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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

ZU-TTO(終);シュウマサ
ということで、この話はこれで終わりです!
いやー。らぶらぶなシュウマサを書けて幸せでした!有難うございます!

次回はリベンジ編!そして今回のリク企画最終話です!何だかんだでひと月以上やってしまいましたが、どれも超☆楽しく書けました!最後の話も気合い入れて頑張りますので、よろしくお付き合いのほどを!

ということで、本文へどうぞ!



<ZU-TTO>

 腕が軽い。
 深い眠りから意識を引き上げられたシュウは、|微睡《まどろみ》の中、いつの間にか腕から消えていた温もりにゆっくりと瞼を開いた。
 明日の観光の為に早寝をしたのが災いしたのだろうか。ベッドに姿のないマサキに、慌てたシュウは急ぎ身体を起こして周囲を見渡した。ベッドの足元には、脱ぎっぱなしのバスローブが二枚溜まったままになっている。
 マサキ? 名を呼ぶが返事がない。
 シュウはベッドを囲っているレースのカーテンを開いた。バスローブを羽織って、ベッドを降りる。間近に迫る、月明かりが降り注ぐ夜の海。反射を繰り返した煌めきが天井に波を描いている。
 マサキ? シュウは再びその名を呼んだ。
 ベッドの正面に回り込むも、ソファにマサキの姿はない。まさか。シュウは眼前に広がる夜の海に目を凝らした。
 無謀が服を着て歩いているような性格のマサキは、自らの身体能力に絶大なる自信を持っているからか。稀にシュウの寿命を縮めるような無茶をする。いつだったか。湖畔のロッジで鉢合わせしたときなど、夜の湖を水を得た魚のように泳ぎ回っていたぐらいだ。逸る気持ちを抑えきれずに、海に出てしまった可能性は充分にあった。
 泳ぎてえな――食後のマサキが口にした台詞がシュウの耳にリフレインする。
 シュウは昏い海中を天板に映しているテーブルの上を覗き込んだ。確かに置かれているバンガローの鍵。と、いうことは――シュウは更にベッドを回り込んで、部屋の角近くにあるドアに手を掛けた。
 海に直接下りられるバルコニーデッキに出たのかも知れない。シュウはドアを開いた。
 ざあざあと押し寄せてくる潮騒。澄み渡る空とは裏腹に、不安を感じさせる音だ。まさか。胸騒ぎを覚えながら左右を見渡せば、室内からは死角となる位置に人影がある。
「……何をしているのですか、あなたは」
 月の光を受けて艶めくボトルグリーンの髪。風に吹かれて揺れる毛先がうなじを撫でている。その下に浮かび上がる白い肌。一糸纏わぬ姿で柵に凭れて空を見上げていたマサキが、何事もない様子で振り返った。
「綺麗だぜ、空」
 シュウは細く長い溜息を吐かずにいられなかった。
 都会のように地上に星を持たないパラオの夜は、地面に近付いた分だけ暗さを増した。明かりひとつ灯らぬ島を背後に従えたマサキの肌には、先ほどまでの情交の痕がうっすらと残されている。
「……夜の海に泳ぎに出るという真似をしなかったことは褒めて差し上げますよ、マサキ」
「何だ、お前。俺が海に泳ぎに出たとでも思ったのか」
「何をしでかすかわからない人ですからね、あなたは」
 とにかく、この格好でバルコニーデッキに出しておく訳にはいかない。シュウは心外そうに眉を顰めているマサキを残して室内に戻った。
 先に開けた方とは反対側。バルコニーデッキに近い方のレースのカーテンを開いて、くしゃくしゃになっているバスローブを取り上げる。取って返すようにしてバルコニーデッキに出たシュウは、柵に頬を載せて空を見上げているマサキの頭の上からバスローブを被せた。
「着る必要あるのかよ。こんな暖かい夜だってのに」
「自分の格好を棚に上げるとはいい度胸ですね」
「ここなら隣のバンガローの死角だしな」
 相変わらず空を見上げ続けているマサキに、一応は考えていたらしい――と、シュウは安堵する半面、呆れたような気分にもなる。
 リラックスタイムに身体を締め付けられるのが、マサキは嫌いなのだ。
 風呂上がりなど酷いものだ。下着も履かず、シュウのシャツ一枚でうろつくことも珍しくない。それならまだいい。暑い人もなれば腰にタオル一枚でリビングに姿を現す。それを注意しようものなら、「お前が云うかよ」と、どこ吹く風で答えてくる。
 確かにシュウ自身も、夜着を身に付けることはそうない。特にひとり寝の際にそれは顕著だ。肌に纏わり付く布の感触が不快に感じられて仕方がなくなるからこそ、シュウは裸で眠ることがままあった。
「だからといって、ベッドを抜け出してそのままバルコニーデッキに出るなど」
「いいから、お前も見てみろよ。この空」
「人の話を聞く気がありませんね、あなたは」
「凄いぞ、この空。星が詰まってる」
「本当に仕様のない――」マサキの隣に立ったシュウは、マサキに倣って空を見上げた。
 濃紺の夜空に粒子のように散らばる輝ける星々。天に群れなす星座も、これでは自己主張がままならないだろう。そのぐらいにひしめき合う星。ラ・ギアスでは決して目にすることのない満天の星に、シュウの口からほうと感嘆の溜息が洩れる。
 そして、この地上。
