忍者ブログ

あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

星の鳴る夜に
不眠症マサキシリーズの番外編です。
これにてこの話は完結となります。ここまでお付き合い有難うございました。
.
<星の鳴る夜に>

 触れられた口唇を長く飲み込んだ後に、シュウが再び顔を寄せてくる。マサキは彼の肩に置いていた手を突っ張った。
 夜も更けたラングランの地。久しぶりにゆっくり眠りたいと訪れた彼の家での出来事だった。
 押し退けられる形になったシュウが、自らの手をそうっと肩へと滑らせてマサキの手を握ってくる。嫌なの? 訊ねられたマサキは彼の柔らかな眼差しから顔を背けた。
「偶にって、云った……」
「慣れればまた違った感想を持つかも知れませんよ」
「巫山戯ろ」マサキはシュウの手を払った。
 彼の口元に薄く浮かぶ笑み。余裕綽々な態度が憎たらしく感じられて仕方がない。確かにマサキは偶にならいいと、シュウが自らに口付けてくることを許したが、それは三度、或いは四度に一度という意味であったのだ。
 こんな風に数時間に一度という意味ではない。ましてや二度、三度と続けざまに口唇を重ねるなど言語道断。マサキの拒否も構わず覆い被さってくる彼は、マサキが許可を出したのをいいことに、なし崩しにマサキとの距離を詰めようと目論んでいるのだろう。
「|嫌《や》だ、って……」
 頬に吸い付き始めた口唇に、マサキは再度拒否の言葉を放つ。
 |気《プラーナ》の補給とはまた違う生々しい感触。それはマサキを度々動揺させた。受けることに慣れている筈の口付けが、彼が相手だというだけで、気恥ずかしくてどうしようもなくなる。だのに終わればその感触の余韻に浸らずにいられない……。
 マサキがシュウに制限をかけたのは、自身がその温もりに溺れてしまいそうになるのが怖いからだった。
 そもそも寝る為に訪れている場所の筈だった。だのにあれ以来、マサキはシュウを意識せずにいられなくなった。次はいつ自分に触れてくるのか。目が覚めて、その形跡がないことを感じた瞬間に、心に浮かんでくる不満。同時に思い知った現実。あの口付けは、マサキに居心地のいい場所を提供し続けてくれた男の、最初で最後の我儘であったのだ。
 それが猛烈にマサキには面白くなかった。
 どこまでもマサキに都合のいい人間になると決めたようなシュウの態度。いつの間にか、マサキはそうした性格であるところのシュウ=シラカワという人間に心を許してしまっていた。疚しさを形にされたとしても、憎み切れないまでに。
 いや、むしろ全てが線で繋がったかのように、腑に落ちた。
 彼がマサキに寛容であったのは、少なからずマサキに対してそういった感情を抱いていたからであったのだと。
 だからマサキは彼の疚しさを受け入れることに決めた。ざわめく心がマサキもまた彼を求めていたからだと気付いたからこそ。
「どうしてそんなに嫌がるの、ねえマサキ」
 頬からこめかみへと、口唇を映らせたシュウが囁きかけてくる。嫌に、決まってるだろ。マサキは辛うじて拒否の言葉を吐いた。
「なら、許すような真似をしなければよかったのに」
 もしかするとシュウは、口付けに貪欲に応えるようになったマサキが、自らの浅ましい欲と戦っていることに気付いているのかも知れない。だからこそ、こうしてマサキの心に揺さぶりをかけるように、強く次の口付けを迫ってくるのだろう。
 そう考えるだに、マサキは頬から火が出そうになるような恥ずかしさに襲われる。彼を自分もまた求めているなど知られたくない。昨日の敵は今日の友とはいえ、それまでとは180度異なる関係に踏み出すには勇気がいる。恐らく、マサキはその勇気をまだ持てずにいるのだ。
 持てずにいるからこそ、曖昧さを含んだ関係のままでいたい。
 都合のいい考えだ。欲しいものを得ておきながら、心を開くことをしない。孤独を恐れる理由、シュウへの気持ち……マサキはシュウに隠していることが多々あるからこそ、決定的に自身の考えを開陳することが出来ずにいる。
「ねえ、マサキ。教えてはくれませんか。その結果が改められることであれば改めますよ」
 目尻に、涙袋に、額に、立て続けに降ってくる口付け。まるで身体的な抵抗が止むのを待っていたかのように、マサキの顔に満遍なく口付けてくるシュウに、マサキは顔を背けたまま。
「……慣れたく、ないんだって」
 ようやく答えを口にしたマサキに、何故――と、シュウが更に問いを重ねてくる。
「慣れたらこの気持ちはどこに向かうんだろうって、考えるんだよ。今は心が震えているけど、慣れたらそれを失ってしまうんじゃないかって」
 瞬間、マサキを見下ろしているシュウの顔が、喜びに満ちた。
「大丈夫ですよ、マサキ。私はあなたをひとりにしない」
「どういう意味だよ」マサキは意味がわからずにシュウへと顔を向けた。
「あなたの言葉の果てにある答えですよ」
 そう穏やかに言葉を紡いだシュウが、その顔をマサキへと近付けてきながら、「してもいい?」
 言葉の意味はわからなかったが、他人に真摯であろうとする男のことだ。きっと終生、その言葉を守って生きていってくれることだろう。それはマサキが二度と眠れぬ夜を過ごさずともよくなったということを意味している。
 マサキは喉奥に溜まった唾を飲み込んだ。
 そして、息が触れるほどに近くあるシュウの口唇の温もりを自身の口唇に感じながら、決断を形にするが如く、マサキはシュウに向けて静かに頷いてみせた。


.
PR

コメント