次回こそ終わります。多分、いやきっと。
<前回までの話はこちら>
・貴家澪の優雅な出歯亀
・テュッティ=ノールバックの華麗なる推理
・ホワン=ヤンロンの清廉なる邪推
・プレシア=ゼノサキスのいと稚き嫌悪
・リューネ=ゾルダークとウエンディ=ラスム=イクナートの明るい(あっ、軽い)憤然
・貴家澪の優雅な出歯亀
・テュッティ=ノールバックの華麗なる推理
・ホワン=ヤンロンの清廉なる邪推
・プレシア=ゼノサキスのいと稚き嫌悪
・リューネ=ゾルダークとウエンディ=ラスム=イクナートの明るい(あっ、軽い)憤然
<安藤正樹の終わりなき誤解>
城下でクレープに続けてパフェを食べようとしたリューネとウエンディは、その前に膨れた腹を減らす為にショッピングと洒落込もうとしたところで、情報局に向かおうとしているヤンロンと出くわしたのだという。
近頃とみに不在が増えたマサキが何処に行っているのかを、朝方、ゼオルートの館を訪ねてまで知ろうとしていたらしいリューネは、その場にいたテュッティとミオから収穫を得られなかったこともあり、ヤンロンにもその疑問をぶつけてみることにしたのだそうだ。
――僕は何も知らんぞ。
堅物たるヤンロンは何かを知っていたとしても、迂闊にそれを口にしたりはしない。案の定な返答は、それを裏付けるに足るものだった。だからこそリューネはしつこく食い下がった。それを軽くいなし続けていたヤンロンは、最後には根負けしたのだろう。呆れ果てた様子でこう口にしたのだそうだ。
――マサキはシュウに騙されている。僕が知っているのはそれだけだ。
一の事実が五になるどころか、火のないところに煙を立てただけにしか思えない。リビングに下りたマサキは、ようやく落ち着きをみせたリューネから、寝ていた自分に対する狼藉の理由を聞き出して、どいつもこいつも俺を玩具にしやがって――と、盛大な溜息を洩らさずにいられなかった。
「大体、俺があいつに騙されてるのが本当だとしたら、俺に聞いたところで答えが出る筈ないだろ」
「それはそうね」マサキの言葉にウエンディがはたと気付いた様子で、「だったらシュウに直接聞くしかないのかしら」
「えー、ヤダ。あの男が本当のことを素直に云うなんて絶対ない。ないって」
即座に拒否の念を露わにしたリューネは、でも……と食い下がろうとするウエンディの言葉を遮って、マサキに向き直った。
「それにあたしが知りたいのは、マサキがひとりで何処に行ってるかなの! 大方、シュウと会ってるんでしょ」
「人のプライバシーを一々詮索しようとするんじゃねえよ。俺が何処に行ってようが、それは俺の勝手だろ。もしやそんなことでお前ら全員騒いでるんじゃねえだろうな」
それに対してして、騒いでるのよ、とテュッティ。
騒いでるんだけどね、とはミオ。
どうやらこの四人組はマサキが、ひとりで行動することを好ましいものとは捉えていないようだ。
自分たちとて普段は何処で何をしているか知れない時間が多い割に、それを棚上げしてのこの態度。マサキ自身はそれについて尋ねたことは一切ないというのに、立場が逆になるとこれだ。何処に行っていたのだの、何をしてきたのだの、誰と会ってたのだの……保護者のつもりであるらしいテュッティはさておき、ミオやリューネ、ウエンディは居所をともにしてもいない赤の他人である。マサキが何処で何をしていようが、本来彼女らには微塵も関係のない話だろうに。
面倒臭えな、お前ら。マサキは自身に対する好奇心の強い彼女らに対して、そう呟かずにいられなかった。
「面倒臭いと思うのなら、私にぐらいは行き先と目的を教えてから出掛けて頂戴。あなたプレシアにも黙って出掛けてしまうのだもの。ご飯の支度だの、お風呂の用意だの、こっちには色々と都合があるのよ」