 シュウはゆっくりと視線を落とした。
 無限の闇。黒々とした影に塗り潰された島が、天上から降り注ぐ光に、輪郭をほんのりと浮かび上がらせている。
 まさしく地上最後の楽園と呼ばれるに相応しい自然のコラボレーション。この生命力に満ち満ちた自然は、確かに窮屈な生活を送っている人間の野生を解放する奔放さに溢れている……とはいえ、ヌーディストのような振る舞いはいただけない。シュウはマサキの腕を取り上げて、バスローブの袖に通してやった。
「月章旗って云うんだってさ」
 はだけた前襟を閉じて、腰紐を結ぶ。
「何が、です」
「パラオの国旗だよ。青地に黄色い丸が描かれてるんだ。だから月章旗。太平洋に浮かぶ満月を表してるんだとよ」
 シュウの胸に背中を凭れさせてきたマサキが、ほらと頭上の月を指差す。
 正円と呼ぶには少し歪な形状の月。小望月くらいであろうか。ひしめく星々にも負けじと強い光を放っている月は、ラ・ギアスの人工的な月と比べると|生命《いのち》を感じさせる。
「日本の国旗とは対照的だよな」
 ぽつりと呟いたマサキの表情は、けれどもひたすらな無邪気さに満ちていた。
 知識の塊であるシュウ相手に、覚えた知識を披露出来るのが嬉しくて堪らないのだろう。そう、ラ・ギアスで生まれ育ったシュウは、決して地上の地理に明るくはない。精々縁があった土地の名を覚えているぐらいだ。だからこそ、そのマサキの生き生きとした様子が胸を熱くさせる。
「そう聞くと運命的なものを感じますね」
「親日国らしいからな、ここ。でも国旗の成り立ちには関係ないらしいぜ。偶然そうなったんだとか」
 シュウの手を取ったマサキが、自らの肩にその腕を回させる。シュウはマサキに導かれるがまま、その肩を抱いた。
 バスローブ越しに感じる彼の身体の細さ。その頼りなさを意外に感じるのは何度目だろう。
 数えきれないほどに抱き締めてきた彼の身体は、だぼついたジャケットや威風が実際の体躯よりも大きく見せているだけだとシュウは知ってしまっていた。それでも、時折、まるで目覚ましい発見をしたかのように、シュウはマサキの身体の細さに驚きを感じてしまう瞬間がある。
「運命なんてもんはねえんだよ、でも……」
 ややあって、そう口にしたマサキの視線が島に向けられる。
「あの島を見てると、田舎の山を思い出さずにはいられなくてさ。おかしいよな。全く似てないってのに」
「私はヌエット海の小島を思い出しましたよ。あの辺りの島には、人が住んでいませんからね」
「そうか。そうだな」
 はっと目を見開いたマサキが、思いがけない知識を得たかのような表情でシュウを振り仰ぐ。それはきっと、パラオの景色を目にして、自らの故国を思い出してしまった自分に対する驚きでもあったのだろう。
 とうに過去となって久しい日本での暮らし。それをまだ忘れていなかった自分……けれどもマサキはその事実に途惑いを覚えるほど、日本に拘りを持ってはいないようだ。少しして表情を和らげてみせると、肩に置かれているシュウの手に手を重ねてくる。
「あと何年したら、お前みたいに思えるようになるかね」
「さあ。ですが、その日はそんなに遠くないかも知れませんよ」
 しみじみと口にしたマサキに、シュウは微笑みかけた。
 戦うことを宿命付けられたマサキは、ラ・ギアスの日常を生きる機会に乏しかった。広い世界をサイバスターで駆け抜けている割には、狭い世界。彼の人間関係は仲間を中心に小さく纏まっている。
 だから彼は、立てた武勲に見合わぬほど、地底世界ラ・ギアスを知らなかった。いや、第二の故郷と呼ぶラングランのことでさえもマサキは良く知らずにいるままだ。
 ――けれども、それもいずれは終わる。
 シュウはマサキの身体を引き寄せた。
 生きることとは戦うことである。
 汚れなき目的を胸に前に進むマサキにとって、人生とは特にそうした側面が強いものであるだろう。だが、それは必ずしも過酷な戦いが続くことを意味しない。所詮は比喩だ。晴れの日もあれば、雨の日もある。そのくらいに曖昧な表現。現実世界に脅威を齎す戦争と比べれば、その道のりは平坦に等しい。
 そういった意味に於いて、マサキが囚われているのは物理的な戦いであると云える。
 しかしそれは限りがある戦いだ。
 如何にラ・ギアスが潤沢な資源に恵まれた世界であろうとも、ミダスの手の所有者には恵まれていない。それは戦いを続ければ資源が枯渇することを意味している。故に、どこかで彼の茨の道は終わる。その結果が彼が望む世界となるのかは神のみぞ知るだが、これまで幾つもの救国を実現してきた彼のことである。必ずやラ・ギアスに平定を齎してくれるとシュウは信じている。
 ――そこからが、マサキの本当の人生のスタートになるのだろう。
 不意に吹き付けてきた風に、シュウは目を細めた。
 パラオの陽気は穏やかで、ラングランにも似た暖かさがある。何せマサキがバスローブを羽織らずに外に出ていけるぐらいだ。その過ごし易さは、もしかするとラングラン以上であるかも知れない。
 とはいえ、海からの風は冷たい。
 何を思ってマサキがバルコニーデッキに出たのかシュウはわからないままだったが、きっと気紛れな彼のことだ。目が覚めたついでに、希望のひとつであった星空を眺めようとしたのではなかろうか。

