延々やれてしまいそうなので、ここまでにしたいと思います。
<前回までの話はこちら>
・貴家澪の優雅な出歯亀
・テュッティ=ノールバックの華麗なる推理
・ホワン=ヤンロンの清廉なる邪推
・プレシア=ゼノサキスのいと稚き嫌悪
・リューネ=ゾルダークとウエンディ=ラスム=イクナートの明るい(あっ、軽い)憤然
・貴家澪の優雅な出歯亀
・テュッティ=ノールバックの華麗なる推理
・ホワン=ヤンロンの清廉なる邪推
・プレシア=ゼノサキスのいと稚き嫌悪
・リューネ=ゾルダークとウエンディ=ラスム=イクナートの明るい(あっ、軽い)憤然
<安藤正樹の終わりなき誤解>
何とはなしに気まずさ漂うリビングで、テュッティが用意したスコーンと紅茶を口にしながら待つこと暫し。ファッションにコスメ、グルメ、スキンケア……もうこのままティータイムを終えたら解散でいいんじゃないかと、ようやく普段通りの話題で会話が弾み始めた女性陣にマサキが思い始めた頃、タイミング悪く玄関のチャイムが鳴った。
「五人で顔を揃えてご挨拶だな」
居丈高な態度でのあいさつも変わりなく。テーマカラーの赤い人民服に身を包んで姿を現わしたヤンロンは、リビングに一堂に会しているマサキたちを見下ろすようにしてソファの切れ目に立つと、まあ、座りなよと誰の家だかわかっているのか。さも当然とばかりに席を勧めたリューネの隣に腰を落ち着けた。
「で、僕に何の用事だ」
「マサキが騙されてるって話よ」
形ばかりは優雅に、ティーカップの持ち手を抓んで、ひと口。紅茶を啜ったテュッティは、砂糖が足りなかったのだろう。舌に感じた紅茶特有の苦みに顔を顰めてみせると、「一体、何が騙されている、なのかしら?」
「本人に聞けばいいだろう」
「それを本人がわかってないんだけど」
時に鋭く裏を読んでみせるミオでも、マサキが何に騙されているかは予想が付かないようだ。テュッティとともに何かを知っていそうな態度を見せていたが、それとヤンロンの言葉が上手く結び付かないのだろう。首を傾げながら尋ねる彼女に、
「流石はマサキだな。鈍感さに磨きがかっているようで何よりだ」
いつの間にかキッチンに姿を消していたウエンディが差し出した紅茶を受け取りながら、ヤンロンがどう聞いても褒めてはいない調子で言葉を吐く。自身が鈍感であるらしいことぐらいは、これだけ云われているのだ。マサキとて自覚はある。
煩えな。マサキは再び居心地の悪さを感じながらもヤンロンに向き合った。
「勿体ぶらずに云えよ。俺が何をシュウに騙されてるって?」
「僕はお前に聞いた筈だがな」
「聞いた? 何を――……」
そこでふとマサキはいつかのヤンロンとの会話を思い出した。気難し屋な男は滅多に厳めしい表情を崩すことはなかったものの、その日はそれに輪をかけて難しい表情をしていたように感じられたものだった。どうマサキに話を切り出したものか悩んでいるようにも映ったヤンロンの表情。それでも愚直に言葉を吐いた彼の話から察するに、どうやらヤンロンはマサキに対するシュウの親愛表現を恋人同士のそれと勘違いしたようだ。
場所を弁えるようにとマサキに忠言してきたヤンロンに、だからマサキは正直に説明した筈だった。
それが王族の習わしであると。
マサキの説明に納得したらしかったヤンロンは、それでも誤解を受けかねない行動を取るのは人前では慎むべきだと考えたようだ。「一般的な慣習でないものを、大っぴらに人目がある場所でしていれば、あらぬ誤解を受けても仕方ないだろう」と、とにかく場所だけは考えるようにと重ねて云ってきたものだった――……。
「それについてはちゃんと云ったじゃねえかよ」
「それがそもそも騙されているという話だ」
「騙されてる? 何が」
「この期に及んでそれか。時々、僕はお前がどこまで本気で鈍感で、どこから本気で惚けているのかわからなくなる。普通は気付くだろう。普通は。いや、お前に普通を求めるのが無駄なことなのは、僕とてわかっているつもりだが」
溜息混じりにそう呟いたヤンロンは、その会話の行く末を興味津々と耳を傾けている女性陣を見渡した。そうして自らの持ち札《カード》を開陳することが、厄介事を招く結果にしかならないとでも思ったのではないだろうか。云わずに済ませられるのであれば、僕としてはそうしたい。と、苦虫を噛み潰したような表情で口にすると、自棄酒を煽るような仕草で紅茶を飲み干した。
