リハビリしかしてない!!!!
聞いてくださいよ!12日の納期で一段落付く予定だったんです、仕事が。
今日、追加の発注が大量に入って……
私、納期過ぎたら就活するつもりでいたんですけど、いつ出来るんだろ???
(残業があると、就労センターの担当者に連絡出来ない時間の帰宅になる)
聞いてくださいよ!12日の納期で一段落付く予定だったんです、仕事が。
今日、追加の発注が大量に入って……
私、納期過ぎたら就活するつもりでいたんですけど、いつ出来るんだろ???
(残業があると、就労センターの担当者に連絡出来ない時間の帰宅になる)
<白河愁の優雅な朝>
空が明るくなり始める頃に目を覚ましたシュウは、いつもなら寝直すところを素直にベッドを出た。
着替えを終え、カーテンと窓を開く。待ち兼ねていたかの如く吹き込んでくる早朝の風。今日のラングランも穏やかで過ごし易い陽気になりそうだ
洗面所で洗顔と歯磨きを済ませた、キッチンに入る。軽く焼いたトーストとスクランブルエッグ、そして昨日の夕食の残りであるコシードを器に盛り、ダイニングテーブルに着く。
ひとつの研究が片付いたばかりだった。
最中は不規則な生活が続いていたが、それも昨日まで。これでシステムが吐き出すデータを睨み続ける生活も終わる。無論、研究は終わっただけでは完成したとは云えない。論文の執筆。この後に控えているまた長い作業を思うと、今から気が削がれる部分もあったが、先のことは先のこと。せめて今日ばかりは解放感に浸りきりたい。
「そうは云っても研究の虫ですからね。どうせまた少しもしない内に新しい研究に手を付けるんでしょ、ご主人様」
「やりたい研究テーマが溜まっていますからね。論文を書きながら、その準備もしなければなりませんね」
朝食を終えたシュウはテーブルから立ち上がった。
食べ終わった食器を食洗器に放り込み、洗面所に入ったついでに回していた洗濯機の様子を窺う。研究にかまけて随分と洗濯物を溜めてしまった。順調に動いている洗濯機が、乾燥を含めて仕事を終えるまではまだまだ時間がかかりそうだ。
思えば人間らしい生活とは無縁の二週間だった。データの異常を告げるアラートに叩き起こされては、地下の研究施設に下りる日々。その都度環境を一から作り直すこと二桁ほど。スマートに研究を成功させているように見えるシュウであっても、実際は果てしないトライアンドエラーの繰り返しだ。
脳内で組み立てた理論の実証は、既存の思考体系からの脱却を意味する。
構築した環境にエラーを吐かれては知識を総動員し、活路を見い出す。滅多に行き詰まりを感じることのないシュウであったが、今回の研究では三日も解消されないエラーに頭を悩まさせられた。その研究が片付いたとあっては、解放感に満たされるのも已む無し。シュウは洗濯機をそのままに、チカをポケットに突っ込んで外に出た。
脇には一冊の分厚い書籍を抱えている。
通い慣れた街の喫茶店にも、もう二週間ほど顔を出していない。そのついでに新入荷の商品を確認し、あればその味を堪能しながら読書に励むことにしよう……
一時間ほど喫茶店で読書に励んだシュウは、自宅で飲む用の茶葉を数種類買い求めてから店を出た。
続けて通りの奥まった場所にある馴染みの古書店へ。シュウが入口を潜ると、待ち構えていたようだ。シュウの好みを把握している店主が、シュウが何かを口にするより先に、店の奥から大量の書籍を持ち出してくる。
きっと、シュウが読むだろうと思って取り置いてくれていたのだろう。シュウはカウンターに積み上げられた書籍を緊急度でより分けて、三分の一ほどを持ち帰ることにした。
一週間は悠々と旅行に出られる代金。キャッシュで支払い、重くなった荷物を手に自宅に戻る。
