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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

Like a child.(前)
@kyoさんにリハビリをさせようリクエスト第七弾

<お題>
指切り
<Like a child.(前)>

 マサキとのささやかな約束を果たす為にシュウがゼオルートの館を訪れたのは、約束をしてからきっちり一週間後のことだった。
 面倒なことは早く済ませてしまうに限る。隠棲しているように見えて多忙な日々を送っているシュウは、ある一面においての己が性急にことを済ませようとする性格であることを自覚していた。
 それに約束というものは、叶えるのを先延ばしにすればしただけ叶え難くなるものだ。
 だからこそ、当面の用事を全て片付けたシュウは、こうして急ぎゼオルートの館へと駆け付けたのだ。
 たかだかこれっぽっちの約束を果たさないことで、マサキとの関係にしこりが出来てしまっては本末転倒。手負いの獣のようだったマサキを懐かせるのにかかった手間と時間を思えば、このぐらいの労力と時間を彼との約束の為に割くのはシュウにとっては些少なことだ。
 ――いつも俺ばかりじゃねえかよ。
 一週間前ののことだ。何やかやと口実を設けてシュウが日常を過ごしている独り家にふらりと姿を現したマサキは、ついでとばかりに性行為《セックス》を求められたことに思うところがあったらしい。事が済んだ後、ベッドの脇で服を身に纏いながら、不満げにそう洩らした。
「何が、です」
「会いに来るのが俺ばかりだって話だよ」
「私だってあなたを見かければ声をかけているでしょうに」
 そもそも魔装機の操者たちに囲まれて賑やかな生活を送っているマサキと、こちらも従者のように傅いてくる仲間たちに囲まれて騒々しい生活を送っているシュウとでは、会いたい時に会えないのが当たり前でもある。
 だからこそ、シュウはこうして独りで住む家を持ち、彼が都合のいい時間に自分の元を訪れられるように環境を整えたのだが、マサキにはそのいじましい努力に費やされた日々は想像が及ばない範囲のものであったらしかった。決して少なくない犠牲を払ってこの環境を維持し続けているシュウに対して、「見かけたら、じゃないだろ。偶にはもっと自発的に俺に会いに来いって云ってるんだよ」投げ遣りな様子で吐き出すと、着替えたばかりの身体をベッドに投げ出した。
「あなたの妹君が私を赦してくれれば、会いにいくのもやぶさかではないのですがね」
「あいつはお前が思っている以上にタフだと思うけどな。それに、もう随分と年月が経った。今更過去のことを蒸し返してどうこう云ったりもないだろ……」
 プレシア=ゼノサキス。彼女が今現在、シュウのことをどう考えているのか。プレシアと話す機会の少ないシュウにわかる筈がない。けれども、邪神に操られてのこととはいえたったひとりの係累である父の命を奪ったシュウを彼女が激しく非難したときのことは、かなり昔のことであるとはいえ、シュウの記憶に深く刻みついている。
 ――あたしは、あなたを赦さない。絶対に。
 プレシアのシュウを見る表情。あれは、そう。例えるなら純粋な怒り。喪失感を憎むことでしか埋められない彼女は、それ以外の感情を持たずにシュウと向き合ってくれた唯一の人間だ。

 ――プレシア=ゼノサキス。

 シュウは口の中でマサキに聞こえないように、その名を呟いた。
 長い年月は彼女を変えたのだろうか。それとも……プレシアの憎しみが残っていようといまいとシュウは己の生き方を変えるつもりはなかったけれども、その気持ちが荒れ荒ぶままであるのというのであれば、どんな犠牲を払ってでも昇華させてやらなければならないと思っている。
 ただ受け止め、ただ諭す。
 そのシュウの遣り口をきっとプレシアは卑怯だと感じていることだろう。けれどもシュウには目的がある。生き続けなければならない目的が。その目的を果たすまで、シュウは自ら命を投げ出すような真似をする訳にはいかないのだ。
「さて……」
 結局、マサキに押し切られる形で、偶にはゼオルートの館を訪れると約束してしまったシュウは、そうして一呼吸置くと、ドア脇に垂れ下がっている紐を引いて邸内に響き渡るであろう呼び鈴を鳴らした。
 ぱたぱたと誰かが駆けてくる音。足音の軽さからしてマサキではないだろうと、玄関に出迎えに出て来る人物の目星を付けたシュウは、「はーい、どちら様ですか?」響いてきた声に、案の定と笑った。
 扉が開くと同時に、まともにかち合う視線。
「あ、あの、あなた……」
「ご無沙汰してますね、プレシア」
 まめまめしく邸内の雑事を済ませる為に動き回っていたのだろうプレシアは、成長期を迎えてすらりと伸びた細身の身体に、エプロンを纏って目の前に立っている。
「ご、ご無沙汰しております……」
 彼女は明らかに動揺していた。途惑いの表情もありありと、自らの家でありながら居心地悪そうにシュウを見上げ、その慇懃無礼な挨拶に身体を強張らせながら応じてみせると、
「一体どういうご用事で……」不信も露わに問いかけてくる。
「かつてのようにこちらを伺いたくもあったのですが、多忙さにかまけている内に、これだけの歳月が経ってしまいました。非礼を重ねてしまったこと、先ずはお詫びしますよ」
「いや、別に……お父さんももういないですし……だから、もう来なくてもいいですし……」
 言葉の終わりが消え入りそうだ。
 歓迎されないとはわかってはいたものの、初っ端からこうしてまともにプレシアと口を利き合うことになろうとは。平静を保ってはみせてはいても、居心地の悪さを感じていないシュウではない。
「残念ながらゼオルートやあなたに用があって来たのではないですよ。マサキはいますか」
「いますけど……」
 邸内に取って返したプレシアが、奥の階段を駆け上がってゆく。「お兄ちゃん、お客さん!」不愉快を隠そうともしない声色に、どうしたの、と一階の奥から、テュッティ=ノールバックが様子を窺いに出て来る。
「まあ、クリストフ」
 階段から下りてきたプレシアと入れ違うように玄関に姿を現したテュッティは、ともに行動する機会が増えた結果、シュウに思うことが数を減らしたようだ。もう、以前のように憂いを帯びた瞳で、シュウを凝視《みつ》めてくることはない。
 ただ、あるがままに。
 彼女はシュウとマサキの関係が変化したことを、素直に受け入れているようにシュウには感じられた。
「どうしたの、午前中から」
「ただマサキに会いに来ただけですよ。取り立てて用があってのことではありません」
「また厄介事を運んで来たのかと思ったわ」
 云って見せる割には、しとやかな中にも艶やかさ。笑顔を浮かべて「珍しいこともあるものね」そう云ったテュッティは、一向に下りて来る気配のないマサキに、「あの子、二度寝してるんじゃないかしら?」
 小首を傾げて、クスクスと。
 声を潜ませてにしても笑うほど。何が面白いのかシュウにはわかりはしなかったけれども、やがて騒々しく扉が開く音が二階から響いてくるのを耳にしたテュッティは、いかり肩で階段を下りて来るプレシアに肩をそびやかし、「マサキ、早くしなさい!」まるで母親のような声を上げると、シュウに家に上がるように促してきた。


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