書いている内に楽しくなったので続かせました。
本当はマサキを説教するチカが書きたかったんですが、何でだろ?私が書くと、チカはマサキに弱くなるんですよねー……
本当はマサキを説教するチカが書きたかったんですが、何でだろ?私が書くと、チカはマサキに弱くなるんですよねー……
<チカ、呆れ果てる>
いつものように|口付け《キス》をして、いつものように性行為《セックス》をした――のだそうだ。
けれども、翌朝。いつものように帰途に就く為にマサキがベッドを出たところで、手放すのが惜しくなったらしいチカの主人が、今日はベッドでゆっくりしませんか。そう誘いかけてきたのだという。
そんなもんは無視して帰ればいいものを――と、チカは思ったものの、マサキからすれば多忙な日々の合間を縫ってわざわざここに足を運んでいるくらいである。取り立てて急ぎの用事もなかった彼は、一日ぐらいなら、と、その誘いに応じてしまったらしい。
「シンプルに云って、馬鹿なんじゃないですかね」
チカはようやくベッドでの生活から解放されたマサキとリビングで向き合っていた。
「それはわかってる」
疲労困憊といった態でソファに埋もれているマサキは、最早云い返す気力もないといった様子だ。それはそうだろう。丸二日に渡って寝室で主人の相手をし続けたのみならず、その後に勃発したチカと主人の口論にも、彼は一晩中付き合い続けているのだ。これで元気溌溂な方がどうかしている。
「本当にわかってます? あのゲス野郎に付き合い続けるなんて狂気の沙汰ですよ。いいですか。あのゲス野郎は直ぐ調子コクんですよ。目的を果たしたらさっさと帰る! 甘やかさない! それが勝利の方程式!」
「だからその目的がだな……足りなかったって、いうか……」
眠たげに瞼を瞬かせているマサキから発された言葉の意味を覚ったチカは目を剥いた。
取り繕う気力がないからにせよ、明け透けにも限度がある。口の悪さではマサキに勝るチカですらそう思うぐらいであるのだ。チカの主人が聞いたらどう思うことか。そのままベッドにリターン、なんてことにも為り兼ねない。
「えー……? 猿じゃあるまいし、一晩楽しめば充分でしょ」
「煩えよ。暫くぶりだったんだから仕方ねえだろ」
主人相手だと自尊心《プライド》の塊と化すあのマサキが、ここまで欲に溺れるようになるなんて! チカは王都を絶叫しながら飛び回りたい衝動に駆られたが、流石にそこまで巫山戯た振る舞いに及んでは、自分のものとなったマサキを勲章のように見せびらかしたがっている主人とて黙ってはいないだろう。
「お、王様の耳はロバの耳ぃぃぃぃぃっ!」
「お前、今の俺の台詞バラしたら、どうなるかわかってるだろうな」
「わかってるから云ったんじゃないですか。王様の耳はロバの耳! あたくし命は惜しいですからね!」
短くない付き合いだけあって、マサキもチカの行動パターンは読めているようだ。釘を刺されたチカはリビングを暫く飛び回った。
「王様の耳はロバの耳! 王様の耳はロバの耳!」
そしてマサキの肩に舞い降りる。
「少しでいいから黙れ。頭に響く」
眠気に襲われ続けているマサキは、いよいよ撃沈寸前といった様子だ。
寝ればいいのにとチカは思うも、予定の都合上、今日の午後にはここを立たねばならないらしい。だから帰るべきだったんですよ――と、チカはキッチンに立っている主人の後姿に目を遣った。昼食の支度をしている主人は、徹夜明けとは思えぬぐらいに元気そうだ。
時折、鼻歌が聞こえてくる辺り、機嫌も良さそうだ。
流石は|特効薬《マサキ》を大量に摂取した後だけはある。
自慰を覚えた猿でももう少し理性があるのではないかと思うぐらいに、チカの主人はマサキを目の前にすると狂った。時も場所も弁えず――いや、人目に付かない場所を選ぶぐらいの理性は残されているようなのだが、それにしても壁一枚隔てた程度の頼りなさ。万が一の手違いで人目に触れてしまおうものなら、主人はともかくマサキの破滅は避けられない。だのに、肝が据わっていると云うべきか。チカの主人はそういった|綱渡り《タイトロープ》を楽しんでいる節がある。
主人にとってマサキは勲章のようなものなのだ。
見せびらかしたくて堪らない。
そりゃそうだ。チカは溜息を吐いた。魔装機神の操者としてラ・ギアス全土に名が知れ渡っているラングランの英雄。目も眩むようなステータスの彼の恋愛事情は、実は民衆の間では特大級の関心事だったりする。
誰を妻とし、どういった家庭を築くのか。
それだけ彼の能力は、後世に残したい血統としてラ・ギアスの民衆から期待をされていた。
この状態に物を思わない主人ではない。そもそも、辛辣な態度を取ることもままあるチカの主人は、その態度とは裏腹に強烈なマサキのシンパのひとりなのだ。
そうでなくともマサキに対して執着心が強いところに、そういった関心事が絡んでくるとなれば、意地でも自分が獲得してみせようと思うに違いなく。
その結果がこれだ。チカは当たり前に主人の許を訪れるようになったマサキを横目で窺った。まるで日頃のストレスを発散するかのように快楽に耽って去ってゆく彼。この状況で自信家な主人が、どうしてこのまま日陰の身に甘んじたものか。
恐ろしい。やがて来るだろうその日のことを考えるだに、チカの羽毛は逆立つ。
「やっぱり甘やかすのは良くないですよ」
「甘やかしてるつもりはねえよ」
「いやいや、それが甘やかしてるんですって。大体、愛の言葉も碌に口にしないゲス野郎にしがみ付くなんて、マサキさんらしくない。ストレートに思っていることを云いますけど、マサキさんドMなんじゃないですか」
「別に要らねえだろ、言葉なんて」
「言葉よりも態度でわからせろって? で、その有様じゃ笑っちゃうしかないんですけど」
ジャケットの襟元から覗くとんでもない量の紅斑。隠すに隠せないぐらいに広範囲に及んでしまっている主人からの熱烈な贈り物を、毎回、マサキは堂々と晒して帰途に就く。
「煩えよ。お前、何だよ。さっきから。俺に妬いてるのか」
延々と揶揄い混じりに愚痴めいた言葉を吐き続けたからか。いよいよ嫌気が差したといった様子でマサキが立ち上がった。
どこか浮ついた足取り。何処に行くのかと思いきや、キッチンに向かってゆく。
腹が減った。背後からシュウに抱き付いたマサキが、ロマンの欠片もない言葉を吐く。もう少しですよ。それを当たり前に受け止める主人の誇らしげな横顔が憎たらしい。ムードとは縁遠い二人組に、けれども何だか猛烈に充てられた気がして、チカは翼で顔を覆っていつ果てるとも知れない溜息を吐き出した。
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