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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

春|幽《かそ》けき日にありったけのお返しを(9)【改稿済】
時間がないので早速本文と行こうと思います。
情報交換編もそろそろ終わりです。もう少しでご褒美シーンだー!
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<春|幽《かそ》けき日にありったけのお返しを>

 Ⅰ-Ⅲ
 東に黒き果実が、その実を口にした者に祝福を与えし時

 人目を憚る話であるのは承知しているようだ。屋内ではなくテラス席を選んだシュウは、席に着いたマサキたちを目の前にして、既に大半を記憶ているらしい預言の一節を諳んじてみせた。
「預言書の第一篇第三節に記されていた預言ですね」
「そうですよ、ザシュフォード=ザン=ヴァルファレビア。あなた方が成就を食い止められなかった第三の預言ですよ」
「何だって?」マサキは声を上げた。「成就しただって?」
「あなたは東部に調査に赴いたのでしょう、マサキ」
 テュッティと調査に及んだラングラン東部。まだまだ未開の地の色も濃い集落の数々では、練金学の叡智たる翻訳機能が正しく機能していたからか。訛りも強く聞こえてくる彼ら住人たちの言葉に、マサキとテュッティは先ず意思の疎通を図るのに苦労させられたものだった。
「まあな。でも、黒き果実って云ってもな。それらしいものは何も」
「破壊神サーヴァ=ヴォルクルスが与える祝福とは何か? と考えてみれば、自ずとその答えは見付かったのですがね」
 テーブルに届けられた飲み物に手が伸びる。どこか冷ややかにも映る表情で、カップを弄びながらシュウが口にした指摘に、マサキの脳裏で光が弾けた。あ。と、隣で声が洩れる。ザッシュもまたそのひと言で自分たちの考えの根本的な間違いに気付いたようだ。
「おい、それってまさか……」
「どういうことだ。マサキ」
 ひとり、合点がいかないのだろう。答えを尋ねてくるファングを片手で遮って、マサキは脳裏を過ぎった恐ろしい考えを反芻した。
 神とは何であるだろうか?
 ある者にとっては世界の創造者だろうし、ある者にとっては超越者だろう。ある者にとっては守護者でもあるだろうし、またある者にとっては庇護者でもあるだろう。十人揃えば十人十色。そこには様々な神のイメージがあるに違いなかったが、そのイメージを支えているのが神話世界であるのは想像に難くない。
 神話とは創世の物語でもある。そして限りなく続く神から|恵み《ギフト》の物語でもある。
 彼らがそこで人間に与えた祝福は、総じて限りない幸福を約束するものであった。健康然り、知恵然り、繁栄然り……生きとし生けとせるものに惜しみない愛情を注ぐ存在として、これ以上の慈愛は望めないだろう。だからこそ、そうした神のイメージを裏切ったサーヴァ=ヴォルクルスを、マサキたち魔装機操者は人間世界から放逐すべき存在として認識したのだ。
 シュウが持ち込んだ預言書は、そのサーヴァ=ヴォルクルス復活の書である。
 ――そもそもの在り方が違う。
 唐突に襲ってきた喉の渇きを癒すべく、マサキは手にしたカップの中身を飲み干した。そして、破壊神と口の中で呟いた。
 破壊神サーヴァ=ヴォルクルス、恐怖と混沌を好む神。マサキたちが相手にしているのは、神話に描かれているような概念上の神ではない。サーヴァ=ヴォルクルスは先史時代にラ・ギアスに存在していた巨人族がひとり。
 そう、彼は世界を創ってなどいない。
 神話が創世の物語であるのならば、ラ・ギアスに実存する神々は、世界に終末を呼び込む物語の紡ぎ手であるのだろう。破壊神が破壊神と呼ばれるからにはそれ相応の理由がある。サーヴァ=ヴォルクルス。彼は顕現したが最後、世界に徹底した破壊を齎す。それだけではない。その瞬間に渦巻く人間の恐怖の感情を吸収しては、更なる成長を遂げていく。神、などと呼ぶのも悍ましい思念体。彼の在り方は、地上の概念上の生命体に例えるのであれば、|The Devil《魔王》に等しい。
「神に仕える者にとって、死とは一種の救済でしょう」
 マサキの向かいで静かに佇んでいるシュウは、破壊神サーヴァ=ヴォルクルスを信奉する人々が作り出した巨大な組織に身を置き、その思想からなる悍ましき教義の数々を実践してきた人間だ。そして、その末に死を経験し、その上で涅槃を間近にして引き返してきた人間でもある。
 だからこそ、その言葉には重みがあった。
 神に殉じさせられた、悲劇の大公子。決して本意ではない人生を送らされてきたシュウの過去。マサキたちはそれを知っているからこそ、その言葉に口を挟めぬまま。ただ彼が淡々と語り続ける言葉に耳を傾けるのみだ。
