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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

YOUTUBER白河 シュウマサカップルチャンネル爆誕編(終)
ついに最終回です!!!

長かったこの「ネットの世界に首まで浸かった白河シリーズ」もこれで一区切りとなりました。
次回がもしありましたら、関係の変わったシュウマサでスタートです。
ここまでお付き合い有難うございました!



<YOUTUBER白河>

(九)
 マサキは今、ソファにシュウとふたりで並んで座っている。
 当然ながら、テーブルを挟んだ正面には|アクションカメラ《GoPro》がある。だからといって、いつかの動画のようにふたりの日常を垂れ流す訳ではない。何でもシュウ曰く、今回はこれまで動画に寄せられたコメントに返信をするのだそうだ。
 今日は私も顔を出しますよ。そう云ってマサキの隣に腰を落ち着けたシュウは、日頃の穏やかな態度とは裏腹に、気に食わないコメントとは熾烈なレスバを繰り広げる男でもあった。そういった彼が果たしてこの企画を穏便に済ませたものか――撮影者であるが故に滅多に動画に顔を出すことのない彼が、堂々と自分の隣に座っているのに落ち着かなさと不安を感じながら、で? と、マサキはシュウの横顔を見上げて尋ねた。
「コメントに返事をするって、どうするんだ? もう一部だけ拾い上げてめでたしめでたしって量じゃねえぞ、あれ」
 ひとつ動画を上げれば数千単位でコメントが付くカップルチャンネル。登録者数はもうじき百万人を数えるというところまできている。
 さしものシュウであっても、その中から動画ウケするような面白いコメントを拾い上げるのは難しいだろう。そう思ってのことだったが、シュウの目的はそういったものではなかったようだ。
「似たようなコメントが結構ありますからね。視聴者が特に知りたいことに答えるのも動画主の役目と思いましたので、今回はそういったコメントを選びました」
「成程。それなら妙なことにはならないか」
 少なくともレスバをする為に企画を立てたのではなさそうだ。ほっと安堵の息を吐いたマサキに、シュウが苦笑しきりで言葉を継ぐ。
「あなたはことインターネットのこととなると、私を信用してくれなくなりますね」
「当たり前だ」
 マサキの知らないところで活動範囲を広げている男は、現実世界に限らず、仮想空間にも知り合いが多いようだ。それ自体は結構なことだが、我が道をゆくトラブルメイカーである。耳に挟んだだけでも十三回ばかし殺人予告を受けているらしいシュウは、間違いなくわかっていて相手を挑発しているに違いなかった。
 ――こいつを敵に回さざるを得なくなった相手には同情しかねえ。
 とはいえ、今日のシュウは純粋にコメント返しをするつもりであるようだ。シュウの言葉から、そういった物騒な展開にならないことを覚ったマサキは、安心して彼が手にしている紙束を覗き込んだ。
 恐らく、そこに今日回答するコメントが書かれているのだろう。そう考えてのことだったが、その予想は外れていなかったようだ。いかにも視聴者が書きそうなコメントが印刷された紙束。きっとシュウのことだ。真面目に統計を取って、必要なコメントを抜き出したに違いない。
「では、始めましょうか、マサキ」
 マサキの視線から紙束を隠したシュウが、にこやかに企画の始まりを宣言する。仕方なしにマサキは顔を|アクションカメラ《GoPro》向けた。続けてシュウが紙束に書かれているコメントを読み上げ始める。

『ところで実際ふたりの仲はどうなんです? ビジネス夫夫?』

「ビジネス夫夫って何だ?」
「仕事の時だけ仲良くしていることですね」
「んな筈あるかよ。お前らこの距離感、ビジネスで出来ると思ってやがるのか」
「それは確かに」

『いつダブルの部屋に泊まってくれますか』

「百万人を達成したら、ですかね」
「云っとくが寝てるところは流さねえぞ」
「それ以外のシーンは撮ってもいいということですか」
「旅行を撮影されるの、あんま好きじゃねえんだがな……」

