※打ち直しです※
第一章 チャイルド・ヴァンプ
(2)
半年にも及ぶ教育期間という名の隔離期間を終えたマサキは、東部セクションMのブロック1に”配置”された。日常生活を営む生活スペースは、もっとせせこましい部屋を想像していたものの、8畳の二人部屋と充分な広さだった。同室になったのは、元同業者の”ナオヤ”。女受けする端正な顔立ちの一見優男に見えるナオヤは、そうでなければ生き抜けない稼業に足を突っ込んでいたからだろう。おぼっちゃん育ちにも思えるおっとりとした表の顔と、世故に長けた頭の回転の速い裏の顔と、ふたつの顔を持っている。
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半年にも及ぶ教育期間という名の隔離期間を終えたマサキは、東部セクションMのブロック1に”配置”された。日常生活を営む生活スペースは、もっとせせこましい部屋を想像していたものの、8畳の二人部屋と充分な広さだった。同室になったのは、元同業者の”ナオヤ”。女受けする端正な顔立ちの一見優男に見えるナオヤは、そうでなければ生き抜けない稼業に足を突っ込んでいたからだろう。おぼっちゃん育ちにも思えるおっとりとした表の顔と、世故に長けた頭の回転の速い裏の顔と、ふたつの顔を持っている。
「ここで3年も過ごすのか。やってらんねぇ」
支給された生活に必要な品をそれぞれのスペースに収めて、それが終わるなり、ベットに大の字に寝そべるとナオヤはそう愚痴た。
「いきなりかよ、ナオヤ」
それは監理局の”配慮”だった。地上においても相当な醜聞《スキャンダル》として報じられた事件に発展してしまった彼らの稼業は、セクション内部に知己の友人がいなければ、その不自然さから即座に特定されかねないほどにエルドラドをも揺らがしているのだそうだ。そんな彼らを、純粋培養の試験管ベビーや、事故、事件で親を失った子らと同室にはできない――マサキとナオヤは、だからこそ出身セクションこそ違うものと書類上の処理を受けた上で、同室にされたのだ。
「やってらんねぇだろ。折角稼いだ金も没収されちまうし」
「その分、今度は監理局とやらが出してくれるだろうよ」
「それだって雀の涙の補助金だろ?」
溜息とも呻きとも取れない声を上げて、ナオヤはベットに転がった。割のいい稼業は、同年代のバイトに明け暮れる子らと比べて、遥かに大きい収入を彼らに与えていた。だからこそ。
「贅沢な暮らしを夢見てたんだけれどな」
「俺は妹と一緒に、普通の生活が出来れば充分だけれどもな」
一人っ子のナオヤと異なり、マサキには妹がいた。プレシアと名付けられたその子が、どのセクションにいるかマサキは知らない。妹の手を汚させまいと、そして十分な生活と教育を与えたかったからこそ、マサキはその”稼業”に手を染めた。決して褒められた稼業ではなかったけれども、その仕事は兄妹二人が暮らすのに充分な稼ぎを与えてくれた。
「ああ、そうだったな。お前には妹がいたんだったっけ。教育課だっけ? あれもこれも言うな忘れろって言われ続けられたものだから、すっかり忘れちまってたよ」
地上でマサキたちがいたのは”キッズガーデン”という施設だった。民間経営の児童福祉施設は、非合法な施設であったけれども、エルドラドに行きたくない子供たちにとっては、これ以上とない楽園だった。のんびりとした暮らし……贅沢を言わなければ、篤志家の寄付だけで、施設の子供たち全員が最低限の暮らしをしていける程度度には。
中には親の都合で預けられていた子供たちもいた。だからこそ、非合法ながらも、長く当局からお目こぼしを受けてきた施設でもあった。
プレシアにも随分会っていない。
マサキはマサキでナオヤとは違った理由で陰鬱な気分になる。”狩り”で捕獲されてからの数か月間、それからエルドラドへ送られての半年間。考えてみれば、合わせて一年近くも妹に会えていないのだ。
そのささやかな幸せの貯蓄たれと、マサキは”仕事”に励んできたというのに。
「元気でいるといいな」
「誰が」
「お前の妹が、だよ。マサキ。すまなかったな、忘れちまってて」
「気にする性格かよ」
「仲間には違いないしな」
そこに響き渡る館内放送を告げるアラート。ベルの音にも似た、けたたましいアラートが鳴り響く。”ブロック1の仲間たちに告ぐ……”館内放送はこれから行われるらしい交流会のために、ブロック1の子供たち全員に集会場フロアに集まるように告げて切れた。
荷物の移動だなんだで通路ですれ違いはしたものの、言葉を交わすまでには至っていない。この交流会が初めての試験管ベビーたちとの顔合わせである。
キッズガーデン出身の自分たちは、上手く彼らの中に溶け込めるだろうか……そんなことを考えるマサキの脇で、「ちゃんと襟を正した方がいいかね?」与えられた制服を崩して着ているナオヤは、ベットから身体を起こすと、呑気にもそうマサキに尋ねて寄越した。
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