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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

私から、あなたに/届かない8センチ/甘いものをひとつ
甘い話にもそろそろ飽きてきました。
私、一生、らぶ⇔アクション⇔シリアスの反復横飛びをしている気がします。あと時々ギャグ。

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<私から、あなたに>

 気《プラーナ》の補給という名目での口付けで、慣れている筈だと思い込んでいた。
 口付けを終えた途端に丘に上がった魚のように息をし始めたマサキに、よくよく考えてみれば人事不省だからこそ補給を受けているのだと、シュウは今更ながらに彼が『普通のキス』を知らない事実に思い至った。それもそうだ。どうかすれば気を失うほどに消耗している際に、呼吸にまで気を回している余裕などある筈がない。
「息をすればいいでしょうに」
「やなんだよ。鼻息がお前に当たるの」
 些細なことが気になるのは、それだけ彼が自分に気を遣ってくれているからでもある。その事実に満たされた気持ちになりながら、シュウは気恥ずかしさからか。伏しがちなマサキの顔を覗き込んだ。
「だったら口ですればいいでしょう」
「どうやってだよ。塞がってるっていうのに……」
 勝ち気な瞳。睨むように自分を見上げてくるマサキの顔を仰がせる。続けて、こうですよ――と、シュウはマサキの口唇を塞いだ。
 舌を絡めながら微かに口唇をずらして、開いた口の端で静かに息を吸う。
 澱む、時間。最後に軽く啄んで口唇を離せば、不満を窺わせる表情がマサキの顔に浮かぶ。わかんねえって。次いで口を衝いた彼の言葉に、シュウはクックと声を潜ませて嗤った。このままの方がむしろマサキらしいだろうに。そう感じるも、彼が呼吸にばかり気を取られてしまっているのでは楽しみが減るというもの。
「舌を絡めているその間に」
「ああ」
「顔を動かすでしょう」
「まあ、動く」
「その時に口の端で吸うのですよ」
「口の端って、空くか?」
「空かなければ空けるのですよ」
「やってみる」
 首に絡んできた腕がシュウの頭を引き寄せてくる。ほら、とシュウはマサキに顔を重ねた。
 気《プラーナ》の補給を受けた回数の分、キスそのものには慣れた感がある。躊躇わずに口唇を重ねてくるマサキに、彼を取り巻く仲間たちの影響が見て取れるような気がして、シュウの胸が疼いた。いつでもマサキの傍にいられる彼らが憎らしく、また妬ましい――その遣る瀬無さをぶつけるように、シュウは思うがままにマサキの口唇を貪った。
 時折、頬にかかる彼の息。
 どうやら云われた通りに息をしているようだ。吐息が混じった呼吸は、静かだけれども熱く、彼がこうしている時間に感情を高ぶらせているのが伝わってくる。
「お前さー……」
 だのにやがて剥がれた口唇が、面白くなさそうに言葉を吐く。
「こういうの、どこで覚えてくるんだよ」
 自分の知らない遣り方を、さも常識だとばかりに伝えてくるシュウの知識の根拠が気になったようだ。
 さあ。シュウは薄く笑った。
 シュウがマサキの地上時代を知らないように、マサキにも知らないシュウの過去がある。
 シュウとしてはそこにマサキを深く立ち入らせるような真似はしたくなかった。面白い話ばかりではない自らの過去。感情的にも子どもだった自分をつまびらかに出来るほど、シュウはまだその頃から未来に生きてはいなかったからこそ。
 それに、大事なのはふたりで刻んできたこれまでの時間と、これからふたりで進んでゆく未来だけだ。
 濁っていた自らの時間を、元ある形に取り戻してくれた恋しい人。時には妬ましさを感ずることもあれど、それでもしがみ付ずにいられない。それは、これまで積み重ねてきた彼との時間が、シュウの人間性を取り戻させてくれたからに他ならなかった。
「ホント、面白くねえな。お前」
 シュウが言葉を濁したことが気に障ったようだ。とん、とシュウの胸をマサキが叩いてくる。
「知れば妬くだけだと思いますが」
「ああ、くそ。本当に面白くねえ」
 咄嗟に手が出たといった様子でシュウのコートの襟を掴んできたマサキが、シュウの顔を真っ直ぐに見据えてくる。
 目の下に白く筋引く三白眼。それが例えようもなく愛くるしい。
 シュウは黙ってマサキの顔を眺め続けた。どうやらそれ以上、愚痴めいた言葉を吐いても何も解決しないと覚ったようだ。授業料。ぼそっと言葉を吐いた彼が、再び自分に口付けてくるのをシュウは黙って受け入れた。




