昨年の拍手ネタ。その1。
天才は果たして努力をしないのか?という話です。
天才は果たして努力をしないのか?という話です。
安藤正樹の鬱憤
どかん。と、玄関ドアを開けたとは思えない音が響いてきた。
合鍵を使って入り込んだようだ。どかどかと足音を立てながらリビングに姿を現わしたマサキは、三人掛けのソファに座っているシュウの目の前に立つと「どけ」とひと言だけ発し、仕方なしに立ち上がったシュウには目もくれずに空いた空間にダイブした。
「ああもう、うっぜえ!」
ソファの上に伏せる形となったマサキが、顔を上げて絶叫する。と、あからさまに機嫌の悪い主人に触れたくないようだ。続けて姿を現わした二匹の使い魔が、行き場を失くしたシュウのスラックスを口で引っ張ってくる。
導かれるがままリビングを出て、ダイニングへ。
壁の影に隠れるようにして話を始めた二匹の使い魔によると、どうやらマサキは日頃の鍛錬不足を相当きつくヤンロンに咎められたらしかった。口達者なマサキは大分抵抗したようだが、相手が理屈では右に出る者のいないヤンロンである。完膚なきまでに遣り込められた結果、盛大に機嫌を損ねたらしい。家を飛び出して真っ直ぐにここまで、サイバスターを変形させて限界走行をしてきたのだとか。
シュウは密やかに溜息を吐いた。
とかくマサキ=アンドーという男は驕り易い。天分の才である運動能力と、それについてこれるだけの身体能力の持ち主である彼は、さしたる努力もなしに今の立場を手に入れてしまったからか。他人が『出来ない』ということに鈍感である。
とはいえ、彼の故国である日本に伝わる寓話にも謳われている通り、地道な努力はいずれ実を結ぶ。そう、うさぎとかめのかめのように努力を続ければ、凡徒が実力者を超える日は必ずや訪れるだろう。
戦いの場に出る為に剣を振る戦士の数がラングラン全土でどれだけになるかシュウは知らなかったが、国を挙げて戦士の実力に格付けをしているぐらいである。それなりの数になることは想像出来た。
彼らの中には剣聖の座を狙う者もいる。そうである以上、とてつもない才能を有するマサキであっても、彼らに追い落とされないとは云い切れまい。だのに彼はその理屈が理解出来ないようだ。才能に勝るものなしとばかりに、様々な理由を付けてはトレーニングから逃げ回っている。
「だからマサキをニャんとかして欲しいんだニャ」
「悪いのはマサキニャのね。真面目にやれば出来るのをやらニャいんだもの」
二日に一度、いや、三日に一度。ようやく重い腰を上げるマサキに、シュウは偶のことであれば――と、彼が自分の許にいる間は敢えて何も云わずにいた。
とはいえ前述の通り、魔装機神サイバスターの操者、或いは剣聖ランドールといった立場の維持には鍛錬が必要不可欠だ。何せ戦場に出ることを義務付けられた立場である。腑抜けた戦士が必要とされないのは世の常。故に彼には誰よりも努力が必要であった。
「シュウだって剣術は使えるんだニャ」
「マサキをこてんぱんにするのよ!」
それを彼の使い魔は正しく理解しているのだろう。口々に自分を頼る台詞を吐いてくる二匹の使い魔に、どうしたものか――と、シュウは壁の向こう側にいるマサキの気配を窺った。
この距離だ。聞こえていない筈はないだろう。
だのに静けさを保ったリビングに、もしかしたら聞き耳を立てているのやも知れない。そう思いながらシュウは言葉を継いだ。
「しかし、マサキの努力嫌いは今に始まったことではありませんからね。彼に真面目に鍛錬をしろというのは、糠に釘にしかなりませんよ」
瞬間、ばごん。と、壁に何かがぶつけられる音がした。
壁が凹んだのではないかというぐらいの物音に、シュウは壁から顔を出してリビングを覗き込んだ。床に転がっているマサキのブーツ。戦闘時の衝撃を耐える為に底とつま先に鉄板が仕込まれているそれを、どうやら彼は壁に向かって投げ付けたようだ。
「マサキ」
シュウはソファを我が物顔で占拠しているマサキの前に立った。
「それだけの気力があるのでしたら、身体もさぞ動くことでしょう。庭に出なさい」
怠けたがりの剣聖には、どうやらきつい灸を据えてやる必要がありそうだ。そう判断したシュウは、そうして壁に立てかけられている自身の剣を取った。
