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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

主人と世話人と(終)
終わったー!ので、明日から頑張ります!
続きそうですけど続きません!これで終わりです!書きたいシーンが書けて満足です!


<主人と世話人と>

「少し待っていてください。今、上着を脱ぎますから」
 そう云って、マサキに背を向けたシュウのシャツの下から白い肌が露わとなる。
 よく女性の滑らかな肌を雪のようとは云ったものだが、それと張り合えるぐらいに際立った白さ。だのに程良く引き絞られた身体。妙にバランスを欠いた彼の裸体に、マサキは微妙な表情になる。
「予想はしてたが、恐ろしいぐらいに白いな」
「マサキの肌の色で割ってもお釣りが出そうニャのよ」
「おいらの毛の色と張るんだニャ」
 元々、顔や手といった露出している部分の肌にしても、白磁のような色をしている男だったが、日に当たらない部位が更に白いとは流石にマサキも思ってはいなかった。
 何か言葉を続けたいのに、上手く言葉が出てこない。面食らうとはこういった状態を指すのだろう。指先でベッドの縁を探り当てて腰を落としたシュウの背中に、マサキは黙って濡らしたタオルを押し当てた。
「肌を露出するのが好きではないのですよ」
「暑かろうが関係なしだもんな。お前のその祭司服。少しぐらい焼けよ。不健康に見える」
「あなたは健康が服を着て歩いているような肌の色をしていますからね」
 どうあっても焼くのは嫌とみえる。話をはぐらかしにかかったシュウの背中を拭いてやりながら、マサキは言葉を続けた。
「焼かないのはアレか。宗教的な理由か」
「まさか。精霊信仰にそういった戒律はありませんよ。個人的な事情です」
「個人的な事情ね。まあ、嫌だっつうもんを無理に脱がせて焼かせるのもな」
 うなじから背骨、そして肩甲骨。少し強めに擦ってやると、気持ち良く感じているようだ。幾分上機嫌な声で、「読書や研究ばかりしていると、身体が硬くなるのですよ」シュウの口から言葉が洩れる。
「運動不足なんじゃねえの?」
「トレーニングはしているのですがね」
「やりゃあいいってもんじゃねえだろ。ストレッチも大事だぜ」
 肩甲骨から下がって腰骨に脇腹。云われてみれば、マサキの身体よりも硬いように感じられる。きっと、必要以上には身体を動かさない生活をしているのだろう。ある意味こいつらしい――。マサキは呆れながら、タオルでシュウの身体を擦った。
「ひと息ついた時などにやってはいるのですが」
「足りねえんだよ、そりゃ。お前、どれだけの時間机に向かってるんだ」
「長ければ三日程は」
「馬鹿じゃねえの」
 シュウの背中を拭き上げたマサキは、タオルを洗面器の中に放り込んだ。
 そして両手をシュウの頭に置く。
「お前みたいに机に向かってる時間が長い奴は、ここをマッサージするといいんだよ」
「頭、ですか。確かに髪を洗うと気持ち良くは感じますが」
「俺も理屈は良くわからねえんだがな。ヤンロンが云うにはここをマッサージでほぐしてやると、血の巡りが良くなるんだってさ」
 頭頂部に近い位置にあるうなじを指の腹で押すと、かなりの硬さだった。マサキは開いた指を彼の髪の中に埋めた。頭頂部から側頭部へと向かって、ゆっくりと頭皮を揉みほぐしていく。
「目の疲れが溜まってるんだろ。俺とは比べ物にならないぐらい硬いぞ、お前」
「そうかも知れませんね。読書をしたからといって、マッサージをしてきた訳でもありませんし」
「少しはやれよ。身体が凝ると、思うように動かせないことも出てくるんだからよ。いざって時に日頃の不摂生が祟ってピンチに陥ったじゃ笑い話にもならねえだろ」
 それが終われば後頭部だ。うなじに向けてマッサージをしながら、指を徐々に下ろしてゆく。
 かなり血の巡りがわるかったようだ。しっとりと汗を掻き始めた肌。ほう……と、シュウの口から溜息にも似た吐息が洩れる。
「顔が熱くなってきましたよ。汗を掻いているのが自分でもわかります」
「テュッティが云うには表情筋のマッサージも効くらしいぜ」
「確かに。長く読書をしていると、頬の上の辺りが強張る感覚がありますね」
「だろ。長く研究者生活を続けたかったら、その辺りのメンテナンスはしっかりするんだな」
 最後に襟足周りを念入りにマッサージする。
 元々肉が少ないこともあるが、それを差し引いてもかなり硬い。筋張っているというよりは、完全に血行が悪くなって凝ったという感じた。マサキは丹念に彼の凝った襟足を揉みほぐしていった。
 いつしか柔らかさを増した肌。そろそろ充分だろうと、そこでマサキはシュウの頭から指を離した。
 どうやら頭が軽くなったように感じられているようだ。首を左右に傾けたシュウがすっきりした様子で言葉を吐く。