「苦難に満ちた現世よりの旅立ち。そして、神の御許に迎え入れられる為の通過儀礼《イニシエーション》。それこそが死であると説く人間もいるほどです。尤も、その死が安らかなものであるかは、神のみぞ知るといったところでしょうが」
 凄味を感じさせるまでに穏やかな声のトーン。座がしんと静まり返った。
 シュウは気分が昂れば昂っただけ、冷静であろうと努めようとする人間だ。その態度はまさに理性至上主義者たるラ・ギアス人に相応しい。だが、彼は地上人とのミックスドレースだからか。純粋なラ・ギアス人とは異なり、理性で完全に感情に蓋をするまでには至れていないようだ。
「死、こそが祝福だって云いたいのか」
 彼から滲み出ている感情が何であるのか――マサキにはわからない。
 ただ凄まじく、ただ怖ろしい。
「苦しみ抜いた果てにある絶望的な死。これに勝る祝福もないでしょう」
 彼からその話を聞かされる度、マサキは考えてきた。かつて自分が居た教団という場所、そこにどういった感情をシュウが抱いているのかを。
 ――それは後悔だろうか? それとも執念だろうか? いや、もっと単純な……
 マサキは目を見開いた。そう、それは純粋な怒り。それもただの怒りではない。気高くも物悲しい。無実の咎に悶え苦しむ罪人の尽きることのない憤怒。彼は理不尽に定められた己の人生に怒っている。
 敬虔な精霊信仰の徒である彼にとって、邪神を祀る教団にひとときとはいえ身を置いてしまった事実は、心に重く圧し掛かっていることだろう。他人の感情に鈍感なマサキをして、そう思わせるシュウの静かな語り口。彼は明白に破壊神サーヴァ=ヴォルクルスに敵愾心を抱いている。
 だが、それも束の間のこと。次いでカップに視線を落としたシュウは、その中に映っている自らの表情を見たのではないだろうか。ふっと表情を和らげると、マサキたちの顔を順繰りに見遣りながら言葉を継いだ。
「そういった観点で探せば黒き実の正体にも辿り着けた筈ですよ。ラングラン東部の特産品でもあるパタの実。これは熟れ頃に食す分には何ら問題のない果実ですが、腐りかけの黒ずんだ実を食べると幻覚作用が起こります。発酵で毒性が生じるらしく、ひと口程度なら問題はありませんが、半分も口にすると死に至るようです。その特性から、かつては儀式に用いられていたこともあったとか。それを知っている東部の民は絶対に口にしない果実ですがね」
「その実を食べて死んだヤツが出たって?」
「残念ながら腐りかけのパタの実はとてつもなく美味らしく、食通の間では幻の果物として有名なのだそうですよ。それもあって年に何人かは病院送りになっているのだとか」
 シュウの説明で合点がいったようだ。マサキの隣で深く溜息を吐いたファングが、ややあって絞り出すように言葉を吐く。
「……巫山戯た話だ」
「その巫山戯た話で死人が出たのが二週間ほど前の話ですよ。食通を気取った一行がグルメツアーと洒落込んだ結果、八人が命を落としてしまった。食通が食で命を落とすなど、笑えない冗談《ジョーク》ですね」
 微笑みながら言葉を紡ぐシュウに対して、ファングの表情は険しい。当たり前だ。マサキは唸った。祝福=死であるのであれば、あの預言書は人類にとっては殺人予告状にも等しい。それもただの殺人予告ではない。死に方まで指定された予告状であるのだ。
 預言書の詩編の数は千四百四篇。ひとつの預言で最低一人が死ぬとしても、千四百四人が悍ましくもサーヴァ=ヴォルクルスへの贄として命を落とす計算になる。
 とんでもないものを書き遺してくれやがって――マサキは舌を打ち鳴らした。王都に潜み、表向きはラングランの下級貴族として暮らしていたアザーニャ=ゾラン=ハステブルグ。彼が呪いに満ちた祝福の数々を書き記すことがなければ、それを利用しようとする輩は生まれなかった。
「しかし、それでしたら、セニア様が情報を掴んでいてもおかしくはないと思いますが」
 ファングの向かいで考え込んでいたザッシュがおもむろに口を開く。
「新聞では集団食中毒の扱いだったのですよ」
「食中毒ですか? 副作用ではなく?」
「毒性があるとはいえ、腐った果実。もしかすると記事を書いた記者は、パタの実の特性を知らなかったのかも知れませんね。かくいう私も、情報を漁り直していた時に気付いたのですよ。そのぐらいに扱いの小さな記事でした。きっと、教団にいた頃の知識がなければ見過ごしていたことでしょう」
「ちょっと待てよ」マサキは会話に割って入った。「どうやって集団食中毒事件を必然的に起こしたんだ」
 白鱗病や王宮武器庫への放火事件に関しては、確たる証拠は揃えられていないものの、状況的に作為的なものであることがわかっている。奇跡の双子に関しても実在していることがわかった。では、黒き果実がパタの実であるとして、どうやれば食中毒を人為的且つ作為的に起こせるのか?
