随分と内容が変わってしまった気がしなくもない、2020年度版「メモリアルパークのチャーリーブラウン」。子どもたち全員の名前を忘れてしまったので、もうストレートにこれでいいやと、例の男の子の名前はチャーリーにしました。苗字は当然ブラウンです。
ぱちぱち、メッセージ有難うございます。励みになります。
口元にやつかせながら読ませていただいております(〃ω〃)
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<メモリアルパークのチャーリーブラウン>
薄い雲が流れる。
窓を開けておくと、心地よい風が家の中を通り抜ける過ごし易い陽気の日だった。
シュウとマサキ一緒に住んでいる家から比較的近い場所に、近辺の住人にはよく知られている公園がある。何代目かのラングランの女帝の生誕地であることを記念して作られた公園は、だからといって大々的に銅像を建てる訳でもなく、片隅にその碑を残す程度のこじんまりとした造りだった。
女帝が子ども好きで知られていたということで、子どもが遊ぶための遊具は充実しているものの、大人がのんびり過ごすには物足りない。その碑がなければ、所謂、『どこにでもある普通の公園』に、マサキがバスケットボールを片手にシュウを誘って出掛けていったのは、その公園の片隅に、あまり使われているのを見掛けないバスケットコートがあったからだった。
読書に耽溺して一日が終わることも珍しくないシュウは、こうでもして外に連れ出さなければ、運動でカロリーを消費するのではなく、食事の量を抑えることで、その日の総摂取カロリーを調節し始める。
それをシュウは『存分に人間的な生活』と言ってのける。
シュウとは真逆の生活を送っているマサキからすれば、彼のそういった生活態度は『不健康を絵に描いたような生活』にしか映らない。故に、運動だ――。マサキがボールを手に意気込んで言ってみれば、どういった風の吹き回しか、シュウは「いいですよ」とあっさりその提案を受け入れた。
「ところで、マサキ。あなたはバスケが好きなのですか? いつの間にかボールを購入して、家のどこかに置いていたようですし」
「俺、お前に言わなかったか? バスケやってたって」
今日も閑古鳥が鳴くバスケットコートで、マサキはボールをその場でドリブルする。そして手に持ったボールをゴールに放つ。綺麗な放物線を描いてゴールに吸い込まれるボール。リングを抜けてコートへ。何度かバウンドしたボールはそこでその動きを止めた。
「いつか聞いたような気がしなくもないですが、その割には」
シュウはそこで言葉を切ると、マサキの姿をしげしげと眺めた。これでその言わんとすることに気付けなかったらどうかしている。マサキはコートに転がったボールを拾うと、シュウにそのままパスを回しながら、
「体格がって言いたいんだろ! 俺は小回りを利かせて戦うタイプなんだよ!」
「リーチの差で云えば、私の方が有利になりますね」
やる気があるのかないのか。何を考えているのかわからない無表情で立っているシュウが、そのままマサキにボールを投げて返して寄越すものだから、マサキとしてはシュートを放つ以外にすることがなく。
これでは、試合になる気が全くしない。
それでもマサキがパスを回し続ければ、やらなければ終わらないらしいとでも考えたのだろう。ようやくシュウは渋々と動き始め、取り敢えずといった形でシュートを決めた。
「何でお前、俺に付いて来たかね」
「ふたりでパスを回すぐらいで済むと思ったのですよ」
そんな大人ふたりの奇妙な動きと話が面白く感じられるのか。いつの間にやらコート脇に男の子たちが三人。全員、背丈はマサキの胸ぐらい。三人とも活発そうな顔立ちをしていて、男の子と称するよりは悪ガキと言った方が似合っている。
その中に太り気味の子がひとり。どうやら彼が三人組のリーダーのようだ。残りのふたりの片方は眼鏡をかけている。彼らは時々マサキたちを見ながら、顔を見合わせて何事か話している。
成長期が始まろうとしているぐらいの年頃だ。身体を動かすのが楽しくて仕方がない年頃でもあるだろう。きっと、自分たちのやる気の感じられないプレイに物思うところがあるに違いない。そうマサキが思った時だった。