「あなたの優しさに感謝しなければなりませんね、マサキ」
「本当にな。俺がお前に施すなんて、一生に一度ぐらいしかないぞ」
「この借りは必ず返しますよ。いつか必ず」
 そう云ったシュウの手が、何かを探すように周囲を彷徨い始めた。タオルか? マサキは尋ねながら洗面器の中に浸けておいたタオルを絞り、シュウの手に掴ませてやった。
「見えないということは、思った以上に不自由ですね。この程度のことも自分では出来なくなるとは」
「でもまあ、一生じゃないんだ。少しの間の辛抱だろ。医者はいつぐらいだって云ってたんだ?」
「明日、明後日ぐらいには回復するだろうという話でしたが、さて……」
 顔を拭い、首周りを拭き、腕へとタオルを滑らせてゆくシュウの背中を眺めながら、マサキはベッドの上で、「明日ねえ」と呟いた。
 医者の見立てはあくまで予想だ。もしかすると回復が進むかも知れなかったし、その逆で回復が遅れるかも知れなかった。いずれにせよ、自分がいる間のシュウは視力に難を抱えた状態のままだろう。マサキはぼんやりと明日の朝食をどうするか考えた。シュウの為にも楽に食べられるものにしてやらなければ。
「お願い出来ますか、マサキ」
 後ろ手にタオルを差し出してきたシュウからタオルを受け取ったマサキは、洗面器でタオルを洗い、最後に脚を拭くつもりでいるらしいシュウに、再びタオルを掴ませた。
「ニャんだかチームワークばっちりニャのよ」
「まるでとうが立った夫婦ですね、ええ!」
「何だお前ら。焼き鳥と焼き猫になりたいのか?」
「おいらニャにも云ってニャいんだニャ!」
「日本には連帯責任って言葉があるんだよ」
 ただ見ているだけなのも退屈らしい。茶々を入れてくるようになった使い魔たちに、適当に応じてやること暫く。どうやら満足ゆく程度には身体を拭き終えたようだ。タオルをマサキに渡して立ち上がったシュウが、ベッドの端に置いた服を指で探し始めた。
「お前、俺に声を掛けろよ。ほら、これだろ」
 マサキはベッドの上からシュウが脱いだ服を取り上げた。上質な布で作られた衣装は手触りからして違う。高そうな服だ。マサキはぽつりと洩らしたが返事はない。仕方なしにシュウに服を掴ませてやる。
「手間をかけますね、マサキ」
 重罪人の咎を受け、市井の人間に身をやつすようになっても、シュウは自身の身の上に対する誇りは捨てていないのだろう。マサキは指に残る衣装の柔らかな感触にそう思った。
「次はねえぞ」
「そうならないように気を付けますよ」
「どうだかな。お前は望む望まざるとトラブルに巻き込まれ易そうな星回りに生まれ付いてそうだしな。何にせよ、俺をあまり巻き込むなよ。俺だっていつも身体が空いてる訳じゃないからな」
「あなたに頼るのは最後の手段にしているつもりですが」
「お前は俺を駆り出すレベルの非常事態を起こし過ぎだ」
 マサキの言葉にシュウが肩を竦める。その肌が目に入ったマサキははっとなって目を見開いた。右胸から鎖骨まで走る裂傷の痕。かなり深く何かで抉られたようにも見える痕は、彼の肌の色が白いだけに際立って映る。
 もしかすると彼が肌を晒したがらないのは、この傷痕の所為なのだろうか? マサキは不思議なものを見るように、シュウの胸の傷を眺めた。
 戦争請負人とでも云うべき立場にいるマサキの身体には、大から小までの様々な傷痕があった。ひとつの戦いを終えればひとつの傷が残される。まさかな。マサキは首を振った。そうして付いたたったひとつの傷痕を気にして肌を晒すのを躊躇うなど、幾度となく戦場に赴いていった男にしては小心に過ぎる。
「何も聞かないのですね、あなたは」
「何がだよ」
 指先で服の向きを確認しながら着替えを進めていたシュウが、不意に口を開いた。この胸の傷――、と彼が口にしかけたところで、聞いてはならないことを彼が口にしようとしている気がして、マサキは咄嗟に言葉を放ってしまっていた。
「戦ってりゃ大なり小なり傷は付くだろ。俺にも消えない傷が幾つかあるしな」
 その言葉はシュウにとっては思いがけないものであったようだ。微かに見開かれた瞳。虚を突かれた表情になった彼は、次の瞬間、顔を伏せるとふふふ……と声を抑えながら笑い始めた。
「その通りですよ、マサキ。全くその通りです」
 マサキはその瞬間、シュウの傷が戦いで付いたものではないのだと覚った。けれども今更気付いたところで遅きに失す。理由を尋ねる機を逃してしまったと思うも、とはいえプライドの高い男のことだ。訊いたところで答えは返ってこないことだろう。
 多分、これで良かったのだ。
 そう自分を納得させたマサキは、シュウの着替えが終わるのを黙って見守った。マサキの二匹の使い魔も、同じように考えたようだ。突如として静まり返った室内に、やっぱりマサキさんって凄いんですね。何故か感心した様子のチカの言葉が響いた。

