もう全然、リハビリ用SSのサイズではなくなってしまったんですけど、その内、カテゴリを作って記事を移動させるのでそれまでお待ちいただけたら……と。
と、いうことでリクエストいただいた「サラリーマンマサキ&シュウ編」です!
あんまり戦友という感じではなくなってしまったんですけど、この10年後ぐらいにはきっと白河が、「あの頃のあなたは……」って云ってくれると思うので、それでお許しいただけたら……
と、いうことで、本文へどうぞ!
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と、いうことでリクエストいただいた「サラリーマンマサキ&シュウ編」です!
あんまり戦友という感じではなくなってしまったんですけど、この10年後ぐらいにはきっと白河が、「あの頃のあなたは……」って云ってくれると思うので、それでお許しいただけたら……
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<夢の頂>
「同じことを何回云わせるつもりなんだ!」
声を荒らげたマサキに、びくりと目の前に立つ新入社員の肩が震えた。
泣きこそしないが、困惑しきった表情。他の社員の視線が痛い。彼らが新入社員に同情しているのは明らかだ。かつて部署内の問題児と呼ばれていたマサキは、それ故に自身の振る舞いが快く受け止められない現状に、困っているのはこっちだと怒鳴り付けたくなるのを堪えて、今一度、新入社員の顔を見上げた。
一ヶ月の新入社員研修を終えて本配属となった彼のメンターとなって早十日。文句ひとつ零さず残業も進んでこなす彼は、傍目には優良な社員に映っているようだった。
確かに他の部署の新入社員と比べれば、彼は従順な性格をしていたし、コミュニケーション能力にも優れているようだった。人懐っこい性格。これまで色んな人間に可愛がられてきたのだろう。部署内の他の社員からすれば付き合い悪い性格であるところのマサキ相手であっても、彼は物怖じせず先輩々々と慕ってくれる。配属三日もしない内に、やれ残業が嫌だの、こんなつまらない仕事をする為にこの会社に来たんじゃないだのと、辺り憚らずに文句を撒き散らす一部の新入社員たちと比べれば大当たりだ。
ただ彼には、ひとつだけ欠点があった。
教わったことを記憶力だけで処理しようとする――決して一気に仕事を覚えさせようとはマサキはしていなかったが、それでも記憶力頼みで処理するには無理がある量である。思い出せないからといって勝手に処理しないだけ、彼は真っ当な社員ではあったが、その都度マサキに尋ねに来るとなるとマサキの業務にも差し障りが出たものだ。
「メモを取れとあれだけ云っただろう。云ってくれれば、メモを取る時間はちゃんと作る。メモ帳を使うのが嫌ならスマホを使ってもいい。先ずは記録することを覚えろ。一度メモを取るだけでも仕事の理解度は変わる」
その台詞を耳にして怪訝そうな表情を浮かべる彼に、マサキは途方に暮れそうになった。自分なりにメモの重要性を噛み砕いて説明したつもりであったが、やはり彼には納得が行かないようだ。何故そうまで云われるのだろう? そう云いたげな表情。自分の説明が悪かったのだろうか。マサキとしてはかつて問題児だった自分という実例に、先ず自分の常識を疑いたくもなったものだったが、それではマサキを更生してくれた上司に対して失礼だ。もういい。いいか、もう一度だけ説明するぞ。マサキは仕方なしに彼の質問に答えてやってから、彼を席に帰した。
他のことに対しては素直にマサキの云うことを聞いてくれるのに、何故、メモのこととなると、こんなにも話が通じなくなるのだろう。悩みはするものの、悩んだからと云って自分の仕事が無くなる訳でもない。マサキは気分を切り替えて自分の業務に戻ろうとしたが、ささくれだった心は容易には元に戻らない。仕方がない。マサキは席を立った。
――飲み物でも買って来よう。
集中力を欠いた状態で仕事を続けたところで、碌な結果にはならないものだ。問題児だったマサキは大抵のトラブルは経験済みだ。その経験が今の自分を支えていると云っても過言ではない。良くやりがちなのが、気持ちが荒れたまま資料作成に取り組んだ際の誤字・脱字だ。酷い時には数字を三桁間違えていたこともあった。マサキの指導を担当したメンターは、頻発するイージーなミスを正すのを諦めていた。
