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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

LOVE of CHOCOLATELIKE(後)
肩透かしを食らわせる編。大丈夫です!ちゃんと続きのおまけがあります!


<LOVE of CHOCOLATELIKE>

 明けて翌々日。シュウの家を後にしたマサキは、その足で情報局へと向かうことにした。
 マサキのみならず、シュウをも酔わせたウィスキーボンボン。帰りが遅くなったのは決してその所為だけではなかったし、徹底的に酔い潰れた訳でもなかったものを大事にするのも気が引けたが、何も云わずにあれを渡してきたことにはひと言云っておく必要がある。
 ――おはようございます、マサキ様……
 ――よう。セニアはいるか……
 ――ご無沙汰しております、マサキ殿……
 ――久しぶりじゃねえか。何してた……
 女帝の子飼いの職員たちが今日も謹厳実直に業務に励んでいる情報局。局内を我が物顔で往きながら、顔見知りの職員たちと挨拶を交わしたマサキは、エレベーターに乗って一気に最上階にある執務室を目指した。
「おい、お前なんてもんを」
 扉を開けると同時に文句を吐き出そうとしたマサキの目に飛び込んできたのは、床に山と積まれたチョコレートだった。目に痛むぐらいに華美なパッケージ。どれもひと目で高級品だと知れる。どういうことだよ。マサキはチョコレートの山を避けてセニアの許へと向かった。
「あなたたちの所為じゃないの。バレンタインだっけ? 厄介な習慣を地底世界に持ち込んでくれたものよね」
 デスクに向かって書類の束と睨み合っていたセニアが顔を上げた。
「何か袋になるようなものは持ってないの?」
「何でだよ」
「あたしひとりでこれを全部食べきれる訳がないでしょ。少しでいいから持ち帰って」
「これ全部、お前への貢物か」
 局内に強烈なシンパを抱え込んでいる女帝とあっては、バレンタインをただでは済ませられなかったようだ。
 マサキは床に積まれているチョコレートに改めて目を遣った。豪華なパッケージの群れの中には、手作りに挑戦しようと思う前のマサキがシュウへと見繕っていたチョコレートも幾つかある。
 板チョコ一枚で済ませてしまった自分とはえらい違いだ。自らが信奉する者の為にきちんと金をかけた局員たちのまめまめしさに、マサキは思わず自分を恥じた。
「まだ私たちの間でのブームで済んでるからいいけれども、一般市民にまでこの習慣が行き渡ったら堪ったもんじゃないわ。そんなことになったら、あなたたちだってただでは済まなくなるでしょうし」
「そんな面倒は絶対に御免だな」マサキは宙を仰いだ。「来年は虚礼廃止にしとけよ」
 そうねと頷いたセニアがデスクから立ち上がる。部屋の隅にあるコーヒーメーカーまで足を運んで行った彼女は、自分の分とマサキの分の珈琲を用意して戻ってくると、片方をマサキに渡して再びデスクに就いた。
「それで、何をしに来たのかしら? 書類の片付けでも手伝ってくれるの?」
「んな筈あるかよ。あのチョコレートに文句を云いに来たに決まってるだろ」
 マサキは手近な椅子を引き寄せて座った。背もたれに腕を乗せながら、淹れ立ての珈琲を飲む。
「美味しかったでしょ?」
「美味いは美味かったけどな、何だよあれ。普通に酔ったぞ」
 シュウのところで飲んだ珈琲とは異なり、酸味が先走る味。セニアの言葉にマサキは顔を顰めた。
 自分はともかくシュウは絶対に酔っていないと思っていたマサキだったが、意外にもシュウは本当にあのウィスキーボンボンで酔ってしまっていたらしかった。
 リビングでの一幕。返す返すも顔が火照る彼との戯れの後、気分の盛り上がりのままに、シュウとマサキはふたりで寝室に篭ることにした。だのに、ベットに入って間もなく。まだ事が始まってもいないのに、限界とばかりにシュウは眠りに落ちてしまった。
