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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

サフィーネのお料理教室(テキスト版):その1
中途半端にするのは気持ちが悪いので、完結を目指そうと思いました。
但し、こちらのシュウは小さくなりません。



<サフィーネのお料理教室>

 サフィーネ=グレイスは悩んでいた。
 悩みの主題は、勿論、主人たるシュウのことである。
 サフィーネやチカの下劣な物言いを忌避する彼は、それだけ潔癖でありながら、自分自身の振る舞いには疑問を抱かないようだ。洗濯物を溜め込むのは序の口で、家具に埃が積もろうと知らぬ存ぜぬを決め込む。指で払って層が出来ているのを確認してからでないと挑まないのであるから、かなりのもの。しかも料理の腕もからっきしで、サプリメントで済ますか、外食かの二択しかない。
 それも無理なきこと。
 王室育ちであるシュウは、外の世界に出るまで、自分で身の回りのことをする習慣がなかった。着替えですら侍従にさせていたというのだから、相当だ。流石に王室を飛び出してからは身支度ぐらいは自分でやるようになったが、総合科学技術者メタ・ネクシャリストの称号に与るだけはある。暇を見付けては研究三昧なシュウは、家事を覚える気配が全くない。
 どうやらシュウにとって、生活とは自身の趣味の為に犠牲にされるものであるらしい。
 そのしわ寄せを受けるのはいつだってサフィーネだ。
 シュウの許に日参しては洗濯に掃除、料理と、サフィーネはシュウの生活能力の不足を補ってきた。だが、シュウの命令を受けて情報収集活動を行うことも多い立場である。拠点を空けることも珍しくはない。
 それならば、モニカ姉さんに任せればいいじゃない――三角関係の蚊帳の外にいるテリウスはあっさりと云ってくれたものだったし、シュウもそれでいいと受け入れているようだったが、サフィーネからすれば、恋敵の評価が上がるのは由々しき事態である。
 それならまだシュウの自宅が荒れた方がいいに決まっている。
 かくてモニカを連れて情報収集に励む日々。そこから戻ってきては、疲れを癒すより先にシュウの自宅に溜まった家事を片付けにゆく……何か違う――と、サフィーネが自身の行動に疑問を持ち始めたのは、そういった生活が年単位で続いてからだった。
 ――ならばシュウ様に料理を覚えてもらおう!
 溜めに溜め込むにせよ、洗濯はやっている。掃除にせよそうだ。埃が積もってからにせよ、自分でやっている。問題は料理で、自身で調理をすることが一切ない。レトルトを温めるということでさえしないのであるから、かなりのものだ。
「料理を覚えましょう、シュウ様」
 かくてシュウに料理を教える決心を付けたサフィーネは、シュウの手が空いている時を狙って、料理を教えることを提案したのだが――。
「御冗談を、サフィーネ」と、シュウは一顧だにしない。
 それでもめげずに繰り返し提案すること数度。サフィーネはついにシュウの本心を聞き出すことに成功した。それによると、どうもシュウは、金で受けられるサービスがあるものは自らやる必要がないと思っているようだ。指名手配犯でなければ、洗濯も掃除もハウスキーパーに任せているとまで云い切ってくる。
「しかしですね、シュウ様。外食ばかりでは栄養に偏りが」
「その為の経口栄養補助剤サプリメントですよ、サフィーネ」
「しかし、シュウ様」
「ご安心を。きちんと栄養バランスを考慮して摂取していますので」
 抑揚のない声。冷ややかな眼差しがサフィーネに注がれる。
 被虐嗜好のあるサフィーネにとっては歓喜極まる瞬間ではあったが、取り付く島もない状態であるのには間違いない。サフィーネは焦った。経験上、こうした態度をシュウが取るときというのは、彼がこれ以上の追及を許さないと感じているときである。あまりしつこく食い下がろうものなら、罰を与えられる可能性がある。そう、例えば、彼が意図的に暫くサフィーネの前に姿を見せなくなるといった……。
 サフィーネの主人は、被虐も嗜虐もどちらもいけるサフィーネの扱い方を良く心得ているのだ。
 だからサフィーネは引き下がった。引き下がって、その鬱憤をぶつけるべく、テリウスの許に向かった。





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