「そもそも僕はお前に云っただろう。場所は弁えろと。そうでなければ、どんな誤解を受けても仕方がない」
「だからちゃんと場所は弁えるようにって云った――」
そこで場所を弁えなければならないようなことにシュウとマサキが及んでいるということが引っ掛かったようだ。
「場所を弁えるって何の話よ、マサキ!」
瞬間、弾かれるように立ち上がったリューネが、今にも掴みかかりそうな勢いでマサキに詰め寄ってくる。しまった、と思ったものの、時既に遅し。リューネを筆頭とする女四人組は聞いてしまった話を、そのままで済ませる気はないようだ。聖徳太子とて聞き分けに苦労するだろう勢いで、それぞれがめいめいに言葉を吐き始めた。
「これは話を聞かずに終わらせられない展開になってきたわね」
「うふふ、愉しみだわ。ヤンロンはどんな話を聞かせてくれるのかしら」
「場所を弁えなきゃならないことって、あたしたちの想像が当たってるってことじゃないの? 何でヤンロン、朝に教えてくれなかったの?」
姦しいこと他ない。マサキは「煩え! お前ら少しは静かに」と、彼女らに割って入ろうと試みたものの、好奇心の塊となった女たちの暴走が簡単にその程度で止まる筈もなく。どういうことなの、だの、早く聞かせなさいよ、だのと、騒々しくも一様にヤンロンに詰め寄ってゆく。だのに鋼の心臓を持つ男と来た日には安穏としたものだ。いや、開き直ったとでも云うべきか。我関せずと呑気にもスコーンを割った彼は、続けてそれにはちみつを塗り始めた。
これでリューネの堪忍袋の緒が切れない方がどうかしている。
「ちょっとお、ヤンロン! 何、呑気にスコーンを食べようとしてるのよ! 出なさいよ、外! あたしにその面貸しなさいよ! じっくりと話を聞いてやろうじゃないの¡!」
云いながらリューネがリストバンドを放り投げた。ドスンと物騒な音を立てて床に沈んだリストバンドに、その床の修理をするのは俺だとマサキは声を上げたものの、今更そんな些細な不都合に耳を寄せてくれる面々でもない。むしろヤンロンに掴みかかってゆくリューネに続けとばかりに、全員がソファから立ち上がると、今まさにスコーンを口に運ぼうとしているヤンロンを取り囲んでしまった。
「大体、何でマサキとヤンロンがシュウのことで秘密の話をしてるのよ¡?」
「そうよ、そうよ! そんな面白い話、独り占めするなんて狡いわよ!」
「プレシアの教育の問題もあるわ。あの子だって兄が嫁になるとでもなったら」
「あらあらうふふ。面白そうな話ねえ。是非、その辺りのことも含めて聞かせて欲しいわぁ」
それにも構わずスコーンを食べ続けているヤンロンに、成程、ああやって無視を決め込めばいいのか。マサキが感心した刹那、恋する女たるリューネははついに無理矢理ヤンロンの手からスコーンを奪い取ると、その目の前に仁王立ちになって絶叫した。
「あたしのマサキの一大事なのよ!」
いつ俺がお前らのものになったんだと、マサキとしては口にしてしまいたくなったものの、それを耳聡く聞き付けられて更に話がややこしくなるのだけは御免被りたい。何だかんだと云ったところで、自分の機嫌を自分で取ることを知っている女だ。リューネにはやりたいようにやらせておくのが一番いい。
彼女は放っておけば、その内、勝手に気持ちの収まりを付ける。そして何事もなかったかのように、あっけらかんと振舞ってみせるのだ。若しくは、気持ちを落ち着かせる為に、マサキと同じようにひとりでヴァルシオーネRに乗って遠駆けと洒落込むか……。
そう、マサキはマサキでリューネの処し方を知っていた。
だからこそ、ヤンロンもまたリューネを放置することを選ぶだろうと思っていた。だというのに――。
よもやスコーンが物惜しかった訳ではないだろうが、リューネにスコーンを取り上げられた瞬間、ヤンロンは世界が終わったかの如き剣呑な表情になった。なって、それに虚を突かれて言葉を失っている彼女らを見渡して、よせばいいのにその好奇心を擽るような台詞を吐いてみせたのだ。
「知らずにいた方が幸せなこともある。それでもお前たちは僕の話を聞きたいのか」
勿論と一斉に頷いた彼女らににたりと笑ってみせたヤンロンに、嫌な予感がしたマサキが慌てて止めに入るも、そもそも一の話を十にするのが好きな彼が、マサキの言葉ばかりの制止を聞き入れる筈もなく。