家の鍵は開いていた。
玄関扉を開けると、吹き抜ける風が草と太陽の匂いを運んできた。嗅ぎ慣れた香りに口元が緩む。マサキさん! と、シュウの上着のポケットから顔を出したチカが威勢よく室内に飛び込んでゆく。
ラ・ギアスの雄大な自然を、自らのパートナーとともに、常に駆け抜けている青年に染みついた匂い。チカを追ってシュウがリビングに入ると、どうやら家の惨状を見兼ねたようだ。ソファに洗濯の終わった衣類を積み上げて、マサキがそれらを畳んでいる最中だった。
「掃除もしておいたからな」
恩を売るように端的に、自身の功績を口にしてきたマサキに、「それは手間をお掛けしました」シュウは笑いかけて、手にしていた荷物をダイニングテーブルの上に置く。
「何か飲みますか」
新しい茶葉を勧めてみれば、そこまで舌が豊かではないマサキは尻込みしてみせたたものだが、折角の機会である。ふたり分のアイスティを用意してシュウはリビングに戻った。
「何かいいことがあったのかよ」
「どうしてそう思うのです」
グラスをテーブルに置き、洗濯物の山を挟んでマサキの隣に腰掛ける。衣類を畳み始めたシュウに、仕事を奪われたような気分になったようだ。お前はやらなくていいぞ。微かに頬を膨らませながらマサキが云う。
「しかしここは私の家ですからね。客人に家事を任せきってしまっては、家主の立場が」
「んなもんはとうにねえよ」
そう云って、あははははと高らかに声を上げて笑ったマサキが、
「どうせ研究が一段落付いたとか、そういう理由だろ」
膝に乗せている衣類から手を離し、シュウの頬へと手を伸ばしてくる。
体温の高い彼の手のひらは、いつでもしっとりと潤っている。けれども、その感触を嫌だとシュウが感じたことは一度もない。
「上機嫌じゃねえか」
どうやら気持ちが表情に出ていたようだ。研究が片付いた翌日に、この家を訪れてきた恋しい人。シュウはマサキの手に自らの手を重ねると、その通りですよ――と、眩く映る彼の姿に目を細めた。
「上機嫌じゃねえか」
どうやら気持ちが表情に出ていたようだ。研究が片付いた翌日に、この家を訪れてきた恋しい人。シュウはマサキの手に自らの手を重ねると、その通りですよ――と、眩く映る彼の姿に目を細めた。
<子どもじみた男>
王都で用事を済ませ、サイバスターともどもゼオルートの館に帰宅したマサキは、玄関に出迎えに出てきたプレシアの表情を見て首を傾げた。
苦虫を噛み潰したような顔。仄かに途惑いの色も見て取れる。
果たして何が彼女を不穏当にしているのだろう? マサキは自らの記憶から心当たりを浚った。今朝、プレシアが大量に揚げていた夕食用のエビフライ。近所の老夫婦が娘夫婦から大量の海老を貰ったのだそうだ。夫婦ふたりでは消費し切れない量に、お兄ちゃんと食べな――と、分けてくれたらしい。
それを三尾ほど、プレシアの目を盗んでこっそりつまみ食いした。しっかり者で目聡い義妹のことだ。マサキが家を出た後でエビフライの数を確認するぐらいはしただろう。だからマサキは、海老か。と、目の前で変わらずに顔を歪めているプレシアに尋ねた。
「巫山戯ないで」
「じゃあ、何だよ。その顔付きは……」
「お兄ちゃんに来客。お兄ちゃんの部屋に入れろって。ちゃんと通したからね」
「はあ?」
くるりと背中を向けたプレシアがダイニングへと姿を消す。ドスドスドスッ! 酷く立腹しているようで、激しく床を踏み鳴らす音がする。
「どういうことだよ……」
ただの来客であっていい荒れ方ではない。もしや――マサキは急ぎ二階へと上がった。プレシアがあれだけ態度を荒らげる相手など、この世にひとりしかいないではないか!