『手数料を取られない投げ銭がしたいので、何とかして!』

「別に金に困ってねえしな……手数料ぐらいくれてやれよ」
「私も困ってはいませんしね……」

『グッズを作る気はありませんか』

「そのグッズを使って何する気だよ?」
「ただのカップルチャンネルですので、グッズは流石に」
「お前の口からカップルチャンネルとかって聞くと、破壊力すげぇな」
「とはいえ、私はあなたのグッズでしたら欲しいですがね」
「絶対に作るなよ! お前、俺に内緒であれこれやってるの知ってるんだからな!」

『投稿頻度を上げて!』

「それをすると、マサキとふたりで過ごす時間が減ってしまうので……」
「俺もこれ以上、見世物にされるのはちょっとな……」

『ファンイベントの予定はないですか』

「お前ら、俺たちを何だと思ってるんだよ。日常系だぞ?」
「幾ら視聴者あってのチャンネルとはいえ、流石に生のマサキを皆さんには見せたくはないですね」
「お前さあ、時々強火になるのなんなんだよ」
「彼氏ですので」

『ゆっくりでいいので一生チャンネル続けてください!』

「おっさんになった俺らとか見たいのかね」
「案外ウケるかも知れませんよ」
「精々三十ぐらいまでじゃねえか?」
「取り敢えず結婚式を流すまでは続けたいですね」
「嫌だ」
「そう仰らず」
「絶対、嫌だ」

 と、のんびりとコメントに答えること三十分ほど。こういった動画のどこが面白いのだろうとマサキが思い始めたところで、質問系のコメントが尽きたようだ。今日はここまでにしておきましょう。と、シュウが動画を締めた。
「これって見てる方は面白いんかね?」
「さあ」
「わからないのにやるのかよ」
「やってみたかったので」
 そう云って、シュウが|アクションカメラ《GoPro》を止めるべくソファを立つ。
 ウケるかどうかは二の次。やってみたかったという動機が如何にもシュウらしい。そう思いながら、マサキがシュウを眺めていると、|アクションカメラ《GoPro》の後に立ったシュウが、彼にしては殊勝にも映るぐらいに穏やかにひとこと。
「ですが、マサキ。あなたの本音が聞けて嬉しかったですよ」
 そして彼の口元に浮かぶ笑み。見惚れるほどに艶やかなその笑顔に、マサキは少しばかりの気恥ずかしさを感じながらも、目を離すことが出来ずに。
 結局のところ、この男は視聴者の数だのウケだのはどうでもよく、ただマサキを見せびらかせたいだけなのだ。
「馬鹿じゃねえの」
 ソファに戻ってきたシュウは、だからといってマサキにみだりに触ってくるような真似をするでもなく。
 いつもと同じように読書を始めたシュウに物足りなさを感じつつも、何だと云いつつ彼の道楽に自分が付き合い続けているのは、もしかすると自分も同じような気持ちであるからかも知れないと、その隣でテレビのリモコンに手を伸ばしながら、何とはなしにマサキは思ったのだった。


(十)

