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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

ハプニング・キス / もう少し近く / 恭しいキス
拍手を入れ替えたので、前回までの拍手を置いておきます。
この回は全体的に出来が良くなかったですね。

拍手は記事単位でランダム表示になるように設定しています。拍手ごとにランダムではないので注意して下さい。(というか、本当は拍手ごとにランダムにしたいのですが、FC2の拍手は仕様上出来ないのです)どうしても三本読みたい方は、このblogのプロフィールの拍手のみ本来のweb拍手サイトのものとなっていますので、そちらをご利用下さい。



<ハプニング・キス>

 ロンドベルの格納庫にいたシュウの耳に、華やかで賑やかな声が届いたのは、グランゾンの整備が終盤に差し掛かった頃だった。
 その中にマサキの声を認めたシュウは、機体に繋いだモニターから目を離して声の方角に目を遣った。リューネや甲児、さやかと一緒に格納庫に入ってきたマサキは、どうやらいつもの如く盛大にリューネに絡まれているらしい。僅かに苛立ちを含んだ声が響いてくる。
「だからぁ。お願い、マサキ」
「そのぐらいお前ひとりでやれよ。今出来るようにならずにいつやれるようになるんだ。いつでも誰かが手伝ってくれる訳じゃないんだぞ」
 離れていても|明瞭《はっき》りと聞き取れる声が、会話の内容をシュウに伝えてくる。どうやらヴァルシオーネの内部構造に詳しくないリューネが、マサキに整備の手伝いを頼んでいるようだ。成程――と、彼らが格納庫に訪れた目的を把握したシュウは、彼らの機体が少し離れた位置にあることを確認してからモニターに目を戻した。
 シュウの整備で残っている作業はプログラムの確認だけだ。
 ――それならば、さして長い時間をこの場でともにすることもない。
 そこに存在しているだけで意識せずにいられない少年が視界に入るのを、シュウはあまり好んでいなかった。月での苦い敗北。無論、それはシュウの人生のターニングポイントとなる重要な契機であったのだが、同時に自分に授けられた数多の才能が無価値であることを知らしめる出来事でもあった。
 救世主でありながら、|宿敵《ライバル》。
 好ましくも、憎たらしい。
 心の深いところにあるシュウの自己を刺激する少年、マサキ=アンド―。|両価価値《アンビバレンス》な感情をシュウはマサキに抱き続けている。
「ねえ、ちょっとだけでいいから」
「駄目に決まってろ。自分でやれ、自分で」
 いつしか止まっていた手をシュウは動かした。モニター付属のキーボード、その実行キーを叩くと改良したプログラムが走り始める。
 起動プログラム……演算プログラム……相対プログラム……量子プログラム……画面に流れる膨大な量のコマンド。整備にかけた時間は十時間を超えている。そろそろこの作業を終わらせて眠りに就きたい。シュウは画面下に映し出されているプログラムの実行時間を|凝視《みつ》めた――と、不意にリューネの声が近くなった。
「もう! マサキの馬鹿!」
 直後、側面に何かがぶつかったような衝撃が生じた。
「お前、危な――ッ!」
 突拍子もない展開に、さしものシュウも整備用コンピューターを巻き込まないようにするのが精一杯だった。急ぎ床を背にして、安全な場へと自身の身体を誘導する。受け身だけでも取らなければと思いながら、倒れ間際に衝撃の主を確認すれば、リューネに突き飛ばされでもしたのだろうか。やけに近いマサキの顔がある。
 シュウは後頭部を浮かせた。
 背中で転倒の衝撃を受け止める。胸に感じる息苦しいまでの圧迫感――と同時に、口唇に何かが触れた。
 瞬間、目の前にあるマサキの両の目が大きく見開かれる。それは恐らくシュウも同様であったに違いない。激しい動揺。この距離感で触れる場所などひとつしかない。自らに起こった事態を認識したシュウは、身体を横に転がしてマサキから逃れた。
「お前、この……」
 マサキも事態を認識したようだ。床に伏せる形となった身体を瞬発的に起こすと、手の甲で口唇を拭い始めた。
「それは私の台詞ですよ、マサキ」
 思いがけず触れることとなったマサキの口唇の柔らかさが、シュウの胸をさんざめかせる。
 ――これは、何だ?
 落ち着かなさといたたまれなさがある。だのに、後ろ髪を引かれるようなこの想い……自らの内側から湧き上がってきた感情が、自らのものでありながら理解出来ない。途惑いに苛立ち。シュウはままならない自分を薄皮一枚のところで抑え込みながら、コートについた埃を払って立ち上がった。
「格納庫には貴重な資材や部品も多い。女性とじゃれ合うのは程々にするのですね」
「わかってるよ。んなこたあ」
 云い返すだけの気力もないようだ。立ち上がったマサキが大きな舌打ちをひとつすると、ばつの悪そうな表情で立ち尽くしているリューネの許に歩んでゆく。
「行くぞ、リューネ」
「待って、マサキ!」
 いかり肩でサイバスターに向かうマサキを、小走りにリューネが追いかけてゆく。更にその後ろに続く甲児とさやか。心なしかリューネの顔が青褪めているように見えるのは、自分が騒動の原因だということを自覚しているからなのだろう。
 シュウは整備用コンピューターに向き直った。
 シュウとマサキのハプニングは見ていなかったようだ。しょげ返った様子のリューネを横目に整備用コンピューターに向き直ったシュウは、プログラムの実行が終わったことを示すメッセージが表示されているモニターに目を遣りながら、自らの口唇をそうっと指先でなぞった。



