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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

サフィーネのお料理教室(テキスト版):その3
びっくりするほど話が進みません!><



<サフィーネのお料理教室>

「元々、フェイルロード兄さんって王位の資質を問われてただろ。一度魔力テストにも落ちてるし」
 だが、それも僅かな間のこと。直ぐに表情を戻したテリウスが話の続きを口にする。
「ああ。それは大分話題になってたわね。ご立派な長男に調和の結界の維持をする能力がないかも知れないって」
 それはサフィーネも覚えている。
 何せ将来を嘱望された第一王子である。順調に王位を継ぐためのスキルを身に着けていた矢先の挫折は、結構な衝撃となってラングラン国民の間を駆け抜けた。その影響たるやかなりのもので、各種メディアは云うに及ばず、ゴシップ誌までもが真面目にフェイルロードの問題を取り上げたぐらいである。
 逆に、邪神教団は歓喜に沸いた。
 フェイルロードの脱落により、一時的にせよ、シュウが第一位の王位継承権保持者となったからだ。
「そういうこと。二度目のテストでは合格したけど、純粋な魔力量でいったらモニカ姉さんの方が上だし。シュウだって一度は第一位王位継承権保持者になったぐらいだしね。フェイルロード兄さんよりは魔力量が上な訳。そうすると何が起こると思う?」
「派閥争いかしらね。魔力に乏しい頼りない第一王子より、魔力が豊かな第二王女や傍系王子の方がいいでしょうし」
「ビンゴ」心なしか、生き生きとした表情。「フェイルロード兄さんから王位継承権を剥奪しようとする動きが起こったんだよね」
「えげつないわね」
 サフィーネはテリウスの無気力さの理由がわかった気がした。
 そもそもがルオゾールがシュウを抱き込めるほどに深く食い込める場所である。内情が一枚岩でないことはサフィーネでも想像が付く。
 寡黙なシュウは王室がどういった場所であるかを口にすることは全くといっていいほどなかったが、目に見えているほど華やかな世界でないことを匂わせる発言は度々聞かれた。何もかもが自由になる場所ではないのですよ、サフィーネ――シュウの容姿やステータスにを反発心を抱いていた昔のサフィーネは、よくそれを当て擦る発言をシュウにしたものだったが、シュウはシュウなりに思うところがあったのだろう。そう口にしてはサフィーネを窘めにかかったものだった。
 不屈の精神を誇るシュウですら、そう口にしてしまうほどであるのだ。シュウほどに精神が頑健に出来ていない目の前の青年では、無気力になってしまうのも無理はない。
「そうかな? 邪神教団の方がよっぽどえげつないと思うけど」
 だが、テリウスはそうした自分の内面的な問題をおくびにも出そうとはしないのだ。さらりと云ってのけると、オレンジジュースに口を付ける。
「教団の行動原理なんて単純なもんよ。世界に混沌を! 憎悪を! よ。神っていうわかり易いシンボルがある分、あんたたちの世界より纏まりはあるでしょ。てゆーか、あんた。そういう話がしたい訳?」
「はは。ごめんごめん。話が逸れたね」酸味混じりの甘い香りを口元から漂わせながらテリウスが続ける。「勿論、表面的には何も変わらないよ。水面下でそうした動きが活発になっていったってだけの話だけど、フェイルロード兄さんを王位に就けたい重鎮たちからすれば脅威だよね。他の素養はさておき、フェイルロード兄さんの魔力量に問題があるのは事実なんだし」
「だったら対立候補を王室から追い出せばいいってことね。把握したわ」
「そう。ましてやモニカ姉さんがシュウを好きだっていうのは周知の事実だったしね。シュウは相手にしていなかったけど、万が一が起こると面倒でしょ。ふたりとも上位の王位継承権保持者な訳だし。タッグを組まれるとフェイルロード兄さんを推している人たちは困っちゃうんだよね」
「確かにその二択でどちらが王位に相応しいかと云われると、シュウ様とモニカのコンビよね」
「でしょ? サフィーネですらそう思うくらいなんだから、ラングラン国民なんかはもっとそう思うでしょ。だから、国民が割れる事態だけは避けないとならないって、モニカ姉さんに降嫁の話が出たって訳」
「……えげつないわ」
