息抜きに、夜離れのちょっとした裏話的なSSを。
古城にて
――お腹の中は暗いのですか? ……まあ、シュウ様。この子、今、はいと答えましたのですわ!
――モニカのお腹の中の子はどう育つのだろう。
やれ胎教だ産着だおむつの準備だと姦しいモニカやサフィーネを筆頭とする女官たち女性陣を尻目に、シュウは与えられた隠れ家――と呼ぶには、豪華にも限度がある王家所有の古城。その一室で、日長、読書や研究に没頭していた。
モニカのお腹に宿った命は父親に似ず、従順な子であるらしい。つわりも軽く済んだ。腹の中で大袈裟に暴れることもない。それどころか興味半分で腹を蹴ってくる回数で会話をしてみようと試みてみたところ、はいを一回、いいえを二回と教え込んで数日。
――お腹の中は暗いのですか? ……まあ、シュウ様。この子、今、はいと答えましたのですわ!
と、眉唾ではあったものの、簡単な質疑応答ぐらいならできるようになったらしかった。呵《しか》るに、性格はさておき、その子は知能の面ではシュウに似たところもあるようだ。
自らの幼少期を、その記憶力に自信を持っているシュウは明瞭りと覚えている。周囲の人間の会話が理解できるようになったのは、一歳の終わり。泣くことでしか自分の感情を伝える術がないことがもどかしかった。
周囲の大人たちと同じ言葉で物を考えるようになったのは、二歳の終わり。だのに口から物を考えるのと同じ言葉が出てこないのが悔しくて、書庫に入り込んでは、言葉を知るべく様々な所望を誰にも教えを乞わず自力で読み漁ったものだった。
どうやらシュウが本の挿絵ではなく、本文そのものを読んでいるらしいことに周囲の人間たちが気付き始めたのは、三歳も半ば頃。発話を覚えて爆発的に増えた語彙力と知識に、王室直属の御典医はシュウの知能が珍しいものであることを告げた。
――モニカのお腹の中の子はどう育つのだろう。
誕生前の赤子がどういった世界を見ているのか、その記憶を持っていないシュウは知りたくもあった。偶には自分もモニカのように、我が子と呼べる存在に話しかけてみるべきなのだろう――……とはいえ、いざそれに考えを及ばせてみたところで何を話しかけたものか! まさか相対性理論についてとうとうと論じ続ける訳にもいかない。
知識とは積み重ねの結果、新たに獲得してゆくものなのだ。
膝に置いた書物がその頁を新たに捲られないほどに、珍しくもシュウが我が子に思いを馳せていると、廊下から部屋に続く扉が叩かれた。どうぞ、と声をかけると、女官姿がこれほど様にならない女性も珍しい。化粧は流石に控えめにしてはあったものの、元々の目鼻立ちがはっきりしているサフィーネは、どれだけ地味な衣装に身を包んでいたとしても顔立ちで目を引く。
「双子の姉より使者が到着しております」
「何の用か言ってませんでしたか?」
「わたくしにそれを話して聞かせるほど、あの小娘の配下は胡乱ではございませんでしょう」
「そうならいいのですがね」
そしてシュウはサフィーネの先導に従って、部屋を出ると応接室へと向かった。扉の向こう側に待っていた人物を目にした瞬間に、シュウはまさかの懐かしさを自分が感じていることに気付いた。
シュウに懐かしさを感じさせたその人物は、ひと目でシュウが自分が何者かを気付いてくれたことを感じ取ったのだろう。相好を崩すと、ひとしきり懐かしい昔話に花を咲かせ、そして本題でもあるセニアからの“お願い”を告げて寄越した。
優秀な人材を遊ばせておくつもりはセニアにはないようだ。どうせ城に身を置くだけの怠惰な生活。モニカと違って大事が控えている訳でもなし、とシュウはそれを受けることにした――……。
.
.
PR
コメント