「おい、シュウ」
声を掛けながら扉を開けば、案の定。窓辺にすらりと伸びた長躯が立っている。おかえりなさい、マサキ。開いた窓の外に顔を向けて吹き込む風を受けていた彼が、振り返ってマサキを出迎える言葉を吐く。
「来るな、とは云わねえがな」マサキはシュウの隣に立った。「せめてリビングで待てよ。あと、プレシアに心の準備をさせろ。すげえ顔してたぞ」
「見たいものがあったものですから」
「見たいもの?」
けれどもそれが何であるかを容易く明かすつもりはないらしい。微笑みながら頬に手を掛けてきたシュウに、マサキは顔を背けた。
嫌なの? 耳に低く囁き掛けてくる言葉に頷く。
それでも諦めるつもりはないようだ。マサキの顔を自分の方へと向けさせてくるシュウに、「ここじゃ、やらねえって云っただろ」マサキはシュウの身体を押し退けた。
外であればまだしも、プレシアとひとつ屋根の下。彼女の目が届かぬ場所であるとはいえ、大切な思い出の詰まった館でもある。汚れのない思い出を欲で汚すような真似はしたくない。
折に触れ、そう口にしてきたからか。残念――と、云う割には、全く惜しげもなくシュウの身体が離れる。
「で、何が見たかったって? 別に大したもんはねえぞ、この部屋――」
そこでマサキははたと気付いた。ベッド脇にあるサイドチェストの一番上の引き出しに仕舞ってある大事な贈り物。明日に迫った彼の誕生日の為に購入しておいたコートチェーンを、もしや彼は見てしまったのではないだろうか。
慌ててベッドを乗り越えて、サイドチェストの中を確認する。一応体裁は保っているものの、開封した跡が残るプレゼントの包みに、お前……と、マサキはシュウを振り返った。これ以上となく満足気な彼の表情が全てを物語っている。
「何で待てねえんだよ、お前」
「どうしても中身が知りたかったのですよ」
「だからって開けるか、普通。ちゃんと包装してもらったっていうのに……」
「私は明日が増々楽しみになりましたけれども」
日頃、世の中を上から見下ろすように生きている彼は、時々、まるで悪戯好きな天使が地上に降りてきたかのように、酷く子どもじみた振る舞いをしてみせる。
はあ。マサキは盛大な溜息を吐いた。そして、いつの間にか傍に立ち、悪びれた様子もなく自分を抱き締めてくるシュウに、「ここまで、だからな」釘を刺しながら身体を預けていった。
<猫のように気紛れに>
<猫のように気紛れに>
二匹の使い魔と、ああでもないこうでもないと云いながら、床の上で模型を組み立てていたマサキだったが、どうやら思ったほどスムーズに組み立てられないことで飽きてしまったようだ。バラバラに散ったパーツもそのままにソファに上がってくると、疲れた。と、シュウの肩に頬を預けてくる。
「そういったものは時間を掛けて作るものですよ」
「60パーツだぞ。数時間で終わるもんだろ」
「飽きるの早過ぎません? 払った金額を思うと、数時間で作れちゃったら逆に勿体ないですよ」
読書に耽っている主人の肩で取り留めのないお喋りを続けていたチカが、そう云ってマサキに向けて首を伸ばす。
金にがめつい彼は費用対効果にも煩い。暇潰しの道具だぞ。細かいことをいちいちと――と、思ったのかは定かではないが、面倒臭そうなマサキの返事から察するに、彼にとって娯楽とは、長くても一時間で終わるぐらいが丁度良いらしかった。
「やらニャいニャら、片付けるんだニャ」
「自分の家じゃニャいのよ」
片付け易いようにだろう。いじましくも散らかったパーツを手や足を使って一箇所に集めた二匹の使い魔が、マサキを追ってソファに上がってくる。