<もう少し近く>

 温暖で陽気な気候が当たり前のラングランにしては、珍しく小雨がぱらつく日のことだった。取り立てて用事のないマサキは取り敢えず王都に向かい、暇を潰すべく、目についた喫茶店に入った。
 入り口脇にあるブックスタンド付きの本棚から適当に雑誌を取り、店内を見渡せば、雨が降っているからだろう。店内はそこそこの盛況で、仕方なしに空いている窓際の席に陣取ったマサキは、ブレンドコーヒーを一杯頼んで雑誌を広げた。
 ラングランのアクティビティの紹介が並ぶページをぱらぱらと捲る。程なくして、その大半が既に訪れたことのあるスポットだということに気付いたマサキは、雑誌を閉じてテーブルの上に置いた。
 重度の方向音痴なマサキは、ラングラン横断のみならず地底世界を一周してしまうことも多かった。西に行こうとすれば東、東に行こうとすれば南と、とにかく一度で目的地に辿り着けた試しがない。仲間からはぐれることも珍しくなく、気付いたら見知らぬ土地にいるのが当たり前になってしまっていた。
 そんなマサキの密かな楽しみが観光スポット巡りだ。迷い込んだ先の街で折角だからと訪れている内に、面白くなっていった。積極的に迷っては、地元の住人から情報を得た観光スポットに向かう……とはいえ、それが雑誌の情報を凌駕する量になっているとなれば話は別だ。どうすりゃ治るんだか。そう呟いてみるも、これまで幾度となくその困難を乗り越えてきてしまっているだけに、マサキの本気度は低い。届けられたコーヒーに口を吐けながら、まあ、いいか――マサキは今日をどう過ごすか考え始めた。
 ――暇を一緒に潰せる相手が欲しいところだな……
 とはいえ、いざ誰にするかとなると、丁度いい相手が思い浮かばない。
 降り続ける雨がマサキの精神をナーバスにさせているのだろうか。普段から行動をともにしている仲間と休暇の日まで一緒に動きたくない。捻くれた感情が胸の中に渦巻いている。そもそも、義妹であるプレシアに対する扱いからしてそうだった。マサキが大事な義妹を置いて行動しがちなのは、彼女が義妹であるよりも前に、魔装機操者としてマサキと寝食をともにする仲間であるからだ。
「あー、退屈だ」
 頭の後ろで手を組み、椅子に仰け反る。
 他の雑誌や新聞を読むのも悪くはなかったが、魔装機神操者であるマサキは、戦場で世界情勢と向き合わざるを得ない立場だ。
 休暇の間ぐらいはそうした情報から離れていたい。その気持ちが強い。
 ならばゴシップ誌やファッション雑誌はどうかと聞かれると、元々の興味が薄いだけに食指が動き難い。いっそパズル雑誌でも読むか。窓を濡らす雨の量にうんざりしながら、新しい雑誌を取りに行くべくマサキが席を立った瞬間だった。外を行き交うまばらな通行人の中からひとりが進み出てきたかと思うと、マサキが座る席の硝子窓の前で止まった。
 シュウ=シラカワ。
 自分がお尋ね者だという自覚に薄いこの男は、割合頻繁に王都に姿を現した。最初の内は隠匿の術を使って本来の姿を隠していたが、最近はそれにも飽きたのか。それとも慣れ切ってしまったのか。術も変装もなしに堂々と王都を闊歩する有様である。
「何でお前がここにいるかね」
 そう愚痴を吐けば、白い傘を差したシュウが無言でマサキを手招いてくる。
 何の用だよ。マサキは億劫がりながら、窓に顔を寄せた。
 外は雨。
 カップにはコーヒーが半分ほど残っている。
 シュウの為にわざわざ喫茶店から出る気にはなれない。それに、本気の用であれば、シュウ自ら喫茶店に入ってくるだろう。そういった考えからの行動だった。
「――――……」
 何事かシュウが言葉を吐いている。
 その口の動きから察するに、もう少し近くと云っているようだ。「仕方ねえなあ」うんざりしつつも無視しきれる相手でもない。稀にマサキたちにとって有力な情報を与えてくれるシュウ。とにかくその話を聞かなければ――マサキは額を窓に押し付けた。
 その次の瞬間。
 窓越しにシュウの顔が重なる。なっ……! 小さく声を上げて窓から顔を離したマサキに、窓越しのキスを仕掛けてきた当人たるシュウは涼しい顔。優美に微笑んでみせると、改めて手招きをしてくる。
 この男は。と思いつつも、遊び相手を欲していたのは事実。
 カップを取り上げてコーヒーを飲み干したマサキは、急ぎ会計を済ませてそそくさと。雨が糸となって降る街へと、傘を差して踏み出していった。



