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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

幕間(一)
二章と三章の間に入ります。マサキ視点。



<wandering destiny>

幕間(一)

 ――なんで、こいつがここに。
 誰かしらが自分の捜索に当たっているだろうとは思っていた。けれどもその役を負うのは、テュッティやヤンロン、ミオといった単身で地上に出られる機能を有する魔装機神の操者たちである筈だ。そう考えていマサキは、たからこそ、ドバイ国際空港のターミナルで爆発物を魔法で押さえ込んだシュウが、自分をラ・ギアスに連れ帰りにきたと告げてきたことに少なからず驚いた。
 セニアに頼まれたのだという。
 任務とは帰還した時点で完了したと見做されるものだ。そうである以上、今回のマサキがしたことは明確な任務の放棄であった。自分を信じてくれていたに違いないセニアや仲間に申し訳ないと感ずる気持ちはあった。けれども、この機会を逃せば、次にいつ中東極右派《マウシム》に辿り着くチャンスが訪れるかはわからない。中東極右派《マウシム》は強かで狡猾だ。自分たちに繋がる足跡を決して残さない。流石は中東の蜃気楼と二つ名を冠されるだけはある。今回の実行犯も彼らの仲間ではなかった。自らの手を汚さず、罪のない一般市民に爆発物の運搬役をさせるなど、知略にも長けている。彼らを殲滅するのは容易ではない。マサキはその現実を理解していたが、それでも国際機関の対テロ組織に任せてラ・ギアスに戻ろうとは思えなかった。
 幼かった少年マサキの心に深い傷跡を残した事件。世界同時多発テロ。テロで両親を奪われたという事実に、マサキはもうずっと長いこと後悔を続けていた。
 親戚の家である法事に行く予定で、空港に向かった。余裕をもって早く家を出たのが災いして、フライトの一時間半前にターミナルに到着してしまった。両親はマサキを連れて空港内の店を眺めたりながら時間を潰していたが、とはいえ、ごみごみとした場所が好きではないマサキにとっては苦痛な時間だった。
 待つのに飽きてしまったマサキは空港内を探検しようと考えた。両親の目を盗んでラウンジを離れ、空港内の設備をひとりで気ままに眺めて歩き回った。どのくらい時間が経っただろう。気付けば空港の出入り口付近まで来てしまっていた。流石に両親に怒られると思ったマサキは、そこでようやくラウンジに引き返そうとした。
 刹那、目の前を閃光が覆い尽くした。
 吹き付けてくる熱風に、黒煙。ただならぬ気配を感じ取ったマサキは空港内に向かって駆け出していた。ありふれた平和が、ありふれたものでなくなったのはその瞬間だった。先程までの長閑な光景は一変。悲鳴や呻き声があちらこちらから聞こえてくる。お母さん。と、皮膚が焼け爛れた女の子が、隣で倒れ伏している負傷の酷い女性に泣き縋っていた。その直ぐ近くでは、焼け爛れた皮膚が露出している男性が、今にも崩れ落ちそうな肩を押さえて座り込んでいる。まさか。マサキの胸は騒いだ。父と母を探して歩き回るも、誰も彼も全身が煤けてしまっていて見分けがつかない。それどころか、腕や手、足や頭といった身体の一部分が当たり前のように転がっている。そんな阿鼻叫喚の地獄をマサキはひとりで奥に向かって歩んでいった。
 チェックインカウンターの付近はもう立ち入れなかった。炎に包まれて、黒煙が空気に乗って流れ出てくる。息を吸うだけで眩暈がする。それでもマサキは先に進もうとした。父さん、母さん。両親を呼ぶ為に口を開いた。それが最後の記憶だ。
 次に目覚めた時は病院のベッドの上だった。
 後のことはぼんやりとしか思い出せない。警察からの聴取……肉片となって帰ってきた両親との対面……心が空っぽなまま迎えた葬儀……遺児であるマサキを誰が引き取り育てるのかを揉めた親族会議……あの時、ひとりで空港内を探検していなければ。マサキは何度もそう思ったものだった。そうしていたら、また違った結末になっていただろう。
 聴取を受けにドバイ警察に通い続けた三日間、マサキは幾度となく過去の記憶を思い返した。両親の仇を自分の手で討つ。その執念で、警察の厳しい追及にも耐えきった。彼らはマサキには横柄だった。お陰でマサキはある程度、自分の事情を開陳せざるを得なくなってしまった。
 都合よく現場に現われ、犯人を確保したマサキを、ドバイ警察は少なからず疑っていたのだ。
 風向きが変わったのは、連邦軍との関係が判明してからだ。慇懃にマサキを扱い始めた彼らに辟易しながらも、マサキは事情聴取という名の取り調べを終えた。けれども――……。