どこかのお喋りなだけの使い魔とは大違いだ――と、シュウは思うも、マサキは彼らの言葉を聞く気はないようだ。手を振って使い魔たちを払い除けると、シュウの膝の上に乗っている書物に手を掛けてくる。
反応する間もない。表紙を閉じた本をマサキがソファの端に置くのを横目に、丁度いいタイミングだと、シュウは腰を上げた。そろそろ喉が渇き始めている。一時間ほど模型と睨み合いを続けていたマサキもきっと喉が渇いていることだろう。そう思ってキッチンに向かおうとすれば、待てよ。と、腰に伸びてくる彼の手。
「何です、マサキ」
「座れよ」
「喉が渇きませんか」
「いいから座れって」
こうと決めたら譲らないマサキの性格は、些細なことにも発揮された。飲みたい種類の飲み物がなければ、喉の渇きが極限を迎えていようが構わず街まで買いに出て行ったし、今日を家で過ごすと決めれば、食料が足りなくとも一歩も外に出ない。
今のマサキは果たして何を考えているのだろう? 服を掴んで話す気配のないマサキに、シュウは仕方なしに腰を落とした。のそりとマサキが膝の上に乗り上がってくる。しどけない瞳。そのまま顔を寄せてくる彼に、ひぃ。と、声を上げてチカが宙に飛び上がった。
「いちゃつくならひとこと声を掛けてくださいよ! あたくしにだって恥はあるんですよ!」
チカ抗議の言葉も何のその。シュウの口唇を啄み始めたマサキに、けれども彼の使い魔二匹は呑気なもの。
「いつものことニャのね」
「マサキは気紛ニャのだ」
シュウの足元でのんびりと言葉を吐く彼らに、「ああもうこの二匹は主人に似て鈍感っつーか細かいことを気にしないっつーか!」叫び声を上げながら、チカが戸棚の上に飛び込んでゆく。
姿を隠したチカに、見て見ぬ振りをするシロとクロ。気遣うべき視線がなくなったことで、欲望に素直になったようだ。マサキが深く口唇を合わせてくる。
「本当によく似た主人と使い魔で」
口唇が離れた隙を窺って、シュウがそう言葉を吐けば、自覚はないようだ。そうか? と、マサキが首を傾げてみせる。
「猫のようですよ、あなたは」
気紛れなマサキは、シュウの許を訪れてきてはてんで好き勝手に振舞った。テレビを眺めていたかと思えば、庭に出て剣の素振りを始める。雑誌を読んでいたかと思えば、部屋の掃除を始める。食事の支度にせよ、シャワーを浴びるのにせよ、シュウに断るということをしない彼は、まるで長年一つ家で過ごした同居人のようだ。
恐らくは、馴染みの薄さがそうさせていたのだ。シュウの許に自ら訪れるようになった頃のマサキは、スキンシップを求められることを怖れてか。不自然に屋内を動き回っていたものだった。時間が経つに連れ、少しずつふたりの関係に馴れていったのだろう。今では我が家のように振舞うようになったマサキは、衝動的且つ本能的にシュウに触れてくるまでになった。
「猫って家につくって云うじゃねえか」
膝に乗ったままのマサキが、シュウを真っ直ぐに見詰めてくる。
「あなたの振る舞いを見ていると、この家の付属物にでもなったのではないかと思いますよ」
「冗談だろ。俺は家についたつもりはねえよ」
そう云って再び顔を寄せてくるマサキに、随分と遠回しな愛の言葉もあったものだ。シュウは胸の内で呟いた。
塞がれた口唇に、彼の口を吸う。
ん、と小さく声を上げたマサキが、シュウの口腔内に舌を差し入れてくる。
きっと、気紛れな彼のこと。いずれ満足した暁には、名残惜しさを感じさせることもなく、シュウから離れてゆくのだろう。シュウは彼の熱い舌の温もりを味わいながら、その重みをひとり噛み締めた。
PR
コメント