「だからって全部云う必要はねえだろ。帰りが遅くなるならまだしも、最近は夕方までには帰ってるぞ。それにしたって、遅くなるからのひと言で済む話じゃねえか。何でもかんでも云えばいいってもんじゃねえ。そもそも俺はお前らにプライベートのことなんて聞かねえぞ。お前らばっかり俺に聞きたがるっておかしいだろ」
「よく云うわね。この間だって、あなたプレシアが寝てから帰宅したじゃないの。それも何の断りもなしに。それで結局作った夕食は明日の朝食べるって」
「食べるって云ってるんだからいいだろ。食べないからお前らで始末しろとは云ってないんだ」
「それが問題だって云ってるんじゃないの」
「プレシアが文句を云ってないんだからいいだろ」
「あなた、プレシアに甘え過ぎなのよ。あの子がしっかりしてるとはいえ、何もかもを押し付けていい筈がないでしょう。家族といっても他人の集まりなのよ。そこはちゃんと線引きをして」
「だから俺だって、わかってることはちゃんと云ってから家を出てるんだよ。それともちょっとそこまで買い物程度にまで、お前らは帰宅時間を云ってから出ろって云ってるのか? そもそも俺が方向音痴だってこと忘れてるだろ。王都に行くのですら、迷子になりかねないのが俺だぞ」
まさにマサキの日頃の行動の是非を挟んで一触即発。テュッティとの間に漂い始めた剣呑な空気を、シャラップ! と、払い除けるようにミオが声を上げた。
「その云い分にも一理あるけどね、マサキ。あたしたちが聞きたいのはそういうことじゃないの。大体、この間のシュウが云ってた秘密の用事って何? あたしたちに隠れて何かよからぬことをシュウとしてるんじゃないのって、そういう心配なんじゃないの」
「あー? ああ、あれか。お前がシュウと一緒にいた時のあれな。大したことじゃねえよ。話す必要も感じねえぐらいに大したことじゃねえ」
「何、その態度。大したことじゃなかったら云えるでしょ。それなのにそれって」
怪しいわ。とテュッティが呟く。次いで、何それ、初耳なんだけど。とリューネも呟く。そして、あらあらうふふ。とウエンディが喜々としながら口にする。
「……ひとりだけ、反応がおかしいヤツがいるな」
「うふふうふふ。ふたりでラブ・アフェアなんて、羨ま……じゃなかったわ、いいご身分ね、マサキ」
「こっわ。何かわからないけど、ウエンディがこっわ」
身体を震わせて怖がるリューネに、そんなことはないわよー。間延びした声で、呑気にも本人たるウエンディが云ってのけた。
「ウエンディ、もしかして喜んでない?」
思えばマサキが姿を目にしてから一度も表情を崩すことのなかったウエンディ。マサキはその笑顔を、彼女が怒っているからだと捉えてしまっていたが、いましがたミオが口にしたように、喜んでいる可能性もなきにしもあらず。
ウエンディ=ラスム=イクナート。錬金学協会所属の不世出の練金学士として、名誉を思うがままにしている彼女は、どうも男同士の友情だの付き合いだのに、夢や浪漫を感じがちな人間であるようだ。マサキとシュウのことにしても、穿った物の見方をして拗ねた様子をみせるリューネとは対照的に、ウエンディはその事実に恥じらいを感じてしまうらしい。それは紛れもなく、マサキとシュウの関係にそういった要素を見出しているからに他ならない。
性格上黄色い声を上げて騒いだりすることはないものの、男同士の彼是《あれこれ》の話となろうものなら、好奇心を隠せないといった様子でひっそりと話に加わってくるウエンディ。どうやら彼女が今回この場に姿を現わしたのは、マサキがどうこうというよりも、マサキとシュウのどうこうを知りたいから――なのだろう。
馬鹿々々しい。マサキは心底どうでもいい気分になった。
