジーン……って、あのブランシェか!」
 マサキは飛び付くようにして紙袋の中を覗き込んだ。
 かれこれ三ヶ月は前のことになる。シュウとともに街に出たマサキが何気なく覗き込んだショーウィンドウに飾られていた腕時計。凝った造りの時計に目を留めたマサキを、珍しくもシュウは目が高いですねと褒めた。
 それがブランシェ=ジーン。練金学が隆盛を誇り、再生産エネルギー式の時計が当たり前になった現代に於いても、頑なに機械式時計の生産を続けるメーカーの腕時計だった。
 大量生産の再生産エネルギー式の時計は中のムーブメントは同一であったが、機械式はそうはいかない。如何に正しく時を刻ませるかに執念を掛ける彼らは、メーカー独自のムーブメントを開発し続けている。
 精度の高い時計のムーブメントを組み上げるのはかなりの手間だ。熟練の職人が手作業でムーブメントを作り上げるだけあって、生産数は決して多くない。何社か残っている機械式時計の生産メーカーの中でもブランシェ=ジーンは特に精度が高いと評判だ。鏡面のような盤面の美しさも相俟って、市場では高値で取引されている。
「いいのか、これ。マジで高かっただろ」
「登録者数十万人記念ですからね。このぐらいは奮発しないと」
 本物だ。紙袋の中に収められているギフトボックスを開いたマサキは声を上げた。布張りの台座に収められた時計の盤面は、鮮やかな翡翠色で彩られている。
 夢にまで見た機械式の腕時計。そうっと時計を取り出したマサキは、早速と自分の手首に腕時計を嵌めた。ずしりとした重みが心地良い。
「けど、俺ばっか貰うのは悪いな」
「画面に映っているのはあなたですからね」
「でも企画を考えてるのはお前だろ」
 マサキは暫し思案した。お返しも兼ねてシュウに何かを贈りたい。
 その答えは直ぐに思い付いた。多忙なシュウがその日々にかまけて叶えていないことは幾つもある。そこからひとつを選び出したマサキは腕時計から顔を上げて、シュウを見詰めた。
「そういやお前、精進料理に興味があるって云ってたよな。禅寺とかも行ってみたいって」
「ええ。禅宗の精神性は剣術に通ずるものがありますしね」
「よし、行こうぜ。俺が足も金も出す」
「いいのですか?」
「十万人登録記念だろ」マサキは笑った。「チャンネル作った本人に褒美がないのはな」
 動画に自分が出ることに抵抗を感じているマサキではあったが、企画そのものに嫌気は感じていなかった。何よりこうして二人で過ごす時間が豊かになることで、かけがえのなさが増す。
 そう考えると感謝の念も湧くものだ。
 マサキから旅行の提案を受けたことが嬉しかったようだ。カメラの下で口元を緩ませているシュウに、マサキは「いつにするよ」と、日本旅行の日程を尋ねた。

 ※ ※ ※

 その動画の公開と同時にチャンネル登録者数は十五万人を突破したようだ。シュウから報告を受けたマサキは、あまりの物好きの多さに頭を抱えながらも、そのお陰で決まった日本旅行が待ち遠しくて仕方なく。それをまた動画にするつもりであるらしいシュウに、「まあ、記録が他人の記憶に残るってのも悪くないかもな」と、笑いかけた。




