残り、あと三場面までやってきました。
私の根性があったら年内には完結します。(多分無理な気がする)
私の根性があったら年内には完結します。(多分無理な気がする)
夜離れ(14)
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自身の予想が当たることに愉悦を感じるタイプの人間なのだろう。予想通りの結果だと、マサキの目を診た主人は満足そうにそう呟くと、二、三日中には問題なく見えるようになると付け加えて、視力低下を防ぐ為の点眼を施すと、『また、夕食時に』と、指先で言葉を残して立ち去った。
マサキの予想を裏切って、主人がマサキの前に姿を見せたのは、マサキの目の経過に対する己の予想にそれだけ自信があるからなのだろう……どうやらマサキが思っている以上に、この館の主人は学者肌であるらしい――その一歩間違えれば傍迷惑とも化す知識への傾倒ぶりにそう思ったマサキは、しかし、荒れ果てた街道を分け入ってまで訪れた別荘で、管理以外になんの用事があるものか……と、連日、雑事に追われている様子の主人に考えを巡らせた。
頻繁にサロンを開いては社交活動や政治活動に励む貴族は、いつだって人脈作りに余念がない。彼らの主戦場は自分たちと同レベルの人間たちが集まる場所であって、余暇でもない限り地方にまで出しゃばってくることはそうそうないのだ。こんな寂れた地域くんだりまで、視察ではなしに、単独で足を運んで雑事に追われているのは、実務系の貴族でもあるのだろう。そう考えてみると、この館の主人はそこまで階位が高くないのかも知れない。
彼らにとって雑事というものは、大抵が下級官僚であったり、子飼いの書生であったり、信頼のおける経験豊富な執事であったりに任せるものだと相場が決まっている――そんな風にぼんやりと主人の素性に思いを馳せながら朝食を終え、身繕いを済ませると、エリザに誘《いざな》われたがまま。反対する理由もなし。マサキは彼女と連れ立って庭に出た。
「ご主人様は廃鉱の調査と、管理に関わる諸々の書類の作成を行っております」
もしかしたら、その情報から主人の正体に辿り着けるかも知れないと、マサキがそれとなく探りを入れてみたところ、エリザはしらと代わり映えのしない理由を言ってのけた。
それも仕方なきこと。それ以上の理由があったとしても、主人がマサキに与えた情報以上の情報を、この職務に忠実な召使いが吐くはずがない。雑事の内容を事細かに吐けば、そこから貴族社会での立場を掴まれないとも限らないのだ。魔装機計画と対立している派閥に属しているが故に、マサキに素性を悟られたくない主人としては、廃鉱との繋がりですら口にできたものではなかっただろうに。
そう。既にマサキは切り札を得てしまっている。
その気になれば、セニアに尋ねるなり、知己の貴族に尋ねるなり、自らの伝手《人脈》を使って主人の正体を調べ上げることも可能だ。方向音痴とはいえ、どこで|風の魔装機神《サイバスター》から降りたかぐらいは把握している。廃鉱の場所と日時さえ特定できれば、後は情報局に上がってくる報告書と突き合わせるだけで用は済む。
けれども、それは果たしてマサキを納得させる結果になるのだろうか。
――鉱山利権が関わっているのだ。
それが政治に足を突っ込みかねないデリケートな問題であることぐらい、いかにそうした問題に対して胡乱過ぎると揶揄される魔装機操者とて理解できる。それは即ち、主人の正体について、入手できる情報の正しさが保証されないことを意味しているのだ。
それに、そこまでの手間をかけて調べるべき相手とも思えなければ、そもそもの調査の理由をどう説明すべきなのかもマサキには思い浮かばなかった。まさかありもしない疑いをかけて身上調査を入れさせる訳にもいかない。似ていると感じる程度の疑惑なのだ。感傷《メランコリー》に浸っているが故の、センサーの鈍りでないとどうして言えよう。それに、セニアだって言っていたではないか。縁のある場所に匿っていると。あの男は彼女の手によって、無事にどこかに隠されているはずなのだ。
「わざわざ御貴族様が御自らお出ましになって御調査ねぇ」
「調査の結果、周辺地域の開拓に資金を投入するだけの利益が見込めるのでしたら、国の管理下に置いて貰ってもいいと、ご主人様はお考えのようです。その為には、自ら足を運ぶ必要性もあるかと存じます」
「素人判断は危険だがな」
「勿論、専門家を入れて調査を行っておりますが、それらを総合的に判断できる人材となりますと、限られてくる部分がおありになるようでして……専門家には遠く及びませんが、ご主人様は幅広い知識に通じておりますものですから」
名ばかりの貴族と思しき連中もいるにはいるが、彼らの多くは、尊大な態度を取るのもやむなしと感じさせる程度には、“貴族の嗜み”と様々な知識に通じている。エリザの主人もそうした貴族のひとりなのだろう。
「確かに。リスクにリターンが見合うかの総合的な判断は、学者どもにさせるのには限度もあるしな」
「むつかしいことはわたくしにはわかり兼ねますが、恐らくはそういった理由なのでしょう」
石畳の上、燦々と。
降り注ぐ日差しを浴びながら、マサキはエリザに促されるがまま、庭の一角にある東屋に腰を落ち着けた。そのままエリザは席を外し、程なくして戻ってくると、ティータイムとばかりにテーブルの上に何がしかの菓子類やフルーツ類だろう――を並べ立てる。
紅茶の鼻を擽る匂い。茶葉の良し悪しなどマサキにはわかる由もなかったが、口に含むと滑らかさを感じるこの館の紅茶が、決して安物でないことぐらいは想像が付いた。恐らく、目が完全に見えていたら、このテーブルの上の豪華絢爛な見栄えに気後れしているに違いない。
フォークやスプーンの判別はまだつかなかった。例えば、家具や人間といったように、ある程度の大きさがなければ色の塊としてマサキの目では判別できないようだ。茶菓子やフルーツ類にしてもそう。何かがテーブルの上に乗っているらしい、としかマサキには判別できない。それを、主人曰く、“距離感を掴む為のリハビリ”と、言いつけられたエリザに手に持たされ、自ら口に運ぶように促される。
物体を色の塊として認識できるようになったものの、見当違いの方向に手を彷徨わせることも多いマサキの手を時に取り、その軌道を修正させながら、エリザはふと会話が途切れたその瞬間にこう呟いた。
「……あまり、ご主人様にお気をお許しになりませんよう」
聞き間違いかとお思うほどに細く、頼りない声だった。
「わたくしはご主人様の命令とあらば、どういった内容であれど従う召使いにございます。その事実をどうかお忘れなきようにお願い申し上げます」
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