ただ強いふたりが書きたかっただけDEATH!
<世界的最強的限界Lovers>
四方八方を取り囲む敵の姿に、マサキはうんざりしながら隣に立つ男の様子を窺った。手練れだと感じさせる|気《プラーナ》の数々。窮地に立たされようとも余裕を失うことのない男――シュウ=シラカワは、武器を間近に突き付けられながらも涼しい表情でその場に佇んでいた。
街の外れでの出来事だった。
大通りで感じていた数種類の気配に、一般市民を巻き込む訳にはいかないと、祈るような気持ちでここまで歩いてきた。無事にここまで来れたということは、一般市民に姿を見せられない後ろ暗い連中であったようだ。彼らはマサキたちに誘い出されていることに気付いていたのだろう。出て来いよ。マサキの言葉に素直に姿を現わしてみせた。
「――で、今度は何処の連中だよ。関係なかったら俺は帰るぞ」
サーヴァ=ヴォルクルスの傀儡としてラングランに混沌を招いたシュウは、その後の好戦的な振る舞いも相俟って、かなりの数の組織から恨みを買っていた。だからこそ隣に立つ男に尋ねてみれば、彼は一瞬で彼らの素性を見抜いたようだ。じりじりと距離を詰めてくる彼らに物怖じせず言葉を継いだ。
「見覚えのある顔が混じっていますね。それにそこの兵士たちの胸に飾られている徽章。恐らく教団の|暗殺者《アサシン》と、シュテドニアスの旧ラセツ派でしょう」
どうやら図星であったらしい。彼らが正体を云い当てられて、一瞬怯んだのをマサキは見逃さなかった。
「まだ生き残りがいやがったのかよ」はあ。と、マサキは大袈裟に溜息を吐いてみせた。「いい加減、目を覚まさねえかね。もう大元なんてとうに無くなってるっていうのに」
帰る場所を失った彼らは、閉ざされた世界で生きることを余儀なくされているからか。マサキたちへの恨みを募らせ続けているようだ。どれだけ説得をしようとも、力で振り払おうとも、心を改めることがない。
信念を正義とし、大義と掲げることを知ってしまった人間というのは、こうした末路を辿るものであるのだ。
憐れだとは思うものの、今更かけてやれる情けもない。歳月が経てば経った分だけ、頑固さを増してゆく仇為す者たち。まるで|不死者《ゾンビ》のような彼らの妄念に、面倒臭えな。マサキはぽつりと本音を洩らした。
気が合いますね。シュウの口元が微かに歪む。静かに佇んでいるように見えても隙のない姿。彼らが大きく動いた瞬間に、彼は彼の持ち得る力で以て彼らを一瞬にして屠ってみせるだろう。そう感じさせるだけの凄味がある。
「俺の出番はないんじゃないか」
傑出した剣技の才に、魔術の才。シュウはグランゾンという鎧がなくとも、十分に戦える力を有している。
茶番劇にも限度がある。彼の能力を認めているマサは周囲に対する警戒を解きはしなかったが、だからこそ自ら立ち回る必要もないだろうと手は下げたまま。シュウの顔を見げて、ほらよと彼らに向けて顎をしゃくってみせた。
「何を云いますか」シュウの眼がすいと動く。
目尻の際でマサキを捉えた彼は、自身が立ち回るのに思うところがあるようだ。「非力な一般人を守るのも戦士の役目ですよ、マサキ」
「非力が聞いて呆れるぜ」マサキは肩を竦めた。
そうしたマサキとシュウの会話を油断と捉えたのだろう。視界の端。二重にマサキたちを取り囲んでいる彼らのひとり。黒衣のフードを目深に被った男が、手にしたナイフを振り上げつつ、つ――と前に出て来ようとする。
「下手に動くのは止めておいた方がいいでしょう。彼の剣技の餌食になるだけです」
それを目の動きひとつでシュウは制してみせたシュウに、けれどもマサキは釈然としない。
「お前の因縁だろ。お前が相手にしろよ」
「剣聖ランドールに敵うほどの才能は私にはありませんからね」
「お前、時々凄く卑屈になるよな」マサキはシュウの背後に回った。
背中を合わせて周囲の敵と向き合う。数は20ほど。主な武器に剣と短剣を選んでいる彼らは、世間から姿を隠している間に戦闘の技術を磨いてきたのだろう。以前と比べると格段に隙が感じられなくなったし、感情に飲み込まれることもなくなったようだ。平静を保っている|気《プラーナ》のゆらめきは、彼らの真っ直ぐな意思を表している。
5分ぐらいかねえ。マサキは指を鳴らしながら云った。
3分だけ待ちますよ。シュウが云う。
あくまで自らは高みの見物と洒落込むつもりであるらしい。悠然と佇んだままその場から動く気配のないシュウに、我慢ならなくなったマサキはその背中を肘で小突いた。
「二人でやった方が早いに決まってるだろ。手伝え」
「偶には私を守ってくれてもいいでしょうに」シュウがマサキを振り返る。「それともあなたにとって、私はその程度の存在なのですか、マサキ」
敵の間に漂う緊迫した空気も何のその。命を狙われているのにも関わらずの場でいい度胸である。思いがけず彼の口から飛び出してきた言葉にマサキは盛大に呆れ返った。
どうもシュウ=シラカワという人間は、マサキ=アンドーという人間に並々ならぬ執着心を抱いているからか。そうした感情を確として表さずにいられないらしい。折に触れて彼のそうした発言を聞かされ続けてきたマサキは、けれどもこの場でどう答えを返し、どうあしらえばいいのかわからぬまま。
「……お前、前々から変な奴だと思ってたけど、今日は最高潮に変だな」
「変ではなく、恋ですよ」
「上手いこと云ったつもりじゃねえだろうな」マサキは片手を振り上げた。「俺が好きだって云うなら、ちゃんとてめえの足で立てよ」
そして云い終えると同時に振り下ろした。|気《プラーナ》を乗せた一撃に、ごう、と風が嘶く。
敵の合間を駆け抜けたその風撃で、五人ほどが一度に吹き飛ぶ。
彼らとマサキの間に流れている時間が等しいものであるのであれば、その攻撃力の差を決めるのは純粋な才能の差であるのだ。故に彼らがマサキに敵うことは一生ない。彼らはマサキの実力を見誤っている。そう、彼らの中にあるマサキ=アンドーのイメージは、ラングランに召喚されたばかりで右も左もわからずにいる少年のままだからこそ。
「ほら、行くぜ! ちゃんと俺に付いて来いよ!」
自身が起こした一陣の風。それを追いかけて、マサキは目の前の敵の中へと飛び込んでいった。次の瞬間、彼らの中を音よりも早く駆け回ったマサキは、手厳しい――と、自身に迫り来る敵に向き合いながら笑うシュウの姿を見た。
次いで懐から咒霊符を取り出した彼が、その効果を発動させる。
中に浮かぶ幾つもの重力球。不気味に揺らめくそれらを意のままに操り、敵を軽々と薙ぎ払ってみせながら、「そんなあなたが好きですよ、マサキ」彼はこれ以上となく幸福そうに云ってのけた。
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