「何にするかね、っと……」
マサキは自販機の前に立ち、そこに並んでいる商品を眺めた。
今の気分は炭酸系だ。口の中に苦みが残るコーヒー類は遠慮したい。そんなことをひとり呟きながら硬貨を投入する。良く見れば一部の商品の入れ替えがあったばかりなようだ。マサキは新商品のレモンスカッシュのボタンを押した。ゴトンと音を立てて取り出し口に落ちてくるペットボトル容器。口の中をさっぱりさせて気分をリフレッシュだ。マサキはレモンスカッシュを取り上げて、部署内に戻る前に先ずはひと口とキャップを開けた。
「気分転換ですか、マサキ」
背後からかけられた声に、びくりと肩が震える。ある種、腰に響くテノールボイス。いつの間にか気配を覚らせることなくマサキの背後にまで近付いて来ていた男は、名前を呼んだ瞬間のマサキの反応が面白かったようだ。クックと声を潜ませて嗤うと、「責めているのではありませんよ」穏やかに言葉を放った。
決して身長が低い訳ではないマサキよりも頭半分は高い長躯。切れ長の目尻は、そうでなくとも能力の高い彼を更に優秀に捉えさせたものだ。容姿端麗、成績優秀、文武両道。彼を表現する四文字熟語に限りはない。
「会社では名前で呼ぶなって云っただろ」
マサキは周囲を窺った。真面目な社員が多いのか、それとももう三十分もすれば昼休憩になるからか。自販機コーナーの周辺には人影がないようだ。ふたりきりの時でも駄目? 身を屈めて耳元に囁きかけてくる男に、駄目に決まってるだろ。その肩を押し退けたマサキは、物惜し気な表情をしている男に向き直った。
「何の用だよ、課《・》長《・》」
「新入社員の扱いに手を焼いているようでしたからね、様子を見に来たのですよ。どうですか、彼は」
「仕事そのものは無難にこなしてるけどなあ、メモを取ろうとしないっつーか……。あれは新手の宗教か何かなのか? 俺としてはきちんと云い聞かせてるつもりなんだが、梃子でもメモを取ろうとしやしねえ。で、同じことを何度も忘れては聞きにくる。わざとじゃないってなら、俺のどこが悪いのか指摘して欲しいぐらいだ」
成程。ひとつ頷いた男が、「それは詳しい話を聞く必要がありそうですね」続けざまに言葉を吐く。何を考えているのか読み難いポーカーフェイス。男は微笑みを浮かべることで、自身の感情に蓋をしているのだろう。いつでも絶えることのない余裕めいた笑顔。それをかつてのマサキは随分と嫌ったものだった。
――今となっては、こんなに頼もしい表情もない。
若くして出世コースに乗った男は、マサキの指導役でもあった。元々マサキには別のメンターがいたのだが、度重なるマサキの問題行動に匙を投げてしまったのだ。その後を引き継いでマサキの指導に当たってくれたのが彼、白河愁だ。
反抗心が勝るマサキに根気よく社会常識を教え込み、社会の道理を云い聞かせてくれた彼。彼に出会えたことで、マサキは生まれ変われた。業務に対する理解度も深まった。今のマサキがあるのは彼のお陰であることぐらい、幾ら社会常識に欠けるマサキでもあっても理解出来ている。
きっと彼であれば、あの新入社員を何とかしてくれるに違いない。マサキは彼に全幅の信頼を寄せているからこそ、彼に窮状を訴えられたことで胸のつかえが取れた気分になった。
「どうですか、マサキ。今晩辺り、食事でも」
この春から課長に昇進した男は、今でもこうしてこまめにマサキをフォローしてくれる。マサキは云っても直らない彼の名前呼びに呆れつつも、彼の誘いを断れる筈がない。
「いいけど、俺、きっと愚痴ばかり吐くぜ」
「これは重症だ」
男は意外と目を見開くと、マサキの髪を軽く撫でた。節ばった指の感触が心地良い。
「そういうことでしたら、尚更時間を割くべきですね。今日は仕事を早く片付けますよ。一緒に食事に行きましょう」
云って、男はマサキに背中を向けると、自販機コーナーを出て颯爽と通路を歩いてゆく。俺も戻るんだけどなあ。マサキはレモンスカッシュを少しばかり飲んでから、これならタイミングもずれただろうと、自身もまた部署へと戻ることにした。
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