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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

繋ぐものたち
番外編です!

これで本当に「衰弱の魔装機神操者」は終わりとなります。
ここまでお付き合い有難うございました!

明日から次のリクエストに着手します。よろしくお願いします。



<繋ぐものたち>

 残ったスープを全てマサキに与え、片付けを終えた頃。リビングからキッチンに逃げ込んできたチカを追いかけ回すマサキの二匹の使い魔に、そろそろ対処をせねばとシュウが思った矢先。小刻みに大地が震えたかと思うと、騒々しさに取り紛れてしまいそうなほどに頼りない呼び鈴の音がした。
 シュウは来客の見当を付けながら玄関に出た。
 次の命を下しているサフィーネとモニカでは有り得ないのは明白だ。そもそもここに来るよう云い付けてあるのは今のところひとりしかいない。覗き窓を開いてテリウスの姿を認めたシュウは、これでようやくこの家の食糧事情も改善するだろうと安堵した。
 予想よりも少し早い時間ではあったが、片手に紙袋を抱えている彼は、待ち望んだ食料を届けに上がったので間違いなさそうだ。シュウは背後で暴れ回っているマサキの使い魔が彼の目に入らぬように玄関を塞ぎながら、静かにドアを開いた。
「早かったかな」
「いいえ。つい先程、食べ物が完全になくなったところですよ」
「君、もうちょっと栄養取りなよ」
 テリウスが差し出してきた紙袋を受け取りながら、善処しましょう。そう口にして、シュウは微笑んだ。
 野菜に肉類、乳製品に穀物。そしてマサキが希望していた缶詰と、二日は持つだろう食料の量。紙袋の中をさっと改めたシュウは、テリウスにかかった費用を確認しその清算を済ませた。
「誰かいるの?」
 チカの助けを求める甲高い声は、玄関にまで届いている。
 特には誰も。シュウはテリウスにそれ以上の追及をさせないよう、表情を崩さずに答えた。
「まあ、いいけど」
 シュウが云いたくないことを笑顔で遣り過ごす人間であることを、長い付き合いになる彼は心得ているのだ。あっさりと退いたテリウスではあったが、恐らく相手の見当が付いたのではなかろうか。ここ、引き払うんだよね? と、来客の滞在期間を確認するかのように言葉を継いだ。
「ええ。何か不満でも」
「いや、僕はないよ。君だって延々連中の相手をするのは嫌でしょ。それだったら心機一転場所を変えて新たに活動した方がいいしね。でも……」
 そこで言葉を濁したテリウスが、見上げたシュウの顔に凝《じ》っと視線を注いでくる。
「私の顔に何か」
「名残惜しくはないのかなって、それだけだよ。まあ、どのみち長居は無理だけどね。今日のアタルゴの街は凄かったよ。治安維持部隊が上から下への大騒動で。それもそうだよね。裏社会のナンバー3の組織が、一夜にして壊滅しちゃったんだし。あの様子だとサフィーネに辿り着くのも直ぐ、なんじゃない?」
「そこはセニアに任せますよ」
「姉さんも大変だ」ふっと表情を和らげたテリウスが、ひとつ大きな伸びをする。「じゃあ僕は行くよ。昨日の連中の『人形化』がまだ終わってないんだ」
「ええ。有難う、テリウス」
 背中を向けて小路へと、姿を消したテリウスを見送ったシュウはキッチンに戻り、紙袋の中身を収めるべき場所に収めてから、今日の昼食のメニューをどうすべきか考えつつ、リビングから庭に下りた。
 庭といっても何かを育てたり、飾ったりしているものではない。剥き出しになった乾いた土。道もなければ池もない。この家に住み始めた時から生えていた木が一本あるだけの殺風景にも限度がある庭だ。広さにしても猫の額程度。手入れをしていないからだろう。こぢんまりとした庭の方々に雑草が繁っている。
