今回はそれほどでもないのですが、この話には当時の自分のサイトを揶揄ったメタ発言が随所に出てきます。最近の私はすっかり真面目さんになってしまいましたが、元々はメタい発言大好きっ子だったんですよね。(今そこにある日常的な危機でもやってましたし、白い文庫シリーズでもやってましたし)
そういうところから、分り難いネタには注釈をつけたいと思います。
では、本文へどうぞ!
そういうところから、分り難いネタには注釈をつけたいと思います。
では、本文へどうぞ!
<勇者という職業(2)>
気が付くと、マサキは薄暗い場所にいた。
気が付くと、マサキは薄暗い場所にいた。
堅く冷たい感触が折れた膝から伝わってくる。それが石畳だと思い至るまでそう時間はかからなかった。何故自分がこんな場所にいるのだろう、とマサキは周囲を見回す。
蝋燭の灯りで照らし出される室内。蝋燭が立つ木箱がある他は何もない。部屋というよりは――むしろ、牢屋か。
「……?」
体を動かそうとして、マサキは自分の腕が上がっている事に気付いた。手首を引くと金属の擦れる音がする。身を捩らせて頭上を見上げると、そこには鉄枷に嵌められた自分の手があった。暗くて先は見えないものの、鎖は天井から吊るされているらしい。
「えーと……」
混乱する記憶を手繰り寄せる。熱狂に逃げ出す事も叶わず、城を上げての宴会に巻き込まれた所までは覚えている。
貴族やら兵士やらが代わる代わる現れては酒を勧め、嫌々ながら飲み干した。食事は殆どと言っていい程口にしていない。何杯飲んだのだろう。そこからの記憶が全くない。
そもそもここはどこなのだろう。
鎖を頼りに立ち上がろうとして、マサキは前につんのめった。
「何か痛いと思ったぜ……」
折られた膝は荒縄で縛られている。益々妖しい。これでは囚人扱いである。慣れぬ酒で酔った客のあしらい方にしては酷い。そうなると、考えられるのは――、
「……まさか、な」
自分が酔っている間に、城が攻められてしまったのか。馬鹿げた考えだと笑い飛ばすには、マサキが置かれている状況は余りにも不可解だった。
聞こえる物音は自分が立てた物だけだ。不気味な静けさに背筋が凍る。微かな物音が聞こえてくれば自分以外の人間がいるのだと安堵出来る。動きを止め、マサキは耳を澄ました。
何も聞こえない。
目の前には鉄製の――見るからに堅固な扉がある。それが音を封じているのだろうか。怯える心を奮い立たせるようと良い方へと思考を転換するものの、それで事態が好転する訳でもない。
途方に暮れる所か、このまま放っておかれたら発狂するだろう。鎖と縄のどちらが外し易いかと言われれば、縄だ。マサキは足を床に押し付けると、小刻みに動かした。時間は掛かるが上手く行けば外せる筈である。
と、その瞬間。
「……な、何だ?」
何の前触れも無く、側面の壁に穴が開いた。
笑い声が高らかに響く。
聞き覚えのある声に、マサキは穴を見詰め様子を窺う。
暗い穴の中に浮かび上がる両の目が室内に侵入してきた。爛々と輝く双眸、その持ち主の輪郭が徐々に露わになる。
「驚いたか!勇者よ!」
そこに立っていたのは、記憶を失う直前まで酒宴を共にしていたアルザールだった。底無しに能天気な登場の仕方にマサキは溜息を洩らす。
「……む、実は思ったより驚いていないな」
「驚くより呆れてんだよ……ここは一体どこなんだ?」
アルザールは顎に手を当て豊かな髭を撫でながら、重々しく宣言した。
「――ここは我が城の地下牢だ」
陥った状況を飲み込めず、マサキは呆然と問い掛けた。
「……冗談だろ?」
アルザールは大仰に首を振ってみせると答える。
「儂はちょっとばかりお茶目な事はするが、嘘は吐かん」
