続きです。
次回、こちらでおまけを出して(Xではエロはご法度と決めているので)終わります。
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<Lonely Soldier>
幸い、折れてはいなかったものの、挫いてはいたようだ。利き手を吊ることになったシュウは日常生活に不自由を感じていただろうが、|操縦者《パイロット》には良くあることだからとマサキを責めるような真似はしなかった。
決してマサキの所為だとは限らなかったが、後味は悪い。
|操縦者《パイロット》は艦の財産。彼が良く口にする金言の意味を、マサキはその後の艦の護衛任務で嫌というほど思い知らされた。彼を欠いた補給地までの道のりの何と長く感じられたものか。機械は部品を入れ替えれば直るが、人間の身体は替えが効かないのだ。あの瞬間、マサキがもう少し周囲に気を配っていれば、貴重な戦力をこういった形で欠きはしなかった。
全治三週間。
それがシュウに下された艦医の診断だった。すべきことを欠いた男は、だからといって大人しく静養しているような性格ではなかった。大量に戦線離脱を余儀なくされた機体。類まれなき知能と博覧強記とも云える知識を武器に、彼は|整備士《メカニック》たちの先頭に立ってそれらの補修に当たっている。
勿論自由にならない利き手を抱えている以上、彼に出来ることは指揮を執るぐらいではあったが、十指に及ぶ博士号を持つロボット工学のエキスパートのバックアップを喜べない整備士たちではない。彼らは喜々として、シュウの指示に従っているようだ。
「しかし、シュウ様。そうも根を詰めなくとも」
あの夜間戦闘から三日。昼夜問わず移動を続けた結果、艦は無事に補給地に到着した。護衛任務から解放されたマサキたちには短いながらも休暇が与えられたが、寸暇を惜しんで補修に当たっているらしいシュウは格納庫に篭りきりなようだ。以前であればどこかしらで見かけた姿が何処にもない。不安を感じたマサキが格納庫を訪れれば、補修状況を確認しているシュウの傍らで、サフィーネとモニカが心配そうに彼の行動を見守っている。
「艦も補給地に入ったのですわ。少しぐらいはお休みになっては如何でしょう」
「情勢が不安定な今、のんびりとしている暇はないのですよ」
「でしたら、せめて食事ぐらいはきちんとしたものをお取りになってくださいませ。近頃のシュウ様はサプリメントや菓子類で栄養補給を済ませていらっしゃるではありませんか。身体に障ることを続けさせるわけにはいきません」
「とは云っても腕がこの状態ですしね。食べられるとしてもサンドイッチぐらいしか」
「私どもがお手伝いいたしますわ。ですからどうか食事をお取りになってくださいませ」
どうやらシュウは食事らしい食事もせずに、機体の補修に当たっているようだった。
元来、ひとつのことに専心し出すと自身を省みなくなる男ではある。彼の十指に及ぶ博士号がそうして取得されしものであるらしいことを聞き齧っているマサキは、自身の体力と精神力に絶対の自信を持っているらしい男の不摂生に、自身が関わっているやも知れない状況なだけに、口を挟むべきか、それとも見て見ぬ振りをすべきか逡巡した。
「結構ですよ、サフィーネ、モニカ。自分で出来ることは自分でします。あなた方も自分のすべきことをしなさい。折角休暇を得られているのですよ。私に構うよりもした方がいいことが山程あるでしょう」
どうやら整備に時間を割きたいシュウとしては、自身に纏わり付いて来るふたりの女性の存在は邪魔に感じられているらしかった。やんわりと席を外させようとするシュウに、けれども彼女らも退く気はないらしい。だったら何か手伝わせろと――その方が早く整備も終わるだろうとシュウに迫っている。
「そうは云ってもこれだけの技術者がいるのですから、今、あなた方に頼むことは特に――」
そこで周囲に助けを求めるように視線を彷徨わせたシュウと目が合った。ふふ……と、彼の口元に嫌な予感を覚えさせる笑みが浮かぶ。マサキ。呼ばれたマサキは仕方なしに彼の許へと足を進めた。
「何だよ。こいつらを追い払えって云うなら、無理だって」
「そうではないのですよ。ひとつ、手伝って欲しいことがありまして」
「って云ってもなあ。サイバスターならまだしも、他の機体の整備なんて俺には無理だぜ」
「そういった専門知識を必要とすることではありませんよ。あなたにでも出来ることです」
酷く下に見られている発言な気がしなくもなかったが、マサキとしてはそれを強く訴える気にはなれなかった。
包帯で吊られた腕。痛々しく映るその姿が、自身の所為であると感じられて仕方がない。抱えてしまった彼に対する弱味が、普段であればシュウに強く云い返せるだけの精神性を有しているサキを弱気にさせた。
「じゃあ、何をしろって云うんだよ」
マサキが不承不承言葉を告げば、シュウは何を企んでいるのか。左右に控えるサフィーネとモニカにちらに視線を向けてから、
「先ずは食堂に向かいましょう」これ以上とない極悪な笑顔を浮かべて云った。
※ ※ ※
一度、マサキは何某かの詫びをするとシュウに申し出てはいたのだ。
※ ※ ※
一度、マサキは何某かの詫びをするとシュウに申し出てはいたのだ。
シュウが艦医に診断を受けた直後のことだ。