 ――彼は忘れた頃に思いがけない行動を取って、とうにそうした振る舞いに慣れた筈のシュウを大いに途惑わせるのだ。

「海風が冷たい。戻りましょう、マサキ。明日の観光に障りますよ」
「ああ、そうだな。何かもう三日ぐらいパラオにいる気になってたよ」
 屈託ない笑顔を浮かべたマサキが、名残惜しさを感じさせない足取りでバルコニーデッキを後にする。
 シュウはマサキの後を追った。
「ずうっと、こんな風にお前とのんびり過ごせたらいいのにな」
 ふと口にしたマサキが、ベッドの上。シュウに抱き付いてきた。
 ひんやりとした温もり。うなじに当たる指先の冷たさが、マサキがバルコニーデッキで過ごしていた時間の長さを伝えてくる。
「いつかはそうした日も来ますよ」
 シュウはマサキを抱えてブランケットの中に潜り込むと、身体を寄せてくるマサキを確りと抱き締めた。
 平然としていたマサキだったが、やはり寒かったようだ。シュウの膝を割って足を絡めてくると、その言葉を肯定するようにこくりと頷いた。それがただ愛おしい。シュウはマサキの前髪を除けてその額に口付けた。
「けれども、先ずは明日のこと。折角の休暇なのですから、目一杯楽しんでいただかなければ」
「そうなんだよ。その所為で目が覚めちまってさ……」
 どうやら明日からのパラオでの生活が楽しみになり過ぎて目が覚めてしまったらしい。実にマサキらしい。シュウはクックと声を潜めて嗤った。パラオの風のようにさっぱりとした気質なマサキ。その明るさが陰に篭り易いシュウを助けてくれる。
「なあ、シュウ」
 神経が高ぶって、簡単には寝付けないのだろう。何か話をしてくれよ。と、マサキがシュウにねだってくる。
「なら、子守歌を」シュウは軽く咳払いをした。
 そして、マサキの背中を摩ってやりながら、自身が幼少期に聞いた子守歌を口ずさんだ。

 Schlafe, schlafe, holder süßer Knabe,
 Leise wiegt dich deiner Mutter Hand,
 Sanfte Ruhe, milde Labe,
 Bringt dir schwebend dieses Wiegenband.

 懐かしいメロディだな。マサキが微笑む。
 シュウにとっては、母が口ずさんでいた名も知らぬ歌のひとつであったが、どうやらマサキにとっては、心の琴線に触れる曲であったようだ。落ち着くよ。そう呟いて、シュウの胸に顔を埋めてくる。
 ややあって、聞こえてくる健やかなる寝息。
 シュウは最後まで子守歌を歌いきってから目を閉じた。夜中にバルコニーデッキに飛び出さずにいられないほどに、明日からの六日間を楽しみにしているマサキ。本当に何て愛くるしい。シュウは明日からのパラオでの日々に、期待を膨らませながら眠りに落ちていった――……。



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