 その中に群れをなすエノコログサ。何本か摘み取ってリビングに戻れば、照明の笠の上に逃げ込んだチカの下で、必死になって飛び上がっている二匹の使い魔の姿がある。あなた方には運動が必要なようですね。シロとクロにそう声を掛けながらソファに陣取ったシュウは、手にしたエノコログサを左右に振ってみせた。
「ニャ、ニャニャニャニャッ!?」
「と、飛び付かずにいられニャいのよ!」
 エノコログサ、別名猫じゃらし。異名は伊達ではないようだ。すぐさまシュウの足元に飛び込んできた彼らに、シュウは滑稽さと憐れみを感じつつも、地上のものと比べると大分発育の良い穂を彼らの動きに合わせて動かしてやる。
「ニャ、ニャ!」
「えい、えい、ニャのよ!」
 魔法生物である彼ら使い魔は替えが利く道《・》具《・》だ。そう思い切らねば魔法生物など使いこなせない。それでも感情表現豊かな彼らの存在は、道具を扱う以上の愛着をその使い手の胸に呼び起こすのだ。
 ニ十分ほど彼らを遊ばせたシュウは、疲れてソファに身体を休めた彼らに、これで暫くはチカの身も安全だろうとソファを立った。勿論、猫じゃらしを彼らの手の届かない場所に仕舞うのも忘れない。迂闊に放置して、気付いたら床が花穂だらけということだけは避けたかった。
 寝室に入り、マサキの様子を窺う。
 何か用か。気配で目を覚ましたマサキに、缶詰が届いたことを伝えると、今日の昼食はそれでいいと答えてくる。
「そういう訳にも行かないでしょう。あなたは病人なのですよ、マサキ。栄養を付けるのが回復への近道だということを、もう忘れてしまいましたか」
「なら、何か適当に作ってくれ」
「缶詰以外に食べたいものはないのですか」
 とかくだるくて仕方がないようだ。言葉を吐くのも億劫そうにブランケットの中に身体を沈めているマサキが、暫し考え込む様子をみせた。だが、何も思い付かなかったようだ。諦めたようにシュウを仰いでくる。
「喉がこんなんだからなあ。あんま味は濃くない方がいい。喉に通りやすいものが欲しい」
「わかりました。適当に食材を見繕って、喉に優しい食べ物を作ることにしましょう」
「悪いな、本当に。迷惑かけちまって……」
 二日に渡って寝室を占拠していることに対する申し訳なさであるのだろうか。殊勝にもそう言葉を吐いたマサキに、シュウは胸の奥がじわりと熱くなるのを感じ取った。
 いつもこう穏やかな関係でいられればいい。
 マサキを目の前すると、シュウは種々様々な感情に捉われた。暴虐的なまでに圧倒的な戦闘能力、剣技に対する直感的なセンス……溢れ出る|気《プラーナ》の比類なき量にしてもそうであったし、風の精霊と魔装機神に愛される無垢な精神にしてもそうであったが、彼にはシュウでは及ばない突き抜けた能力が幾つもあった。だのにそれらを十全に活用しないマサキ。も自らの才能の玄関を認識しない彼の振る舞いは、シュウに時々どうしようもない苛立ちを感じさせた。
 それは瞬発的に、マサキに抱いている好意を上回ってしまうほどに。
「らしくないですね。私に謝罪の言葉を吐くなど」
 だからシュウは、そう言葉を返した。
 素直に頷けるほどに、慢心してもいない。かといって黙って受け取れるほどに、傲慢でもない。
 そもそも、マサキの中には明確なるシュウ=シラカワ像があった。自信家で皮肉屋。マサキ自身には自覚がないようであったが、彼はそこからシュウが逸れた行為をしてみせると、それを異変と認識した。
 人間は周囲の期待に応えて、役割を演じてしまう生き物でもある。そうである以上、シュウはマサキの期待を体現し続けなければならなかった。何故なら、彼の望むシュウ=シラカワでいることが、彼に自分を居て当たり前の存在だと認識させるひとつの手段でもあるからだ。
 けれどもマサキは――そう、この直感的な分析能力に長ける青年は、シュウの態度を作られたものとは決して思わないのだ。
「迷惑かけてるのは事実だろ」
「それならば、感謝の言葉こそ聞かせて欲しいものですよ。あなたをここに連れてきたのは私なのですから」
「そうだな。なら、感謝してる。お前がこんなに気を遣ってくれる人間だとは思わなかった。有難う」