 ※ ※ ※

 それから夜更けまで、マサキはシュウとの他愛ない会話に時間を費やした。
 さして共通点などないのに尽きぬ話題。時折、一羽と二匹の使い魔が口を挟んできては、また話が広がってゆく。最初にどうすればいいのかと案じていたのが嘘のようだ。心地良く耳を満たす会話の数々に、マサキはすっかり寛いでしまっていた。
 だからといって無限に話をし続ける訳にもいかない。気付けば日付も変わる時刻となった時計。その秒針が時刻を告げる鐘の音を呼び寄せるのを見届けてから、「そろそろ寝るか」とマサキは云った。
 リビングのソファで寝ると云ったマサキに、シュウは寝室のベッドで一緒に寝るよう勧めてきた。キングサイズのベッドはふたりで寝ても余るぐらいの広さはあったが、男ふたりで枕を並べるのには抵抗がある。決して寝相が良くないマサキとしてはひとりで寝る方が気が楽だ。何よりシャワーを終えた直後、シュウと話していたチカの言葉が気にかかって仕方がなかった。
 ――潔癖ですもんね、ご主人様は。
 シュウの潔癖の度合いがどのくらいかはわからなかったが、そう云われれば思い当たる節が幾つかあった。たった一冊の書物であろうと自分の持ち物を容易に他人には触らせようとはしない。整備士がいようと自身の愛機の整備や改修は自分の手で行ってみせる。
 それが彼の潔癖な部分の表れであるのだとしたら、如何にマサキに気を遣ってのこととはいえ、ベッドに招き入れるなど苦行に値する行為ではなかろうか。そう思ってマサキが遠慮をしてみれば、「夜中にトイレに行くのにひとりでは困るのですよ」と、シュウは尤もな台詞を吐いてくる。
 確かに幾ら歩数を覚えているとはいえ、目の見えないシュウが、ひとりで暗がりの中をトイレに向かうのは無理がある。これも俺が呼ばれた理由のひとつか。そう覚悟を決めたマサキは、何かあったら起こせよ。そう云って広々としたベッドの中に入った。
 天井の桟にチカ、ベッドの足元にシロとクロ。そしてベッドの左隣にはシュウ。しんしんと降り積もるような静けさに満たされた明かりの消えた寝室。そろそろ使い魔たちが眠りに就き、その寝息や寝言が聞こえてくるようになった頃。寝心地の変わったベッドにマサキが寝付けずにいると、まだ起きていますか、マサキ。と、囁くような声がひっそりと耳に潜り込んできた。
「何だよ、シュウ。お前もまだ起きてるのか? さっさと寝とけよ。起きたら見えるようになってるかも知れないぞ」
「目を開けても閉じても暗がりの中にいるからか、寝付くまでに時間がかかるようになってしまったのですよ」
「あー……」マサキは天井を見上げた。「そりゃそうだよな。お前にとっちゃずっと同じ景色を見てるのと一緒だもんな」
 今更に彼が置かれている境遇に同情心が湧くも、使い魔が眠りに就いてしまった今となっては、改めて明かりを点けるのも憚られたものだ。どうしたもんかな。マサキはこの状態で何をすればシュウが穏やかな眠りに就けるかを考え始めた。
「昨日もかなりの時間を寝付けずにいたものですから、ひとつの公理が解けてしまったぐらいで」
「よくわからねえが、そのぐらいに物を考える時間があったってことだな」
「忘れない内にメモを取りたいのですが、この状態ですからね」
「俺には無理だぞ。お前が取り組むような難題の答えの口述筆記なんて」
「わかっていますよ」
 頬に当たる空気が震えているのは、シュウが声を殺して笑っているからだ。
 何が可笑しいのかマサキには不明だったが、今日のシュウは実に良く笑う。昼下がりの会話にしてもそうだったし、食事の時間にしてもそうだ。いつもよりも穏やかにマサキと言葉を紡ぎ合った彼は、やれば出来るのだと思えるぐらいにマサキに対して優しかった。。
