リハビリは続くよどこまでも。
甘やかしたい
今日はお前を甘やかすぞ。と、二人分の朝食の支度をしながら口にしたマサキに、シュウは奇妙な予告もあったものだと首を傾げずにいられなかった。
「甘やかすとは?」
「そのまんまだろ」
「具体的に何をするおつもりで?」
「お前のリクエストに応える」
そう云いきったマサキが出してきた朝食は、鶏むね肉にナッツ、オレンジとシュウが好む具材が大量に詰め込まれたパワーサラダ。
何を思っての宣言なのかは不明だが、どうやらマサキは本気でシュウを甘やかすつもりであるらしい。一抹の不安を覚えながらも途惑いながらも食事を進める。マサキ自身も同じメニューで食事を済ませるつもりであるようだ。ハイカロリーの食事を好む彼にしては珍しいこともあるものだと思いながら、リクエストには関係ない会話をぽつぽつと挟みつつ朝食を終える。パワーサラダを食べきったシュウは、場所を変えてリビングのソファに腰を落ち着けた。
「で、どうするよ。お前」
ややあって洗い物を終えたマサキが隣に腰かけてくる。そうは云われても――シュウは言葉を濁した。
付かず離れずで十年以上に渡って付き合いを重ねてきた間柄である。今更、マサキに求めることなど何もない。ただ傍にいてくれればそれだけで充分。だからこそ、シュウは困惑するばかりだった。何をリクエストすればマサキが満足するのだろう? マサキの動機がわからないシュウは、彼が納得する結果になって欲しいからこそ、慎重に言葉を選びながら尋ねることにした。
「何かあったのですか、マサキ」
「何かあった、って?」
「あなたが私に奉仕をしようとするからには、それ相応の理由があると思ったのですよ」
「別に深い理由なんてねえよ。ただお前、昨日凄かったじゃねえかよ。飯はホテルのケータリングだし、プレゼントまで用意してあるし、俺をベッドまで運ぶし」
任務で遠征していたマサキと会うのが数か月ぶりだったからこそのもてなし。シュウが贈った服を着ているマサキはシュウの目にはこれ以上とない美術品のように映った。だが、そうした扱いが、どうやらマサキには耐え難く感じられてしまったようだ。
どこか落ち着きのないマサキを目の前にシュウは考え込んだ。
貸し借りに煩いマサキのことである。シュウがかけた金額同等のお返しをしないとならないと思い込んでいることだろう。
「なら、ひとつだけお願いがあるのですが」
不意に脳裏に浮かんだ妙案。これならマサキも納得せざるを得ないのではないか。シュウはサイドチェストに積んだ本を一冊取り上げ、膝の上にマサキを手招いた。
「私と一緒に本を読みましょう」
「俺にお前が読んでいる本の内容が理解出来ると思ってるのか」
「わからない部分は説明しますよ。それでも駄目?」
「なら、頑張る……」
自ら口にしてしまった手前引っ込みが付かなくなったのだろう。これで今後、シュウにマサキがリクエストを求めてくることはなくなるに違いない。気恥ずかしそうにしながら膝の上に乗ってきたマサキの髪に頬を埋めながら、シュウはマサキの膝の上。手にした本を開いた。
我儘王子の誕生日
我儘王子の誕生日
年々我儘が増していた。
シュウと付き合い始めてから三度目の誕生日を迎えたマサキのリクエストは、服の着替えから食事の支度、バスでの世話と生活にかかる手間の全てをシュウが請け負うというものだった。
一年目のレストランでの食事や、二年目のケータリングでのバースディパーティと比べると格段に要望に磨きがかかった感がある――それでも愛しい相手の願いとあっては叶えるのに躊躇いはない。ベッドから出たマサキに服を着せ、靴下を履かせ、リビングのソファまで抱き上げてマサキを運んだシュウは、この日の為に用意した彼が好きなソフトドリンクをサイドテーブルに用意してやりながら、先ずはと朝食のリクエストを尋ねた。
