やーっとここまできました!突入まであと少しです!長かった……!
とはいえまだ30000字くらいはあるんじゃないかと思うんですけどね!
あー、難産だった。そろそろ次に書く話のプロット立てねば!(気が早い)
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<wandering destiny>
シュウが工場を出たのは、午前二時を回ってからだった。
データを取り込み始めて一時間半ほど経ったところで、従業員の休憩時間が始まったのだ。事務所を正面にして左手側。事務所からは二つ隣になる休憩室に、従業員が入れ替わり立ち替わり出入りを繰り返す。工場の操業を止めない為だろう。全員が一度に休憩を取る形ではないことがシュウの動きを鈍らせた。セキュリティ機器のランプの色が変わっていることに気付かれたら、その時点で詰む。三時間もの間、シュウは事務所の奥で息を詰めて潜んでいるしかなかった。
幸いにして変化に気付いた従業員はいなかったようだ。事務所の様子を窺いにきた従業員もいない。彼らにとってこの夜は、いつもの夜と何ら変わらないものであったのだろう。休憩時間が終わると、二階は静けさを取り戻した。
様子を窺わせていたチカの合図を待って事務所を出たシュウは、魔法を切らさないようにしながら、工場の建物を出た。深夜ともなれば流しのタクシーもない。徒歩でホテルを目指したシュウが部屋に辿り着いたのは、空が白み始めた頃だった。
「お帰り」
マサキはシュウの戻りを待っていたようだ。ドアを開けるなり耳に飛び込んでくる出迎えの言葉に、ようやく気が緩む。先ずはシャワーを浴びたい。緊張感の解けたシュウは、直ぐにでも話を聞きたい様子なマサキの相手をチカに任せ、シャワールームに入った。
引き出しの二重底の下にあった書類は、全て高性能小型携帯端末《ハンドブック》に取り込んだ。不測の事態に備えてバックアップも取ってある。後はこのデータを調べるだけだ……熱い湯に身体を打たせていると、じわじわと充実感が込み上げてきた。とはいえ、裏帳簿に武器の流れが記載されているとは限らない。まだだ。シュウは気を引き締めた。
ざっと目を通した範囲では、裏帳簿の品目はアラビア文字で書かれていたが、一般的なアラビア語ではなさそうだった。解読が必要な裏帳簿の中身に、シュウの闘志が掻き立てられる。これまでの情報収集は既定路線を歩かされているような不気味さがあった。けれどもこの裏帳簿は違う。長い時間をかけて洗い出したデータが導いたひとつの答えだ。期待に見合う結果が出ない筈がない。シュウは確信めいた思いを抱きながらシャワールームを出た。
「まあ、全てはこの優秀な使い魔であるあたくしのお陰ってコトですかね!」
マサキの肩にとまったチカがえっへんと胸を張っている。
久しぶりの外での活躍に神経が興奮状態にあるのだろう。きっとシュウがシャワーを浴びている間中、喋り続けていたに違いない。その長い自慢話に付き合わされ続けているマサキは、チカのあまりの口の回りっぷりに咎める言葉も失せてしまったようだ。窓際のソファに身体を深く埋めて、自動人形《ロボット》よろしく頷き続けている。
「もう寝なさい、マサキ。チカも」
カーテンが半分ほど開かれている窓の向こう側には、昇り始めた太陽の光を受けて輝き始めている高層ビル群がある。紅海に追い払われてゆく闇は、夜の終わりが直ぐそこまできていることを表していた。
長い緊張状態にあったシュウの身体は眠気を訴え始めている。もしかするとマサキも寝ていないのではないか? うっすらとマサキの目の下に浮かんでいる隈にシュウが助け舟を出せば、話したいことがあるようだ。マサキが仏頂面を晒しながら口を開く。
「俺の報告がまだだ」
「起きたら聞きますよ、マサキ。あなたは恐らく一睡もしていないのでしょう。今日の調査はどうするつもりです」
「それを報告させろって云ってるんだよ」
「確定情報は逃げませんよ。三時間でいいから寝なさい」
「情報は逃げなくとも本人は逃げる可能性があるだろ」
確かにその可能性は否定出来ない。とはいえ、あれだけ情報収集時には気を付けるように云ったのだ。それを破るような真似はしていないだろうと思いつつも、もしやという気持ちは拭えない。敵は警戒心の強いタイプだ。だからこそ、押しも強く迫ってくるマサキに、「何か面白い情報でも手に入ったのですか」シュウが尋ねれば図星であったらしい。こくりとマサキが頷いてみせる。
