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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

チカ、家出する
ばたばたしていたら、続きを書くだけの時間がなくなってました。
タイトルはこれですが、着地点は全く別の場所です。笑



<チカ、家出する>

「家出してやるううううううッ!」
 玄関扉を開くと同時に奥から飛び出してきたチカが、マサキには目もくれずに、叫び声を上げながら空へと羽ばたいてゆく。またかよ。マサキは小声で呟いた。どうせ三日も経たずに主人を恋しがって戻ってくるものを、毎度々々何がそこまで彼を逃避行へと駆り立てるのか。騒がしい使い魔の不在に、まあいいけどよ。マサキは呆れながらも彼が飛び去って行った方角を見上げている二匹の使い魔を促して、彼の主人が待ち受けている家の中へと足を踏み入れて行った。
「何であいつ、玄関から出て行ったんだ?」
 リビングのソファで涼やかな表情をして読書をしているシュウに尋ねてみれば、いつも通りの流れになったところでリビングの窓を閉ざしたからであるらしい。それでか。マサキは彼の向かいのソファに腰掛けた。
 落ち着いた雰囲気を常に漂わせている男は、時に酷く子どもじみた真似をする。
 マサキに対してもそうだ。他人に頭を下げることを嫌う彼は、マサキと喧嘩になろうものなら、劣勢に追い込まれるより先に話を有耶無耶にしてしまう。その方法がまた子憎たらしい。|冗談《ジョーク》を飛ばす、おちょくる、難解な言い回しで煙に巻く、懐柔する……よくまあ毎度毎度手を変え品を変え――と、マサキが呆れるのを尻目にクックと嗤う彼は、きっとそうした際の相手の反応を見るのをひとつの楽しみとしているのだろう。
「――で、今度は何だよ」
「何、とは?」
 数ヶ月に一度の割合でシュウの許で起こる家出劇の原因は、主人に注意をされた、或いは無視をされた、或いは構ってもらえないといった些細なものばかり。
 異様に口が立つ彼の使い魔は、その威勢の良さとは裏腹にナイーブであるらしい。気が大きい人間ほど打たれ弱いとは良く云うが、使役者の無意識の産物である使い魔もそうした傾向からは逃れられないようだ。
「チカが出て行った理由に決まってるだろ。まさかお前、この話の流れで他のことを尋ねられてるとでも思うのか」
 どうせ今回もそういった理由だろうと思いつつも念の為にマサキが尋ねてみれば、まさかと口にしたシュウが「つまらないことですよ」と、本を閉じて立ち上がる。
「珈琲と紅茶、あとは牛乳とスムージーぐらいですが、どれを飲みますか」
 どうやら飲み物を用意してくれるつもりらしい。リビングと続きになっているキッチンに立った彼が、マサキに何を飲むかを尋ねてくる。アイスコーヒーでいい。そう答えたマサキに戸棚からインスタントコーヒーを取り出したシュウが、ふたり分の飲み物の準備を始めながら話の続きを口にする。
「ゲス野郎ゲス野郎と煩かったので、やんわりと注意をしたらあの有様ですよ」
「お前、あいつにホント寛大だよなあ」
 幾らチカの口の悪さが標準装備であっても、物には限度がある。ましてや相手はシュウなのだ。いざとなれば誰よりも冷酷に立ち回ってみせる主人を「ゲス野郎」呼ばわりする胆力。心臓に毛が生えているどころでは済まされない暴言に、他人事ながらマサキの肝が冷える。
「俺がこいつらにそんなことを云われたら即座に蹴っ飛ばすぜ」
 眉を顰めながらそう口にしたマサキに、けれどもシュウは飄々としたもの。感情を微塵も感じさせない平坦な声音で言葉を継いでくる。
「無意識の産物であるとはいえ、自分に違いはありませんから」
「甘えたことを云うじゃねえか。自分だから強く云わねえってか。お前らしくねえ」
 程なくして手渡されたストロー付きのグラスを受け取ったマサキは、ちょろちょろとアイスコーヒーを啜りながら、続くシュウの言葉を待った。琥珀色の煌めき。アイスティーが注がれたグラスを片手にソファに戻って来たシュウが、涼やかな笑みを浮かべて云う。
「私は他人に厳し過ぎるようですからね。他人に優しさを注げるようになる為にも、先ずは自分に優しくならなければ」
「他人に優しく? お前が? それでチカに? 本当かよ。お前、頭のどこかを打ったんじゃないか」
「至って正気ですよ、マサキ。あなたはそのぐらい私にとっては大切な|男《ひと》ですから」
 しらと云ってのけたシュウが、平然とグラスを口元に運んでゆく。
 僅かな間。聞き逃しようにも聞き逃せない台詞に、俺? と、マサキは尋ねた。ええ。とシュウが|微笑《わら》う。
「……お前の考えはさっぱりわからねえ」
 わからないが、彼がマサキに優しくしたいと思っているのは事実なのだろう。ほろ苦いアイスコーヒー。好んで飲まない飲み物を、それでもマサキの為に用意をしてくれている男は、まだ道の途中ですから。そう云って、クックと嗤った。



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