断片的な言葉と状況からマサキが推測したのは城の占拠であった。進撃を続ける魔王軍が王都に強襲をかけたとしてもおかしくはない。
「随分早い進軍だな」
「……残念ながら魔王軍ではないぞ、勇者よ」
陰鬱な表情で否定するアルザールに、ならばクーデターか、とマサキは思う。
何せくじ引きで勇者を決めるような巫山戯た国である。慢心を抱き、不届きな振る舞いに出る輩がいないとは言い切れない。しかもアルザールは隣りの房から壁を破って来たのだ。国王まで捕えられるような非常事態はそうはない。
「じゃあ何か、クーデターでもあったのか」
マサキの問い掛けに、アルザールは気まずそうに視線を逸らした。その横顔に苦悶の表情が浮かび、息が詰まるような沈黙が訪れた。小刻みに震える肩、青褪めた唇が事態の深刻さを物語る。
やがて、アルザールは覚悟を決めた風に面を上げると、ゆっくりと、その口を開いた。
「――儂の趣味だ」
張り詰めた空気を一気に払拭する発言に、マサキは爆発した。
「はああああああっ!? じゃあ何でてめぇ隣りの牢からわざわざ壁をぶち破ってここに来たんだよ! しかも何? 趣味って事は俺をここに閉じ込めたのはてめぇの仕業か!」
「その方がインパクトが強いであろう。壁を破る王……うむ、絵になる光景だ」
「ならねぇよっ!? 自分の世界に浸るな! 善良な一般市民を酒漬けにして、こんな所に放り込むってどういう了見だよっ!」
「善良な一般市民という言葉は感心しないな。勇者という自覚に欠けているぞ」
「その勇者をこんな目に合わせたのはどこのどいつだ――――っ!」
「儂だ。しかし何故そんなにいきりたつのだ勇者よ」
「これで怒らない方が普通じゃないんだよ! てめぇ本気で脳味噌腐ってるだろ!」
「うむ、全くもって理解できん」
「理解しろよ! これだから金持ちなんて大っ嫌いだ―――――っ!」
言っても言っても暖簾に腕押し。噛み合わない言葉の応酬を数十分繰り広げた後、ついにマサキは精根尽き果てて、頭を垂れた。対するアルザールは飄々としたものである。格が違う、と言えば聞こえがいいが、大元は価値観の相違だ。
頭のネジが一本どころか百本は確実に抜けている人間を相手にしたマサキの消耗は果てしなく、
「……いいからとっとと縄と鎖を外せよ」
脱力したまま、漸くそれだけ口にした。
「それは出来ぬ」
突如、アルザールは態度を変えた。
口の端を吊り上げ嗤う姿は、残酷な支配者の君臨を告げていた。
「出来ぬ……ってどういう意味だよ」
「出来ぬ……ってどういう意味だよ」
突如変貌を遂げたアルザールの為政者の表情に、マサキは底知れぬものを感じて警戒も顕わに睨みつけた。嬲るような視線が突き刺さる。
「そのままの意味だ。お主を解放する事は出来ぬ、と言っておる」
身を屈めたアルザールの手が、おもむろにマサキの顎を掴んで仰がせ、低く嗤う。もう片方の手には掌に収まる程度の大きさの褐色の小瓶が握られていた。それをマサキの目の前に掲げてアルザールは言う。
「何が起こっているか――理解出来ぬといった顔だな」
「……当たり前だ」
問わずとも見透かす口振りにマサキは苛立つ。巫山戯た振る舞いばかりであっても、それが直接自分に危害を及ぼした訳ではない。害の無い悪戯ならば付き合う気にもなれる。だが今の状況は。
「どうだ、気付けに一杯」
突きつけられた小瓶にマサキは顔を背けようとするが、顎を掴む手に込められた力がそれを阻んだ。身動きままならない力は骨を軋ませる程だ。
「…………!」
引き上げられた喉元に流し込まれる液体。甘味の中に苦さが混じるそれを飲み込むまいともがくマサキの口を何かが封じた。驚きに目を見開くと、端近にあるアルザールの顔。