「あー、たっぷり楽しんだ」
 様々なグッズを身に着けたマサキは、その格好のまま、今晩の宿となる重厚な雰囲気のホテルの入り口を潜った。
 登録者百万人突破記念の旅行の行き先は、マサキの希望でUSJになった。長く地上を離れているマサキにとって、元ネタのあるテーマパークは、理解度という意味で敷居の高いものであったが、エンターテイメントをぎっしり詰め込んだアトラクションの数々は、流石は日本有数のテーマパークだけはある。元ネタがわからないマサキであっても充分に楽しめる出来だった。
「楽しんでいただけたのでしたら、何よりですよ」
「けど、いいのか。俺ばっかり楽しむような旅行になっちまって」
 勿論、USJだけで終わる旅ではない。折角の地上旅行である。めいっぱい楽しむつもりであるマサキは、ピックアップした大阪の観光地を全て回るつもりでいる。
 日本橋に道頓堀、黒門市場に新世界。通天閣だスカイビルだと盛り上がるマサキに、シュウが出した希望はホテルのクラスだけ。
 昔と比べると大分柔らかくなった大阪とはいえ、それでも独自の発展を遂げた文化や風習は健在なだけに、シュウの他力本願な態度にマサキとしては不安を感じもしたものだが、本人は気にしていない風である。
 ――そうは云っても、こいつには似合ってないよなあ。
 ホテルこそ高級感溢れるシックな外観をしているが、ここに来るまでの道すがら目にすることとなった街の姿と来たら! カラフルでどぎついネオンに、ごてごてとして看板が並ぶ通り。そこを颯爽と抜けてゆくシュウは、所作が洗練されているからこそ周囲から浮いて見えたものだ。
「動画に顔を出している回数が多いのは圧倒的にあなたの方ですからね。このぐらいでお礼が済むのでしたら安いものですよ」
 ロビーで預けていた鍵を受け取って、エレベータに向かいながらシュウが微笑む。きっと、マサキのこととなると常識が吹き飛ぶ男のことだ。マサキが楽しんでいる姿を見ているだけで幸せであるのかも知れない――……そんなことを考えながら、マサキはシュウと肩を並べてエレベーターに乗り込む。
 部屋は最上階のエグゼクティブスィート。
 モダンでゆったりとしたリビングやベッドルームに広々としたバスは勿論のこと、最上階ならではの素晴らしい眺望が売りのエグゼクティブスィートは、言葉にならないぐらいに過ごし易い空間だ。おまけにこのホテルには、エグゼクティブスィート宿泊客用のラウンジまである。朝食やアフタヌーンティー、夜の一杯などに使用出来るラウンジは、一般の宿泊客がいない分、気兼ねなく寛げる。
 それだけのハイクラスホテルとなると、気になるのは宿泊料だが、シュウは笑ってばかりで答えてくれる気配がない。京都旅行以上にラグジュアリーでハイエンドな部屋だけに、一泊二十万を下らないに違いなかったが、果たして幾らをシュウに渡せばいいものか。マサキは一方的に金を出して終わりにするシュウに不満を感じるぐらいには、彼との時間を大切なものだと感じているからこそ、今日こそ絶対に聞き出すと意気込んでいた。
 当然と云うべきか、今回のベッドルームにはキングサイズのベッドがひとつだけだ。
 きっとこの動画が公開されたら視聴者は阿鼻叫喚の渦に叩き込まれるのだろう――それを面白いと感じ始めている自分に少しばかりの嫌気を感じながらシュウに続いて部屋に入ったマサキは、話を切り出そうとリビングのソファに向かいかけたところで、あるものに目を留めるて首を傾げた。
 テーブルの上に紙袋が置かれている。
 部屋を出る時にはなかった荷物は、ホテルからのサービスであろうか。ソファに腰掛けたマサキは、不審物と呼ぶには高級感に溢れている目の前の紙袋をまじまじと眺めた。
「開けていいのかね」
 黒い縁取りがされた白い紙袋。店名は黄金色の箔押しだ。
 何が入っているのだろうかと想像力を逞しくするマサキの脇で、ベストショットを逃すつもりはないらしいシュウが早速と|アクションカメラ《GoPro》を構えた。配信者魂ここに極まれり、である。それに何かを云うつもりのないマサキは、紙袋を膝に乗せた。
 |アクションカメラ《GoPro》のスイッチを入れたシュウが、どうぞとマサキを促す。
「何が入ってるんだろうな」
