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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

チカ、帰還する
全てを台無しにしました。笑 覚悟を決めてお読みください。



<チカ、帰還する>

 磯の香りが漂ってくる。砂浜近くに並ぶヤシの木で羽根を休めていたチカは、耳を心地良く満たす潮騒の音に視線を正面に向けた。
 透明度の高いエメラルドグリーンの海が、視界いっぱいに広がっている。
 さざ波が寄せては返す砂浜には、時期外れだからだろう。人の姿はまるでなく。胸いっぱいに海からの風を吸い込んだチカは、ひときわ高くルールラルラ―……と鳴いた。
 観光地化の進んだラングランの南方にある小島とはいえ、ようやく春の足音が聞こえてきたばかりだった。どこかもの悲しさを感じさせる光景。ひんやりとした空気に羽毛を膨らませながら海を眺めること暫く。チカは自らの止め処ないお喋りに耳を傾けてくれる主人の不在を、そこでようやく現実のものとして受け止めた。
 この二日間、ひたすらにラングランの雄大な大地を飛び回った。
 チカの主人が愛する外の世界。ずうっとこの世界に出るのが夢だったのですよ――と、いつかチカに語って聞かせてくれた自然溢れる輝かしい世界は、けれどもチカには広過ぎるようだった。遠洋を舞うカモメの群れが矢鱈と目に付く。同じ姿形ををした仲間を望めないチカには、叶うべくもない世界。彼らは異端の存在である魔法生物を受け入れなかった。
 きっと骨の髄まで主人の匂いが染みついてしまっているのだろう。
 群れの中に混じってみようものなら、四方八方から攻撃が飛んでくる。チカは今一度、ルールラルラ―と鳴いてみた。自分では上手く似せられていると思うローシェンの鳴き声だったが、返事が聞こえてきたことは一度もない。
「仕方ないですねえ。あたくしが寂しいと感じているということは、ご主人様もそう思っているということ!」
 チカはふわりと宙に舞い上がった。
「何せあたくしはご主人様の無意識の産物ですからね! 心の奥底ではちゃーんと通じ合っているんですよ! さあさあ、待っていてくださいね、ご主人様! あたくし直ぐに帰りますよ!」
 何度目の家出だったか、チカ自身ももう思い出せなくなっているくらいに恒例と化している行事。主人であるシュウがチカを迎えに来たことは一度もなかったが、日頃の気分転換と気の向くままに飛び回ってから帰宅するチカを、だからといって彼が叱り飛ばすようなことも一度もなく。
 まるでチカの不在など初めからなかったかのように振舞う主人のさりげない優しさに、チカは幾度助けられてきただろう。
 きっと、シュウでなければ、チカを使いこなすことは出来なかったのだ。
 口喧しく騒々しい使い魔――しかも、決して口の宜しくないチカは、口を開けば他人の神経を逆撫ですることが多々あった。それを自らの主人が快く感じていないことに、チカは早くから気付いてしまっていた。強く諫めてくることはなかったものの、冷ややかな眼差し。心が凍るような思いをしたことも、一度や二度ではない。
 だのにチカが側にいることを、シュウは許し続けているのだ。
 ――あなたがいると、私の世界に少しばかり色が増すのですよ。
 どちらかというと寡黙な性質のチカの主人は、滅多なことではチカを褒めるような真似はしなかった。その数少ない言葉のひとつ。ヴォルクルスの呪縛から解放された帰途で自らの処遇を尋ねたチカにそう返してきた主人は、だからあなたを消したりはしませんよ、チカ。そう云ってクックと嗤った。
「しっかし、マサキさんもよく自らご主人様の許に足を運びますよ。何されるかわかってて、それでも何食わぬ顔してくるんですから、あの人も大概マゾですよねえ」
 半日かけてラングランを縦断する間、チカは逃げ場を開いてくれたサイバスターの操者のことも考えた。
「うちのご主人様は付け上がる性質なんですから、偶にはきっぱりと拒絶しないと」
 そもそもチカの今回の家出の原因は、彼《マサキ》に対する主人《シュウ》の振る舞いがあまりにも――そう、あまりにも身勝手に感じられてしまったからだった。
 目にしたが最後、手を出さずにいられないチカの主人は、後先考えずにマサキを肉体的な支配下に置き続けることがままあった。昼夜を問わなければ場所も問わない。しかも、よくもあれだけの体力が湧いてくるものだと、チカが呆れ果てずにいられないぐらいに、長時間。
 そのくせ、肝心の愛の言葉と来た日には、一向に囁きかける気配がない。
 そういった主人に付き合い続けるマサキもマサキだったが、激情家の彼はあれで時に聖母かと思うような慈愛の精神を発揮してみせる。恐ろしいまでに寛容。そう、彼はあれだけの被害をこの世界に及ぼしたチカの主人を赦してしまえるぐらいに、価値判断基準の確りとした青年であるのだ。
 だからこそ、チカの目には主人がマサキの優しさに付け入っているように見えてしまう。
「それはあたくしだってゲス野郎って云いますよ!」
 とはいえ、流石にもう二日が経っている。多忙なマサキもそんなに長居は出来なかっただろうし、チカの主人にしても満たされた後のことであろう……。チカは間近に迫ってきた我が家に、そんなことを考えながら翼をはためかせた。

 ※ ※ ※

「こんの腐れ外道がああああああああああッ! シーツを変えることなく二日も寝室に篭るとか何考えてんですかゲス野郎ううううううッ!?」
 チカの絶叫が辺りに響き渡ったのは、その数分後。待ちくたびれた様子でリビングにいた二匹の使い魔から事情を訊いて寝室に特攻をかました彼は、涼し気な表情でベッドに横になっている自らの主人と、ここから一晩に渡る盛大なバトルを繰り広げたのだとか。


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