唇を堅く閉ざして拒む――と、同時に嚥下される液体。失態を取り繕おうにも時は戻らない。得体の知れない液体の効果は何か。少なくともアルザールが言う気付けに相応しい酒類の味ではなく。
唇越しに伝わる笑いに屈辱を感じながらも、拘束された躰では抵抗もままならず。幾度も舐め上げられる唇にマサキは瞳を閉ざして奥歯を噛み締め、時が流れるのを待った。
「な……!」
服に掛かった手が止め具を外し、僅かな隙間から素肌へと侵入する。躰を退くと背に壁が当たり、手首を戒める鎖が鈍い音を立てた。
マサキはアルザールを睨む。
見下ろすアルザールはこれ以上となく愉しげに――笑っていた。マサキの反応を観察するように、手を動かしては視線を投げる。いつ果てるともなく繰り返される愛撫に、そしてそれから逃れる事の出来ない自分に、 不快感と遣り場のない怒りを抱えてマサキはただ耐える。
視界の隅、闇の中に光が走った。
次の瞬間、
「ディストーション・ブレイドォォォォォォ!(※1)」
壁に開いた穴の向こうから、聞き覚えのある声が高らかに咒文を唱え、
「何いいいいいいいいいいっ!?」
――黒き雷がアルザールを直撃した。
反対側の壁にのめり込み、前後不覚に陥っているアルザールを横目に穴の奥から姿を現わしたのは、白き軍服を身に纏ったザッシュだった。白絹のマントを閃かせ、颯爽と登場する姿はまさに救いの神としてマサキの目に映る。ザッシュは靴音を響かせながらマサキの前に立つと、手馴れた様子で鎖を解きつつ微笑んだ。
――黒き雷がアルザールを直撃した。
反対側の壁にのめり込み、前後不覚に陥っているアルザールを横目に穴の奥から姿を現わしたのは、白き軍服を身に纏ったザッシュだった。白絹のマントを閃かせ、颯爽と登場する姿はまさに救いの神としてマサキの目に映る。ザッシュは靴音を響かせながらマサキの前に立つと、手馴れた様子で鎖を解きつつ微笑んだ。
「全く……国王陛下の趣味にも困ったものです」
「趣味?」
「趣味ですよ」
漸く拘束を解かれた手は血の気が引き、痺れている。マサキは軽く手を振り痺れを払うと、足に食い込む縄を外すべく手を掛ける。出来ますか、とザッシュが聞いた。
きつく結ばれた縄の結び目を解くのは難しい。縄の合間に指を入れようにも隙間らしい隙間がない。爪を引っ掛けてみるものの、元の縄が太い所為でそれもままならず。
「……ナイフ、持ってるか」
ザッシュは腰に下げた剣に視線を下ろすと、
「刃物はこの剣くらいしかありません。勇者の嗜みとして、これで外してみますか?」
鞘を掴むとマサキに差し出した。
「……無茶言うなよ」
「では僕が」
「ば、馬鹿っ! やめろって! ってゆーか何するつもりだお前っ!」
ザッシュは躊躇う事無く剣を抜くと、背後に飛び退き腕を振り上げた。
白銀の刀身が鋭い輝きを放つ。
「動くと危ないですよ」
小首を傾げてにっこりと微笑みながら、ザッシュはのんびりと言う。
「いや危ないとかそういう以前にこの状況が既に危ないしその前にホントにそれで縄を切るのかお前それは無茶だろつーか俺が一緒にミンチになりそうで怖いからやめってくれって言ってるのにってああああああ振るな! 思いっきり振るなああああああっ!?」
小気味よい音を立てて剣が空気を裂く。
一度、二度、三度、と。
「あああああああああっ!?」
マサキは目を閉じた。
――瞼に浮かぶプレシアの笑顔。
――兵士に担がれて行く道程。
――華燭の典という言葉が相応しい、王宮の世界。
――そして、星となったアルザールの白い歯が煌めく。
「最後の一つは余計だあああああああああっ!?」
――瞼に浮かぶプレシアの笑顔。