「おーい、兄ちゃんたち。俺たちも混ぜてくれよ!」
リーダーらしき男の子が両手を振りながら言った。残るふたりは満面の笑みでこちらを見ている。期待に満ち満ちた目だ。マサキはこういった目に弱い。
「全員合わせると五人ですか? それだったら私は抜けますよ。私たちが別のチームになってもならなくても収まりが悪いでしょう。大人ひとりと子ども三人でチームを分けた方がバランスがいい」
言うなりシュウはコートを抜けると、少し外れたところにあるベンチに向かって行ってしまった。「本当に何しに来たかね、あいつ」マサキは三人の悪ガキたちを、コート内に手招いた。
そのベンチに腰掛けようとしたシュウは、そこから更にコートを外れた場所にあるベンチに、ひとりの男の子の姿を見付けた。手足のほっそりとした華奢な姿をしている。ふんわりとした金色の髪に青い瞳。どうやら遠巻きにバスケットコートを眺めていたようだ。
仲間がもうひとりぐらい増えてもマサキだったら怒らないだろう。そう思ったシュウはそのベンチに近付いた。
「あなたも仲間に入ってはどうですか?」
「いえ、僕はいいです。ちょっと用事があってここにいるだけなので」
大人びた言葉遣いで、遠慮を口にする。そんなに羨ましそうな目をしておきながら? シュウは訝しむ。この年頃の子どもというものは、余程の事情を抱えていない限りは素直な生き物だ。見たい、聞きたい、触りたいといった好奇心や衝動を抑えられる年齢でもないだろう。
「隣、いいですか? ここからだとコートが一望できる」
「いいですよ、どうぞ」
何か事情があるのだろか? 好奇心に任せてシュウがその男の子の隣に腰を落ち着けることにしたのは、その華奢な形《なり》が幼い頃の自分に似ているように感じられたからだった。
黙って隣に座ったまま、コートを眺める。シュウが言ったように、マサキは自分と子どもたちとでチームを分けたようだ。手心を加えているのだろう。わいのわいの言いながらのプレーは、傍から見ている分には互角ともいえるいい勝負だ。
あ。と、隣で小さく声が上がったのは、そうやってシュウがコートを眺め始めてから五分と経たない内の出来事だった。男の子がベンチの裏に姿を隠す。
――チャーリー! どこなの!?
公園の入口に姿を現した金髪碧眼の女性は、恐らくは今姿を隠した男の子を探しに来たのだろう。チャーリー! チャーリー! その名を呼びながら辺りを見渡した女性は、その少しの捜索で諦めたようで、直ぐに公園の入口から姿を消した。
「行きましたよ、チャーリー」
すみません。小声で謝りながら、ベンチの影から姿を現したチャーリーに、シュウは隣に座るように促す。「母親ですか?」見目のそっくりな女性は、それ以外の何者にも見えなかったけれども、シュウは念の為に訊ねる。チャーリーは小さく頷いた。
「家庭教師の時間なんです。受けるのが嫌で」
「それで、ですか。まあ、子どもの内は、遊びも仕事ですしね。サボりたければサボればいいのですよ、チャーリー。人との付き合い方や遊び方を学ぶことも将来の為には必要でしょう」
「そうやって母が考えられる人ならいいのですが」
「何か、不満でも?」
シュウが水を向けると、チャーリーは堰を切ったように語り始めた。靴屋の息子に生まれ育ったチャーリーは、父親の稼ぎに不満を感じている母親によって、少ない家計から家庭教師を与えられるほどに将来を期待されているのだという。「僕はちょっとばかし、頭の出来がいいものですから」チャーリーはそう言って、寂しそうに笑った。
母親としては、チャーリーに練金学士になって欲しいのだそうだ。対して、チャーリーの希望は画家。当たれば大きいが、外れれば悲惨である。そういったギャンブルに近い職業よりも、金銭的な意味で将来に大きな保証が得られる職業に就いて欲しい。母親はそう考えているようだ。
「絵を描くのが得意なのですか」
「得意といっていいのかはわかりませんけど、勉強より楽しいことが絵を描くことなので」
「勉強が嫌いという訳ではないのですね」
「色んな知識が身に付くのは楽しいですけど、それだけで練金学士になれと言われても困ります。それに、『画家になるのだったら、早い内から基本を学んで、技術の習得に努めた方がいい』と、学校の先生に言われているんです」