とどのつまり、テュッティにしても、ミオにしても、リューネにしても、ウエンディにしても、知りたいことはひとつしかないのだ。マサキとシュウの関係性に恋愛感情が持ち込まれているのか否か。それが本当だったとして、彼女らの生活に何の変化があったものか! ああ、ホントお前ら面倒臭え。マサキは呟きながら、どっかとソファに腰を落とすと頭を掻いた。
「面倒臭いのはマサキの方じゃないの。後ろめたいことがなければ、シュウと会ってた理由云えるでしょ?」
「そうよ、マサキ! あたしたちに内緒であの男と秘密の用事を済ませてるって何!?」
「それはやっぱりあれなんじゃないかしらね。いい加減、吐きなさい。マサキ」
「あらあらあら、楽しみだわ。どんな用事が飛び出してくるのかしら」
わらわらとマサキの周りのソファに腰を落として、今一度。彼女らは口々に言葉を吐き出すと、マサキの言葉を待つようにその顔を凝《じ》っと見詰めてくる。これは云わずに終われる状態ではない。マサキは秘密にしておきたかったシュウと頻繁に会っている理由について、口にすることにした。
「本ッ当に、本ッ当に、お前ら面倒臭えな! 少しは黙って俺の話を聞けよ!!」
黙ってるよ。リューネの言葉に煩えと返して、マサキは秘密にしていたことを打ち明け始めた。
もう直ぐ行われる戦士たちの祭典。剣技を競い合う戦いにエントリーしていること。御前試合でもあるその戦いに出る以上は、無様な姿を晒したくないと考えていること。その為にも対人戦の練習の必要性を感じていること。かといって、同じく試合にエントリーしている兄弟子ザッシュと稽古を重ねても、お互いの手を知り合うだけの結果にしかならないだろうと考えていること。そこで、試合に関係なく、且つ剣の腕が立つ相手を探していたところ、偶々顔を合わせたシュウが名乗りを上げてくれたこと。
「それって、じゃあ、ただ剣の稽古をしてただけってこと? 秘密にしておく必要なくない?」
「何でだよ。恥ずかしいじゃねえかよ。剣聖ランドールの名前まで授かってるっていうのに、今更こつこつ影で練習を重ねてるなんて。ファングならまだしも、他の参加者には絶対に知られたくねえだろ」
ミオの言葉に応える形でそうマサキが口にした瞬間、何故か場にいた全員が期待を裏切られたような表情をしてみせた。
結局の所、彼女らは何だかんだと口では云ってみせても、マサキとシュウの間に恋愛感情があることを期待しているのだ。マサキはげんなりした気分にならずにいられなかった。そうなったらそうなったで、彼女らはやいのやいのとまた大騒ぎをしてみせるのだろうに。げに他人の好奇心とは身勝手なものである。
「男のプライドって難しいわね」
ややあって、はあ、と溜息を吐き出しながらテュッティが呟く。
「でも、じゃああれは……?」
「あれって何だよ、テュッティ」
「傷痕なんじゃないの?」
「あんなところに? 手足ならまだわかるけど……」
「何を云ってるのかわかんないけどさ、テュッティ。それがマサキがシュウに騙されているってことなんじゃないの?」
リューネの言葉にテュッティは、ああと頷いてみせた。そして、マサキには心当たる節のないそれを、とことん突き止める決心をしたようだ。やけに深刻な表情をしてみせると、拍子抜けした様子のリューネやウエンディ、そして興味を失った様子のミオには構わずに、
「これはヤンロンと話をしないとね」
決然と。立ち上がったテュッティの凛とした後姿に、マサキはどうやらこの騒動がまだ終わりにならないらしいことを感じ取って、ただただひたすらに――深い溜息を吐かずにいられなかった。
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