――兵士に担がれて行く道程。
――華燭の典という言葉が相応しい、王宮の世界。
――そして、星となったアルザールの白い歯が煌めく。
「最後の一つは余計だあああああああああっ!?」
何やら不気味な想像にマサキが絶叫しつつ顔を上げると、何ら変わらず微笑んでいるザッシュの顔があった。馴れた所作で剣を納め、ザッシュはにこやかに言う。
「――切れましたよ」
足を見れば綺麗に縄だけが切れていた。狐に抓まれたような気分だ。実はこれは夢ではないのかと、マサキは恐る恐る足を伸ばす。ままならない動きに梃子摺りながらも床の上に足は伸びた。体を投げ出してマサキは安堵の溜息を洩らす。
「な、長かった……ホントに長い戦いだった」
「本当ですね。振り返れば、3月16日から実に半月近く拘束されてた訳で」
「お前メタな台詞吐くんじゃねえっ! 日付なんざ誰も気にしてねぇんだよ!」
「それはともかく――立てますか?」
差し伸べられた手をマサキは取った。力の入らない足を気力で奮い立たせて起こすと、ザッシュの細腕からは想像も付かない力がマサキの体を引き上げた。身の丈半分を越える長剣を優に扱って見せるのであるから、ザッシュからすれば容易い事なのかも知れない。
「……さっきの魔法と言い、今の剣技と言い、お前が勇者になった方がいいんじゃないか」
「そういう訳にもいかないんですよ。歩けます?」
「ああ……まあ」
壁に手を付いて体を支えながらマサキは歩いてみせた。足取りが覚束ないのが自分でもわかる。膝が笑って前に進めないのだ。
ザッシュはその様子を眺めて、蝋燭を手に取ると木箱をマサキの前に動かした。
「もう少し、休んだ方がいいかもしれませんね」
座ったらどうです、とザッシュは木箱の表面の埃を払うが、マサキからすれば一刻も早くここから逃げ出したい。牢屋の端に転がっているアルザールの姿が落ち着きを失わせる。髪に肌に残る感触は忘れようとしても忘れられるものでもなく。
「それは――勘弁したい」
言った先から、がらり、とアルザールが埋まる壁が崩れた。反射的に体を退けたマサキの足が縺れ、背中を壁に打ち付ける。怯えた視線でマサキがそこを見ると、壁から伸びる腕が――動いていた。
「うーん、案外持ち直しが早いですね。流石国王陛下」
声も出せず首を振るマサキに顔を向けて、大丈夫ですよ、とザッシュは両手を胸の前で合わせる。小声で唱えられる咒文に、魔力が密集する。掌に集められたエネルギーの結晶は、白き衣に似合わぬ禍々しさに満ちた色を湛えて揺らめく。
「――では、陛下にはもう少しお休み頂きましょう」
笑顔を微塵も崩さずザッシュが両手を頭上に掲げた。黒き魔力の結晶が、青白い閃光を弾かせながら膨れ上がる。無邪気な微笑みを浮かべる口元が、一瞬、吊り上がった――気がした。
「三倍掛けえええええ!ディストーション・ブレイドォォォォォォ!(※2)」
「お前仮にも自分が仕える主人だろっ! 何で一撃必殺モードに入ってるんだよっ!?」
「三倍掛けえええええ!ディストーション・ブレイドォォォォォォ!(※2)」
「お前仮にも自分が仕える主人だろっ! 何で一撃必殺モードに入ってるんだよっ!?」
頼もしい半面、怖い事他ない。自分に不貞を働いた輩にとはいえ余りにも容赦ない攻撃に、マサキはアルザールへの同情を禁じ得なかった。
「細かい事は気にしては駄目です。禿げますよ、マサキさん」
「細かいからこそ気になるんだよおおおおおっ!?」
瓦礫の中に埋まったアルザールを尻目に、ザッシュはどうそ、と木箱の上に自分のマントを載せた。端目に見える瓦解から煙が細く長く立ち昇っている。本当に死んだかもしれない、と思いながらマサキは木箱に腰掛けた。恐怖や怒りを感じぬようにと瓦礫の山には背を向ける。