どうやらそう教師から言ってもらえる程度には、チャーリーには絵の才能があるようだ。その絵を見てから、この話については判断しよう。シュウは上着の内ポケットから手帳と万年筆を取り出すと、チャーリーに差し出した。
「私にあなたの絵を見せてください、チャーリー。何でもいいですよ。あなたの好きな物をここに描いて、私に見せてはくれませんか?」
チャーリーは真正面を向くと、シュウから受け取った手帳に万年筆のペン先を走らせ始めた。
「俺、知ってるぞ! 兄ちゃん。そういうのをなさぬ仲って云うんだよな!」
「何で俺があいつと生き別れの親子にならなきゃいけないんだ」
「じゃあね、じゃあね、道ならぬ恋?」
「お前ら、そういう言葉をどこで覚えてくるかね……」
賑やかな声を上げながら、マサキたちがこちらに向かってくる。どうやらチャーリーは彼らを描くことに決めたようだ。流石に学校の教師に進路を勧められるだけはある。さらさらと描き付けられる絵。シュウの目には、荒削りながらも確かな描写力があるように窺えた。
「日陰の身、って言葉も知ってるぞ! なあ、チャーリー! やっぱお前の絵は凄いな!」
「お前は言葉の意味を知りたいのか、絵を褒めたいのか、どっちかにしろよ」
わあわあ言いながらチャーリーを取り囲む子どもたち三人組の頭を順番に叩《はた》きながらマサキが云えば、「「「知ってる! こういうのをパワハラって云うんだ!」」」と大合唱。
「少しばかり聞こえてきた単語が酷いものばかりであるように思えるのは、私の気の所為でしょうかね、マサキ。何の話をしているのです?」
「お前と一緒に住んでるって言っただけでこれだよ。全く、最近のガキは。しかし上手いもんだな」
マサキは子どもたちの後ろから、チャーリーの手元を覗き込んで云った。もう完成しているのだろう。チャーリーは万年筆のキャップをしまうと、手帳に描き上がった絵を、シュウに向けて万年筆ごと差し出してきた。それをじっくりと眺めてみる。
こちらに向かって歩いてくる四人の姿。チャーリーが描いた線の数は少ない。顔の特徴といった必要最小限の部分に少し線を足しただけの、簡素なデッサン画。スケッチブックより遥かに小さい手帳の一ページに描く題材としては、四人もの人間が集合して歩いている姿は不向きだろう。しかも、描いている本人はまだ幼い子どもだ。ところがこれが、さっきのあの瞬間だなと、きちんとわかる絵に仕上がっているのだ。
「チャーリーは、州の展覧会で金賞を取ったこともあるんだぜ! 兄ちゃん!」
「凄いな、それは。そいつは本格的だ」
「それでしたら納得ですよ。有難う、チャーリー。大事にさせていただきますよ」
そういった絵を雑に扱う訳にもいかない。シュウはなるべく大事に内ポケットに手帳を仕舞いこんだ。しかし、それだったら、本人が画家を目指したいと思うのも納得だ。シュウとしては、なるべくその意思を尊重してやりたくもあったが、だからといって見ず知らずの自分に何ができるだろう。
難《むつか》しい状況に口を挟んでしまった。どうアドバイスをすべきなのか、シュウは悩んだ。子どもの進路というものは、支援者《パトロン》が両親になってしまう以上、その意向を尊重せざるを得ない部分がある。やりたいから、だけではできないのが現状だ。
ある程度の年齢にもなれば、自ら働きながらその道を目指すといった選択肢も提示してやれたものだが、まだまだそういった年齢にチャーリーは遠い。
「ねえねえ、チャーリー、今日は家庭教師はお休み? だったらぼくたちとアスレチックしない?」
「僕はいいですよ。今日は僕がお休みしちゃったんです。母さんが僕を探しているようなので、あんまり派手に動き回る訳には」
「なんだなんだ、チャーリー。おばちゃんと喧嘩でもしたのか」
「まあ、そんなものです。ちょっと進路のことで」
「チャーリーは頭もいいんだよ! いつもテストで満点を取ってるんだ。な、チャーリー!」
どうやらチャーリーは、彼らにとってはかなりの自慢の同級生らしかった。運動は苦手らしかったが、彼の絵の才能は誰もが認めるところで、その評判を聞き付けた大人たちが、わざわざチャーリーの絵を見る為だけに学校を訪れることもあるのだとか。