それに対してシュウは、「必要になったら物を頼むこともあるかも知れませんが」と前置きした上で、マサキに今は何の手助けも必要ないと断ってきた。それは即ち、彼の腕の負傷の原因があの砲撃にあったことを、彼自身も認めているということである。
「だからって、こんな……こんな……」
マサキは口唇を噛んだ。
ピークタイムを過ぎた食堂は閑散としていたものの、人が全くいないという訳ではない。しかも、サフィーネやモニカも一緒である。どれだけシュウが善からぬことを企んでいようとも、それを表に出して頼んでくることはないだろうと、マサキは高を括っていた。
それがこれだ。
手にしたフォークで切り分けたチキンソテーを取り上げる。サフィーネとモニカの視線が痛い。突き刺すようなふたりの女性の視線に晒されながら、マサキはそれをシュウの口元へと運んだ。
「こいつらにやらせろよ。何で俺がこんなことをしなきゃならねえんだよ!」
耐え難さがついにピークに達したマサキは、ゆっくりと食事を咀嚼しているシュウに向かって叫んだ。
遠巻きに眺めている|乗組員《クルー》たちが声を潜めて何事か話をしている。きっと普段より犬猿の仲として知られているマサキとシュウの異常事態の原因を、ああだこうだと推測しては囁き合っているに違いない。
「彼女らにさせては要らぬ誤解を招きそうですからね。かといって整備士たちにさせるのも失礼でしょう」
「お前、俺を何だと思ってやがるんだ!」
「詫びをすると私に云ったのは誰でしたっけ」
涼し気な表情で食事の続きを促してくるシュウに、くっ、声を詰まらせたマサキは仕方なしに次の一切れを彼の口元へと運んだ。
それを目の当たりにした乗組員たちが、また何事かを囁き合っている。聞こえてくる言葉の断片を繋ぎ合わせるに、夜間戦闘の状況を知らない彼らは、マサキがシュウに屈している様子なのを見て、どうやらマサキがシュウに決定的な弱味を握られたのだと思ったようだった。
似たようなもんだけどよ――とは、流石に口にはしないものの、そういった言葉を封じられている状況に自分が置かれていることがまた、口惜しく感じられて仕方がない。
確かに利き手を負傷してしまっている彼は、ひとりで満足な食事を取るのは難しかった。それをサフィーネたちにさせたくないという気持ちも、リューネに追いかけ回されている身であるマサキとしてはわからなくもない。だからといってこれ幸いと、通りがかったマサキにそれを頼むのはまた違った話であるだろうに。
釈然としない気持ちや、理不尽さに対する苛立ち、衆目に晒されていることに対する気恥ずかしさが、マサキの中でないまぜになる。しかしこれも詫びであると、マサキは自身の感情を飲み込んだ。彼がマサキを庇って直ぐには戦線復帰出来ないほどの傷を負ったのは確かである。その礼や詫びが出来ないほど、マサキは幼くはなくなったのだ。
「これでいいでしょう、サフィーネ、モニカ。きちんと食事は取りましたよ」
ようやく食事を終えたシュウが、どこか勝ち誇った様子で彼女らを諫めにかかる。
「……ええ、確かに」
「……納得は行きませんが、取られたことは事実ですわね」
そのふたりの女性の刺々しさが含まれた視線を、関係ないと目線を反らすことでマサキは躱した。いたたまれない気持ちは相変わらずではあったが、この程度で憎々しい男への借りが返せたことになのなら安い礼だ。後のことは三人の問題だろう。マサキは話に一区切りついたのを契機に、じゃあ、俺はそろそろ――と、その場を立ち去ろうとした。
マサキ。と、シュウがまたマサキを呼び止める。
「久しく満足にシャワーを浴びることも出来ていないのですよ」
その瞬間のサフィーネとモニカの表情! そうでなくとも不服が露わだった表情が、いっそう不満の色を強くする。
「冗談だろ。てめぇのシャワーに付き合えって?」
「腕が不自由なものですから」
今にも髪を逆立てかねない勢いでマサキを睨み付けてくるふたりの視線に気付いているのか、いないのか。利き手を軽く挙げてあっさりと云ってのけたシュウに、マサキは再度口唇を噛まずにいられない。
「やる、やらないはあなたの自由ですが、その場合はまた別の用事を頼みますよ」
「くそっ。てめえ、この、調子に乗りやがって……」
「大したことを頼んでいる訳ではないのに、人聞きの悪い」
確かにシュウの云う通り、彼は大したことを頼んでいる訳ではなかった。日常生活に不自由している状態であるからこその、ささやかな介助……マサキは悩んだ。ここでシュウのシャワーを手伝って借りを一気に清算すべきか。それとも後々、彼が頼んでくるだろう厄介な用件を引き受けるべきか。
「……それでてめぇからの借りは帳消しになるんだろうな」
ええ。と頷いたシュウの口元が、一瞬、歪んだのをマサキは見逃さなかった。
しかし今更やっぱり止めたと口に出してしまった言葉を引っ込めるのも癪に障る。マサキは悩まし気な眼差しをサフィーネとモニカに向けてみるも、マサキに対して敵愾心を剥き出しにしている彼女らに、マサキの困窮した感情は伝わらなかったようだ。
「わかった。それで最後だな、お前の頼みとやらは」
勿論、と先を歩き始めたシュウの後に続く。はあ。マサキは思った以上に大きく付いた借りに、溜息を衝かずにいられなかった。
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