 紙袋の中には手のひらサイズの白い小箱。破らないように箱の口を開く――と、漆黒のジュエリーケースが現れた。
「私からのプレゼントですよ」
「お前かよ。構えて損したじゃねえか」
 茶化すように声を上げながら、マサキはジュエリーケースを開けた。黒い煌めき。台座に嵌め込まれているマットな光沢の黒い指輪には、中央にシルバーで幾何学模様が刻まれている。
「お前……これ……」
「アクセサリーに興味のないあなたが珍しくも欲しいと云っていましたからね」
 タングステン製のメンズリング。あまりファッションに興味がないが故に買うのを躊躇ってしまった指輪の内側には、しっかりとマサキの名前が彫り込まれている。ゆっくりと抓み上げると、ルームライトの明かりできらきらと輝く。
 マサキは、もしやと思いながら左手の薬指を通してみた。
 するりと根元にまで到達するリング。まるで誂えたようにぴったりと嵌まった指輪に、指輪の号数をシュウに伝えたことのないマサキとしては、喜べばいいのか、それとも呆れればいいのかわからなくなった。
「お揃いですよ」
 けれども、その物煩いも長くは続かなかった。言葉を継いだシュウが、コートのポケットの中からジュエリーケースを取り出してきたからだ。
「何だ? ついに俺にプロポーズか」
「もっと高い指輪にしたかったですがね」
 勿論、タングステン製の指輪にもそれなりに値が張るものはある。宝石が嵌め込まれていたり、メッキが施されているものなどはその傾向が強い。だが、マサキが欲しかった指輪は、ファッションリングの意味合いが強いこともあって、いいとこ一万円止まりのものだった。
「本気かよ、お前」
 しきたりことには厳格な男のアバウトなプロポーズに、冗談だろうと思いながらマサキが尋ねてみれば、どうやらシュウ自身は至って真面目であったようだ。嫌ですか。と逆に問い返される。
「いや、嫌じゃねえけど、結婚して何が変わるんだろうな」
「一緒に暮らす気はないと」
「お前が王都近くに住んでくれりゃいいけどな」
 そう、マサキはラ・ギアス世界の治安を維持する役目を持つ魔装機神操者だ。突然の任務に対応しきる為にも、王都近くに居を構える必要がある。それ即ち、自らが被ることとなった汚名が為に王都を避けて生活しているシュウとは、一緒には暮らせないということでもある。
「なら、決まりですね。一緒に新居を探しましょう、マサキ」
「お前、そんな気軽に決めちまっていいのかよ。俺との結婚」
「先程、あなたが云ったでしょう。何が変わるのか、とね。だから、ですよ。変わらないとわかっているからこそ、あなたと結婚したい。それでは理由になってはいませんか」
 いつものように涼やかな表情。気負いも衒いもなく、日々の会話の延長線上とばかりに言葉を継ぐシュウが、何だか酷く眩しく映る。本当にいいのよ。目を細めたマサキは、少し間を置いてから尋ねた。
「私のことを覚えている人も大分減ったでしょうしね。良く云うでしょう。人の噂も七十五日だと」
「わかった。だけどな、シュウ。結婚式は絶対に配信させねえぞ」
「私としては、動画で結婚報告が出来れば充分ですよ」
「それはやる気なのな……」
 しらととんでもなく恥ずかしい予告をしてみせるシュウに呆れはするものの、嫌気は感じない。何せ掲示板時代から、カップルチャンネルまでの間、マサキはシュウの数々の奇矯な行いに付き合い続けてきている。動画に顔を出すことには流石に抵抗もあったが、それにも慣れてしまったた。今ではシュウと自分の日常生活を晒すことは、マサキの日常の一部になっている……。
 その現実が、幸福に感じられもするのだから、げに縁というものは不思議なものだ。
 ――|視聴者《あいつら》滅茶苦茶喜んでくれるんだろうなあ。
 祝福してくれる視聴者が百万人単位でいることに喜びを感じながら、|それ《GoPro》置けよ。シュウにそう云って、|アクションカメラ《GoPro》をテーブルの上に置かせたマサキは、そうして自分たちの未来に思いを馳せつつ、彼の手に指輪を嵌めてやるべくソファから立ち上がった。





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