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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

YOUTUBER白河番外編 その後のふたり(前):シュウマサ
お待たせしました!「カップルチャンネルの白河の設定で2人で協力して料理(お菓子でも可)してる様子を撮ってるシュウマサ」です!ついでなのでその後のふたりにしました!

前後編になります。お楽しみいただければ幸いです。



<YOUTUBER白河番外編 その後のふたり(前)>

 マサキがシュウと暮らすようになってひと月が過ぎた。
 常に冷静に物事を処理する男でも、流石に結婚という人生における一大ライフイベントには舞い上がったのか。暫くの間、『寝起きのマサキ』だの、『料理をするマサキ』だの、『洗濯物を干すマサキ』だの――といった『一緒に暮らすようになったことで見られるマサキの姿』をショート動画にして投稿し続けていたシュウだったが、流石にそろそろきちんとした企画の動画を撮るべきだと思ったようだ。ひとりでふらりと街に出て行ったかと思うと、帰宅するなりキッチンに機材と資材を運び込み始めた。
「何だ? また料理対決か」
「まさか。二番煎じのネタを何度も擦っても面白くないでしょう」
 巷に溢れるカップル動画のような破天荒な面白さをシュウは求めていないようだった。
 旅行や食事、買い物。変わり種では一週間のLOOKBOOkなどという動画もあったが、着るものに拘りのあるシュウと異なり、気に入った衣装を何着も買い込むマサキの私服紹介である。Tシャツにジャケット、ジーンズにブーツという殆ど変化のない組み合わせ。そのマサキの姿は大いに視聴者を途惑わせたらしく、アハ体験? とのコメントが幾つも書き込まれたものだった。
 それでも概ね、マサキを映したシュウの動画は高評価を得ていた。軒並み三百万回を超える再生数。チャンネル登録者数も二百万人を突破した。まさかの宣誓式の写真を流した結婚報告動画の再生数は二千万回を超え、シュウが思い付きで作ったチャンネルは、今や、筍のように乱立するカップルチャンネルの中では頭一つ抜けた存在だ。
 こうなると悩ましいのが、その収益の使い道だ。お祝い金と寄せられた投げ銭を、どう今後のチャンネル運営に生かすか。企画と撮影をひとりで続けているシュウは相当に頭を悩ませているのか。新婚旅行で世界一周しますか。と、寝際に真面目な口振りでマサキに尋ねてきた彼は、早過ぎるチャンネルの登録者数の増加に気持ちが追い付いていないようでもあった。
 思うに、彼がここ暫く、新婚一ヶ月のマサキの姿を垂れ流しにしていたのは、舞い上がっていたのは勿論だが、新たな企画を生み出すだけのモチベーションがなかったからでもあったのだろう。
 そんなシュウが久しぶりにやる気を出した。
 動画の素材となるマサキとしては、日常まで撮影が侵食してくるのはあまり好きではない。『寝起きのマサキ』を含む結婚後の動画の一群は視聴者に色々な意味でバカ受けしたようだが、私生活を晒している側のマサキとしては、どういった馬鹿げた内容であろうとも、企画のある撮影の方が安心して撮られることが出来る。そもそも、動画で自分を作っているつもりはないにせよ、生々しさが際立つ部分である。芸能人と似たようなものだ。自分の|核《コア》にも等しい素の部分など、夢見る視聴者にわざわざ見せたくはないだろう。
 そういった意味で、結婚後のシュウが撮影した動画の一群は、マサキにとってはシュウだけが知っていればいいものでもあった。特に寝起きの顔だ。前夜の性行為の疲れが露骨に出るものを、どうして喜んで赤の他人に見せられたものか。
 だからマサキは安堵した。これで私生活を晒さずに済む――と。
 シュウにエプロンを渡されたマサキは、デニム地のそれを身に着けてキッチンに入った。カウンターの上に並ぶ調理器具に、フルーツを中心とした食材。そこから察するに、どうやらデザートの類を作らせる気であるようだ。
「で、今日は何をするんだよ」
 カウンターの向こう側、三脚で立てられている|アクションカメラ《GoPro》の正面に立ったマサキは、別の|アクションカメラ《GoPro》を構えているシュウに顔を向けた。ケーキを作ります。口元に笑みを浮かべているシュウが、マサキの反応が楽しみで堪らないといった口調で返してくる。
「ケーキ? 俺とお前で作れるもんかね。スポンジって難しいんだろ。流石にお菓子作りは趣味じゃねえぞ」
「お菓子作りは化学とも云いますからね。レシピを守れば問題ないかと」
「そのレシピが問題なんだろ。材料の分量を間違えただけで駄目になるって聞いたぞ」
 マサキの義妹は、育った家庭環境の影響で家事全般に長けている。料理もその気になればコースで用意出来るぐらいの腕前があったし、菓子作りにしても、プリンからケーキまでなんでもござれというくらいの種類のレシピをこなしていた。