 ドバイ国際空港のテロは幸いにして防げたが、他の地域に被害が出た。パリ、ロンドン、モスクワ、シンガポール、ニューヨークときて、北京に東京、ベルリン、キャンベル。これで被害を受けた都市は九か所となった。
 特にマサキを気落ちさせたのは、東京がその中に含まれていたことだった。あの悲劇を繰り返してしまった。悔しさとやりきれなさが同時に襲いかかってくる。それでも完全に塞ぎ込まずに済んでいたのは、両親の仇討ちという目的があったからだ。だからといって、独りきりでは平常心で過ごすのは難しかったに違いない。シュウ=シラカワという他人。マサキをラ・ギアスに連れて帰る為にドバイまで追ってきた男の存在は、マサキにある程度の理性を取り戻させた。
 不思議な男だ。
 正面から理を説く彼の言葉は、直感で動くマサキの神経を大いに逆撫でする。今回もそうだ。シュウはマサキを咎める言葉を幾つも吐いた。曰く、何故一度ラ・ギアスに戻ろうと思わなかったのか。仲間を信用し、ともに動くべきだったのではないか。「あなたひとりでは荷が勝ち過ぎている」とまで云われた瞬間には、流石に目の奥が真っ赤に染まった。それでも譲れないのだとマサキが訴えれば、情を解さない人間ではなくなったようだ。マサキのしがらみを受け入れるような態度をみせた。
 そればかりか、マサキに協力するような台詞を吐く。
 悩ましさはあった。
 頭脳明晰、博覧強記、文武両道を地で行く男は、ひとりで一軍に匹敵する能力の持ち主だ。味方にすればこれ以上頼もしい男もいないことを、幾つもの戦場でシュウとともに戦ってきたマサキは知り尽くしている。シュウであれば、マサキが身を置いている五里霧中な現状を必ずや打ち破ってくれることだろう。けれども、これはマサキの私的な因縁だ。そこに彼を巻き込み、且つ頼りにしていいものか。シュウと話をしながら悩み抜いたマサキは、結局、彼の申し出を断ることにした。
 しかし、弁の立つ男は退こうとしない。高性能小型携帯端末《ハンドブック》を衛星|回線《ネットワーク》に繋いで通信体制を整えると、勝手に連邦軍と交渉を始めてしまったではないか。しかも、交渉の材料に中東極右派《マウシム》の解体まで挙げている。こうなってしまっては、シュウと組まない訳にはいかないではないか。連邦軍が持っている中東極右派《マウシム》の情報は、マサキからすれば喉から手が出るほど欲しいものだ。マサキは仕方なしにシュウの助力を仰ぐことを受け入れた。
 受け入れたことで安堵してしまったようだ。ヘッドボードに埋め込まれている目覚まし時計のアラームで目を覚ましたマサキは、自分が夕方近くまで寝てしまった事実に驚き、そして腹を立てた。
 何も状況は変わっていない。ただシュウが味方となっただけだ。
 だのに、妙な興奮状態にあった神経が落ち着きをみせてしまっている。
 程なくして部屋を訪れたシュウから連邦軍の資料を受け取ったマサキは、二時間半ほどかけて膨大な記録を読み込んだ。蓄積された疲労が解消されたことで脳がクリアになったからだろう。難解な云い回しで書かれた情報が、するすると頭の中に入ってくる。とはいえ、現在に繋がる情報は少ない。マサキにとっては、過去の記憶が正しかったことが確認出来たぐらいだった。
 ――ここから本当に中東極右派《マウシム》の解体にまで持っていけるのか?
 大口を叩くのが専売特許なシュウではあったが、目算も立てられないような無謀な試みはしまい。マサキもそれは理解している。シュウ=シラカワは、出来ないことを出来るとは云わない人間である。それでも湧き上がってくる疑念に、出来ればこの段階で手を引いてくれないものか――と、願ってしまう。
 決して平坦な道程にはならない。相手は中東の蜃気楼だ。近付けば掻き消えてしまうほど存在が不確かな――。
 それにシュウを巻き込んでいいのだろうか? セニアから依頼を受けて彼が地上に赴いたということは、それはラングランからの正式な依頼であることを意味する。マサキともども消息を絶ってしまっては、そうでなくとも微妙な彼の立場が危ぶまれる事態に陥るのではないか。
 相次ぐ戦いで、マサキたちと陣営をともにしたこともあったシュウたち。その貢献を、ラングラン議会も重要視しているようだ。シュウを筆頭とした三人の王族への復権を望む声の高まり。彼らの魔力は、調和の結界を支え切れるほどに潤沢だ。ラングランの恒久的な平和を望む貴族たちからは、復権を認める代わりに議会で最良の縁談を組むのはどうかといった意見まで出るほどだ。
 魔力の強い血筋を、彼らはそれだけ残したいのだ。