 云われた通りに謝意を述べたマサキに、シュウは微かに目を瞠った。そして嘆息した。無防備に過ぎる――と。
 その愚直なまでの素直さが、シュウには癪に障る瞬間があるのに。
「明日は雪でしょうかね」シュウは遠回しに驚きを表現して、寝室を出た。
 セニアにアタルゴの街の後始末を頼むべく書斎に入り、通信機を手に取れば、既に情報局の女傑は動き出しているようだ。受信を示す|信号《サイン》に、シュウは急ぎ彼女に連絡を取る。あまり派手に動かないで欲しいのよねえ。開口一番そう云い放った彼女の用件は、けれどもそれだけではなかったようだ。
「まあ、そっちはあたしが上手く事後処理するわよ。っていうかね、今日の用件はそれじゃなくて――」
 言葉の途中で走るノイズ。干渉波でも出されているのだろうかと一瞬構えたシュウだったが、それは杞憂に過ぎなかったようだ。ちょっと! と、直後に響いてくる愛くるしい童女の怒り声。マサキならまだ動けませんよ。シュウは通信機の向こう側で早口に捲し立て始めたプレシアに云った。
「そんなことはどうでもいいの、お兄ちゃんを返して!」
 先刻走ったノイズは、彼女がセニアから通信機を奪い取った物音であったのだろう。それだけの気迫がある割には、いかんせん迫真に欠ける声音。いつまで経っても幼さが抜けないプレシアに、シュウは口元に笑みを浮かべずにいられなかった。
「返せと云われましても、まだ動ける状態にないのですよ。昨日の状況については聞いたのでしょう。アタルゴの街で行き倒れて市長の家に運び込まれたぐらいですよ。幸い、熱は下がりましたが、まだ身体が休みを欲している状態です」
「いいから返しってってば!」
「そうしてあげたいのは山々ですが、物理的に無理なのですよ、プレシア」
「嘘よ。お兄ちゃん、身体が丈夫なことが自慢だもん……」
「マサキも人間ですよ。風邪を引けば倒れもします」
「いいから返して!」
 シュウは重ねてプレシアに説明した。足取りが覚束ないこと、ベッドを出ている時間がトイレぐらいしかないこと……それでも返せと云うばかりで話にならないプレシアに、本当に良く似た兄妹だと呆れつつ押し問答を繰り広げること十分ほど。
 梃子でも動かぬと言葉を紡ぎ続けていれば、諦めざるを得ないと感じたようだ。「本当に、お兄ちゃん大丈夫なんですか……?」と、幾分、冷静さを取り戻した口調で尋ねてくる。
「風邪を引いているという意味では大丈夫ではありませんが、環境的な問題であれば大丈夫ですよ。医者にも診せて薬を貰っています。後はきちんと栄養を取って、身体を休めるだけです」
「こっちに送り届けるのは無理、なんですよね」
「マサキが自力で動ける範囲に限りがありますからね。それに、セニアから話を聞いたとは思いますが、私自身もあまり広い範囲は動き回れない状態なもので」
「変なことを企んでいたり、しませんよね……」
「少しばかりは。ですがそれももう済みました」
 その台詞で察したのだろう。プレシアの背後からセニアの長く続く溜息が聞こえてくる。
 プレシア自身は呆気に取られたようで、言葉が続かない様子でいる。ならば今が話の終えどきではなかろうか。では、これで。シュウは通信を切った。切ってから、もしかすると全く違った意味に捉えられたかも知れないと、自身の台詞を振り返って思いもしたが、セニアはともかく、|義兄《マサキ》に似て純粋なプレシアはそこまで気を回しもしまい。
 ならば些細なこと。
 シュウは書斎を出た。
 いずれにせよ、マサキが自分の家の、しかも寝室に居るという特殊な状況は続くのだ。
 シュウはそこにまだ掴み取れていない未来の日常を見出した。マサキの謝罪に胸が熱くなったのは、だからだ。いつかそこに私は辿り着いてみせる。密かにそう誓いを立てたシュウは、マサキに食べさせる昼食の支度をすべく、この何度目となるキッチンへの道を歩んでいった――……。

(了)





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