 その彼女曰く、「お兄ちゃんはご飯に合う料理を作るのには向いてるけど、スパイシーなプレート料理やお菓子を作るのには向かないね」とのこと。
 辛味の強いスパイスだろうが香りの強いハーブだろうがお構いなし。何でも目分量で済ますマサキを間近にしているからこその評価に、成程。確かに。と、当の本人であるマサキは盛大に納得したものだった。
 何せ、菓子作りは繊細だ。ペーキングパウダーの量が少な過ぎても多過ぎてもいけない。バターにしてもそう。小麦粉にしてもそう。全ての分量がきっちりと合ってこそ、完成された菓子が出来上がるというのである。そう考えると、シュウが口にした『料理は化学』という言葉は、かなり真理を突いている。
「ですから私も参加するのですよ。あなたに任せていては、膨らむスポンジも膨らまなくなりますからね」
「それが不安なんだがなあ」マサキは頭を掻いた。
 日常を不自由なく過ごせる程度のレシピを持っているシュウではあったが、王族に生まれ付いた彼がそれらのレシピを覚えたのは市井に下ってからのことだ。それは彼が包丁を持つようになったのも同時期であるということを示している。几帳面な性格もあって大きく外れた料理を出してきたことはなかったが、まだまだ料理の基本的な知識に穴があるのだろう。不測の事態には滅法弱い。
 流石にこの男がお菓子作りまでもを嗜んでいるとは思えない。とはいえ、相手がお菓子作りとあってはマサキも似たような腕である。プレシアの手伝いはしたことがあるが、自分ひとりで作り上げたことがあるのは、溶かして固めるチョコレート菓子程度。しかもそれにしても、シュウへのバレンタインのプレゼントである。年に一度しか行わない菓子作りを、どうして数に入れらたものか。
 つまり、マサキもお菓子作りに関しては初心者なのだ。
 果たして初心者ふたりでケーキなどといった大作が作れるのだろうか。不安を覚えたマサキに対して、けれどもシュウは成功を信じて疑っていないらしい。化学なら嗜みがありますからね。などと自信たっぷりに云ってのける。
「まあ、お前が大丈夫って云うならいいけどよ。でも、何でケーキなんだ?」
「よくぞ聞いてくれましたね、マサキ。勿論、今回挑戦するのはただのケーキではありませんよ」
「ただのケーキじゃない? 何だ。ケーキにただも意外もあるか」
 瞬間、マサキの目には、カメラの下から覗いているシュウの口がにたりと裂けたように映った。
 どう安く見積もっても碌なことを考えていない表情。自分の思い付きがいたく気に入った様子でいるシュウに、彼がこういった表情をする時の自分が碌でもない目にばかり合っているのを思い出したマサキは怯んだ。止めようぜ。反射的にそう口にするも、シュウの滑らかとなった口は止まらない。
「今日私たちがチャレンジするのは、やらなかった披露宴の気分を味わう為のケーキです」
「お前、やっぱり根に持ってたんだな……」
「一生に一度、あるかないかの日ですからね。根に持ちもします」
 精霊に婚姻の許しを得る宣誓式までは、すべき儀式として受け入れたマサキだったが、流石に自分が見世物と化す披露宴までは受け入れられなかった。ともに暮らす場所が決まってから、直ぐにシュウと新居での新生活とはいかなかったのは、だからだ。
 何せ『自分のものであるマサキ』を見せびらかすことに快感を覚える男である。シュウとしては、マサキを公的に手に入れた証明のひとつでもある披露宴を譲りたくはなかったらしく、最後までどうにかして披露宴を開かせようとマサキを説得してきたが、そこは惚れた者の弱味だ。強行しやがったら絶対に新居には引っ越さない。と云い切ったマサキに、それ以上強く出てくることはなかった。
「まあ、その雪辱は銀婚式辺りで果たすとして」
「せめてもうちょっと前にしてくれ……俺はやだぞ。ジジィになってから晒し者になるの」
「その頃にはそういった拘りも大分なくなっていると思いますが」
「本当かよ」マサキは宙を仰いだ。
 白髪が混じり始めた頭。顔も衰えが目立つようになっているに違いない。そのふたりが着飾った姿で並んでひな壇に立ち、大量の招待客の祝福を受ける。無理だろ。マサキは絶望的な気分になって頭を垂れた。
「それはそれとして、マサキ。私としては、材料が温まらない内に調理をスタートさせたいのですが」
「てか、披露宴気分を味わうケーキって何だよ。そんな特別な菓子があるのか?」
「ありますよ。というか、あなた思っているような意味ではありませんね」
「思っているような意味ではない?」
 マサキは首を傾げた。例えば引き出物と一緒に渡す引き菓子のように、ラングラン特有の風習があるのかと思っての発言だったが、そういった意味での特別なケーキではないようだ。なら何だ? マサキは頭をフル回転させた。それにしては、シュウの笑顔がやけに怖い……その答えは直ぐに知れた。
「そう。私たちが今日作るのは、ウエディングケーキですよ、マサキ」
 歌うような口振りでシュウが云ってのける。はあ? マサキは呆気に取られて言葉を失った。




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