「冗談じゃねえ。そう云われるが嫌で逃げてきたってのに、なんでてめえにまで」
「八つ当たりする元気があるのでしたら立てるでしょう。出なさい」
剣術の腕ならシュウも負けてはいない。
幼少期からみっちり仕込まれてきただけあって、なまじっかな戦士では相手にならないぐらいの実力を有している。ましてや相手は努力嫌いの天才だ。毎日欠かさず鍛錬を続けてきた秀才型の剣士であるシュウからすれば、相手に不足なし――どころか、実力の釣り合った丁度いい稽古の相手でもあった。
「偶には動く的を相手に訓練しませんとね。私の剣が寂れてしまう」
「云うじゃねえか。俺にその切っ先を当てられると思ってやがるのか」
「恵まれた才能を磨こうとしないあなたに云われたくはありませんね」
すらりと伸びた特注の長剣。自身の腰より高いそれを手に、リビングの開口部からひと足先に庭に下りたシュウは、マサキの様子を窺うべく室内を振り返った。
流石にこれだけ挑発されては黙っている訳にはいかないと思ったようだ。ソファの上でブーツを履いたマサキが、ちょっと待ってろ。そう云って、剣を取りにリビングの奥へと姿を消す。
シュウはひっそりと嗤った。
才能に驕っている彼の高く伸びた鼻は、誰かが適度に折ってやらなければならない。
それはマサキと戦い方の異なるヤンロンたちには難しいことであるのだ。彼らは剣を振らないからこそ、マサキを言葉で窘める以外の方策を持たなかった。だからこそ、同じ土俵に立てる自分がマサキを諫めてやらなければ……シュウは手にしている剣を軽く振った。滑らかな曲線を描いて空気を裂いてゆく己の剣は、日々手にしているからだろう。しっくりと手に馴染んでいる。
「本当にやるんですか、ご主人様」
騒動を尻目に窓の庇の上で日向ぼっこに興じていたようだ。シュウの使い魔であるチカが、小さな頭を覗かせて尋ねてくる。
「勿論ですよ。私も稽古の相手を必要としていたところですしね」
「相手は剣聖ランドールなんですがねえ」
実力差を心配してだろう。そう口にした彼は、不敵な笑みを浮かべている自らの主人が全く引く気がないことを悟ったらしかった。
「やるのは勝手ですけど、庭を滅茶苦茶にするのだけは止めてくださいね。その片付けをするのは御自分なんですから」
「草むしりをするのも面倒でしたし、いっそこの機会に綺麗にしてしまってもいいかも知れませんね」
「面倒臭がりにも限度がある!」
驚愕の表情で庇に姿を消した使い魔にクックと嗤い声を上げながら、シュウはこれから始まるマサキとの稽古に思いを馳せた。
――前回彼と手合わせをしたのは四か月前のことだった……。
日頃はひとりで鍛錬を続けるシュウであったが、それでは成長に限界がくることを知っている。戦闘に耐え得るだけの技術ともなれば、相手を得ての稽古は必要不可欠だ。だからこそシュウは不規則にマサキと手合わせをしてきた。三十戦十一勝十五敗四引き分け。それがこれまでのシュウの対マサキ戦の戦績だ。
今後は定期的に彼と手合わせをしてもいいだろう。自身のレベルアップも兼ねて、マサキをここで鍛錬をさせようとシュウが決めた矢先だった。
「待たせたな」
家を回り込んで庭に姿をみせたマサキの手元を見て、シュウはおやと眉根を寄せた。グリップの剥げかかった剣の握り口。努力嫌いの彼とは思えないほどに使い込まれた剣は、シュウが手にしている剣よりも年季が入っているように映る。
口ではどうのと云っても、影でそれなりに努力をしているようだ。
だったらそうと云えばいいものを――と、シュウは思うも、照れ屋なマサキのことである。ましてや不言実行な性質だ。きっと、努力している自分をアピールするのが嫌だったのだろう。
それではヤンロンの小言に腹を立てて飛び出してくる筈である。
「では、始めるとしましょうか。マサキ」
事の成り行きに合点がいったシュウは、けれども引くことをしなかった。
自身の成長に貪欲なシュウは、剣聖と打ち合える機会をみすみす逃すような真似はしないのだ。吠え面かくなよ。そう云ってにやりと笑ったマサキに、御冗談を。と、口元を歪めて、シュウは彼からの一撃を受け止めるべく剣を正面に構えた。
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