 マサキの問いにいい質問ですね。と、シュウが微笑《わら》った。その口ぶりからして、彼は既にその点に関する調査を済ませているのだろう。手にしているカップを置くと、穏やかに言葉を継いだ。
「グルメツアーを計画したのはアルバ=アルフォートという貴族崩れの男ですが、彼はグルメツアーに参加した仲間に、パタの実の知識を屋敷に出入りするようになった商人から聞いたと吹聴していたそうです」
「偶然じゃないのか?」
「まさか。これは屋敷に勤めているメイドから聞いた情報ですが、事件後、その商人はぱたりと屋敷を訪れなくなったそうですよ。これでは蓋然性に頼ったと考えざるを得ない。商人はアルバがパタの実を食べに行くだろうと見込んだ上で情報を吹き込んだ。勿論行かない可能性もありますが、その場合には次の食通が狙われたのではないでしょうか。何といっても預言を実現させるペースを作っているのは彼らです。計画の進みが遅れても訳はない」
「抜け目ないですねえ」溜息とともにザッシュが呟く。
「気持ちが悪いくらい巧妙だ」ファングが唸りながら言葉を吐く。
「蓋然性の殺人……か」
 そうなる可能性が高いという可能性に賭けた殺人計画。シュウの調査に基づく推論が正しいのであれば、今回のテロの首謀者は相当に頭が回る人物だ。これまでのどの事件においても、状況的にはそうであると道を示しておきながら、決定的な証拠を掴ませることがない。
 そういった敵を相手にしなければならない絶望感。
 マサキたち魔装機操者は武力を行使する相手に対しては効果を発揮出来る実効的な抑止力であるが、知恵を駆使して逃げ回る悪党には殆どといっていいほど役に立てない存在であるのだ。
 適材適所とは良く云ったもので、何かを成すには相応の能力が必要だ。知恵を駆使する相手に力任せで当たっても、一方的な暴力にしかなり得ないのだ。預言書という謎に直面したシュウは、即座にこれが知能と頭脳の戦い――即ち自分が立ち向かうべき問題であると認識したのだろう。
 だからこそ彼は、マサキたち魔装機操者の助力を期待しなくなった。
 預言に纏わる一連の事件に対して、マサキたちでは主役になれないからこそ。
 ただ、不安は残るのだろう。サーヴァ=ヴォルクルスとの契約の記憶が残るシュウにとって、教団への関りは自身の人格に影響を及ぼしかねないほどのリスクを負う行為だ。故に彼はマサキに約束をさせることで、万が一の事態に保険をかけた。
「……お前のことだ。どうせその商人の身元の洗い出しは済ませてるんだろ」
 だからといって何もせずに、ただシュウの監視を続けるだけで済ませられる問題ではなかった。放っておけば死人が増えるだけの預言を、それを利用して悪事を企む輩が存在しているというのに、正義を旗印とする魔装機神の操者たるマサキがどうしてそのまま放置しておけようか。シュウがマサキたちに期待をしないのであれば、マサキたちはマサキたちで動くしかない。そう、今のこの関係のように、付かず離れず情報を共有し合いながら……
「相変わらず勘だけは良く働きますね」
 マサキの直感任せの言葉に、ご明察ですよ。謳うように口にしたシュウが、懐から小さな茶封筒を取り出した。
「これをセニアに渡してください」
 中には数枚の紙片が収められているようだ。恐らくは商人の正体に関わる情報が記されているのだろう。こんなまだるっこしいことをしなくても。セニアと共有出来る情報網《ネットワーク》を持っている筈のシュウの思いがけない行動に、ぼやきながらマサキは封筒をジャケットの内ポケットに収めた。
「お前、いつからこんなアナクロな人間になったんだ」
 どれだけ情報局の通信網防壁《ネットワークセキュリティ》が強固なものであるとはいえ、従妹たるセニアが構築したインフラである。シュウならばアナログな手段に頼らなくとも、防壁《セキュリティ》を破って連絡を取るぐらい容易いことだろう。それを当て付けるようにマサキが口にすれば、シュウはシュウで事情があるようだ。
「最近、幾つかの情報網が潰されたのですよ。その中にはセニアが利用しているものもあった。恐らく、私たちがこの件に首を突っ込んでいるのを快く思っていない輩がやったのでしょう。只の見せしめであればいいですが、他の情報網が無事と見せかけて実は制圧済み……ということも考えられます。そうである以上、情報網を使わないに越したことはありません」


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