<恭しいキス>

 様々な能力に恵まれているが故に|自尊心《プライド》の高い男――シュウ=シラカワが、珍しくも窮地に陥っているように見えた瞬間。マサキの脳裏に過ぎったのは底のない恐怖だった。
 教団の暗殺者に襲われていたのだ。
 黒いフードを目深に被った五人ほどの集団。背丈も体格も異なる彼らの攻撃を避けるのが精一杯といった様子のシュウに、どうすべきかマサキは逡巡したが、誰かの手を借りることを彼が厭うからといって放置もしておけない。剣を握り締めてその場に躍り出たマサキは、ほぼ一瞬で五人の暗殺者を退かせると、疲労困憊といった様子でその場に座り込んだシュウに手を差し伸べた。
「珍しいこともあるもんだな」
「毒を食らったのですよ」
「は?」
 マサキは驚くも、そこまでの量ではなかったのだろうか。ややあってシュウが立ち上がる。
「大丈夫なのか、その……立っちまっても」
 コートの裾に付いた土を払っているシュウに尋ねてみれば、「中和剤は常に持ち歩いていますから」という返事。
「中和剤が効くまでに多少の時間がかかるのですよ。それまで直接的に相手にしないことで時間を稼ごうと思っていましたが、少々無謀だったようでしたね。あなたに助けられてしまった」
 人の手助けを好まない男だからこそ、マサキに助けられたことに思い含むところがあるのだろう。口惜しさが感じ取れる言葉に、余計な世話だったか――と、冷や汗が滲む思いでマサキはシュウの無表情に近い顔を見上げた。
「済まなかったな……その、邪魔しちまったみたいで……」
「いいえ。あなたには感謝していますよ」マサキの両の目に視線を注ぎながらシュウが云う。「助かりました」
「本当かよ。言葉が表情を裏切っているように見えるんだがな」
「教団の毒物はかなり強力なのですよ。中和剤が完全に効くまではまだ時間がかかることでしょう」
 マサキははっとなった。
 とにかく弱点らしい弱点を人前で晒すことがないシュウ。唯一の例外がヴォルクルスだと云える程に彼のステータスは抜きん出ている。
 知に長け、武に長け、魔に長ける。ラ・ギアス社会で生きていくのに必要な力の全てがモア・ベターな|総合科学技術者《メタ・ネクシャリスト》に不可能はない。それぞれの社会で圧倒的強者として彼が君臨しているのは、彼が当時のラングラン最高特権階級たる王家に生まれついた時点で定められた未来であったのだろう。
 だからこそ、シュウが窮地に陥っているのを目にしたマサキは恐怖を覚えたのだ。
 彼とて人間である――と。
 以前と比べれば他人に頼ることを躊躇しなくなったシュウではあったが、邪神教団絡みの問題となると話は別であるらしかった。かつて自らが所属していた組織だけに、自らの因縁の清算は自らの手でと考えているのだろう。彼は頑なにマサキたちとの共闘を避けた。
 マサキも敢えて助力を申し出はしなかった。
 互いに別の組織で活動しているマサキとシュウは長期間顔を合わせないことも珍しくない。数か月の不在は当たり前。その間、何をしていたかを互いに聞くことはなかったけれども、戦うことを宿命付けられているのはマサキもシュウも同じだ。マサキが各所で戦いを続けているのに同じく、シュウもまたこうした戦闘を幾つもこなしているのだろう。
 だのに、マサキの前に姿を見せた彼は、いついかなる時であろうとも何事もなかったかのように振舞ってみせる……。
 窮地に陥っているシュウという一種異常な場面に直面したマサキは、そこでようやく態度を変えない男の努力を思い知った。彼がそこにいる当たり前は、彼自身の不断の努力で為されているものである――それはいつか断たれる未来であるかも知れない。マサキが恐怖心に囚われたのは、その当たり前が或る日突然当たり前ではなくなる可能性に思い至ったからだった。
「なあ、シュウ」
 マサキはシュウの手を取った。
 しっとりとした滑らかな手。冷えた温もりを確かめるように、自らの指で包み込む。
「どうしました、突然」
「無茶はしないと約束してくれ」
「それは難しい相談ですね」
「なら、せめて――」
 骨ばった手の甲。そこにマサキは顔を近付けた。そうして、震える口唇をそうっと押し当てた。
「……俺ぐらいは頼れ。そうしたら、俺は全力でお前を守ってみせる」
 顔を上げて秀麗なシュウの顔を|凝視《みつ》める。
 次の瞬間、シュウの口元に浮かび上がる温かな笑み。慈愛に満ちたその表情は、けれどもマサキの助力を受け入れる決心の表れではなかったようだ。大丈夫ですよ、マサキ。穏やかに言葉を継いだ彼は、静かにマサキの指から自らの手を抜くと、では、これで――。と、その場を去って行った。


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