 食後にワインを一本空けた時と同じパターンに、マサキは盛大に呆れもしたが、チョコレートを貰っただけの立場の彼を責めても仕方がない。相当な倦怠感を覚えてしまっていたマサキは、そのまま、シュウを追いかけるようにして眠りに就いた。
 半日の逗留の予定が二泊に伸びたのは、その消化不良の所為でもある。
「そりゃあ酔うでしょうね。あたしが自分用に開発させた品だもの」
 だからこそ文句をぶつけようと意気込んでここまで足を運んだのだ。何てものを寄越しやがったと。だというのに、流石は肝の座りきった女帝と云うべきか。セニアと来た日にはこの発言である。
「何だって?」マサキは目を剥いた。
 どうやら彼女は確信的にあのウィスキーボンボンを贈り物として選定したようだ。
 どういうことだよ。マサキはセニアに詰め寄った。
「寝酒が酷いって侍従たちにね、窘められたものだから」
「寝酒? お前、寝る時に酒を飲んでるのかよ」
「あなたの晩酌みたいなものよ。ウィスキーをブランデーグラスで一杯だけなんだけど」
 ブランデーグラス一杯ともなれば結構な量である。マサキは宙を仰いだ。マサキの周りの人間は酒となるとリミッターが外れやすい。あまり量を嗜まないマサキとしては、彼らは宇宙人と同様に理解し難い存在に映る。
「馬鹿じゃねえの」
「誰に似たってじいやなんかが煩くって。誰にって父に決まってるじゃないのよ、ねえ」
 シュウにしてもそうだ。マサキは常々、気分が良くなるとワインをボトルで空けるシュウに注意をしてきたが、流石は血縁と云うべきか。その血は代々受け継がれてきたものであるようだ。
「似てるとか似てねえとかの問題じゃない気がするがな……」
「だから新しいチョコレートを開発させたのよ。ほろ酔いになれるウィスキーボンボン。これだったら誰もあたしがお酒を飲んでるとは思わないでしょ?」
「もう一回云うぞ。馬鹿じゃねえの」
「何でよ。マサキたちには必要なものだと思ったからあげたのに」
 すっかり自分が何をしに来たか忘れかけていたマサキだったが、思いがけずセニアの口からその理由が聞けそうな流れになったことで、当初の文句を云いに来たという目的を思い出した。
「何でだよ。俺を酔わせて何になるっていうんだ。大体、お前の所為で俺たちは」
 続けざまに文句を吐き出そうとしたマサキに、セニアが言葉を被せてくる。
「だってマサキ、あの男の前だと気取ってるじゃない? あの男はあんなに正直にマサキが好きだって訴えてるのに。それってちょっとフェアじゃないかなあ、なんて思ったものだから」
「気取ってる? 俺が? あいつがじゃなくて?」
「格好付けしてるのよ、マサキ」
 セニアにとってはマサキの自覚のなさは意外だったようだ。目を丸くした彼女に、格好付けねえ。マサキは唸り声を上げた。
 確かにマサキはちょっとばかり、愛情表現が上手くない自覚があった。素直になりたいのに、素直になりきれない。シュウはそれでもいいとは云ってくれているが、マサキとしては自覚があるだけに申し訳なさが先に立つ瞬間がある。
 それが気取っているようにセニアの目には映っていたのだろうか。
「だからお酒が入ればちょっとは素直になるかなーって」
「そういうのは先に云えよ。俺たち酔って大変だったんだぞ」
「あら、それは残念」何を想像したのだろう。口元に手を当てて典雅に笑ったセニアが言葉を継ぐ。「まあ、云わずに渡した私も悪かったわ。でもマサキ、ちょっとはあの男を見習わないと駄目じゃない。折角のバレンタインだったんだし……」
 そうではないのだ。
 彼女の目的はある意味で成就しているのだ。
 それを身を持って思い知っているマサキとしては、セニアの言葉に反意を唱えたくもあったが、どういった風にと問われようものなら答えに窮するのは必死。そういった意味じゃ役に立ったけどよ……胸の内でそう呟きながら、マサキは続く彼女の|戯言《たわごと》をぼんやりと耳の奥に、シュウと過ごした三日間の記憶を脳の中に蘇らせたのだった。




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