Much Ado About Love!の後日譚。
<What's in the giftbox?>
「開けたくないんだけど」
かなりの大きさ。両手に抱えて尚余るサイズの白く艶やかなギフトボックスを、事情や経緯の説明をすっ飛ばしてテーブルの上に置いたリューネに、ウエンディとしては首を傾げるより他なかった。
「随分と大きな箱ね」
「開けてよ、ウエンディ」
「私が? あなたのものではないの、リューネ」
「さっき家に届いたんだよね……シュウから」
その名を口にするのも忌々しいといった様子で送り主を明かしたリューネが深々と溜息を吐く。
ここは練金学士協会《アカデミー》にあるウエンディの研究室だ。テーブルの上には書きかけの設計図や、その為に集めた資料などが散乱している。
研究の息抜きに紅茶を一杯と思った矢先の闖入者。片付ける暇などなかったウエンディの作業用テーブルでは、ものの見事に設計図がギフトボックスの下敷きになっている。
もしかしたら、これは精霊の思し召しであるのかも知れない――ウエンディはギフトボックスを置かれた瞬間の風圧で床に散った資料を拾い上げた。一向に完成の目処が立たない設計図に、アプローチの方向性を変えるべきかと頭を悩ませていたところだった。後で設計図の状態を確認をしてみて、使い物にならなくなっているようであったらこのコンセプトは破棄しよう。そう考えながらギフトボックスに向き直る。
「流石にシュウなら変な物を贈ってくるってことはないと思うけど」
「本当にそう思う? あたしは嫌な予感がひしひしとしてるんだけど」
リューネ=ゾルダークという女性にとって、シュウ=シラカワという人間は、相変わらず天敵に等しい存在であるようだ。
活発で率直。竹を割ったような性格をしているリューネは、本能的に相手の好き嫌いを判断しているらしく、彼のどういった面がそこまで気に障るのかについて、ウエンディが納得出来るような理由を口にしてみせたことがない。雑然とした彼女の言葉を繋ぎ合わせて判断してみるに、どうやら陰気な性質である彼の腹に一物ありそうな口振りが気に入らないようではあったが、シュウとてそうなりたくてそうしている訳でもないだろう。
シュウと長い付き合いであるウエンディからすれば、あれでもかなり控えめになった方なのだ。自信が服を着て歩いているような性格だった子供時代と比べれば、きちんと言葉を選んで話しているだけましになった。誤解を受け易い彼の人となりをある程度理解しているウエンディからすれば、リューネのシュウに対する根拠のない嫌悪感は所謂生理的嫌悪に数えられるものなのではないか――とも、思わずにいられない。
「穿ち過ぎよ、リューネ。確かにちょっと嫌味なところはあるけれども、シュウは比較的常識人よ。プレゼントにジョークグッズを選ぶようなセンスの持ち主でもなし。大丈夫よ、安心して開けたら?」
「そりゃあ、まあ、あの男がジョークグッズを買ってるところとか、確かに想像も付かないけどね……」
それでも不安が勝るらしい。一向にギフトボックスを開けようとしないリューネに、だったらとウエンディはその根本的な理由を尋ねることにした。
「あのね、リューネ。そもそもリューネがこれを貰うことになったのは何故なの? あなた彼に何かしたのかしら? 中身の心配をするのは、その理由によると思うのだけど」
「それがわからないから怖いんじゃないのよ!」
成程。ウエンディは宙を仰いだ。
確かに理由のわからない贈り物など恐怖でしかないに決まっている。
「いきなりこれが届いたの! 何かわからないけど『感謝しています』ってメッセージカードと一緒に! 怖くない? あたし、あの男に感謝されるようなこと何もしてないんだけど!」
「だったら開けてみることね。そうしたら理由がわかるんじゃないかしら」
「本当? 開けて後悔するようなことにならない?」
「どうかしらね……」
巫山戯て贈り物をするような人間ではないが、一の話を十にしてしまうぐらいには価値観の振れ幅が大きい人間ではある。もしかしたらお菓子の詰め合わせで済むようなレベルの出来事を、こうした展開にしてしまった可能性はあった。。
「リボンだけでいいから解いてよ。あとはあたしがやるから」
言葉を濁したウエンディに不安を煽られたようだ。頼み込んでくるリューネに、仕方がないわね。ウエンディはギフトボックスからリボンを取り去った。それで決心が付いたようだ。絹のように白く輝くギフトボックスに、リューネの手が伸びる。
「……やっぱり訳わかんない。あの男、何考えてこれを寄越したの?」
開いた蓋の下から姿を現したのは、見るからに高級そうなドレスが一着。パーティなどで着るのには丁度良さそうだが、それだけに普段着には決して適さないだろう。
これでも着て女らしく振舞えってこと? 頬を盛大に膨らませたリューネに、ウエンディとしてはどうフォローすればいいのかわからずに。矢継ぎ早に続く彼女の不満を黙って聞き続けるしかなかった。
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