「それなのにチャーリーの母親は、彼の画家になりたいという希望を認めてはくれないようなのですよ」
シュウがそう云うと、三人組は口を揃えて「えーっ!?」と叫んだ。「ねえな」「ないよね」「ないね」三人で口々にわあわあ話し始める。息子を錬金学士にしたいと意気込むチャーリーの母親は、どうやら彼らの母親たちには、プライドの高い『ちょっとばかり付き合い難い人』と受け止められているようだった。口を開けば息子の自慢話ばかりだの、身に付けているものの自慢だの……息子の目の前で聞かせるには、かなり明け透けな内容ばかり。そんなチャーリーの母親の話がひと段落着くと、今度は彼らはチャーリーの進路について話を始めた。
「チャーリーだったら、やっぱり絵の方がいいんじゃないかなあ」
「でも頭がいいのも事実だしな。おばさんの気持ちも俺はわかるかも。食えない画家は悲惨だって、うちの親父が言ってたし。うち、叔父さんが画家なんだよね。そんなに売れてない画家だから、日々の糊口を凌ぐので精一杯とかなんとか」
「親なんてのは子どもの気持ちは認めてくれないもんだよな。俺なんて八百屋継げってうっさいのなんの。うるせえ俺は機関士になるんだっつってるのによ。おめえにそんな技術職が務まるかって、頭ごなしに云うんだぜ」
「でもだからって、チャーリーの気持ちを無視するのは良くなくない?」
「「そこなんだよ!」」
そこでまたやいのやいの大騒ぎ。当の本人たるチャーリーは、だからといって無理に話に割って入るような真似をせず、そんな三人の会話を微笑ましそうに眺めている。聡い子だからこその、一歩退いた態度。きっと学校でもこんな感じで、チャーリーは彼らと付き合っているのだろう。
「よーし、わかった!」喧々諤々の論争の末、リーダー格の子どもが声を上げた。「直談判だ、直談判! チャーリー、おばさんのところに行って頭下げようぜ。俺たちも一緒に頭を下げるからさ」
ところがチャーリーは、そんな彼らの好意を有難いものと感じていながらも、それに甘えるのは嫌だと感じてしまったようだ。
「いいですよ、そこまでは。僕の問題なのに、みんなで考えてくれて嬉しかったです。明日からはちゃんと家庭教師の授業を受けようと思いました」
「良くないな」それまで黙っていたマサキが口を開いたのはその瞬間。
「折角の友だちの好意を無碍にするのは良くないな。甘えられるときに甘えておかないと、お前、後々辛くなるぞ。あの時、ああしておけばよかった、こうしておけばよかった、なんて、後から思っても後悔先に立たずなんだよ。だったら今一緒に動いてくれる友だちがいるんだ。やれるだけやってみてもいいじゃねえか」
マサキはマサキで彼らの話に思うところがあったのだ。シュウは僅かに瞠目した。シュウが少しだけ聞いたマサキの子どもの頃の話では、彼はどうやら、そうやって周囲の手助けを拒否するようなタイプの子どもであったらしい。
そのことが原因で損をすることも多かった。そんな風にぽつりと洩らしたこともあった。周囲の子どもたちを羨ましく感じたこともあった。そんな風にひっそりと吐き出したこともあった。
マサキはマサキなりに後悔を重ねて、今のシュウとの生活に流れ着いたのだ。
思いがけないマサキの長広舌を黙って聞いていた子どもたちは、それぞれに思うところがあったようだ。少しの沈黙が辺りを支配する。次の瞬間、リーダー格の子どもが、パン!と両手を打った。
「兄ちゃん、いいこと言うじゃねえか! そうだよ、チャーリー! 行こうぜ、俺たちと一緒に。なあに、失敗しても俺たちの母さんがちょっと嫌味を言われる程度だって!」
そしてチャーリーの手を取ると立ち上がらせる。「有難うな、兄ちゃんたち! ほら、お前らも行くぞ! 善は急げだ!」そして来た時と同じように、わあわあ騒ぎながら彼らは公園を出て行った。
薄い雲が流れる。
最近の陽気は過ごし易い日が多い。常春の陽気が標準的なラングランにしては、驚異的に過ごし易い日々が続いている。