「……で、色々聞きたい事があるんだけどよ」
「何ですか、マサキさん」
聞きたい事は山ほどあった。気を失っている間にどれだけの時間が過ぎたのか未だ不明のままだが、ベットでプレシアの叩くブリキの轟音に起こされてからここまで、自分が勇者に選ばれたと言うこと以外は何一つ明瞭りとしていないのだ。
目の前で方膝を付くザッシュの爽やかな笑顔を見下ろしながら、マサキは言った。
「えーと……一つ目。この馬鹿げた趣向が王様の趣味だって話」
「参りますよね、本当に。死んだ王妃に操を立てるのは結構ですけど、子供が出来なければ何をしてもいいかと言えばそういう問題じゃないと僕は思うんですけど。世継ぎ問題は国が荒れる元凶ですし、王妃以外の女性を認めないといった点では尊敬します。が、誰彼構わず男性に手を出して歩くのは違うと――思いませんか」
何となくだがマサキにも話が飲み込めた。つまり、この趣向は1から10までアルザールの趣味だった訳である。迷惑千万な話だ。酒宴で酔わせて拘束して犯す、とは国の規範たる国王の振舞いではない。
しみじみと述懐するザッシュにマサキは深く頷いた。
「英雄、色を好むという言葉もありますし、衆道趣味は武士の嗜みなどと東方の国では言うようですが――襲われた方はたまったものじゃありません。相手が国一番の権力者である事実の前に泣き寝入り……しなさそうな気がしますね、マサキさんじゃ」
「お前失礼な事をさらっと言うな」
無礼な物言いに呆れてマサキは口を挟む。
ザッシュはあっさりと笑顔を湛えたまま、言う。
「すみません。根が正直ですから。まあ、前後不覚になる程酔ってしまった僕にも責任はあるのですけど、広間で目を開けた時、あなたの姿と陛下の姿が消えていたのには心底驚かされました。一応間に合いましたし、陛下の無礼は、これで帳消しにして頂けませんか」
厄介な王を持つと部下は苦労するらしい。恭しく頭を下げるザッシュにマサキは首を振る。
「止めろよ。俺はお前に助けて貰ったんだ」
それに、とマサキは振り返る。一面が崩れた壁の下に渦高く積み上がった瓦礫を見詰める。目の端に納めるのも腹立たしい光景だが、アルザールに同情を覚えるのも事実。完膚なきまでに叩き潰された王の威厳台無しな姿は憐れである。
「……死んでないよな」
マサキは眉を顰める。
「陛下は、壊れ難く出来てますから」
まるで機械扱いである。煙を吐いている所がまた無駄に信憑性を煽る。突然ノイズを発して飛び掛られたとしても驚きに値しない。不条理な世界に意外性を求めるのは、無理な話だ。
「それで、他の質問は」
ザッシュは口では無礼を詫びてはいるが、傍らに伏せるアルザールには無関心らしい。先程から一瞥もしない。その冷淡な態度に奇妙な齟齬を感じながらも、促がされるままマサキは先を続けた。
「ああ……そうだったな。二つ目。勇者、勇者言うけど、一体何が基準になってるんだ。お前さっき自分は勇者になる訳には行かないって言ったよな。まさかあの巫山戯たくじ引きだか福引だかで本当に決めたんじゃないだろ。いや、それが本当だったとしても、何か裏があるに違いない。むしろあってくれ。じゃないと俺の神経が保たない」
ザッシュは微笑みながら頷いた。感心するような眼差しがマサキに向けられる。
「あれは、あんな形をしていますけど、この国の祭儀用の呪具ですよ。未来見の能力を魔術で付与した立派な呪具です。任官などはあの呪具によって行なわれます。ですから僕は、自分では勇者にはなれない、と言ったんです」
魔術の原理はマサキには飲み込めない。元は只の一般市民である。とは言え、偶然で選ばれた訳ではないと分かっただけでも大きな収穫だ。胸を撫で下ろすと大きく息を吐く。