余程の自信である。
シュウはソファに腰を落ち着けた。
マサキの調査は順調とはいっていなかった。少なくとも一昨日まではそうだった。ハムザの実家の住所はシュウがダークウェブで入手したプロフィールに記載されていたが、それだけに動きが制限されている感があった。迂闊に核心を突いて、ホテルの二の舞になりたくない。その思いがマサキから大胆さを奪ってしまったのだろう。この四日間というもの、ハムザの実家近くの喫茶店に陣取って、家人の出入りを調査し続けていたというのであるから相当だ。
勿論、いざとなれば助け舟を出すつもりでいた。
戸籍と資産の調査は役所にクラッキングを仕掛ければいい。とはいえ、改竄されている可能性――或いは隠し資産がある可能性も否定しきれない。そうでなければ、どうして中東極右派《マウシム》がセクトの存在をこれだけ隠し通せたものか。
確かに中東は政情不安定な地域だ。それが故に各国の詳細な状況が公になり難い。ネットワークに上がっている情報の大半は開かれた民主主義を謳っている地域のものばかりだ。とはいえ、今やネットワークに繋がっていない地域は何処にもない。誰もが情報発信をすることが出来る環境が整っている以上、どこからかは必ず情報が流出する。だのに、これまでの中東極右派《マウシム》にはそれがなかった。
だからこそ、シュウは現地での調査をすべきだと考えた。
どれだけ情報統制が行き届いている地域であっても、そこで生きる人間の口は塞げない。ネットワーク上に流れ出ない情報の真実は、それだけ厳格にネットワークが管理されているということでもある。実際に現地に足を運べば、そこでは公然の秘密だった……などというのも良くあるパターンだ。
教団と情報戦を戦い抜いたシュウは、マサキとは経験値が異なる。だからシュウはマサキの意を汲んで彼に調査を任せはしたものの、その期限は区切るべきだと考えた。それ即ち、工場の調査が終わるまで。そこに見通しが立った今、マサキに残されている時間は少なかった。一定の成果が出なければ、ともにメッカに赴く。マサキはいい顔をしないだろうが、彼に本懐を遂げさせる為には立ち止まってはいられない。シュウにとっては、ある意味、苦渋の決断でもあった。
だが、成果があったとなれば話は異なる。マサキにとっても達成感のある調査であれば、彼の不満を解消するのにこれ以上の結果はない。シュウとてこれがマサキの因縁の清算であることは理解している。そうである以上、彼の役を奪い過ぎない位置でフォローをするのがベストな関わり方だ。
「で、どうだったのですか。昨日の調査は」
シュウはチカに上着のポケットに入っているよう促して、マサキに調査の進展を問いかけた。
「それなんだよ、それ」
シュウが話を聞く態度をみせたことで、口の滑りを滑らかになったようだ。身を乗り出してきたマサキは、興奮を抑えきれない様子だ。
「ハムザは中東全域に別荘を持ってるらしい」
「これはまた……」驚きに言葉が途切れる。「核心に迫る情報ですね。ですが、その情報はどこから」
この情報が事実であれば、ハムザの活動地域が中東全域に及んでいることが明らかとなる。それは、中東極右派《マウシム》の構成員がそれだけの地域に及んでいるということでもある。もしかすると、その別荘というのは中東極右派《マウシム》の拠点を指しているのではないか? 謎多きセクトである中東極右派《マウシム》の規模を把握するのに大きな貢献をする情報が飛び出してきたことに、シュウはおろかシュウの上着のポケットの中で話を聞いていたチカも興奮を抑えきれないようだ。ご主人様。と、顔を覗かせて声を上げた。
「わかっていますよ、チカ。ですが、今はマサキの話を聞きましょう――それで、その情報はどこから」
「近所の住人だよ。ハムザ自身が吹かしてる可能性もないとは云えないが、吹かすにしてももうちょっと控え目にするもんだろ。流石に中東全域は規模がでかすぎる。だから俺は割と正確な情報だと思ってるんだがな」
「成程。しかし、どうやって聞き出したのです。そういった情報は正面から聞いたところで出てくるものではないでしょう」
「そこは流石に嘘を吐いたさ」
正面突破を常とするマサキではあったが、流石にこの場面で尻尾を掴まれるのは危険だと判断したようだ。とはいえ、眉根を寄せた彼の表情は、得意満面というよりは、自らの嘘が通ったのかを不安視しているようである。けれども、直後には憂いても仕方のないことと思ったのだろう。表情を戻すと言葉を継ぐ。