(四)
 チャンネル登録者数十万人突破記念の日本旅行にマサキがシュウを連れて行ったのは、あれよあれよという間に増えるチャンネル登録者数が二十万人を突破してからだった。
 ショート動画三本。時間にしてたった三分の動画のトータルの再生数は一千万を超えた。
 シュウ自身は目算あって始めたチャンネルであったようだが、マサキとしてはその通りにことが運んでいることが怖ろしくも感じられる。日本国民の百人に一人が見ている計算になるのだ。これが異常事態でなければ何が異常事態なのか。
「ホント、女って何考えてるかわからねえな。動画が三本しかないチャンネルを二十万人が登録してるって、普通におかしいだろ」
「そのお陰で京都旅行に行けるのですから、私としては願ったり叶ったりですが」
 サイバスターにシュウを乗せて地上に出たマサキは、一路日本に向かった。そしてシュウの知り合いが勤めているという研究施設にサイバスターを置かせてもらい、陸路を使って京都に出た。一羽と二匹の使い魔は留守番だ。出がけに散々恨み言を云われたが、ホテルにペットの持ち込みが出来ない以上は仕方のないこと。三泊四日のことだから辛抱しろと云い聞かせてはきたが、動くものと見ると飛び付かずにいられない二匹をチカと一緒に留守番させるのはやり過ぎだった気がしなくもない。
「ここに泊まるのですか?」
 |アクションカメラ《GoPro》を構えたシュウが、珍しくも驚いたような声を上げた。
 マサキが選ぶにしてはきちんとし過ぎていると感じたのだろう。微かに見開かれた瞳。天に向かってそそり立つシックな外観の建物を見上げた彼は、ホテル名を呟くとマサキの顔に視線を戻してきた。
「泊まるに決まってるだろ。安心しろよ。ちゃんと予約してあるから」
 京都駅に程近い位置にある高級ホテルは、シュウはさておき、散財癖のないマサキとしては人生で初めて宿泊するランクのものだった。何せシングルでも一泊三万円。これに緊張しないマサキではない。肩に下げたデイパックの紐を握り締めたマサキは、ホテルマンに恭しく頭を下げられながら、シュウを従えて入り口を潜った。
 いつも彼に選択を任せているマサキとしては、ある意味新鮮な体験だ。
 それに僅かな優越感と興奮を感じながら、マサキはロビーのカーペットの上を進んだ。最上階まで吹き抜けになっているホールに下がる巨大なシャンデリア。ここからは宿泊客の動きが良く見える。シュウをソファに待たせてチェックインカウンターに立ったマサキは、地上で活動する際に使用している身分証明書を提示しながら、自らの名前を告げた。
「お待ちしておりました、安藤様。只今、お部屋にご案内いたします」
 果たしてマサキが取った部屋を見たシュウはどういった反応をするだろうか。ホテルマンに荷物を渡してエレベーターに乗ったマサキは、考え込む素振りをみせているシュウに、何だよ。静かじゃねえか。と話し掛けた。
「旅行の費用がどのくらいになったか考えているのですよ」
「全部俺が出すって云っただろ。気にするんじゃねえよ。お祝いじゃねえか」
「釣り合えばいいのですが」
「釣り合う?」
「いえ、こちらの話ですよ」
 エレベーターが止まったのは最上階のひとつ下のフロアだった。ホテルマンに先導されながらホールに出たマサキは、間近に迫った吹き抜けのシャンデリアを横目に通路を行き、奥まった所にある部屋のドアの前に立った。
「こちらの部屋になります」
 ホテルマンから荷物を受け取る。鍵はカードキー型だ。ドアノブの上部にあるスリットにカードキーを差し込んだマサキは、お前が先に入れよ――と、シュウを先に行かせた。恐らく地上に度々出ることの多いこの男のことだ。しかも贅沢を好む面もある。きっとこういった場にも慣れていることだろう。
「これは……」
 |アクションカメラ《GoPro》を構えながら部屋に入っていったシュウが、驚きに言葉を詰まらせる。
 ドアの向こう側に広がっているリビングスペースを、窓から差し込む光が明るく照らし出している。ふたり用の部屋とは思えぬ広さ。一般的な家のリビングが三つは入りそうなスペースの手前はダイニング、奥側がソファコーナーになっている。
 中央に盆栽が置かれた木目調の楕円形ダイニングテーブルに、座り心地の良さそうなダークグレーのクッションチェアー。壁際に巨大な鏡を張り付けたドレッサーコーナーがある。奥には黒いガラステーブルを囲うようにライトグレーのコーナーソファが配置されている。正面には作り付けのAVボード。モダンな置物が飾られている中央に、42型の液晶テレビが収まっている。
