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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

或る日のチカとマサキ(中)
このシリーズはどこまで巫山戯られるかが鍵だと思っているので、いつも以上に好き勝手やっております。

私思うんですけど、白河スキーは白河がどんな性格でも受け入れているように感じるのですが、逆にマサキスキーの方が白河の性格崩壊が駄目だったりします???

では、本文へどうぞ!
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<或る日のチカとマサキ>

 部屋数は二十を下らないらしい洋館は、広さに見合わず確りと戸締りがなされていた。ひと通り戸締りの確認をしたマサキはポケットの中に仕舞い込んでいたチカを空に放った。通風孔から館の中に入り込んだチカが、手近な窓の掛け金をくちばしで下ろす。マサキは窓を乗り越えて館の中に侵入した。
 だだっ広い館の中をチカに案内をさせながら歩くこと5分ほど。マサキは二階の左手奥にある部屋の前に辿り着いた。細かく意匠が施された両開きの扉。他の部屋は一枚開きの扉なだけに、部屋の重要性が窺える。どうやらこの向こう側がシュウの書斎スペースであるらしい。
 鍵が掛けられるように出来ている扉は、幸いなことに閉ざされきってはいないようだ。マサキはドアノブを掴んだ。ギィ……と、重苦しい音を立てながら扉が開く。正面には|両袖机《デスク》、右手側の壁には書棚。左手側には仮眠をするスペースだろうか。質素なベッドが置かれている。
「ところでマサキさん、どうやって目的のブツを探すおつもりで?」
「この辺から」マサキは本棚の前に立った。「手あたり次第に探していきゃ、いつかは見付かるだろ」
「ええ!? 一時間しか時間がないのに、作戦が手あたり次第!? 幾ら頭脳戦が苦手にしても物には限度があるんじゃないですか?」
 ポケットから飛び出してきたチカが、あれやこれやと言葉を発しながらマサキの周りを飛び回る。それをまるっと無視してマサキは書棚に手を伸ばした。ガラス製の開き戸が嵌め込まれた書棚は、軽々しく触れられない雰囲気を放っていたが、だからといってこのまま何もせずに立ち去る訳にもいかない。
 マサキが挑んでいるのは、決してシュウに持たせてはならないアイテム――マサキ自身が写っている写真を取り戻すという重大なミッションなのだ。マサキは開き戸を開き、書棚の中を漁った。書棚の奥は元より、本と本の間、本の中と順繰りに探してゆく。幸い、本の虫な割には、全ての蔵書をここに置いている訳ではないようだ。ざっと見ても数百冊ほどの蔵書。このぐらいの量であれば、一時間もかからぬ内に全てを確認出来るだろう。
「もしかしてマサキさん、書棚を全部漁るつもりですか?」
「そりゃそうだろ。何処にどう隠されてるかわからない以上、部屋を隅々まで漁らないことには」
「それにしたってもう少しやりようがあると思うんですけど」
 ふわりと宙を舞ったチカが、部屋の中央にあるアンティークな造りの両袖机の上に着地する。彼は綺麗に整頓された|両袖机《デスク》の天板上を歩き回りながら、書棚を手当たり次第に漁るマサキに語りかけてきた。
「部屋を漁る時には|定石《セオリー》があるんですよ。先ず、鍵の掛かっている場所。この部屋で云えば、この|両袖机《デスク》の引き出しです。それから不自然な厚みがある家具。この部屋にはないっぽいですね。となると、鍵のかかっている引き出し→鍵のかかっていない引き出し→書棚の順で漁るのが一番ベターな手順になるんじゃないかと」
「でもお前、鍵の掛かってる引き出しを漁るって、鍵がなきゃ開かねえもんをどうやって――」
 マサキはチカを振り返った。代わり映えのしない顔立ちが、瞬間にやりと笑ったように映る。
「あたくしを誰だとお思いで? これでもあのゲス野郎の使い魔ですよ! 鍵の在処ぐらい知ってますって」
 ちょいちょいと|両袖机《デスク》上を動き回ったチカが、その済みに置かれている卓上チェストの引き出しを器用にくちばしで開く。そして得意げに胸を張ると、開いた翼でマサキを手招いてくる。
 マサキは仕方なしにチカに近付いた。
 引き出しの中には二種類の小さな鍵が収められている。マサキは盛大に訝しんだ。こうしてチカでさえも取り出せてしまう場所にこれみよがしに鍵を収めている時点で、収穫は見込めないような気がする。とはいえ、確認もせずに闇雲な探索を続けた結果、実はそこにあったでは笑い話にもならない。マサキは鍵を取り上げて、|両袖机《デスク》の鍵の掛かった引き出しを開いた。
「もう俺、これは見たくなかったんだけどよ……」
「ああ、ごめんなさいごめんなさい! これの存在をすっかり忘れてました!」
 果たしてそこにあったのは、意匠も豪華なシュウの日記帳だった。