<届かない8セン>

 広場の時計柱の下で待ち合わせにしようと云ったのはマサキだった。
 自分で云った以上は時間を守るつもりだった。だから間違って迷子になってもいいように、一時間前に家を出た。そのぐらいの遅れならサイバスターの足の早さもある。直ぐに取り返せると思っていた。
 それから四時間。
 よもや街に向かう途中の道で盛大に迷おうとは。
 行けども行けども代わり映えのない景色に、おかしいと思った時には遅かった。焦りに焦りながらもどうにか軌道修正を果たして街に辿り着いたものの、三時間もの大遅刻である。流石に彼ももう諦めて帰っていることだろう。そう思うも、やはり吹っ切れない。マサキは吸い寄せられるようにふらふらと広場に向かっていた。
 そろそろ太陽が赤く染まり始める時刻。じきに夕食時を迎えるとあって、広場には人もまばらだ。足先を見詰めながらここまで歩いてきたマサキは、覚悟を決めて面を上げた。
 ――いない。
 当然のことながら、時計柱の下に彼の姿はなかった。そりゃそうだよな。マサキはそう自身を納得させながらも、心のどこかでは淡い期待を捨てきれずにいた。どうしようもなく自分に執着している男。マサキを奪い切ってみせたあの男が、たった三時間程度の遅刻で先に帰ったものか。
「流石に迷い過ぎニャのよ」
「ニャんの為に早く家を出たんだニャ」
 二匹の使い魔が脚に纏わり付きながら帰宅をせっついてくる。
「お前らが川だ森だって騒がなきゃ、こんなに時間はかからなかったんだよ」
 八つ当たりとわかっていながら言葉を継げば、いつものことだからだろう。二匹の使い魔は澄ましたもの。
「取り敢えず、ご飯でも食べてから帰るニャ?」
「この間、シュウと行ったお店ニャんていいんじゃニャいの? マサキ、あそこのジャンボハンバーグ気に入ってたじゃニャい?」
 全く相手にされず、それどころか機嫌を直せとばかりにいなされるものだから、主人としては立つ瀬がない。
 そうだな。マサキは頭上で色を濃くし始めている太陽を見上げた。夕食には少し時間が早くもあるが、帰路にかかる時間を考えれば丁度いい頃合いだ。シュウには後で謝罪の連絡を入れることにしよう。そう思いながら広場を出ようとしたその時だった。
 こつん、と、背後から何か硬いものを頭に当てられたような感触があった。
 まさか――と、思いながらも、逸る鼓動。よもやここで期待を裏切るような余計な出会いもあるまい。ここは王都からは大分離れた位置にある街なのだ。
 マサキはゆっくりと背後を振り返った。その目に、予想した通りの光景が飛び込んでくる。分厚い書物を手にしたシュウの顔は、何を考えているのかわからない無表情に彩られていて、マサキは咄嗟に、ごめん。と頭を下げずにいられなかった。
「よく辿り着けましたね。心配しましたよ」
 病的な方向音痴を誇るマサキの周りの人間は、彼を含めてこうした事態には慣れっこなようだ。ふわりと表情を和らげたシュウが、「読書に夢中になっていたものですから」続けてマサキに声を掛けるのが遅くなった理由を口にする。
「悪い……俺が、待ち合わせの場所や時間を決めたのに……」
「いつものことですからね。あまり気にしていませんよ」
 それは少しは気にしているということである。それもそうだ。三時間の大遅刻。しかも連絡もなしに、である。これで機嫌で損ねない方がどうかしている。マサキは焦って言葉を継いだ。
「本当に、ごめん。次からは気を付けるようにするから……」
「本当にそう思っていますか?」
 いたたまれなさに深く頭を下げたマサキに、シュウが意地の悪い視線を投げてくる。
「そりゃあ思うだろ。こんなにお前を待たせちまったんだぞ」
 足元では二匹の使い魔が、一時間早く出たのよ。だの、マサキにしては頑張った方ニャんだニャ。などと、主人を庇う台詞を吐いている。それで気を削がれたようだ。と、いうより、最初から彼は怒ってなどいなかったのだろう。
 ただ、少しばかり、マサキを揶揄いたかっただけ――彼の稚いものを愛でるような眼差しにそれを感じ取ったマサキは、ほっと胸を撫で下ろした。シュウ=シラカワという男は執念深い。些細な出来事さえも長く覚え続けては、事あるごとに持ち出してくるぐらいに。
 だからマサキは油断してしまったのだ。彼に許されと思ったその瞬間に。
 直後、ふと身を屈めてきた彼の口唇がマサキの口唇を吸う。
 全く予想も警戒もしていなかった事態に、マサキの思考は停止した。一度、二度、三度……ゆっくりとマサキの口唇を啄んでくる彼の口唇の温もりに、じわじわと感覚が取り戻される。かあっと熱くなった頬。ややあって離れた口唇に、マサキは自らの口唇を片手で覆って顔を伏せた。
「これでおあいこですよ、マサキ」
 見えはしないが、きっとしてやったという表情をしているに違いない。そう云ってクックと嗤いながら、さあ、食事にしましょう。と、先を歩き始めたシュウに、マサキは急ぎ顔を上げて手を伸ばした。
 白くひらめく彼の衣装の袖を掴み、斜め後ろに立つ。
「置いて行くなよ。また迷っちまったら、お前と出会える気がしねえ」
「何処にいても必ず探し出してみせますよ。だから安心なさい」
 全てを見透かしきったような、涼やかな笑みが憎らしくて仕方がない。けれども、やり返そうにも、身長差8センチ。マサキからシュウに口付けるとというのは、彼がきちんとその意を汲んでくれなければ難しい。
 酷く、面白くない。
 口唇を尖らせたマサキに気付いたようだ。「続きは私の家でね」そう囁き掛けてくるシュウに、本当に面白くない――マサキは盛大に頬を膨らませた。