 サフィーネは空を仰いだ。
 うららかな陽光で満ちる世界。青い空には筋を引くように薄い雲が流れている。
 豊かな自然を有し、強大な国力を誇る神聖ラングラン帝国。練金学に支えられた国家システムは堅牢で、ちょっとやそっとでは崩れないように、昔のサフィーネの目には映っていた。それを壊してみせると云い切った過去のシュウ。彼を頼もしい存在だとサフィーネが認識したのは、その瞬間からだった。
 それもその筈だ。
 シュウは知っていたのだ。王室の内部で様々な人間が暗躍を続けている以上、付け入る隙が必ずあると。
「で、まあ、降嫁するなら家事のいろはぐらいは知っておかないとって感じで、料理だの掃除だの洗濯だの仕込まれたらしいんだよね」
「いろはねえ」サフィーネは視線をテリウスに戻した。「いろはって感じじゃないぐらい色々知ってるけどね、あの女」
 モニカの家事能力はかなりのものだ。
 教団のバックアップがあるとはいえ、ひとりで生計を立てなければならなかったサフィーネは、家事能力をその生活の中で自力で身に着けていくしかなかった。そういった背景もあって、相当の腕を誇るが、応用的な技術には抜けもあったりする。
 だが、モニカにはそれがない。
 彼女は恐ろしいことに、サフィーネが知らない家事の知識まで知っていたりするのだ。金ボタンやアクセサリーの付いた服の洗濯方法もそうだし、畳の部屋の掃除方法にしてもそうだ。しかもさらりと上流階級向けのコース料理なども作ってみせるのであるから侮れない。
「実際に家事をするような家に嫁ぐことはない訳だけど、夫人として家のことを切り盛りする立場にはなる訳だからね。そりゃあかなりのレベルで出来るようになっておかないと、使用人たちがどこで手を抜いているかわからなくなちゃうでしょ。だから、なんじゃないかな。でも、それって差別的だよね。僕やシュウが婿に入ることになったとしても、そんなことにはならないんだから」
「確かにそうね」サフィーネは目を瞠った。「その通りだわ」
 職業選択の自由を謳っているだけあって、女性の社会進出も珍しくないラングランだが、その進出率は芳しくない。男性十人に対して女性がひとりといったぐらいだろうか。それもこれも、家事や子育てが未だに女性の役割であるというジェンダーロール思想が蔓延っているからだ。
「純粋理性だ練金学だって謳ってみたところで、所詮ラングランも男尊女卑の国だよ。モニカ姉さんは料理を習う意味があるけど、僕やシュウにはない。だって僕らが他の家に婿入りしたところで、やることは家計や財産管理だものね。家事を切り盛りしたりなんてことは、絶対にない。そう考えると、この国って不平等だと思わない?」
「小さい!」サフィーネはいきり立った。「あんたのチンコぐらい小さい話だわ、テリウス!」
 シュウを筆頭とする小さな独立部隊に属するサフィーネは、市井に情報の収集に出向くこともあれば、妖装機ウィーゾル改を駆って戦うこともある。だのに、家事までもを自らの役割であると思い込み、シュウの世話を焼く日々。自らの固定観念が、世間のジェンダーロールによって生み出されたものであることを覚ったサフィーネは、だからこそ、その苛立ちをテリウスにぶつけるしかなく。
「……いつ見たの?」
「そんなの布の上からでもわかるわよ!!」
「……凄いね」
 だのにテリウスのこの返し! わざわざ見たことを確認する辺り、テリウスは自分の男性器を小さい部類であると思い込んでいるようだが、サフィーネが話をしたいのはそういった話ではない。それが伝わったのだろうか。こほんと咳払いをしたテリウスが、話を戻そうと口を開く。
「でも実際、この国は不平等だしね。降嫁こうかって言葉はあっても、降婿こうせいって言葉はないでしょ。それってつまり、王室から出ていくのは女性に限るってことだよね。男性王族は新しい家を創立するのが習わしだし」
「だ・か・ら、チンコの話をしてるんでしょうが!」
「そっち!? 何で!?」
「シュウ様のを見習えってことよッ!」
 苛立ちの理由を上手く言葉に出来ぬまま絶叫する――と、いつの間にかそこまで迫っていたようだ。「……いい加減、その下劣な口を慎みなさい、サフィーネ」と、背後から凍てついたシュウの声が響いてきた。






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