「知ってるか? ハムザの実家は今、奴の二番目の弟とその家族が住んでるんだ。両親はもう他界してるし、ハムザも一番目の弟もリヤドに働きに出ちまったから、メッカで就職した二番目の弟が家督を継いだってな。で、その弟の息子がもういい年齢なんだよ。上が22歳で、下が17歳。間にふたり娘がいるんだが、そいつらはこの話にはあまり関係しないんで無視してくれ」
そこで喉が渇いたのか。ソファを立ったマサキが冷蔵庫からジュースを取り出す。
腰を据えて話がしたいのだろう。飲み物を勧めてきたマサキに、悩ましさを感じつつもシュウはミネラルウォーターを希望した。こうも湿度の高い暑さが続くと、流石にシュウであっても炭酸水が恋しくなる。だが、舌が溶けそうなくどい甘味のジュース類が美味しく感じられるのは最初の内だけだ。どこかでは甘みの強さに嫌気が差してくる。
わかっているからこそ水を選択したシュウに、マサキがペットボトルを差し出してくる。ミネラルウォーターを受け取ったシュウは、マサキが喉を潤すのを待ってから話の続きを促した。
「家族構成に関しては四日の観察が功を奏したといった感じですね」
「そりゃあなあ。メッカくんだりまで調査に行ってんだ。ただ奴らの出入りを見てた訳じゃねえよ。娘や息子が何処の学校に通ってるか、弟が何の仕事をしているか――ぐらいは調べたさ」
マサキの言葉にシュウは僅かに安堵した。調査が進展しないと嘆いていた割には、押さえるべきポイントは押さえて調査をしていたようだ。ややこしい任務を請け負うこともあるマサキのことだ。単純に戦場で暴れ回っていただけではなかったのだろう。
「それで、マサキ。いい年齢の息子たちがこの話にどう関係してくるのです」
「昨日もいつも通り喫茶店にいたんだ。そしたら日参してるからだろ。近所の住人を名乗る男から英語で話しかけられてな。何か用でもあるのかって聞かれたから、『俺の知り合いのアラブ人が、あそこの家との縁談を考えてる』って云っちまったんだ」
「悪くない手だと思いますよ」
「まあな。割と上手くやれた方だとは思うんだ。ずっと不審者扱いされたらどう答えるかって考えてたからさ、自分でも驚くぐらいにはスムーズに云えたと思うぜ」
嘘を吐くのが苦手なことを気にしているのだろう。一瞬、マサキの表情が翳る。
「とはいえ、俺の英語はブロークンだからさ、意志の疎通は難しかったけどな。それでも云いたいことは伝わったみたいだ。何でもそいつは二番目の弟の幼馴染みらしくて、家族ぐるみの付き合いをしてるとかでさ。俺が驚くぐらいに縁談って言葉に食いついてきた」
マサキ曰く、そこからは話が早かったそうだ。家族構成に資産状況と、男が知っている範囲ではあったが、マサキに饒舌に教えてくれたのだとか。長男であるハムザが中東全域に別荘を有するほどの資産家であること。次男がリヤドで家庭を持ち、堅実に暮らしていること。三男も親から受け継いだ資産があり、本人もきちんと働いていること。妹たちふたりも嫁ぎ先で幸せに暮らしているらしいこと。そうした実情から、資産状況的には裕福であるといえること……。幼馴染の男は三男の息子に縁談を申し込みたがっている女性がどういった人間であるかを詳しく知りたがっていたそうだが、そこは娘と同じ学校の子だから今の段階では云えないと逃げ回ったらしい。
「はー。マサキさんって運がいいんですねえ。偶然なんだかわかりませんけど、ここ一番で必要な情報を引っ張ってこれる辺り」
無骨なまでに嘘が苦手なマサキの大金星に、チカが不思議そうに首を傾げる。
UAEの時もそうだったが、マサキは情報を教えてくれる人間には恵まれているようだ。その理由がシュウにはわかるような気がした。マサキ=アンドーという人間は、掴みどころがない性格をしている。感情的ではあるが、感情に振り回されたりはしない。かといって理性的であるのとも違う。それは泰然自若と呼んでも差し支えないぐらいの成熟だ。机上の理想を唯一の枷として生きている彼は、そうでなければ生き抜けない環境にある。自身の未熟さも、危うさも、全て自分の内側に収めておかなければ、悪意に圧倒されてしまう……。
だから、他人にはマサキが放っておけなく映るのだ。
