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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

それも愛情の為せる業/願い事はひとつだけ
日々があっという間に過ぎていきます。
仕事はまだ忙しいです。

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<それも愛情の為せる業>

「あれ? 映ってる画像と云ってることが違う」
 朝食の席でのことだった。プレシアと向かいになって食事を進めていたマサキは、義妹のその言葉に顔を上げて、テレビに目を遣った。画面映し出されているラングラン全土の地図。州ごとに天気のマークが描かれているということは、今流れているのはどうやら今日の天気予報であるようだ。
「この番組の天気予報って、偶にこういう間違いをするよね。前も表示が曇りマークだったのに、晴れだって云ってたことあったし……」
 ポトフにベイクドビーンズ。厚切りのベーコン、目玉焼き。そしてサラダとバケット。毎日のように大量にカロリーを消費しているマサキの為にプレシアが用意してくれたメニュー。マサキはプレシアの言葉を聞きながらそれを完食し、空になった皿を手に席を立った。
「今日はどんな間違いだったんだ?」
 皿を片付ける為にキッチンに向かいながらプレシアに尋ねれば、画面は雨マークだったのに晴れだと云っていたとのこと。
「偶にならあっても仕方ねえことなんじゃないか。こういうのが、どうやって作られてるか俺は知らねえけどよ」
 皿をシンクに置いて、ダイニングを抜けてリビングに入る。壁に掛かっているジャケットを手に取ったマサキに、「もう出掛けるの、お兄ちゃん?」朝も早くから行動を始めた義兄に、驚いたようにプレシアが声を上げる。
「やらなきゃいけないことが出来たからな」
 ジャケットを羽織ったマサキは、ダイニングテーブルの足に寄り添うようにして丸くなっている二匹の使い魔を呼んだ。覚悟は出来ていたのだろう。即座に置き上がって玄関に走って行った二匹に、マサキもまた玄関へと向かって行った。

 ※ ※ ※

 王都を間遠に眺めることの出来る丘陵地帯。ひときわ小高い丘の上に樹齢百年を数える巨木が立っている。さやさやと葉擦れの音が響く中、サイバスターを降りたマサキは巨木の足元に腰を下ろして読書に励んでいるシュウの許へと歩んで行った。
「いい加減、普通に連絡を寄越しやがれ。この馬鹿野郎」
 マサキに気付いて顔を上げたシュウの額を小突いて、マサキはその隣に腰を下ろした。巨木の幹はふたり並んで背中を預けてもまだ余るぐらいに太い。平原から丘を上がってくる風が髪を払う。その風に暫く身を委ねていたシュウが、いい天気だったものですから――と、口元を緩ませた。
「確かに今日は雲一つねえ快晴だがな」
 空を見上げれば抜けるような青空。ぽんと浮かぶ太陽が、燦燦と辺り一帯に眩い光を注いでいる。
 天気予報を呼び出しの合図にするという巫山戯た妄想を実行に移してしまった男は、その規模の大きさに見合わぬ理由でマサキを呼び出してきた。研究が無事に終わったから、すっきりとした目覚めを迎えたから、風が気持ち良かったから……。
 そうでもしなければ、多忙なマサキと会える機会がないからだろう。
 魔装機神操者として関係各所から現在進行形で頼られ続けているマサキは、纏まった休暇が取れるのは稀だった。その少ない機会をシュウと会うのに費やしているとは、本人は露ほども思っていないに違いない。だったら自分が動けばいい――とばかりに、マサキからすれば馬鹿げた仕掛けを動かしてマサキを動かす。
 直接マサキを訪ねて来ない辺り、実にこの男らしい。
「こういった日には無性にあなたに会いたくなるのですよ」
 しらと云ってのけたシュウの涼やかな眼差しが王都に向けられている。
 彼が何を思って、この場所にマサキを呼び出すのか。マサキにはわからない。
 今更、王族という身分に未練を抱いている訳でもないだろう。過ぎ去った年月の長さを振り返ったマサキは、外の世界に映った活動の場を拡大し続けている男の胸の内を思った。けれどもやはり、シュウが何を考えているのかはわからないままだ。
「俺がもう少しお前の所に行きゃあ、この馬鹿げた呼び出しもなくなるのかねえ」
「偶には使うと思いますがね」
 そう云ってクックと嗤ったシュウは、自らが思い付いた仕掛けを気に入っている様子だ。
 まさかな。マサキはふと湧き上がってきた考えをシュウに尋ねた。
「お前、もしかして、派手なことが好きなだけなんじゃないか?」
 マサキの言葉にただ静かに微笑んでみせたシュウに、お前はそういう奴だよ。マサキは深く溜息を吐いた。