夕食前に散歩だと近所の公園に向かったマサキは、そこで一ヶ月ぶりにチャーリーと逢った。あのベンチに座って、空っぽのバスケットコートを眺めていたチャーリーは、なんでも、シュウとマサキのふたりに逢いたくて、ここのところ、連日、公園に日参していたらしい。
そこでマサキは思いがけない話を聞いたのだ。
ちらとは悪ガキたちからも聞いていたのだけれど、四人での土下座もチャーリーの母親の心を動かすには至らなかったらしい。
期間にして十日ほど。毎日、チャーリーの土下座に三人組は付き合ってくれたのだそうだ。どうも、チャーリーの母親はそんな子どもたちの努力を、鼻でせせら笑うような人間であるらしい。何を言われたのか、チャーリーは詳しいことをマサキに教えてくれなかったのだが、その努力を否定するような言葉の数々は、チャーリーの決意に水を差すのに充分な効果を発揮したようだ。
チャーリーは土下座しながら、母親に画家になりたい夢を訴えるのを止めてしまった。それだけ傷付いたのだろう。それでも、悪ガキ三人組は、毎日チャーリーの家に寄って、自分たちだけでもと土下座を続けた。
そんなチャーリーの母親が、どんな心変わりか、先日、ついに、その希望を認めてくれたのだそうだ。何でも、一週間ほど前に、芸術界隈ではちょっと名の知られた画家が、もし良かったら自分に師事してみないかと申し出てくれたのだとか。
どうやら、チャーリーがシュウの手帳に描いた絵を何かの機会に目にしたらしく、「この年齢で誰からも師事を受けず、あれだけ描けるのであれば、是非とも自分の手元で育てたい」とのこと。
チャーリーの練金学士としての将来に熱心だった母親は、当然ながら簡単には首を縦に振らなかったようだが、家に日参しては熱心に説得を続ける画家に、そこまでチャーリーの才能を認めてくれるのならと、最終的に画家に息子を預ける決心をしたそうだ。
「もう少ししたら、この町を出ていかないといけなくて。その前にお礼を言いたかったんです」
そう頭を下げたチャーリーの横顔は、華奢な背格好に似合わぬ逞しいものに見えた。
「シュウ、お前、何をしたんだ?」
そのまま家に戻ったマサキが、いつも通りに読書に耽溺して一日を過ごしているシュウに事情を聞いてみれば、『ちょっとした伝手を使って、彼の目にチャーリーの絵が止まるようにした』といった内容のことを、事もなげに云ってのけたものだから驚かずにいられなく。
流石は、迂闊な人脈を持っていないシュウだけはある。とはいえ、一体どういった気まぐれから、そういった真似に出たものか。
「これはね、マサキ。チャーリーの才能があったからこそ出来たことなのですよ。私はほんの少しのチャンスを彼に与えてあげただけに過ぎない。チャーリーが認められたのは彼の才能と努力があったからです」
「だからってお前が人助けなんて、どんな風の吹き回し」
「彼らが自分たちの問題に一生懸命だったからですよ。あんな友人たちが、私たちの子ども時代にいてくれたらね。そうは思いませんでしたか、マサキ」
ソファに横になって凭れているシュウは、膝の上の本を閉じた。そのままマサキを手招く。「それだけですよ、それだけ」マサキはシュウの身体の上に乗り上がると、その身を預けた。何を考えているのだろう。マサキの身体の重みを感じながら瞑目するシュウに、マサキはその胸中を量りかねたまま、その話を聞く。
「少し近所の方々に話を伺ったところ、チャーリーの母親は権威主義的な面があるようでした。所謂、見栄っ張りというやつですね。だったら、チャーリーの絵について、きちんとした専門家の評価を聞かせてやればいい。仲介に入ってくださった方からは、幾つかの無理なお願いをされてしまいましたが、そのぐらいはね」
「それにしたって、お前。随分な気まぐれを発揮したもんじゃないか」
「もし、私の行動が気まぐれに見えるのだとしたら、それはチャーリーが、子どもの頃の私に少しだけ似ているように感じられたからですよ。そういった理由にしておいてください」
そしてマサキを抱えたまま、シュウはソファから身体を起こすと、「夕食にしましょう、マサキ。今日のメニューは何ですか?」と云って、にっこりと微笑んでみせた。
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