リューネにしてもウェンディにしてもそうだ。彼女らはマサキに恋心を抱いているが、かといってマサキに依存しきったりはしない。むしろ足りない部分を補い合える関係を目指しているようでもある。それは彼女らがマサキに庇護を求めていないことを意味している。
シュウにしてもそうだ。
シュウはマサキに依存しない。いや、心の拠り所にしているという意味では、シュウのそれはマサキに対する明確な依存ではあるのだが、さりとて、マサキに全能的な庇護をされたいかと訊かれれば答えはNOだ。シュウはそういった意味でマサキに依存をしていない。
ただ、肩を並べて生きていきたいだけだ。
マイペースに生きているマサキは、他人と行動をともにしているからといって、深い関係を築こうとは思っていないのだろう。相手の深いところに足を踏み入れない代わりに、自身の深いところにも踏み込ませない。シュウの日記の件もそうだ。最初は頑なに読まないと固辞していた。
かといって、完全なる孤独は嫌なのだろう。仲間とつるんでいる彼は、気取ったところはあれど、随分と心くだけた表情でいる。その顔からは確かな安らぎが感じられた。だからこそシュウは、そうした彼の在り方に、抱えきれないほどの孤独を感じるのだ。
だからシュウにはわかるのだ。
リューネやウェンディがマサキを追ってしまうのも、シュウがマサキに構わずにいられないのも、見ず知らずの他人がマサキに親切にしてしまうのも、本質的には|=《イコール》だと。
「運も実力の内ですよ、チカ」
シュウの胸の内に詫びしさが込み上げてくる。シュウの告白を無碍にしたと云い切ったマサキ。自身の報われない想いとその結末を思い出したシュウは、ナーバスな気持ちを振り切るようにチカに相槌を打った。
「まあそうなんですけど、マサキさんの場合、逆の方向にも運がいいって云うか」
「それは確かに。奇禍に見舞われる率も高いですしね」
「強運の持ち主なのは間違いないんですがねえ」
鼻の頭を掻いているマサキは、自分が幸運の星の下に生まれついた自覚があるようだ。気まずそうにジュースを飲み干す。
「と、なると――今後の方針としては、ハムザが所有している別荘の割り出しですかね」
シュウは自身の今後の行動を整理した。手に入れた帳簿の解読を進めつつ、中東各地にあるハムザの別荘を割り出す。言葉にすれば簡単だが、また日数がかかるのは間違いない。とはいえ、広域に渡る情報収集はシュウの独擅場である。暫くはマサキにまた我慢を強いなければ。悩ましさを覚えつつもそうシュウが決断した瞬間だった。「待った。まだある」と、マサキが口を挟んでくる。
「まだ?」シュウはマサキに視線を向け直した。
家族と親族の構成に資産状況。これ以上の情報となると、後は指導者ハムザの居場所ぐらいしかない。まさか――と思いながらシュウがマサキの様子を窺えば、図星なのだろうか。得意満面といった表情でシュウに向けて笑いかけてくるではないか。
「本番はこれからだぜ。なんて云っても親の遺産さ。それの分配状況までわかっちまったんだからよ」
「随分とお喋りな幼馴染もあったものですね」
「奴らの実家が裕福だってことを云いたかったんだろ。聞いてもいねえことまでべらべら喋ってたよ」
「口は禍の元とは良く云ったものです」
「だな。俺が誰だかわかってりゃ云わなかっただろうに」その時の様子を思い出しでもしたのだろうか。あはは。と豪快に笑ったマサキが、直後に表情を引き締める。「親の遺産のひとつに、タイフの別荘があるんだそうだ。とはいっても都市部じゃなく、南方の農場地帯らしいんだが」
「避暑地に別荘ですか。流石は裕福な家系だ」
シュウは脳内の知識を浚った。リヤドで身に付けたサウジアラビアの知識。それによれば、タイフはメッカの東にある有名な都市だ。そのままでもかなりの規模の都市ではあるらしいが、夏になるとリヤドから政府機能が移動してきて、更に活気に満ちるようになるのだとか。
暑さが殺人的なサウジアラビアらしい話だ。
タイフの別名は夏の首都。ただ、涼しい分、かなりの高地になる。
そこに何が待ち受けているのだろう。シュウはマサキの真剣な顔を見詰めた。白い線が一本、下睫毛の上に筋引く三白眼。シュウを見上げているマサキの瞳が、抑えきれない闘志を剥き出しにする。
「そこを受け継いだのがハムザなんだとさ。どうだ。調査をする気になっただろ」
マサキの言葉に意表を突かれたシュウは、成程――と唸った。
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