 まるで血統馬のようだ。シュウやモニカ、テリウスに対する非人道的な扱いに、マサキとしては腹立たしさが拭えない。だが、戦士であるマサキは政治というフィールドには弱い。何せコネクションがないのだ。そうである以上、王族籍を有しているセニアの頑張りに期待をするしかない。
 ――大丈夫よ、マサキ。馬鹿ねえ。あたしがそんな意見を通す筈がないでしょう……
 耳にした噂の真贋を、いつぞやセニアに問い質した際に、彼女はそう云ってかんからと笑っていた。
 彼女の権勢を信じたい。けれども、シュウたちの問題はナーバスだ。邪神教団。彼らの策略がなければ、シュウは元より、モニカもテリウスも王家から離れることはなかった。それを理解しているからこそ、夕食をレストランに取りに向かう道すがらマサキはシュウに尋ねた。
 ――てか、お前大丈夫なのかよ。このまま地上に残っちまって。
 大丈夫ではないと答えたシュウに、それなのに何故。と、思う。
 シュウは元々利己的な人間だ。単純な損得勘定で動くような人間ではない。それがセニアの依頼を受けて、マサキを探しに地上に赴いたばかりか、あまつさえマサキを連れ戻す為に力を貸すという。どうして。マサキは聞きたかった。どうして俺なんかの為に。けれども聞いたところで、まともな答えが返ってくることはないだろう。
 シュウは核心に迫る質問には曖昧な返事で済ませるか、或いははぐらかす癖がある。いつもそうだ。マサキが本音で答えて欲しい質問に、彼は正面から向き合おうとしない。聞きたいことや知りたいことは、顔を合わせた時間の分だけ増え続けているというのに。
 現に今も、シュウはマサキの仲間についての話に話題を移してしまった。
 それは少なくないショックをマサキに与えた。
 マサキが地底世界に戻らなかったことで連帯責任となったのだそうだ。テュッティにヤンロン、ミオ。マサキとともに地上に任務に出た三人の魔装機神操者たちは謹慎生活にあるのだという。それでラングラン議会はシュウを動かすことにしたようだ。他の魔装機操縦者やリューネでなかったのは、地上世界に強いコネクションがないという理由であるらしい。云われてみれば確かにその通りである。シュウがここにいる理由を納得したマサキは、自分の独断専行で迷惑をかけることとなった仲間たちに申し訳なさを感じながらも、胸のつかえが取れた気がしていた。
 それが良くなかった。
 ならば、シュウの好意に甘えることにしよう。マサキが覚悟を決めてレストランで食事を取り始めた矢先だった。ロビーの方でガラスが派手に砕ける音がした。車の排気音が近くに聞こえるということは、事故か、それとももしや――。
「何だ!?」マサキは席を立った。
「待ちなさい、マサキ!」シュウの手が伸びてくる。
 嫌な予感がした。
 あれだけ慎重に自分たちに繋がる足跡を消している中東の蜃気楼が、自分たちの周りを飛び回る一匹のハエをどうして放置しておいたものか。しかもそのハエがドバイ国際空港でのテロを阻止しているのだ。ドバイ警察に足止めを食らっている間に、彼らがマサキの身元や逗留先を調べ上げた可能性は大いにあった。
「止めるな、シュウ!」
「そういう問題ではありません!」
 シュウに身体を掴み取られたマサキは藻掻いた。魔装機神という鎧がない今、シュウもマサキも頼れるのは自身の生来の才能だけだ。わかっている。それでも迫りくる悲劇を放置してはいられなかった。
「マサキ、伏せますよ!」
 無理矢理に床に伏せさせられた瞬間だった。閃光がレストランの入り口側を覆い尽くした。ドォン! と地響きを伴う轟音がする。耳が痛い。マサキは顔を上げた。崩れた壁の向こう側が、燃え盛る炎で赤く染まっている。
「……なっ……」
 炎の中に黒く浮かび上がる幾つもの人影。その奥に車の影が映っている。エンジンに引火したら終わりだ。マサキは第二波を食い止めるべく飛び出そうとした。シュウの腕に込められた力が、マサキの身体の自由を奪い続けている。
「……離せ、シュウッ!」
「いいえ、マサキ! 離しませんよ!」
 そこかしこで悲鳴と絶叫が上がる。嗚呼――マサキは脳裏に浮かんだ光景に絶望的な気分になった。両親を失ったあの日に見た凄惨な光景に、目の前の光景が重なってゆく。焼け爛れた皮膚。千切れた腕。黒く焼け焦げた肌。マサキにとって辛かった記憶の全てがそこにある。

「――いやだ、シュウ! 止めろ! いやだって云ってんだろ! いやだ!」

 心の奥に封印していた当時の感情が、まざまざと蘇ってくる。
 マサキは、泣き喚いた。






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