 いっそこのまま彼が眠るまでその話に付き合おうか。マサキは思った。そうすればどこかで満足して眠りに落ちることだろう。続けて覚悟を決めた瞬間だった。マサキ。と、シュウがマサキの名前を呼んだ。
「あなたは今どの方向を向いていますか」
「天井だよ。天井を見上げてた。どうしたらお前が眠れるかって考えたんだ」
「その邪魔をするようで申し訳ありませんが、少しでいいですから、私の方を向いてはくれませんか」
「何だよ。向いてもお前にはわからないだろ」
 云いながらマサキはシュウの方へと顔を向けた。ぎしりとベッドが軋む。その音で気付いたようだ。シュウの手がブランケットの中から這い出てきたかと思うと、マサキの顔をなぞり始めた。
 輪郭を辿るように、頬。瞳の形を見るように、瞼と眉。そして、鼻筋を辿って下りてきた彼の指先が、微かに荒れている口唇へと忍んでくる。何がしたいのかわからない。マサキは黙ってシュウの手の動きに身を委ねた。
「……指で見るあなたの顔はこういった形をしているのですね」
 まるで二度と見ることのないものを愛でるように、彼の指が口唇をなぞり続けている。
 落ち着かない。マサキはそう思うも、止めろというのも躊躇われる。
「思ったよりも彫りが深い。勇ましい顔立ちをしている」
 やがて、ふとシュウの指の動きが止んだ。ゆっくりとその顔が近付いてくる。
 マサキは咄嗟に顔を引いた。そのうなじにシュウの手が回され、自らの方へと引き寄せてくる。直後、重なった額に、何だよ――、とようやくマサキは声を出した。
「あなたの顔が見れなかったことがこんなに寂しく感じられたのは、今日が初めてでしたよ」
 暗がりに潜むシュウの表情はマサキには見えなかったが、低く押し殺したような彼の声は確かに寂しそうだった。
 何が彼をして|感傷的《センチメンタル》にしているのか。マサキにはわからない。ただもしかすると、今日という日がシュウにとっては、マサキ同様に楽しいものであったのかも知れないとは思った。
 だからこそ、マサキは彼を慰めようとした。
 どうせ直ぐ見えるようになるんだ――と。けれども、その台詞をマサキは云えなかった。
 柔らかな肉の感触。口唇に触れてきた温もりが、シュウの口唇であると気付くのには少しの時間が必要だった。次第に脳が落ち着きをみせ、状況の把握が出来るようになると、何故か嫌悪感ではなく安堵感に包まれた。
 今日は有難う、マサキ。僅かな時間で剥がれた口唇が、そう感謝の意を述べる。
 素直にそう云われてはマサキに返せる言葉もない。けれども、今のは。確かに感触を残している口唇に、どうすればいいのかマサキは迷った。だが、シュウはそれを最後に眠るつもりらしかった。
「おやすみなさい、マサキ。また明日」
 優しい声が耳元で囁いてきたかと思うと、シュウの身体がベッドの端へとシーツを滑るように移動していく。そして、そのまま眠りに就いたようだ。程なくして静かな寝息が背中越しに聞こえてきた。

 ※ ※ ※

 開けて翌日。シュウの目はどうやら視界を取り戻したようだった。
 世話をかけましたね、マサキ。何事もなかった様子でマサキより先に起きてキッチンで朝食の準備をしている彼に、マサキは釈然としない思いを抱えつつも、きっとあれは気の迷いだったのだ。そう結論付けて、自身もまた何事もなかった態で食事を摂った。
 そして、一日ぶりの我が家へと。シュウに見送られたマサキはサイバスターを駆って、帰途へと就くことにした。





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