<甘いものをひとつ>

 マサキの目の前に置かれたチョコレートパフェに、シュウは胸やけが起こるのを抑えられそうになかった。
 とかく大きい。近頃のデザート文化では何もかもが小さめになる傾向があったが、そういった身体に対する気遣いなどまるで無視。深く高さのあるグラスにこれでもかと詰め込まれたアイスクリームにケーキ、シリアル。小さな燭台なら追い越しているだろう高さにまで盛られた生クリームなどは、最早店主の好みというより嫌がらせの域に達している。
 甘味のブラックホールである水の魔装機神操者であれば二、三個はぺろりと平らげてみせるだろうが、如何に食べ盛りとはいえ、甘いものにそこまで拘りのないマサキがほんの気紛れに注文した品。果たして完食出来たものか――シュウが内心不安を感じていると、ほら。と、マサキがパフェスプーンを差し出してくる。
「……私にこれを食べろと」
「俺がひとりで食い切るのは無理に決まってるだろ」
 さも当然と云い切ったマサキに、シェアする食べ物にも限度があるとシュウは思わずにいられなかった。
 胃にあまり量を入れないシュウは、よくマサキに自分が注文した料理をシェアさせたものだったし、それに倣ってマサキも少しつまみたい程度の料理をシュウによく分け与えてきたものだったが、こうした展開を迎えるとは流石に予想だにしていなかった。
 紅茶にせよ、珈琲にせよ、プレーンな味付けを好むシュウである。料理もどちらかといえば、食材の味を活かしたものを好んでいる。そのシュウに恋しい人は甘味の塊を食えと云う。渡されたパフェスプーンを片手に固まること一秒。「まさか半分ことは云いませんよね」シュウはマサキに確認した。
「そのつもりだけどな」
 早速と生クリームをスプーンにたっぷり取ったマサキが、またまた至極当然と云ってのける。無理ですよ。シュウは言下に否定した。こんなものを胃に入れてしまった日には、まともに一日を過ごせた気がしない。
「三分の一」
「無理です」
「わかった。四分の一」
「もう一声」
「五分の一。これでどうだ」
 ひとりで食べ切るという選択肢はないようだ。
 わかりました。シュウは提案通り、五分の一で手を打つことにした。そして、暴力的な量の生クリームにスプーンを通す。下に敷かれているチョコレートケーキまでの道のりは遠そうだ。そう考えながら、先ずはひと口。
「……甘いですよ」
「当たり前だろ。パフェなんだから」
 その通りである。だのに、釈然としないこの気持ちは何だ? シュウは目の前のマサキががつがつと生クリームを片付けてゆくのを見守った。一口、二口……この勢いならひとりで完食出来そうであるだろうに、何故わざわざシュウとシェアしようなどと思ってしまったのか。シュウは時折、様子を窺ってくるマサキに仕方なしに手を動かした。
 二口目の生クリームも相変わらず甘い。眉を顰めてそれを咀嚼しきったシュウは、そこでマサキの頬に手を伸ばした。
 スプーンからはみ出る勢いで生クリームを掬っていた彼の頬にはその残滓がこびりついている。
「もう少し、行儀よく食べられては如何です」
 頬から掬い取った生クリームをシュウは自分の口に収めた。仄かな甘みがふわっと口の中に広がる。
「このぐらいが丁度いいのですけどね」
 思いがけぬ行動であったようだ。呆気に取られた様子でいたマサキが、「……少な過ぎるだろ」と、直後に頬を膨らませる。そうでしょうかね。シュウはスプーンをグラスに差し込んだ。
 食べられないのであれば、食べさせればいい。
 たっぷりと掬った生クリームをマサキの口元に運ぶ。子どもじゃねえ。愚痴めいた言葉を吐きながらも満更ではなさそうだ。口を開いたマサキに、シュウはゆっくりと時間をかけてパフェを与えていった。





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