たった一桁の計算を間違えていました。
これが終わって、残り三場面です。
これが終わって、残り三場面です。
夜離れ(15)
夕食は遅くなった。それは、館の主人の都合ではなかった。
昼前に食べた菓子類やフルーツ類が胃に残って仕方がなかったマサキが、夕食を抜きたいと遠慮を重ねたところ、「少し遅めの時間」に「軽めのものを」、「少しだけでも」「胃にいれてください」と、エリザに押し切られてしまったからだった。
薄い味付けのリゾットにサラダ。胃が重いのだろうと料理長《コック》が気を遣って用意をしてくれたらしい。あれだけ大量の菓子類やフルーツ類を用意しておいての今更な気遣いに、マサキは苦笑しながらもそれをたどたどしいスプーン使いで口に運ぶ。
「毎回、同席しなくもいいものを」隣のソファに座っているらしい主人にマサキが言えば、
「ご主人様はお寂しいのでございます。ここは滅多に人が訪れない別荘にございますから」
「それにしても、あれもこれもと食べ物を押し付けられるのはなあ」
「ご主人様に限らず、こうしてお客様をおもてなしできるのが、わたくしどもも嬉しいのでございます」
同席している主人は、匂いからして肉料理らしい――を、口にしているようだった。人の話を聞いているのかいないのか、それを一口勧められては、いいとマサキは断り続けた。ここに来てから、大した運動もせず、エネルギーを過剰に摂取し続けている。人より代謝のいい戦士の身体とはいえ、下手に重くなってしまっては、今後のリハビリにも支障が出る。早めの戦線復帰を果たす為には、動きが鈍らないように努めなければならないのだ。
「そんなに人が訪れないものなのか?」
「先の領主様の時代には球技や乗馬を楽しめる施設がございましたので、お客様も多かったと聞き及んでおりますが、今となってはそれも手入れ不足で荒れ野となっております。鉱石研究を常とする学者や、産業予測をする学者ぐらいでしょうか。いつも訪れてくださる方々の顔ぶれは決まっておりますので」
「そいつらももてなしてやればいいのに」
「勿論、お客様とあらば、どなたであろうとも同じように真心を込めておもてなしさせて頂いておりますが、国家レベルの有名人といったお方をおもてなしする機会にはなかなか恵まれませんので……」
そんなマサキの態度が気に障ったのやも知れない。主人は次には実力行使とばかりに、デザートのフルーツをマサキの口唇に押し付けてきた。「まあ! ご主人様ともあろうお方が、随分と見目を気にしない行動をお取りになられますこと!」どういうことかと思いきや、エリザは続けて、「せめてフォークをお使いくださいませ!」
それはエリザでなくとも顔を顰めようというものだ。どうやら主人はフルーツを手掴みでマサキに食べさせようとしているらしかった。とはいえ、歓待の理由を耳にしてまで、まさか口唇に触れてしまったものを、あからさまに嫌気を出して顔を背けるわけにも行かず、マサキは仕方なく口を開く……口の中に滑り込んでくるフルーツ……それを咀嚼する間、主人の指先が名残り惜し気に口唇をなぞった気がした。
僅かな沈黙。世界中の音が絶えたかのような沈黙の中、余韻を残して主人の指が離れる。どくん、と、鼓動が跳ねた。柔らかい指先の感触を心地よく感じてしまう。マサキはそんな己を恥じ、面《おもて》を伏せた。
――美味しかったですか?
揶揄するような低い声が、囁くように耳に降る。
それは今にも懐かしい響きでもって、くっくと笑う声が聞こえてきそうなほどに愉しげで。それを気の所為だと自分に言い聞かせようとしても、消せない疑惑と予感がマサキの胸の内ではひしめき合っている。
まあ! とはもう、エリザは言わなかった。
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