 ※ ※ ※

「あー、何処だよ! 見付からねえじゃねえか、あの野郎ッ!」
 マサキは床の上に伸びた。
 |両袖机《デスク》の引き出しを全て調べたのみならず、書棚の蔵書をも漁り尽くしている。それだけではない。ベッドの下、マットレスの隙間、家具の裏側から壁の継ぎ目まで、室内のいたる所も探し尽くした後だ。それだのに目当てのブツだけが見付からない。シュウの明け透けな妄想が書き連ねられた日記帳や、マサキと遭遇した日にちだけがメモされている手帳といった、存在する意味を深く追求したくないアイテムは見付かったものの、たかだか写真一枚だけがまるで――そう、まるで最初からそんなものは存在していなかったとばかり何処にもないのだ。
 これではさしものマサキもへばりたくなるというもの。
 はぁ。マサキは溜息を吐きながら、このついでに処分してやろうと決めたシュウの日記帳を開いた。口にするのも憚られる妄想の数々。シュウが何かの勢いに任せて書き散らかしたらしい日記は、彼の精神状態が真剣に心配されるほどに、嫌な方向にパワーアップを遂げている。
「やったことだけ書けよ。何でやってないことを書くんだよ、あいつは」
「やったことなら書かれてもいいんですか? マサキさん、相当にご主人様の奇天烈な行動に慣らされているみたいですけど、大丈夫です? まさか、新たな世界に目覚めちゃったなんてそんなこと」
「どっちだって書かれたかねえよ! でもあいつを止めてもどうせ書くんだろ! だったらまだやった覚えがあることを書かれた方がマシだって云ってんだよ!」
「諦めるのはまだ早い気がしますがねえ」
 書棚の上から降りて来たチカが寝そべっているマサキの胸の上に乗る。彼はこのままマサキが伸びていたところで事態は好転しないと云いたいらしかった。ちょいちょいとくちばしで喉仏を突いてきながら、
「それよりも、探すのはもう諦めたので? だったらさっさととんずらこいちゃいましょうよ。ご主人様に見付かったら厄介な事になりかねません。その結果、痛い目に合うのはあたくしとマサキさんですよ。別にマサキさんがそれでもいいっていうか、そっちの方がご趣味だって云うんなら、あたくしはひとりで先にとんずらこかせていただきますけど」
「元はと云えばお前が持ち込んだ話だろうが」マサキは日記帳を放り投げるとチカを掴んだ。「他に思い当たる場所はねえのかよ。俺は写真を見付けずして帰るなんてご免だぞ」
「ひぃ! また動物虐待ですか! あたくしを脅してももう何も出ませんよ!」
 マサキはシェーカーを振る要領でチカの身体を振った。カラカラカラカラ。してはいけない音がチカの身体から聞こえてくる。マサキはチカの身体を耳に近付けた。どうやらその音は彼の頭から聞こえてきているようだ。
「お前、何か変な音が頭から聞こえてきてるぞ、大丈夫か?」
「脳味噌ですかね?」
「脳味噌」
「ほら、あたくしこれでも使い魔じゃないですか。作る時におがくずとか、木の枝とか、粘土とか、羽毛とかが使われたらしいので」
「本当かよ!? それでこんな立派な身体が出来上がるってホラーじゃねえか!」
「それこそが魔術だと云って欲しかったですね」
 驚いた表紙に手の力が抜けたらしかった。マサキの手のひらから抜け出したチカがふわりと宙へ羽ばたいて行く。彼はマサキの上空をくるくると旋回しながら、ところで――と、言葉を継いだ。
「隠し場所になりそうな場所は思い出せなかったですが、可能性のひとつは思い付けましたよ」
「写真の在処か」マサキは身体を起こした。
 シュウと愉快な仲間たちが館を出て行ってから、既に一時間以上が経過してしまっている。チカの言葉が正しければ、いつもであればそろそろ戻って来てもおかしくない時間である。彼らが戻って来るのが時間の問題となった今、頼れるのはシュウの無意識の産物であるチカの頭脳だけだ。
「聞きたいですか?」
 マサキの肩にとまったチカが、凄まじく嫌気を滲ませた声を発した。
「やめろよ。そんな声を出されると聞きたくなくなる」
「いや、だってマサキさん。これだけ探して見付からないってことはですよ、この部屋にはないと考えるしかないじゃないですか。そこで基本に返ってみた訳ですよ。そもそも好きな人の写真をですよ、一般的にはどう扱うかって云ったら」
「好きな人の部分はいらねえだろ」
「いーや。ここが大事な部分なんですよ。だってマサキさん、もしマサキさんが好きな人の写真を手に入れたとしたらどうします?」
「アルバムに大事に仕舞っておくかな……いや、家に帰れない日の方が多いしな。それだったら財布の中にでも仕舞ってお――」
 そこでマサキははっとなってチカを振り向いた。表情の変化が読み取れない筈の小鳥であるところの彼は、何故だろう。マサキには物凄く嫌そうな表情をしているように映る。
「その通りですよ、マサキさん。ご主人様にとってマサキさんの写真は聖遺物。それをみすみす部屋に放置しておくなんてそんなことがある筈がない! あのゲス野郎はきっと肌身離さずマサキさんの写真を持ち歩いているのに違いないですよ!」
 その瞬間、マサキは世界が立て続けに滅亡に襲われたかのような絶望感を味わった。けれどもそれはシュウがマサキの写真を持ち歩いているのではないか? という仮定の話に感じたものではなかった。
 ひやりとした空気の流れ。肌に感じた違和感に、マサキはチカから視線を外し、正面に顔を向けた。そのマサキの視線を追ったのだろう。マサキの絶望の意味を覚ったチカが、ひぃ! と悲鳴を上げる。
「何を――、しているのですか。あなた方は」
 いつの間にか音もなく両開きの扉を開いて部屋に入り込んでいたらしい。マサキとチカの目の前には、獲物を見定めるような眼差しを自分たちに注いできながら、静謐とも呼べる笑みを口元に湛えたシュウが立っていた。


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