<願い事はひとつだけ>

 ほらよ。と、目の前に差し出された人形らしきものを手に取ったシュウは、その禍々しさに顔を顰めずにいられなかった。
 手のひらサイズの小さなマスコット。麻紐を巻いて作られた身体に、フェルト製の服が着せられている。形からして、Tシャツとズボンだろう。顔には緑色のボタンが二つ。目のつもりなようだ。その頭に、髪の毛と思しき緑色の毛糸が、団子状に丸められて連なっている。
 云い方は悪いが、パンチパーマにしか見えない。
 呪い用の人形というものは得てして禍々しい形状をしていたが、それに勝るとも劣らない邪悪な塊。しかもどことなく不器用さを窺わせる。まさか――暫く人形を眺めていたシュウは、どうしても振り切れない恐ろしい考えを口にする覚悟を決めた。
「あなたが作ったとは云いませんよね、マサキ」
「俺にそんな凝ったものが作れるのと思うのか、お前は」
「確かに」
 見た者に強烈な印象を残す邪悪な人形は、けれどもよくよく見てみれば手間暇かけて作られたことが窺える。
 硬い麻紐はたわむことなく巻かれていたし、フェルト製の服にしても手縫いであるようだ。毛糸にしても、これだけきちんと固めるのは根気が入ったことであろう。
 こうした時間のかかる作業を、短気なマサキがこなせる筈がない。シュウは最悪の予想が当たっていなかったことに安堵した。これ以上、シュウの手に余るものをマサキに生産されては、シュウの繊細な神経が擦り切れてしまう。
 しかし、そうなると問題になるのは、この人形の作り手が誰であるかということだ。
 シュウにとっては認めるのが苦痛な現実であったが、目や髪の色から察するに、この人形はマサキであるようだ。と、なると――シュウはマサキの周りの女性陣の顔を思い浮かべた。果たして彼女らの中の誰が、こんな邪悪な人形を作り上げてくれたものか。
「これはあなたですよね。マサキ」
「らしいな」
「誰が作ったのです」
「プレシアだよ。最近、人形作りにハマっててさ」
 シュウは手のひらの人形からそっと視線を外した。
 家事全般をそつなくこなす少女は、どうやらシュウとは相容れない美的感覚の持ち主であるようだ。
 シュウはバレンタインに渡された物体Xを思い出した。ラッピング用のあれこを買うのが恥ずかしいという理由で、とんでもない禍物に仕上がってしまったチョコレート。あの包みを思い出すと、正直、シュウは今でも眩暈に襲われる。
 ただのラッピングを特級呪物にしてしまったマサキ。彼と兄妹なだけはある。血は繋がっていなくとも――いや、繋がっていないからこそ、似た部分が強調されるのだろう。愛くるしい見た目からは想像も付かない人形に、けれども無遠慮に批判の言葉をぶつける訳にもいかない。シュウは気力を奮い立たせて、マサキに向き直った。
「それを私に渡してしまっていいのですか。あなたへのプレゼントでは?」
「違うよ。お前にって、プレシアが」
「彼女が? 私に?」
「厄除けのお守りになるんだってさ、その人形。俺の姿をしてるのは、まあ、ご愛敬だろ」
 シュウは改めて人形に視線を注いだ。
 呪い用であるのであれば、この禍々しさも頷ける。後頭部に付けられているキーチェーンは、肌身離さず持てるようにと気を遣ってのことであるのだろう。そういうことなら。シュウは人形を家の鍵に取り付けた。
 大事に仕舞い込んでおきたい気持ちもあったが、彼女の意を汲んでやらねばその気持ちも報われまい。何せ、唯一、シュウに憎しみをぶつけてきた少女のしてくれたことだ。それが嬉しくない筈がない。
 彼女との間に燻ぶり続けた蟠り。それが解消したのも、もう遠い過去のこと。
「大事にしますよ、マサキ。プレシアによろしく伝えてください」
 そう云って鍵の付いた人形を掲げてみせると、瞬間、シュウの行動を黙って見詰めていたマサキが、やった。と、声を上げた。
「やった?」
「受け取ってくれないんじゃねえかと思ってたからさ」
 マサキがジーンズの後ろに手を回す。訝しく感じながらも、シュウはその行動を見守った。お揃いなんだぜ。顔を綻ばせた彼がポケットから取り出してきた鍵には、紫色のボタンと毛糸があしらわれた禍々しい人形が取り付けられていた。




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