 洋間ではあるが、和を意識した配色。
 流石はロイヤルスィート。一泊二十五万円するだけはある。高級感溢れる雰囲気は予約サイトで客室のグレードを予め確認していたマサキであっても、感嘆の溜息を洩らさずにいられない。
 大枚を叩いた甲斐はあった。マサキは窓のシェードカーテンを上げた。その先には二十メートルほどの温水プールが広がっている。泳げるんだぜ。そう云って室内を撮影しながら眺め回っているシュウに笑いかけると、驚きましたよ。珍しくも素直に感情を表す言葉が返ってくる。
「あなたがこういった部屋を用意してくれるとは思ってもいませんでした」
「お前と泊まるんだったら、こういった部屋の方が喜んでくれんじゃないかと思ってさ」
「嬉しいですよ、マサキ」
 ひと通りリビングを確認したシュウが、そう云ってテレビコーナーの脇にある扉に手を掛ける。
「こちらはベッドコーナーですか」
「ああ。こっちもかなり広いぜ。入ってみろよ」
 |アクションカメラ《GoPro》片手にドアを開いたシュウが、ゆっくり眠れそうですね。と、含み笑いを洩らす。部屋の中央にはクイーンサイズのベッドがふたつ並んでいた。
「ダブルだと部屋のランクが落ちるっていうからさ」
「構いませんよ。明日、明後日は寝に帰ってくるようなものですしね」
 寝室だけあって窓は小さめだ。光を取り入れる部分を少なくすることで、ゆっくり眠れるようにと配慮しているのだろう。代わりに間接照明が多く置かれている。
「これなら気持ち良く寝られそうですよ」
「だろ。ベッドルームが独立してるのはいいよな」
 マサキは今開いたドアの右手側にあるドアの前に立った。バスルームも凄いんだぜ。そう云いながらドアを開く。
 最上級のロイヤルスイートともなれば、バスルームもかなりのものだ。白を基調とした清潔感溢れるジェットバスは、手足を伸ばしてゆったりと浸かれるだけの広さがある。その外にはウォークインクローゼットと続きになった洗面所。四人並んで身だしなみを整えてもお釣りが出る広さに、奮発した甲斐はあったよな。マサキは笑って、ウォークインクローゼットにデイバッグを置いてソファコーナーに戻った。
「今日はホテルでゆっくりとして、明日、明後日と観光三昧しようぜ……って、何だよそれ」
「登録者数二十万人突破記念のプレゼントです」
 程良い硬さのソファに腰を下ろして、シュウが出てくるの待つ。と、姿を現わした彼の手には、高級そうな手提げ袋。
 厚手の白い紙袋の中央には、箔押しで|odor mellis《オドルミリス》と店名が刻み付けられている。マサキは首を傾げた。聞き覚えのない店の名に、中身は何だよ。と、尋ねてみるも、微笑むばかりで返事がない。
 マサキは紙袋の中身を取り出した。
 ペパーミントグリーンの小箱。中を開くと、手のひらサイズのプッシュ型の容器が収まっている。
「あなたに合うと思って買った香水です。この部屋と比べるとささやかではありますが、お風呂上がりにでもどうぞ」
「それで釣り合いが取れないって云ってたのか。気にするなよ、そんなこと」
 笑いながら、マサキは試しに香水を手の甲に吹き付けてみた。ふわりと漂う香り。草原を吹き抜ける爽やかな風を感じさせる香りが鼻腔を擽った。
 くどくはない。かといって直ぐに消えてしまうような頼りない匂いでもない。控えめながらも存在感を主張する静かな香りは、シュウがマサキにどういったイメージを抱いているかを如実に伝えてくる。
 いい匂いだな。暫くその匂いを嗅いでいたマサキは、隣に腰を下ろしたシュウの肩に頭を預けて微笑んだ。
「これなら俺でも付けられそうだ」
「そう云ってもらえると、選んだ甲斐があったというものです」
 カメラをテーブルの上に置いたシュウが、マサキの頭をそうっと引き寄せてくる。ゆっくりと近付いてくる彼の顔に、マサキは静かに目を閉じた。

 ※ ※ ※

 十万人突破記念番外編の京都旅行の動画は、滅茶苦茶な伸び方をしたようだ。七百万再生を突破したとシュウに聞かされたマサキは、『次は絶対にダブルで』と熱望する視聴屋のコメントがこれでもかと続くコメント欄に、こいつらやっぱり何を考えてるかわからねえ。そう呆れ果てて宙を仰いだ。





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