「ドリアとハンバーガー、あとポテト」
育ち盛りは過ぎたものの、まだまだ食欲が旺盛な年頃には違いない。二人前に及ぶメニューをあっさりと口にしてみせたマサキに、かかる手間を想像しながら、それでもその時間も至福のひとときであるとシュウは深く頷いてキッチンに立った。
細かく刻んだ玉ねぎに荒く挽かれたひき肉を混ぜて、軽く味付けをしてフライパンへ。じっくりと火を通しながら、トースターで軽くパンズを焼き、レタスとトマト、玉ねぎにアボカドを刻む。次はドリアの準備だ。ライスにミートソース、チーズ。耐熱皿に入れてオーブンに放り込むころには、いい具合にハンバーグが焼きあがっていた。
刻んだジャガイモを皮付きのまま油で揚げ、揚がるまでの時間でハンバーガーを完成させる。四十分ほどかかった朝食の支度の間、腹が空いて仕方がなかったらしく、マサキは頻繁にシュウに催促を繰り返してきたが、いざ食事が目の前に運ばれてくるとそういった気持ちも吹き飛んだようだ。黙々と食事を掻き込み、呆気なく完食してしまった。
「どうでしたか、味は」
「滅茶苦茶旨かった。お前、なんだかんだで料理上手だよな」
今日ばかりは片付けもシュウに任せきりにするつもりであるようだ。そのままソファに寝そべったマサキが、何をするかなあ。天井をぼんやりと見上げながら呟く。
「街に出ますか。今ならサーカスが来ていますよ」
食器の片付けをしながら云えば、心を動かされたようだ。いいな、それ。キッチンに向かうシュウの背後から聞こえてくる声。その声が心なしか弾んでいるように聞こえたのは、シュウの贔屓目ではないだろう。
「なら、少し待っていなさい。片付けが終わったら出ましょう」
※ ※ ※
大盛況のサーカス公演を楽しんだ後に、レストランで異国料理を堪能し、マサキの要望を聞きながらバースディプレゼントを選ぶ。向かったのは宝飾店。普段、魔装機操者として方々を駆け巡る彼は、任務の邪魔になるからとシュウが贈ったアクセサリーを身に着けることはなかったが、誕生日となる今日ばかりは別だ。
これがいい。と、マサキが選んだのはシンプルなプラチナのリングだった。購入と同時にそれを左手の薬指に嵌めてみせた彼は、きっと見せびらかしたかったのだろう。バスの乗り降りにエスコートを求めてきては、シュウの手に左手を誇らしげに重ねてきてみせたものだ。
「ここまで歩いてやったんだ。ちゃんとソファまで運べよ」
「勿論ですよ、マサキ」
そんなマサキを愛おしく感じながら帰宅したシュウは、彼の求めるがままに、玄関からリビングのソファまで彼を抱いて運んでやってから、市場で仕入れてきたばかりの食材を使って夕食を作ることにした。
夕食のリクエストはシーフードパスタに厚みのある牛ステーキ。付け合わせにポテトといんげん、キャロットを選ぶあたり、舌に子供っぽさが残るマサキらしい。ついでと支度の間にバスに湯を張る。どうやら舌に適ったようだ。朝食と同じ勢いで夕食を片付けたマサキが人心地つくのを待ってから、シュウは彼をバスルームへと招き入れた。
「こんな贅沢が出来るなんて幸せ者だな、俺は」
「一年に一度のことですからね。私を扱き使って得た贅沢は格別でしょう」
揶揄い半分、意地悪半分な台詞を口にしてみれば、マサキとしては願ったりだったようだ。
「当たり前だろ」
と、笑った彼の溌溂とした表情! 指にプラチナのリングを輝かせながらバスルームに入ってきたマサキの身体を洗い上げて、ともにバスに浸かったシュウは、窓から臨む月が煌めく夜空を見上げながら、マサキとともに迎えられたこの日の幸せを嚙み締めた。
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