「マサキはシュウの親愛の情を受けている。それ以上詳しく知りたくば、今度こそきちんとマサキに聞くんだな」
そしてその言葉の意味を咀嚼するのに時間がかかっているリューネの手からスコーンを取り戻すと、平然と口に運んでみせた。ひと口、ふた口、三口……半分も口にする頃にもなると、流石にテュッティやミオはその意味せんとすることに思い至ったようだ。まさか、あなた――テュッティが猛烈に困った表情をしながら、マサキに向き直ってくる。
「あなた、シュウに騙されているのをわかってるんじゃないの?」
どきんと、鼓動が跳ね上がった。顔に出るのではないかと思うほどに全身が熱くなる。
「ふーん。良くはわからないけど、マサキも納得ずくのことなんだあ」
そこにミオがひょいと顔を覗かせて訳知り顔で云ってのけたものだから、マサキとしては増々顔を熱くせずにいられなく。
「だからそれはお前らが思ってるような意味じゃなくてだな」
「うんうん。それがつまりマサキが騙されてるってことなんでしょ」
相変わらず意味が通じていないらしいリューネやウエンディが怪訝そうな表情で見守る中、どんどんと勘違いを加速させてゆくテュッティとミオに、マサキはどう答えたものか悩む。
「まあ、初心な子だとは思っていたけれども、ここまで鈍感だったとはね」
「だからそういう意味じゃねえって云ってるだろ! 聞けよ人の話!」
「じゃあ、どういう話だって云うの? それがシュウの親愛の表現だって云うなら、それでいいって話じゃない? だからマサキだって納得ずくなんでしょ。だのにそれってまるで――」
実の所、マサキは薄々それが嘘ではないかとは――思っていたのだ。シュウの言葉が真実だったとすれば、セニア辺りがとうにそうしていてもおかしくない。彼女はスキンシップを厭わない性格だ。異性にそうした風に触れるのを避けたとしても、同性相手なら自然にそう振舞ってみせそうではある。
ましてやシュウにはモニカやテリウスが付いている。どうして彼女らがそうした行動に出ないと云えたものか!
しかも口付けの激しさが気持ちに比例するのだとか云っては、マサキの肌を吸って、これみよがしな跡を残してみせる……。だのシュウの肌にそうした跡が残っているのを、マサキは目にしたことがない。長く付き合いを重ねてきたいとこたちが、シュウに親愛の情を抱いていない筈がないというのに!
これで疑いを挟まない方がどうかしている。
けれども、それをシュウにぶつけることをマサキは躊躇ってしまった。
嘘でも本当でもいい。マサキはシュウとの一風変わったコミュニケーションを少しでも長く続けていたかった。それは愉悦だった。マサキはシュウが自らに敵意を抱いていないどころか、従属さえも厭わない態度に出てきたことに、どうしようもないくらいの優越感を感じてしまっているのだ。
「それは、あいつがそういうもんだって云うから」
「それをそのまま鵜呑みにしたの、あなた。そんなんじゃ、いつか取り返しの付かないことになるわよ」
いや、だから、だってだな。そう言葉を重ねれば重ねただけ、マサキは自らが抱いている感情に自覚を促されてゆくのだ。
その行為に考えを及ばせた瞬間に、胸を占める甘やかな感情。
それの名が何であるのかマサキは知らない。いや、知っていて目を瞑っているというべきか。そう、テュッティの云う通り、少しずつ行為をエスカレートさせているシュウは、いつかマサキの口唇に辿り着くことだろう。だから何だって云うんだよ。マサキはもしシュウとっそうなったとしても、抵抗しようとは思えない。
「あー、もういいじゃねえかよ。俺が騙されててもいいって云ってるんだから!」
ついに音を上げたマサキが自らの感情の赴くまま、そう口にした瞬間。マサキ! と、どうやらこれまでの会話でその内容を悟ったらしいリューネが、目を輝かせているウエンディとともに輪となっている三人の中に飛び込んで来た。
――もう、いい加減にしてくれよ。何でこの程度のことでこんな騒ぎになるんだよ。
リューネに襟を掴まれて詰め寄られながら、マサキは自らに振り掛かった受難にそう思わずにいられなかった。
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