流されるままに勇者と祭り上げられるのはいい気分ではない。まるで裸の王様のような自分の立場に不安を感じるくらいの良心はあるのだから。
「いまいち釈然としないけど、ただ出鱈目に出た目で選ばれた訳じゃないんだな」
「そうです。流石にそれは僕が止めます」
「……そういやお前は何者なんだ」
「僕ですか――そう言えばきちんと名乗ってませんでしたね」
マサキの手を取り、深々と頭を垂れてザッシュは凛と通る声で、
「ラングラン元老議会筆頭政務官、ザシュフォード=ヴァルハレビアと申します」
「ラングラン元老議会筆頭政務官、ザシュフォード=ヴァルハレビアと申します」
自己紹介を終えるとにっこりと微笑んだ。
「政務官……?」
国政に疎いマサキには耳慣れぬ言葉だ。面を上げたザッシュは特に不快を覚えた様子もなく、穏やかな笑みを湛えている。
「簡単に言えば時期宰相です。今の所は専ら王のお目付け役と言った所ですが」
ザッシュはそこで初めて壁際に沈む王の姿を見た。
「つまり、こういう事は日常茶飯事なんですよ」
成程、とマサキは頷いた。
慣れているからこそ、国王であるアルザールに対して一見不敬とも取れる態度に出れるのだとマサキは悟る。徹底した無関心もそれとは裏腹な国王に対する忠誠も。どちらもザッシュの本音である。
傍らに控えるザッシュの手がマサキの襟元に伸びた。
「それはともかく」
混乱で忘れ去られていた、乱れた衣服に手が掛かる。
「具合は大丈夫ですか」
「ああ……まあ。一時の事と思えば、な」
止め具を直しながら見上げるザッシュの口元に苦い笑いが浮かぶ。
過ぎてしまえば火もまた涼しだ。思い返せば蘇る屈辱に考えまいとマサキは首を振る。これだけ灸を据えられたのだ。今後不埒な振る舞いに及ぶ事はないと――信じたい。
「借りを作っちまったな」
「ええ、貸しです」
言ってザッシュは可笑しそうに声を上げた。
「貸しかよ。高く付きそうだ」
危機を救って貰ったのは元より、騒動の初めから顔を付き合わせている相手である。心安く付き合えるザッシュの性格も手伝いマサキは軽口を叩く。
「何なら、今返しますか」
「どうやってだよ。あれに止めを刺せとか言うなよ」
「簡単ですよ、こうやって――」
胸元を掴む手に力が込められ、上半身を屈ませたマサキにザッシュが顔を上げ、
「な……! 待ったっ!」
慌てて手を振りほどいて体を退いたマサキに、残念、とザッシュは忍び笑う。冗談とも本気とも付かない行動に言葉を失うマサキを見遣り、
「――気が向いた時にでも返して下さい」
ザッシュは立ち上がった。
「……どうなってるんだよ、この展開は」
踵を返して瓦礫へと歩を進めるザッシュの細い肩を見詰めながら、放心しきってマサキは呟いた。
※1……F.E.A.R.製のTRPGナイト・ウィザードより 何属性だったか忘れましたが攻撃魔法だった筈です。
※2……元ネタはみんな大好き三倍海王拳。私は本家を知らなくて、グループSNEのウォーハンマーのリプレイ(現在はサイトから削除)で知りました。
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※1……F.E.A.R.製のTRPGナイト・ウィザードより 何属性だったか忘れましたが攻撃魔法だった筈です。
※2……元ネタはみんな大好き三倍海王拳。私は本家を知らなくて、グループSNEのウォーハンマーのリプレイ(現在はサイトから削除)で知りました。
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