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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

like a child.(後)
@kyoさんにリハビリをさせようリクエスト第七弾

<お題>
指切り
<like achild.(後)>

 ゼオルートが亡くなってからは使われるのも稀となったらしい応接間に通されたシュウが、義兄に似たふてぶてしい態度でプレシアが用意してみせた茶菓子を嗜んでいると、ようやく人前に出れるだけの支度を整えたらしいマサキが眠気の残る冴えない表情で姿を現した。
「本当に来やがった」
「何です、その台詞は。まるで私が来ては迷惑とでもいうかのような」
「いや、まさか素直に来てくれるなんて、思ってなかったもんだから……」
 プレシアだのテュッティだのの目がある邸内で、いつものようにシュウの隣に腰を掛ける訳にもいかなかったのだろう。マサキは鼻を掻きながら、シュウの対面のソファに腰を下ろすと、「悪かったな、気を遣わせちまって」
「約束をしましたからね。そのぐらいの良心は私にもありますよ、マサキ。プレシアにとっては快い邂逅ではなかったようですが、彼女の今の気持ちを知れたのは収穫です」
 シュウはそう云って、独り住まいではないマサキとその同居者たちの為に用意をした手提げ袋をマサキに渡した。
 焼き菓子のセット。女性陣の噂話に耳を傾けることも多いからだろう。それが城下で人気の洋菓子店のものであることに、包みを見たマサキは直ぐに気付いたらしかった。
「わざわざ済まないな。これ、並んだだろうに。手間をかけさせちまった」
「あなたにしてはしおらしい」シュウは嗤った。
 気を遣う相手のいないシュウの家を訪れるのに、マサキが手土産を持参するのは気が向いたときだけだ。
 気紛れにシュウの独り家を訪れては、まるで自分の家のように振舞う……傍若無人とまではいかなかったけれども、勝手気まま。そんなマサキの繊細にも感じられる態度の変化は、自分の家をシュウが訪れることの難しさをこうした部分から感じ取ったからなのだろう。
「プレシアもな……もうちょっと吹っ切れてるかとも思ったんだが」
「私に自分の感情をきちんとぶつけられているのですから、彼女の精神は健康そのものですよ、マサキ。大体が身内を手に掛けた相手と、時間が経ったからと云って普通に向き合える筈もなし。だから彼女はあれでいい。むしろ変わってしまう方が、私としては疑わしく感じられますよ」
「お前がそう云うならいいけどよ……」
「あなたにしては珍しくもせっつくものだから、ついこうして来てしまいましたが、まあ、私にとって、ここはやはりまだ軽々しく門を潜っていい場所ではないということでしょうね」
 そこでシュウは言葉を切った。
 返答に困っているマサキに、「大丈夫ですよ」シュウはふたりに挟まれたテーブルの上に置かれているマサキの手を掴んだ。「大丈夫ですよ、マサキ」もう一度繰り返す。
 シュウの言葉の力強さに、理解は出来なくとも納得はしたのだろう。マサキは頷くと、シュウの手を握り返してきた。
 いつもだったら迷わず肩を抱き寄せていただろうに。
 ふたりでいるときの、当たり前の定位置にマサキの姿がない。ソファの右側。その広々とした空間が、シュウには新鮮でもあり侘しくもある。
「行動に制限が出るのはいただけない。やはり、あなたに来てもらう方がいいですよ、マサキ」
 人目を憚らずに身体を寄せ合うことが出来るのは、シュウがそれだけ手間暇をかけて作り上げた空間があってこそなのだ。
「そうだな。今日で世界が終わる訳でもなし」
 云って、マサキはこれ以上となく清々しい笑顔を浮かべてみせた。
「いつかは堂々とお前をこの家に招ける日が来るだろ」
「善処しますよ」
 シュウはマサキの手から手を離すと、丸めた手の小指を立てた。
 今日のこの日は明日からの変化への第一歩でもあるのだ。
 マサキの望んでいる世界がどういったものであるのか――、シュウはマサキに訊ねてみたことはなかったけれども、きっとマサキのこと。平和を世界に導く戦神は、穏やかな調和に満ちた世界を望んでいるに違いない。
「何だよ、可愛らしいことをするじゃないか」
「児戯とはいえ誓いの儀式には違いないでしょう? それとも誓いを立てるのにこれでは不足?」
「いいや、充分だ」
 シュウの小指にマサキの小指が絡まる。指切りげんまん……どこか懐かしそうに目を細めて、マサキは歌いながらゆっくりと小指を上下に振った……嘘吐いたら針千本飲ます……そうして歌が終わると、「折角会いに来てもらったんだし、一緒に城下にでも行くか」眠気の覚めたすっきりとした顔でそう云った。


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